窯ぐれ日記

こともなき世を面白く・・・

酔狂庵

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惜別の歌

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中央大学白門(画像お借りしました)


姉が他界してもうじき一年になる。
記憶も薄れてくるだろうと
たかをくくっていたのだけれど、
ふとした弾みに、
あの日、あの時の情景が鮮明によみがえってきて
慌てさせられたりする。
ことに、歌の好きだった姉が
独りごとのように口ずさんでいた曲を想い出す。
その中でも『惜別の歌』には特別の思い入れがある。
あれは親元を離れ、
世間からドロップアウトしていた頃(笑)
姉は中央大学の学生で、
先輩の、のちに義兄となったボーイフレンドが
時々下宿へ遊びに来ていた。
この曲は中央大学の学生歌だったから
その時彼に教わったか、
それとも姉が歌うのを聞き覚えたか、
とにかく、そのころから僕の愛唱歌となった。
 
激動の時代だった。
若者の多くは矛盾だらけの世の中をどうにかしたいと
切実に願っていた。
そんなシリアスな状況のもとで、『惜別の歌』だもんなぁ。
殺伐とする心を、
なんとかロマンでつなぎとめようとする健気さ……
年を取ったせいか、ちょびっと涙腺がゆるむ。
この歌は、小林旭や倍賞千恵子や、たくさんの歌手によって
カバーされているけれど、やっぱりちあきなおみの歌がいい。
彼女が姉と同い年ってこともあるだろうか、
歌声に姉の姿がダブる。
 
♪悲しむなかれわが友よ 旅の衣をととのえよ」
さて、ぼちぼち新しい草鞋を用意しなくちゃ……






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(画像は、お借りしました)



何年か前のブログに、
 
――ああ、またこのシーズンがやってきた。
「W杯アジア最終予選始まる!!」
とにかく、以前告白したように、
 
 
僕にとってサッカーは命。
気もそぞろ、足もそぞろ(あっ、酔っ払ってるだけか―笑)
になっちゃって、サッカー漬けになる?・・・とお思いでしょ。
あにはからんや、この時期は、
角を隠したでんでんむし、首を引っ込めた泥亀よろしく、
ひたすら身を正して蟄居?している。
実は怖いのだ(笑)
勝つも負けるも、余りにもダイレクトな衝撃で、
僕の子ウサギのような心臓は、ってぇより、
高血圧症の血管は、プチリと切れそうになっちゃう。
で、なんとも情けないことに、ニュースで結果を知った後、
ダイジェスト版で試合を舐め回す日々。
もちろん、負けた試合は、ご法度。
精神衛生上、良くないもの。――
 
なぁんて書いたことがあった。
何年たっても成長のないこの男。
それも昨夜はアジア予選ならぬ
W杯本番の決勝トーナメントへ進めるか
否かを決める大一番。
早々と寝床につき「恋する乙女」のごとく
悶々として夜明けを迎えたのだ(笑)
 
朝一番、PCを開けてみる。
えっ、えー。0−1で負け!
で、どうなったのよ、決勝トーナメント進出は?
モニターの上を目が泳ぐものだから、
なかなか目当ての記事が見つからない。
「セネガルとのフェアプレー・ポイントの差で
日本決勝トーナメントへ……」ほっ。
ようやく状況が呑み込めてきた。
負けたけれどセネガルも同じ失点での負け。
けっきょく、フェアプレー・ポイントという
針の穴を抜けるような僅差で進出を決めたみたいだ。
さらに読み進めると、やれやれ、
「ばつが悪いぞ」とか「世界に恥を」とか
ぼろくそな言われ方。
ダイジェストの動画を観ると、なるほどこれね。
一点取られた後、ひたすらボールを回すだけのべたな守備。
もちろん見方によってはトーナメント進出だけを狙った
消極的戦術にも観える。
それに対するブーイングだったのだ。
普通は勝ちか、引き分け試合の逃げに使われる手法だけれど、
それが0−1の負け試合に……
その奇妙さが一層、批判の想いをつのらせたのかもしれない。
確かにね、姑息な戦い方と観えてしまうよね。
でも、ちょっと待った!
リーグ戦の勝ちって、
決勝トーナメントに進出することじゃなかったっけ。
そういった意味では、一、二戦同様、
知将西野は勝ちに行ったのだ、
というより、勝てる「負け方」を選択したんだと思う。
 
