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大雨は一日降り続くとのことだったので散歩に出た。
一日中家に居ては、心にも身体にも宜しくないと思ったからだ。
けれど家の中から覗き見ていた以上に、雨は力強く垂直に降っていた。雨のせいか、視界がぼやけ
ている。
眼鏡を外してレンズを見ると、汚れていた。
家を出る時、何で気付かなかったのだろう?
眼鏡クリーナー等持ち歩いていないので、仕方なく雨でぼやけた街を、更に眼鏡でぼやかして見る
羽目となった。
慣れた街なので、目も酷使しないですんだのが救い。
ぼやけて見えると言うのは、目の良い人が想像する以上に気持ちの良い物ではない。
まるで雨で湿った靴の中みたいで、気持ちが晴れない。
それでも眼鏡歴が十年を超える私は、こういう状態にも慣れている。
「今日はぼやけているんですよ、そういうこともありますよ」
なんて、脳に語りかける。
けれど最近では老眼迄出てきたので、小さい字を読む時は、一々外さなきゃならない。
外してかけて。ぼやけて洗って。又かけて外して。
歯磨きや化粧をするみたいに、ほぼ日常になっている事柄なので、億劫に感じるほどではないが・・・
面倒だ。
子供の頃は、視力2.0だった。
学生時代も、裸眼でいけた。
成人してからだ、目が悪くなりだしたのは。
けれど目が悪くなったことを悲観していはいけないと、自分だけは知っている。
なぜなら目が悪くなることを、視力2.0の頃から熱望していたからだ。
子供心に眼鏡をかけている人は賢そうに見えたという、ありがちな理由からだった。
実際眼鏡をかけていた人は、賢い人が多かったように記憶している。
所が今の私はどうだ。確かに幼少期から望んでいた通り眼鏡をかける大人になった。
けれど賢くはない。
子供の頃と同じような事ばかり考えている大人だ。
青空に浮かぶ雲の上に寝っころがりたいだとか、路地裏で屯っている猫たちの言葉が分かったらいいのになぁとか、ドラえもんのドコデモドアが欲しいなぁとか・・・・。
今更になって分かった事だが、私は眼鏡をかけている人に憧れたのではなく、賢い人になりいと思っていたのだろう。
自分がアホだという事を、よく分かったっていたのだ。
ただアホな私の希望は、賢い人から眼鏡をかける人へと大いなるズレをもって叶ってしまったというわけだ。
それでも願いは救われた。
願いは強く思い続けると、いつかは叶うと立証されたような気がする。
だから今更眼鏡の文句は言えない。
帰ったら眼鏡を洗おう。鞄の中に携帯用の眼鏡クリーナーを常備しよう。それでもたまに面倒臭がる事もあるとは思うけれど、新しい希望を願う時にズレないように戒めとして、大切にしようと思う。
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メガネに大火にあこがれました。インテレに見えたからね。今老眼になったからメガネ作ったけどかけていません。疲れます。
2013/10/26(土) 午前 5:34
メガネ美人に憧れます。
私は、眼はよくないのですが・・・まったく、似合わない・・・。
きっと、ぐーこちゃんは、知的だから、似合うんだと思う♪
2013/10/26(土) 午前 10:25
ボクはこれ以上アホになったらいけないと中三から眼鏡かけました(^○^)
毎日夕方眼鏡洗ってます.。o○
ポチ☆
2013/10/26(土) 午後 2:28
parkさん そうそれです。インテリ。憧れましたよ、実際(笑)
2013/10/26(土) 午後 4:40
つばきさん 黙っていたら学校の先生とか事務員さんとかって言われます。あくまで、黙っていたらですけど(笑)
眼鏡の形一つでも全然違いますよね。
2013/10/26(土) 午後 4:41
けしけし 中三からは速いですね。もう慣れっこですね。いつもポチをありがとうございます。
2013/10/26(土) 午後 4:42