オフコース(ニューミュージッ等)

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小田和正の年齢にネット騒然 「嘘」「衝撃」「驚がく」
デイリースポーツ 3/15(水) 9:49配信

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 歌手の小田和正(69)が15日、NHKの「おはよう日本」にインタビュー出演。今年9月で70歳となることや、今もキーを下げることなく歌っていることに、ネットでは驚きの声が上がった。

【写真】“小田和正嫌い発言”で…タモリ「気まずい」















 番組では、オフコース時代から現在に至るまでの小田の映像を流しながらインタビュー。オフコース時代は“孤高のアーティスト”のイメージが強かったが、1998年に自動車事故で重傷を負った際に、ファンから「とにかく生きてくれているだけで良かった」という手紙がたくさん届き、考え方が変わったという。「こんな風に思ってくれるんだから、喜んでもらわなきゃと。そんな風に考えたことなかったけど、そこで初めてそういう考えになった」と振り返った。

 この経験から、コンサートではファンとの距離を縮めるべく、花道を作ったり、コンサートで流す「ご当地紀行」という、会場周辺の名所を小田自ら訪ねるVTRを作るなどするようになったという。

 今年9月には古希を迎える。インタビュアーの阿部渉アナウンサーから「アーティストの方は年を重ねるにつれてキーを下げて歌ったりされる方が多いですよね」と質問されると「オリジナルに近い感じでファンの方は聞きたいわけだから、その期待は裏切りたくない。キーを下げなきゃ歌えなくなったら、潔く身を引くのがいいなってぼんやり思っているんだけど」と、現在もオリジナルのキーのまま歌うこだわりを吐露。引退についてたずねられると「へへへって書いておいて下さい」といたずらっぽく笑った。

 この小田の姿に、ネットでは「もう70?」「70であの声」「もっと若いと思ってた」「時間がゆっくり流れてるのかしらと思うぐらい若い」「嘘やろ」「衝撃」「驚がく」と驚きの声が。阿部アナもインタビュー冒頭で「今年70歳、ホントですか?嘘じゃないですか?」と思わず本人に問いただしていた。

昨夜たまたま見つけたので記録として残しておきます。
記事は2016年4月なので、このイベント企画は来年の2017年6月30日。
気をつけて欲しいのは「賛同者の声を反映し中身を決めたい」と記事でも書かれている通り
まだ何も決まっていないようです。
やっさん自身は共演する事は可能性が低いかも知れません。

でも、やっさんが居て、そしてみんなが揃ってこそのオフコースなんです。
行くとなったら会社2日は休まないと無理っぽい(^^;;;

では記事転載します。

「あの時の感動をあの場所で」――オフコースファン1万人が日本武道館で大同窓会を企画 想いを止めないで

http://rpr.c.yimg.jp/im_siggSmdKlTiaUrHc3GCNljlFIg---x800-n1/amd/20160409-00056229-roupeiro-000-12-view.jpg
オフコースが伝説の10日間ライヴを行った日本武道館。35年後にファンが再集結!?(写真:アフロ)
先日、4月17日にスタートするドラマ『OUR HOUSE』(主演:芦田愛菜、シャーロット・ケイト・フォックス/フジテレビ系)の主題歌に、オフコースの37年前の大ヒット曲「愛を止めないで」が決まったことが発表された。
脚本を野島伸司が手がけることでも注目を集めそうだが、オフコースの楽曲が連続ドラマの主題歌に起用されるのは、『ひまわりの家』(’77年 日本テレビ系)の主題歌「ロンド」以来なんと39年ぶりだ。小田和正は、ご存知『東京ラブストーリー』(‘91年 フジテレビ系)の主題歌「ラブ・ストーリーは突然に」を始め、数々の人気ドラマに主題歌を提供しているが、オフコースとしては39年ぶり2度目の連ドラ主題歌になる。ちなみに『東京ラブストーリー』の演出を手がけた永山耕三氏が、今回のドラマの演出も手がける。「愛を止めないで」はジャケット、カップリング曲「美しい思い出に」も37年前のレコードと同じで、紙ジャケット仕様の限定リリースで、5月11日に初CD化される。
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggu4cT4XX2vzCkF.tI.jxQAQ---x280-n1/amd/20160409-00056229-roupeiro-005-12-view.png 『OFF COURSE BEST ever』は5万枚を超えるヒットに
解散してから今年で27年。しかし今も根強い人気を誇るオフコースは、昨年12月に発売されたデビュー45周年記念ベストアルバム『OFF COURSE BEST“ever”』が5万枚を超えるヒットになり、売れ続けている。オフコースのベスト盤はこれまでに何作かリリースされているが、『ever』はホームページ上でファンに「一番好きな曲」「一番心に残る曲」、そしてその曲にまつわるエピソードを募集し、上位18曲を1枚に収録したオフィシャルベストアルバムだ。