戦う前、
先制点をとらる場面は十分シミュレーションしていたはずだ。
ただこの日の取られ方は内容がよくない。
何度かDFの注意力を欠いたプレーが続いた後の失点。
それはそのまま、
ポーランドと日本のモチベーションの違いを写していた。
必死だったんだよね、ポーランドの方が……
とにかく勝ち点3(勝利)をあげることが、
ただ一つ、彼らの傷ついたプライドを癒す方法だった。
おそらく日本選手たちと一緒にピッチに立つ西野には、
それがひしひしと伝わって来たんじゃないかな。
0−1になったとき、描けるシナリオはいくつかあった。
まずは反撃を仕掛け1−1とした後、
昨夜のようにとことん引いて守る。
セネガル VS コロンビアのスコアーが0−1と知るまで、
彼の中にはこの筋書きはあったと思う。
さらに欲をかいて2−1と逆転する。
こうなれば申し分ないけれど、昨日の出来では、
おそらく毛ほどの可能性もない。
まっ、でも、終始攻めかかる姿勢をとっていれば、
大敗を喫し決勝トーナメントへ進出できなかったとしても、
一、二戦のおかげで「よくやった、よくやった」と、
賞賛の拍手をもらえただろう。
とにかく「いさぎよく散る」のが、
日本人(他国の人々もかな)は、大好きだからね(笑)
 
西野にとっては、第一戦からこの三戦まで、
リーグ戦に勝つ――決勝トーナメントに進出することしか
頭になかった。
その時々の局面で、一番勝てる(決勝トーナメントに進出する)
戦術をとることが、彼の役割でもあった。
実に苦しい選択だっと思う。
試合後のインタビューで、何度か口にした「他力」という言葉。
それは、単にセネガル・コロンビア戦に
日本の進出がかかっているということだけでなく、
ポーランド選手たちの心理状態も計算に入れたよってことを
言いたかったんじゃないかな。
西野のしたたかな勝負師の顔がのぞくところだ。
日本が攻め立てていれば、勝ち点3を死守するために
ポーランドのモチベーションは、さらに高くなっただろう。
引いた守備をとれば、
(この場面では)相手のモチベーションも引きずられて下がる。
「勝ち点3は、どうにか守れそうだ」って風に……
情けない「消化試合」のような内容になったのは、
勝ちにこだわった彼の演出に他ならない。
可能性の一番高いカードに、迷うことなくすべてを賭けた。
ブーイングの嵐にあおうとも、勝つ(決勝トーナメント進出)
負け方をする積極的戦術だったように思う。
それは「(引いて守る)判断はベンチが出したことで、
選手たちはよくそれに答えてくれた」という
西野の言葉にも表れている。
仕方なくそうなったのではなく、意図的にそうしたのだ.
指導者はこうでなきゃ。
某国のリーダーのように「部下が忖度したことで、
私は知らなかった」なんてうそぶかない。
何より、「真実は結果の中にしかない」と言い放った
長谷部選手のコメントに、
西野と選手たちが共通理解の上に立っている
日本代表の今の強さを感じた。
 
とにかく、これほど「決勝トーナメント進出」にこだわった
代表監督を僕は知らない。
賞賛されるリーグ戦敗退より、不名誉なリーグ戦勝ちぬけに賭けた。
もちろんそれは、気まぐれなファンや、無責任な解説者のためでなく、
いまピッチに立っている選手たちのため、
ひいては日本サッカーの未来のためだったのだろ。
「日本代表は、W杯参加に喜ぶ程度じゃいけない。
決勝トーナメント進出が当たり前にならなくては」
という監督からのメッセージを、
このへたれファンもしっかり受け止めなくちゃ。
でもやっぱり、決勝トーナメントの一戦、
ベルギーとの戦いは、実況で観られないだろうな……
この小心者め(笑)





こんな爺さんになっても心がザワザワ、ってほどじゃなく
サワサワするぐらいの嬉しい出来事はある。


【初物?】

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今年生まれたまだ羽の伸び切っていない、
淡々しい緑に覆われたキリギリスを
みょうが畑で見つけた。
秋にまた、鳴き声で会えることを
楽しみにしてるぜ。

 
【やったぜ!アスパラ】

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今年植えたアスパラの株から
全て茎が伸び花芽が付きだした。
これで去年芽が出たものと合わせて五株。
二、三年後、
茹でたり、焼いたり、パスタに入れたり、
アスパラ三昧しちゃうからね(笑)
 

