スマイルピッグの独り言

トゥーランのこと、12歳の息子と6歳の娘のこと、日常の出来事を綴ってます。悪性脳腫瘍〜グリオーマを摘出手術後、現在経過観察中。

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20121015日、僕にとって一生忘れられない1日になるだろう。
この文章を書いているのは、約6か月後である。
何故かというと、ずっとあの記憶を文章にまとめようとすると何故か筆が止まるというか怖さが蘇り、どうしてもまえにすすまなかったのである。
口では、軽く話せても、いざ文章にしようとすると、何故か苦しくなる、それで毎回断念してきた。
でも、もうあれから、さすがに6か月。
そろそろ、まとまておかないと、記憶も薄れがちになり、文章にするのは不可能となるため、思い切って文章にしたみた。
長文でしかも、もともと作文能力のない人間なので、まとまりがないので、時間のあるときにひまつぶしにお読みください。
 
その日、朝、緊張感からか起床予定の6時よりも前に目が覚めた。
前日の夜、『最後の晩餐』ということで近所のうなぎ屋を探して、外出許可をとって家族や友人と食べに行ってゆっくりしたため、意外にぐっすり眠れた。
松本での主治医(この脳腫瘍の第一発見者)である高校の同級生からは、「術前の夜はなかなか眠れない患者さんが多いから、もし眠れなければ我慢せず、睡眠導入剤をもらうように」と言われていたが、全くそんな心配はなく、消灯からほどなくして10時過ぎにはいつの間にか眠っていた。
 