日本武道館でオフコースファンの大同窓会を行いたい

寄せられたファンからのエピソードもHP上に公開されているが、ファンのオフコースへの、オフコースの曲に対する熱い想いは、今も変わらない。そんなファンの中でも、特に熱い心でオフコースを応援している一人が「オフコース・ファンパワー実行委員会」発起人・代表の浜口政子さんだ。なぜ彼女をクローズアップしたかというと、実は浜口さんはオフコースファンとして、壮大な、でもなんとしても実現させたいイベントを計画し、5年前から奔走しているからだ。それはオフコースが日本武道館で“5人”で最後のライヴを行った1982年6月30日から35年後、2017年6月30日に再び日本武道館でファンによる大同窓会を行い、あの伝説のライヴの感動を、観た人、残念ながら観ることが叶わなかった人、全員で味わいたいという企画だ。

決してオフコースの再結成を願う運動ではなく、'82年6月30日日本武道館、5人でのラストライヴの感動を、観た人、観ていない人みんなで同じ場所で感じたいだけ

ひとつはっきりしているのは、この活動は、オフコースの再結成を願うファンの運動では決してないということ。あくまでファンが“勝手”に、でもその純粋な想いを結実させるべく集まろうというものだ。しかしいくら“勝手”とはいえ、解散して30年近く経とうとしてもなお、ここまでファンに愛されているオフコースはやはり偉大なアーティストだし、オフコースが大きな足跡と感動を残した日本武道館に、アーティスト不在でももう一度集まりたいというファンの熱い想いは相当なものだ。「中学3年の時、’82年6月30日の日本武道館に行けなかった想いというのが、ずっとありました。それで2011年の東日本大震災の時、これから何が起こるかわからないし、オフコースの音楽が聴けなくなったらどうしようと思ってしまい、青春時代を彩ってくれたオフコースとオフコースの音楽に恩返しがしたいと思いました」。浜口さんはオフコースの「さよなら」を聴き、衝撃を受けファンになった。いつかライヴに行きたいと思っていたが、’82年6月30日の日本武道館ライヴを最後に、メンバーの鈴木康博(ギター)が脱退。この日本武道館ライヴは10日間という前代未聞の規模で行われ、チケットの応募はがきは53万通にのぼり、当時大きな話題を集めた。オフコースの人気ぶりがわかる数字だ。しかし当時地方在住で、高校受験を控えていた浜口さんは応募すらかなわなかった。5人がステージに立っている姿は、映像作品でしか観たことがない。ちなみにオフコースは鈴木が脱退した後も4人で活動を続け、’89年2月26日東京ドームでのライヴを最後に解散した。しかし浜口さんのように、5人時代のオフコース、その最後の武道館に強い想いをいだいているファンは多い。

自分の青春を彩ってくれたオフコースに、オフコースの音楽に恩返しがしたい

http://rpr.c.yimg.jp/im_siggDtp6Pq0kXeA4vZZeZsXtOA---x280-n1/amd/20160409-00056229-roupeiro-002-12-view.png 「オフコース・ファンパワー実行委員会」のサイトのトップページ
「大間ジロー(ドラム)さんを始め、メンバーだった皆さんが東日本大震災の復興支援を一生懸命やられているのも目の当たりにし、すっかり感化されました。思い起こせばそれもイベントの実現に向け動き出す契機になったと思います」(浜口さん)。オフコースの音楽で育った自分、その恩返しをしたいという気持ちと、少しでも震災復興の役に立ちたいという想いとが交錯して、彼女はある行動に出た。日本武道館ライヴから30年後の2012年6月30日、東京・shibuya duoで「オフコース ファンフェス2012」を行った。武道館ライヴの映像の上映、当時のライヴスタッフを交えたトークショー、コピーバンドやゲストバンドのライヴ、チャリティオークションなどを行い、半日にわたってファンとともにオフコースを楽しんだ。元メンバーの清水仁(ベース)と大間も顔を出し、大間は飛び入りで演奏にも参加したという。
イベントは成功したものの、浜口さんの武道館に1万人を集めてイベントをやりたいという想いは、ますます強くなっていった。「でも、他の人はどう思っているのだろう?」、そこを確かめるべくイベント翌月に「ファンパワー実行委員会」を立ち上げ、その時企画に賛同していた青森県在住のシンガー・ソングライター、桜田まことの全国ツアーに帯同して、ファンミーティングを全国で行った。「オフコースのファンでもあるシンガー・ソングライター桜田まことさんの全国ツアーと一緒に、オフコースファンミーティングの全国版をやりました。宮崎、福岡、京都、神奈川、東京、福島……ど素人がお金もないのに、確かにいた、あの武道館10daysに応募した50万人を超えるファンの方たちに呼びかけにいくつもりで回りました」(浜口さん)。活動資金は賛同者からの寄付はあるものの、ほぼ浜口さんの持ち出しで、さらに仕事、子育て、家事をこなしながら忙しい合間を縫っての活動だ。関係者にアポイントを取り、イベントをどうやったら実現できるかのアドバイスをもらったり、参加を呼びかけるリーフレットを作って配ったり、CDショップやライヴハウス、様々なお店にリーフレットを置いてもらうべく駈けずりまわっている。そのかいあって、オフコースのCDをリリースしているユニバーサルミュージックとコンタクトできた。