【鳴き声三態】

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① バラに追肥していた時、
背後から小さな獣の鳴き声がする。
「ウーウーウ」と、どうやら僕を威嚇してるみたいだ。
振り返ると、なっ、なんとそこにまん丸くて
少し垂れ目で、鼻がピクリとした愛嬌のある顔が!!
ベビーフェイスなのに目だけは僕をにらんでいる。
牧草地と道路の境に広がる草むらから
顔だけ突きだしているので、思わず、
「おまえ、どこから来たの?」と尋ねてしまった。
声に驚いたのか、じりじり後ずさりすると方向転換。
その時長くて、しましまで、
ふさふさした尻尾がぴょこり。
間違いない、あらいぐま・ラスカルじゃん(笑)
彼(彼女?)は在来の生き物じゃないから、
飼われていたものが、
逃げたか、捨てられたかしたんだろう。
「人生、いろいろ」だな。
 
② ホトトギスのけたたましい鳴き声が、
鬱陶しい曇り空に木霊する季節となった。
四日ほど前、山道を散歩していたら、
彼らの声に混ざってカッコウがひと声。
何年ぶりに聴いただろう。
転居したての数年ばかり、
夏にしばしば鳴き声を耳にしてから、
二十年ほどがたってしまった。
この声を聴くと、湿潤な房総半島でも、
からっとした高原の風が
吹き抜けた気がするから不思議だ。
 
③ 夜なべ仕事をしていた時、
森の奥からフクロウがひと声、ふた声。
子供のころ吹いたフクロウの土笛を想い出した。
そういえば、焼き物の仕事に入るきっかけは
オカリナ作りだった。
あれでも十本ばかり作っただろうか。
そのうち、焼き物そのものに惹かれてしまった。
ああ、人生一寸先は闇?(笑)
いやいや、今でもフクロウ君が
どこかで叡智の灯を点していてくれると、
かたく信じているんだけど……

 
【リズムに合わせて……】



ティンフォイッスルで、
「Farewell to Nigg」という曲を練習している。
これが付点八分音符と十六分音符の連続。
悪戦苦闘してしまった。
今までリズム感はかなりいい方と、
うぬぼれていたんだけど、とんでもはっぷん(笑)
なんだ、この足がもつれ手もバラバラな不快感は……
ということで、ひと月ばかりかけてようやく克服。
さて、そろそろ小節(こぶし)の練習始めようかな。


【夏野菜出そろう】

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昨日、オクラの苗を植えて、
今年予定していた夏野菜はすべて出そろった。
トマト、キュウリ、ナス、ピーマン、甘唐辛子。
かぼちゃ、隼人瓜、宇宙芋、もちろんスイカ各種。
エンサイにモロヘイヤ。苦瓜、ズッキーニもある。
これに、蕪、夏大根の根菜。
ルッコラ、ほうれん草の菜類を入れると
何んと、18種類。早く来い来い夏休み(笑)

 
【大物収穫】

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13㎝の大蕪、長さ43㎝の大根。
採ったぞー!
 


梅漬けのころ

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庭の東側に小梅の木がある。
春まだ浅い時期、一番最初に白い可憐な花をたくさんつける。
この木は、昨年亡くなった母が、こちらへ越してきて間もないころ、
近所の神社のお祭りで購入したものだ。
以前から、小梅の樹を欲しがっていたのだけれど、
植木市もたつと人伝に聞きつけ、
「小梅はあるかな? 」と剣呑がりながら出かけたのを想い出す。
彼女の執着は、いったい何だったんだろう。
今では想像することしかできないけれど、
おそらく、幼いころの記憶と結びつていたに違いない。
 
かれこれひと昔ほど前、母の故郷に住むすぐ下の妹
(僕にとっては叔母)が、毎年季節になると
小梅のカリカリ漬けを送ってくれた。
それをどれほど心待ちしていた事か……
叔母があっけなく他界してしまったあとは、
僕が漬ける小梅の梅干しを日課のように摘まんでいた。
困ったのは介護施設に入ってからで、
当然ながら外部からの食べ物持ち込みは禁止されていた。
それでも、「梅干しを食べたい」と、駄々をこねて困らされた。
しまいに、こっそり持ち込んでは見つかり、
持ち込んでは見つかり、
施設長から何度かお叱りを受けた。
ブラックリストに載る困った親子だったのだ(笑)

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今年は例年になく実成りが大きく、香りも高い。
きっと美味しい梅干しになることだろう。
ひょっとすると、天の上から、
「美味しい梅干しになれ」と、
母が秋波を送っているのかもしれない。
 