さて、手術日の朝は、もちろん朝食はヌキ。
このため、しばらくひげそりも、歯も顔も洗えないだろうからと、いつもより入念に。
その後術着に着替え、8時過ぎには、家族や親兄弟親戚が続々と詰めかけてきてくれた。
ナースステーション横のデールームで、全く緊張感のない時間を過ごす。
そして、予定の9時ちょっと前に、ナースの「さあ、そろそろ」という言葉で、一応緊張がはしり、ただ、この時も、手術室には自ら歩いて向かうため、私とナースと家族大勢の団体さんで歩いてのエレベーター移動。
手術室の入口までいくと、自ら名前を言って受付をするため、とても事務的。
ただこの入口、手術室がたくさん網の目のように並んでいる部分の入口のため、本当の受付という感じ。
家族とはここでお別れ。
みんなに軽く会釈し、「ありがとう」「がんばってきます」を言って、そして、写真撮影。
そしてこの時、絶対しようとこころに決めていた、笑顔で「ピースサイン」をみんなに向けてしました。
イメージ 1
この「笑顔でピース」は、大好きな槇原敬之の「夜空にピース」という曲に、『どんなときでも心配してくれる誰かにせめてありがとうとピースできるようになりたい』という歌詞があって、ここでやらずにいつやると思ってやりました。ちょっと場違いかもしれませんが
歌詞全文は、こちらで
さて、いよいよ手術室入室。と思いきや。その前にさらに今度は奥の本当の手術室の前の廊下に座り、担当看護師から最終的ないくつかの質問。名前やアレルギーなどなど、あと、術中に聞くため自ら持ち込んだCDの確認まで、入念に。
そして、準備が整ったということで手術室へ。
この東京女子医科大学病院の手術室はインテリジェント手術室と呼ばれ、手術中に同室内でMRIがとれる機能やナビゲーション機能で術中刻々と変わる情報整理しながらすすめる最先端の手術室です。
でもそのわりに、入った感じは、狭くて、こじんまりした感じ。なるべくまわりを見回すつもりでいましたが、やっぱり緊張していたせいか、ほとんど記憶がありません。
そして、看護師さんに。ちょっと高めの術台に、仰向けに横になるように言われ、とうとうこれで「もう逃げられないんだ。」と思った記憶があります。
ということは、それまで、心のどこかで少しだけ逃げようと思ってたってことなのかな?
術台は、意外にクッションもよく硬いわけではなく、まぁ、ダブルサイズというわけにはいかないので、寝返りはかく必要ないので、ほぼきおつけ状態で寝る感じでした。
この後、看護師さんたちが周りで、4〜5人の看護師さんがめちゃくちゃ忙しそうに準備をはじめました。
僕の腫瘍は、右前頭葉のため、多分この辺切られんだろうなぁっていう予想はありましたが、実は、予想していた事前の剃刀というのは全くなかったため、手術後、目が覚めてみないとどんな状態になるかわからないものでした。
髪の毛も全然短くしていませんでしたし、本当にどこの手術するの?って感じでした。
そして、9時過ぎ手術が始まりました。
麻酔が投与され、いつの間にか眠っていました
ZZZZZZZZZZ
ZZZZZZZZZ
ZZZZZ
ZZZZ
(普通の手術だったら、ここで目覚めて、「すべて終わりICUのベッドの上で苦しんでいました」で始まるんでしょうか)
僕の場合は、違います。
僕の場合、覚醒下手術でした。
つまり、頭蓋骨をはずし、脳を空気にさらしたまま、起こされるいう、普通考えたら耐えられないことを経験しました。
午前9時に麻酔で眠り、次に、時間として具体的に僕の記憶のあるのは午後130分です。
何故かというと、実際に、先生に今何時ですか?って聞いた記憶があるからです。
それ以外も何度も聞いていたようですが、しっかり記憶がある一番早い時間はこの時間です。
でも、あとで先生に聞いてみたところ、実際には、もう少しまえにはすでに起こされて会話もしていたようです。
手術の本番は、まさにこれからです。
この麻酔のかかっている間におそらく、いろんな管や注射をし、切開する部分だけ剃毛し、切開。頭蓋骨を外して、硬膜をきり腫瘍のマッピングを行い、MRI1回目を撮影しなどなどを行っていたんでしょうか?
そして僕が起こされて、まず、最初に確認されたのは、BGMで自ら用意したサザン桑田のCDの音量。
確か、小さいのでもう少し大きくしてと頼んだ記憶があります。
そして、その後、看護師さんから、暑くないか?のどが渇いてないか?どこか痛いとかはないか?不快はないか?などの確認ありました。
もちろん、全身麻酔ではなくても、局部麻酔なので、水は飲めません。のどが渇くと、水で湿らしたガーゼにを多少苦に含ませる程度。それでもうれしい。
熱いと言えば、一生懸命、看護師さんがミニ扇風機やうちわで、カーテンようなのカバーで仕切られた顔の周りや体を仕切られた部分を仰いでくれる。術着も脱がしたり、着させたり。何でもワガママに対応してくれ、ホント天使のようでした。
この対応は、手術が終わるまで続きました。
今回の手術は覚醒下手術。
覚醒下のねらいは、簡単に言うと、運動野(体の各部署を動かす神経)付近にある腫瘍を、話をしたりその運動機能実際動かしながら、確認しながら、腫瘍を取り除くことにより、より合併症・後遺症を少なくしようとするする手術。また術中MRIやマッピングを併用して、キケンの多い脳開頭手術を安全に行うというもの。
そこで、何とか僕がパニックならないよう気を配ってくれていたんでしょう。
パニックをおこすことにより覚醒下手術が継続不可能になることが一番問題らいしいです。
そういえば、前日の手術説明の際、執刀医から、この覚醒下手術で一番心配なのは、患者さんがパニックを起こしてしまうこと。
そして一番パニックを起こしやすいのが、30歳〜40歳代の男性、まさしく僕のことです。
女性は、妊娠や生理で不条理な痛みや出血になれているが、男性特にこの年代の一番男が一番逆切れしやすく、我慢できずパニックを起こすらしいのです。
だから、看護師さんたちが、とーっても気を使ってくれてくれているのがよーくわかります。
ましてや、僕はちょっと、閉所恐怖症気味。
そして、具体的な作業に入ります。執刀医の先生に返事しながらです、
記憶にあるのは、目の前の小さなのスマホぐらいのスクリーンに映る絵にこたえる作業。たとえば、鉛筆、カバ、自動車などの絵が出てきて、それをこたえるというもの。
この後、一通り、映像を見た後、この後は、しばらく、先生たちと、世間ばなしを。
趣味だとか、好きな映画とか、大学時代何してたとか。他愛のない話を。
この世間話は顔面の神経を確認する意味もあって、最後まで続きました。
おそらく、事前に言語野が腫瘍とは関係ないことはわかっていましたが、会話しながらいろいろなことを検査しながら腫瘍を切除していたのでしょう。
その間、音楽は、もちろん入院前に行った桑田のアルバム。苦しいときは時には口ずさみながら
勇気づけられながら。
本当に、頭の切開した皮膚部分と頭蓋骨の内側の硬膜部分の局部麻酔のため、それ以外の感覚はほぼ100%ある状態。
もちろん、なんとなく全身麻薬にやられてボォーとした感じではありますが、執刀医が頭のほかの部分に触れればわかるし、少しずつ(おそらくミリ単位で)切除している腫瘍を吸う器具が頭にかかっている感覚やその音(歯医者で使うバキューム音のような)が常に感じられている感覚は不思議なものでした。
その後、問題の運動野近辺に近づいてきたようで、左手をグーパーグーパー繰り返すように言われました。
これも、術前の説明で、左手の麻痺はかなりの確率で覚悟するように言われていました。
というか、「まだ若いのだから、これから10年、20年単位で生き続けるためには、今回腫瘍を全部取り切りたい。そのためには、僕の場合、左手の完全麻痺は避けられないという覚悟で臨んでほしい。」
「そして、術中、もしかすると、動いていた左手が、急に、パタッと動かなくなるかも知れないけど、そこで落ち込まないでほしい」とも言われていました。
で、この左手のグーパーグーパーは、結局手術が終わるまで続くのです。
動かなくなるはずの左手が、ずーっと、ずっと動き続ける、このことが僕のモチベーションを保ち続けてくれたのです。
結局、次に時間を聞いたのは、午後530分。少なくとも約3〜4時間は手を動かしながら、先生と話しながら、脳をさらけ出しながら、腫瘍をとってもらっていたのです。
時々、「オジャマン」という呼び名で流される電気信号により、左手と左顔面に電気ショックを流され、おそらく脳の機能チェックを行い、本当に慎重にすすめてくれました。
この「オジャマン」という名前が、何故か術中、笑えた記憶があります。
前日の説明では、僕の腫瘍は小さいから覚醒下の状態は、2時間もないと聞いていたので、かなりオーバーしてるなぁとおもってました。
まぁ、それでも、左手は動いているし、しゃべれているし、自分でもまだまだ頑張れそうな気がしていました。
 
