歯科院長のつぶやき

ちょっと変わった歯科院長のちょっと変わったつぶやきです^^

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11/25(日)に「聖徳太子の超改革」というドラマを見ました。とても、痛快だったのは、607年山野伊妹子を始めて当時の中国「隋」に使節を送った時の国です。

小学校の社会科の時間に、先生が黒板に書いてくれたのを昨日の事の様に覚えてます。曰く「陽(太陽)出ずる国の天子(日本の天皇)陽没する国の天子に、国章を送るつつがなしや」小学校の時は、この文章がこれ程危険ひ、勇気のいる事なのかは分かりませんでした。日本が中国より東側にあるから、日本の方が早く太陽がでるなとは思っていました。

ところが、この文は、日本が中国(隋)より上に位置するたとえと読めます。もちろん日本の高官で「これでは大国隋にケンカを売っている様なものだ」と、反論がありました蘇我馬子です。これは当時の国際情勢から言えば、伝じられない程の無謀とも言える行為です。

世界の国々は、隋に封(隋王朝に貢ぎ物を贈って、王として認めてもらう。王と言っても、隋王朝の子分になることで、丁度江戸時代の将軍の臣下である大名のようなものです)と、貢(隋と貿易をさせてもらう)を認めてもらうというスタンスで隋とつき会っていただいたのです。ところが、日本は「封も、貢も要らない。対等に独立国としてつき会いたい。」といったのです。

今で言えば、トンガなどの小さな島国が超対国アメリカを下に見たような活です。しかも、現代と違って、民主主義的国際関係などはかうかけらもなかった時代です。


田宮賢一のつぶやき Vol.117
    平成19年11月26日


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