― あなたより星降るごとく小梅かな ― 潤太






涙の連絡船


えっと、前の日記に、「こてこて温泉旅館風インテリアがいい」とか、
「都はるみの歌がいい」って書いたのは、
ことさらカリカチュアを際立たせるためじゃない。
まじに好きなのだ(笑)
特に都はるみは、僕の永遠の歌姫かな。
そういうと、若い奴らは、フフンと鼻で笑うんだよね。
ちょっと待て。
少し古いけれど、君らが好んで聴くような系列の音楽だって
知らないことはない。
JAZZならばスタンダードにバド・パウエルとかマイルス・デイビスとか
チャーリー・パーカーとか、もちろんサッチモとか……
ボサノヴァなら、なんといってもカルロス・ジョビンでしょ。
女性ヴォーカルだとアストラッド・ジルベルト。
日本の小野リサや鈴木重子なんつうのもいい。
ロックでは、青春時代だったころ、ジミヘンや
ドアーズ、ビートルズ、ローリングストーンズは擦り切れるほど聴いた。
その上でだ、やっぱり僕にとってのソウル・ミュージシャンは
都はるみなんだよね(笑)
彼女の歌の中でも『涙の連絡船』はばっちり涙腺の壺にはまっている。
あのイントロを聞いただけで、じわっと胸にこみあげてくるものがある。
で、時々困った事態を招く。
 
昨年12月、暮れも押し迫ったころ日野で個展を開いた。
もちろん個展には飲み会は欠かせない。
高校時代の悪友たち十人ほどが集い、言いたい放題騒いだ後、
僕一人、これも恒例となったカプセルホテル泊するため
立川駅に降り立った。10時を少し回っていたと思う。
土曜日の夜更け、人通りもまばらで、
ビルの間を冷たい北風が吹き抜けていた。
ちょっと小腹がすいたので、駅前の立ち食い蕎麦屋へ入った。
客はほどほどに入っていて、
僕の前にもアルバイト帰り風な兄ちゃんが
カレーうどんをすすっていた。
奇妙にひっそりした店内に有線放送がわびし気に流れている。
とりあえずかけ蕎麦を注文し食べ始めたその時、有線の曲が変わった。
で、あのイントロが……
割り箸を持ちながら、ジワリと目頭が熱くなる。
鼻水まで垂れてきた(汚ねぇなぁ)
やばい、このシチュエーションで涙かよ(笑)
 
という風に、『涙の連絡船』には、「やめられない、止まらない」
の魔力が潜んでいるのだ。
何よりもその歌詞がいい。
♪忘れられない私がバカね……」
捨てた男を恨んだり、すがって泣いたりしない。
「私がバカだ」と、自分自身に引導を渡している。
このやせ我慢みたいな精神は、男性名詞だと「粋」
女性名詞だと「健気」という。
あっ、男女差別なんて言わないで、
このご時世、粋な女、健気な男はたくさんいるんだし(笑)
 
都はるみのいい所は、
この歌詞と彼女自身の人生がダブって見えてしまうことだ。
過去の歌謡ショウでも何でもいい、彼女の出ている番組を観てほしい。
言葉が途切れ間奏が始まると彼女の表情はがらりと変わる。
都はるみの心を覗くことはできないから、
想像するほかないけど、その切羽詰まったぎりぎりの顔つきは、
おそらく彼女の素の姿だろう。
楽しいばかりで歌っているわけじゃない。
さりとて、歌うこともやめられない。
彼女が「普通のおばさん」になれなかった所以でもある。
健気だねぇ。
いわば「顔で笑って、心で泣いて」みたいな心模様。
三島由紀夫の言葉に
「ダンディズムの真髄は禁欲主義にある」というのがある。
これは「粋」や「健気」と合い通じる精神に思えてならない。
シルクハットをかぶり、見るからにブランド物のスーツを着込み
世々の出来事にヘラヘラとうそぶきながら
ダンディーを気取っているどこぞの御仁は、
ダンディーでも何でもない。
まして、粋や健気という日本人の美徳とは程遠い。
この頃、指導者と言われる者たちの「自己保身」や
「我欲まみれ」が目に余る。
「彼らは、たいていこんなもんでしょ」と諦めちゃわないで、
まずは「こんな指導者を選んだ私がバカね」
と、自分自身に引導を渡すことだ。
そのためにも、みんなで『涙の連絡船』を聴こうぜ(笑)







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