その2へつづく

閉じる コメント(7)

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こんにちは。初めてコメントさせて頂きます。私もスマイルビッグさんと驚くほど似た境遇でなので「(グリオーマG2、術後1年半、覚醒下開頭術、サラリーマン)気になりちょこちょこブログを拝見させて頂いておりました。おかげ様で自分自身も病気の事を忘れるほど、“普通”に暮らしています。今月も3か月おきのMRIの検査も難なくクリアできましたし、再発なんてありえんだろうと思い込んでいたりします。そんな自分を戒める為にも同じ病気の方のブログを拝見させて頂いている次第です。だけど
この病気は再発のリスクが非常に高いのにも係らず何も起こらなければ他人からは完治したと見えてしまうんですよね。。この間も上司から転勤の命令がありましたが事情を説明し断りました。病気の発覚後から何かと心配してくれた上司でしたが所詮他人事。がっかりでしたね。出世とは無縁になってしまい残念な思いが残りますが、これも命あっての事とあきらめ楽しく人生を過ごしたいと考えています。
お互い頑張りましょう!

2014/6/22(日) 午後 1:04 [ 456 ]

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456さん、はじめまして!
ホント、全く同じような経過ですね!
僕も、病気のこと忘れてしまうこと多々あります。っていうか、最近では、術前と同じペースで働き、同じペースで飲み歩いています。
正直、再発のリスクは、自分自身忘れたい気持ちで、でも、心の中に必ずあります。
他人から、「もうすっかり、お元気そうで!」っていわれても、「もう大丈夫です!」っていうのが、口癖になっていて、でも心の中では、「再発さえなければ、ね!」ってつぶやいています。
出世も人生のひとつの目標ではありますが、僕らは、この生かしてもらった命を、周りの人に恩返しできるよう、ゆっくり生きていくのも、もうひとつの生き方ではないでしょうか?
ガンになったことで、退職に追い込まれるひとが現実的には、まだまだ多い、この悲しい世の中で、仕事させてもらえることに感謝していたほうが、気が楽な気がします。ほんとは、2人に1人はガンになるのにね、この世の中。
こんなふうに、お話しさせていただくことに、喜び感じます。
ぜひ、これからも、よろしくお願いします!

