松下幸之助は「目に見えない要因」を重視した東洋経済オンライン 5月20日(金)10時0分配信
「経営をすすめるときに知っていないといかんことはな、目に見える要因と、目に見えない要因、その両方とも考えないといかんということやね」 経営を成功させようとするとき、一般的にまず考えるのは、目に見えることである。たいていの経営者や責任者の人が、それだけに気をとられてしまう。 目に見える要因とは、たとえば商品とか技術、あるいは工場やベルトコンベアといったもの。組織とか体制も同じである。そういうものは目に見える。この目に見える要因だけに心を奪われ、組織を変えよう、体制を変えよう、新しい技術によって新製品を開発しよう、と社内を動かし社員に指示を与える。 「しかし、この目に見えるものだけに取り組んでいったら経営がよくなると思っている人もおるようだけど、実際にはそうではないんや。それだけでは、経営というものは決してよくはならん。そういうものも極めて重要やけど、もうひとつ、目に見えない要因というものも考えないといかん」 ■ 「目に見えない要因」とは? 目に見えないものとは、たとえばその会社の経営理念とか哲学、方針、あるいは経営者の考え方とか姿勢である。と同時に、社員の人たちの心がまえ、やる気もとても重要である。 経営理念があるのか、方針はしっかり守られているか、経営者の姿勢は正しいのか、社員の人たちの心がまえはいいのか。あるいは、こうした目に見えない要因(インビジブル・ファクター)をさらに強化する必要はないのか。 「しかし、この目に見えないものにはなかなか取り組まんね。あるいはこういう目に見えないことに取り組むのは古臭いと考える人もいるようだが、それでは経営に大きく成功することはおぼつかんわね。経営の成功は、目に見える要因と目に見えない要因と、両方を大事に考えんとね。 早い話が、金魚な。あれを飼うのに金魚そのものを考えるだけではあかんわね。水を考えんとね。金魚ばかり考えて、水を軽視したら、金魚、すぐ死んでしまうがな」 人間とはまことに妙味のある存在である。吉田松陰が23歳のとき、海外へ密航をくわだてて失敗し、捕えられて入獄の身となったときのことである。このとき牢内には11人の囚人がいたが、松陰はすぐにみなと親しくなるとともに、そこをお互いの教育の場としたのである。すなわち、松陰自身は自らの得意とする四書五経の講義を行うとともに、俳諧に詳しい人には俳諧を教えさせ、書道に秀でた人には書道を教えさせ、自分もそれを学ぶというようにした。 それによって、今まで絶望的な雰囲気だった獄内が、みなそれぞれに自信と勇気を取り戻し、活気にあふれてきた。それが藩当局の認めるところともなって、ついに松陰を含めて全員が解放されるに至ったという。同じ人間が、それも囚人がこうまで変わる。 ■ 手法だけでは、品質管理は成功しなかった 品質管理(QC)は米国で考え出されたものであるにもかかわらず、結局米国では成功しなかった。品質管理の手法さえ取り入れれば、成功すると考えたからである。その他の要素を考えなかった。そのため、工場で働いている人が、自分は品質管理を教えられたとおりにやっています、ほかの人のことは知りません、最終的にいい製品ができるかどうかも知りません。私はやるべきことはやっています、となってしまった。手法だけでは、品質管理は成功しなかった。 日本の従業員の人たちは、品質管理の手法を身につけるだけでなく、仲間同士で助けあった。自分がうまくできても隣の人がうまくいかないと、声をかけた。どうしたんですか、一緒に考えましょう、と。 そのことはもちろん品質管理の手法には書いていない。にもかかわらず日本人の人たちは、お互いに助け合いましょう、思いやりの心を持ちましょう、やる気を出しましょう、ということをやった。いわば、目に見える要因だけでやったのではない。目に見えない要因にもきちんと取り組んだ。そこが米国と違った。 日本経済が強くなった理由として、このように目に見える要因と見えない要因の、両方に取り組んできたという面が見逃せない。ほかの国はどちらかといえば、目に見える要因ばかりに重きをおいてやってきた。それではうまくいかない。 最近は、日本が目に見えるものばかりを追いかけるようになってきている。小粒な経営者ばかりになってきた。まことに将来が心配である。格好いいことばかり言っていても、それで現実が動くものではない。大きな成功を望むならば、人気取りや世間の受けを狙った一時の流行に惑わされず、目に見える要因と目に見えない要因の両方にしっかりと取り組むことである。 江口 克彦
|
偉人
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]






