|
毎年、11月、40年前に赴任した新任校で当時一緒に勤務していた仲間の会があります。去年から参加し始めました。みんな定年退職しています。近況を話すのですが、病気、年金といった話題ばかり・・・。年取ったんですね。
|
なんでもない日々
[ リスト | 詳細 ]
|
大雪のために空のダイヤが混乱していました。羽田空港での遅れが那覇空港発着に影響していました。那覇からの帰り、S○YM○○K那覇-石垣便16時40分発は3時間以上の遅れが出ていました。おそらく羽田から来た機体だったのでしょう。19時50分ごろ、機内に案内され、やっと帰れると思ったのもつかの間でした。滑走路まで出たものの「石垣空港の使用制限時間を過ぎたので、着陸許可が下りません」とのCAのアナウンス。それで、ターミナルに引き返しました。ところが、そのあとの同社の19時20分発の便は20時半ごろ、なんと石垣空港に向けて飛び立ったのです。そして、使用制限時間の午後9時を越えた9時半、石垣空港に着陸したのです。制限時間を過ぎても許可が下りたのです。後の便が欠航にならずに、先の便が欠航になるなんて・・・。払い戻しはする、とのことでしたが、みんな怒っています。北海道から来たグループはこの2つの便に分乗して石垣に行くことになっていて、これでは困ります。遠くから来て、石垣で過ごすのはおそらく2日間。これで半日はロス。ホテル代も自己負担となっては・・・。
どうして後の便が着陸できたのかというと、空港利用制限時間は8時〜21時となっていて、最終便は翌朝の始発便になり、石垣空港で夜を明かすからです。その前の便を飛ばしてしまうと、利用時間制限に引っかかり、その日のうちに那覇に帰れなくなって、翌朝の那覇からのダイヤに影響があるからです。石垣から帰る予定の石垣-那覇便は当然欠航です。会社の運航を考えたら、そうなるのかもしれませんが、利用者の立場からみたら、理不尽です。遅くなっても、飛ばしてほしかったと思います。少なくとも、帰れないのですが石垣への客は時間的にも運べたのですから、運んでほしかったのです。石垣からの便は遅い時間でも運航したら、翌朝の那覇発の便に使えます。空港管理とかメンテナンスに会社の負担はあるとは思いますが、客商売なので乗客優先で対応してほしいです。
払い戻しの対応した係の人たちに責任はありませんが、管理者からの説明もなし、おそらくは契約社員である係の人たちからの説明も「申し訳ありません」という謝罪のようなコメントもありませんでした。宿泊所の紹介もありませんでした。これが、格安航空会社なのです。安さの陰には、こういうこともあることを承知していなくてはなりません。こんな経験をした人は、もう乗らないでしょう。僕も、この次に乗るなら帰りの便は地元の足JTAにします。県内を中心にしていますから、この日も1時間程度の遅れが最大でした。自然災害であっても、欠航したときのホテルは日航ホテルが紹介されるようです。
|
|
娘の住む岡山県に行ってきました。大山の方に行って、桜を見てきました。低地では桜が満開だったのですが、山間部では、まだ、つぼみです。それでも、「凱旋桜」という名所には人がいっぱいです。日露戦争の戦勝記念に植えられたものですから、もうそろそろ寿命かもしれません。街道の宿場町でもあり、古い町並みを保存して、地域の人たちがそれぞれに工夫した商品を家の前に並べて売っていました。餅を焼いて醤油をつけていたり、趣味で焼いた焼き物なんかを並べているお店もありました。町起こしといった感じです。
イオンの駐車場の桜
遠くに雪を頂いた大山
やっと咲き出した桜
あちこちで記念撮影・・・桜はまだですが
しだれ桜も
|
|
娘のいる岡山に出かける途中、沖縄・浦添の史跡のいくつかを見ていきました。浦添は、尚巴志が打ち立てた琉球王国の前の中山王国で、尚巴志に滅ぼされたお城のあったところです。舜天は、源為朝の子どもだという伝説のある王です。2代目は伊祖王。3代目は英祖王。
伊祖グスク
グスクからの眺め
浦添ようどれへの道
浦添ようどれ(奥が尚寧王のお墓:薩摩侵攻のときの王、手前が英祖王のお墓)
伊波普猷(沖縄学の父)のお墓
玉城朝薫(組み踊りの始祖)のお墓
当山の石畳(テレビドラマ「テンペスト」の録画をした。撮影した場所だけ草取りしてあった・・・)
ゆいレール「古島駅」で降りて、拾ったタクシーの運転手さんに案内してもらいました。あんまり詳しくはありませんでしたが、なんとか2時間で回ってくれました。
|