2014/6/22(日) 午後 5:32 スマイル

スマイルさんのブログが、大変ゆいきをいただき今回私ま女子医大で適所つ手じゃつをしました?

2015/10/7(水) 午後 10:00 [ etu**unko ]

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お久しぶりです。返信頂いていた事に先程気づきました、今まで返信できずゴメンなさい。。こちらの近況ですが、術後丸4年、今月も検査でしたがお陰様で全く異常なしです。。良いのか悪いのか仕事が忙しく再発の恐怖どころか、そんな病気にかかっていた事すら忘れてしまいそうな・・・有難い話ですな。以前書きました転勤について、一旦断ったものの結局、昨年5月より近場ですが(ここから2時間位、首都圏では通勤圏ですよね)へ単身赴任と相成りました。が、自宅へ帰ろうと思えば何時でも帰れますし、自由を満喫しています。。自分すらそうなので仕方ないですが、病気につて廻りは忘却のかなたで、最近プレッシャーからストレスだらけの毎日を送ってます。また1か月位のんびり入院したいなあ、なんて不謹慎な考えが頭をよぎったり・・
病気と闘っている方には全く申し訳ない発言ですが、全く普通通りに戻れるんだ、と感じて貰えればうれしい限りです。スマイルビッグさんは如何ですか?5月からブログ更新してないようですが、忙しくて書いてる暇なかった!って事ですよね。今後ともよろしくお願いします。

2016/12/25(日) 午後 6:09 [ 456 ]

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> 456さん、こんにちは!
本当に、似た境遇ですね。
そして、今はげんきなところもそっくり!
最近ブログの確認をおこたっておりまして、お返事遅くなりすみません。
しっかり、生きてます。
昨日も、家族でスキーに行ってきました。
実は、私も、4月から単身赴任を命ぜられました。病気のことを気にしつつも、私に期待してくれていることに感謝して頑張ろうと思っています。
お互い、今この病気と闘っている人の目標になれるよう頑張りましょうね。

2017/2/19(日) 午前 8:01 [ smilepig ]

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こんにちは!お久しぶりです。お元気ですか?当方早いまもので12月で術後5年経過、生存率50%クリアできそうです。相変わらず順調でこの先も再発なんてないだろうな・・なんて勝手に安心しています。
ですが、この間、ちょっとした転機があり強烈なプレッシャーから逃れるため、ついに病気を理由に辞退してしまいました。実際は至って健康なのに、「私の病気は再発率100%5年生存率50%」だから無理です、、と。。なんだか自分だけ逃げだし卑怯者だな〜と自己嫌悪に陥ってる次第です。給料は減りますが、この自分の選択スマイルピッグさんはどう思うでしょうか??

2017/11/18(土) 午後 3:35 [ 456 ]

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いや〜!久しぶりに、ブログきたら、コメントいただいていて、すみません。
僕も、もうすぐ5年8ケ月。いたって、順調に生きてます。

再発なんて言葉は、僕には関係ないと思っている自分がいて、自分でもびっくりです。
僕も、1年ほど前に転機があり、単身赴任となりました。
お話があった際は、随分悩みましたが、まだこの僕に期待してくれていることに感謝し、受け入れることにしました。
でも、家族といっしょにいられない時間が、すごく寂しく、後悔することもあります。
456さんも、自己嫌悪だなんて思う必要はないと思います。卑怯者ではありません。逆に、しっかり自分の在り方をちゃんと考えて辞退したことは、選択としてありだと思います。
この選択を悪いことだと思うことが一番のストレスにならないことが重要です。
多分、どちらを選択しても、ストレスはあると思うので、このストレスとちゃんと付き合っていくことが大事なのかもしれません。
お互い、生きていられることで、いろんな選択を悩めることに感謝ですよね。

2018/5/27(日) 午後 9:52 スマイル


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