活動が神奈川新聞にも取り上げられ、注目を集める

http://rpr.c.yimg.jp/im_sigg2VFcjo2hSWHIDaYeNTjKfA---x280-n1/amd/20160409-00056229-roupeiro-004-12-view.png 実行委員会の活動が取り上げられた神奈川新聞('15/12/29)
また小田和正、鈴木康博の出身地でもある神奈川県で発行されている、地元紙・神奈川新聞が昨年12月29日にこの活動のことを取り上げ、大きな反響を呼んだ。サポーターが一気に増え、実行委員会のサイトには賛同者からたくさんのコメントが寄せられた。「メンバーも来ないのに武道館に1万人もファンが集まって、オフコースに感謝の気持ちを伝えることができれば成功だと思う。だから応援します」「わたしが何かできるのかわかりませんが、若い頃オフコースの歌に助けてもらいました。それがなければ今私はこの世にいません。武道館実現、楽しみにして、私ができることをさせていただきます」など実行委員会を激励するコメントが相次いでいる。
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggK7xnhJFyyvupgeuyzgK6Ow---x280-n1/amd/20160409-00056229-roupeiro-003-12-view.png 「オフコース・ファンパワー実行委員会」に寄せられたイベント賛同者からのメッセージ
一方で「6月じゃなくても、武道館じゃなくてもいいじゃないですか」というファンの声があるのも事実だ。先述の通り、オフコースとしてのラストライヴは’89年2月26日の東京ドーム公演だからだ。しかし浜口さんは「様々なファンの声に耳を傾けてみると、オフコースといえば武道館…そんなキーワードを紡いだらファンの最大公約数的な数字がみえてきた」という。

2017年6月30日の日本武道館でのイベントは、賛同者の声を反映し中身を決めたい

http://rpr.c.yimg.jp/im_siggjIYmnXC2BMtJGNKA_lCH0A---x280-n1/amd/20160409-00056229-roupeiro-001-12-view.jpg 『Off Course 1982・6・30-武道館コンサート-』
気になる「オフコースin日本武道館2017.6.30」の内容はどうなっているのだろうか。「あくまで予定ですが「オフコースin武道館1982.6.30」フィルムコンサートリバイバルはできそうです。あとは1万人集まることがはっきりしてきたら、参加表明してくださった方の意見を反映する形で決められたら。展示コーナーも設置したいです。オフコースは東北にゆかりのあるメンバーが多く、東日本大震災の復興に役立てて欲しいのでチャリティ企画も予定しています」。だが日本武道館への道のりはそう簡単ではない。まず武道館を押さえることができるのかという問題もある。予約は概ね前年の夏頃からの受け付けになるが、イベンターとの契約や運営資金の準備等、クリアしなければいけない問題はたくさんある。でもこの一生に一度になるかもしれない“大同窓会”への浜口さんたちファンの想いは止められない。
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggM4fmD5hieK_X3j5bpj62Aw---x280-n1/amd/20160409-00056229-roupeiro-006-12-view.png 「オフコースin日本武道館2017.6.30」に参加表明をしたファン(一部)
賛同者も4月現在でまだ2000人弱で、1万人集り次第、メンバーを始め関係者に招待状を送付したいという。「私たちは決して再結成を望んでいるのではないんです。あの時の感動をあの場所で味わいたい、ただそれだけなんです。オフコースの音楽を長年愛してきて、その音楽の力をファンが示すことで、大きなメッセージになると思うんです。色々な想いが込められています」と力強く語る浜口さんは、とても大切にしている、ある“メッセージ”があるという。それは小田和正が昨年横浜アリーナで行ったライヴで言った「今でも僕が大好きなオフコース」という言葉で、この言葉を心の支えにして、希望と不安を繰り返し感じながら、今この瞬間も1万人の想いを集めるために動いている。オフコースの、オフコースの音楽に寄り添うファンの心は非常に近く、熱い。
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggXt4PZsYrKDUlIF.VMEvmEA---x280-n1/amd/20160409-00056229-roupeiro-007-12-view.png
「オフコースがいてこその私達」という、名もなきファン達の想いは、2017年6月30日の日本武道館に向けて、その輪を広げつつある。東京・九段にある「オフコース・ファンパワー実行委員会」の拠点の窓からは、日本武道館がよく見える。

オフコースのタオル

片付けていたら、実家から持って来たこと忘れてた(^^;

懐かしいので画像アップしました。

1983年発売ですが、よくもまぁ残っていたもんですね。

以前はこの他にもTシャツらやトレーナーもありました。

阪急百貨店・梅田店で販売していたのを覚えています。

NEXTのテーマのトレーナーなんて、ピンク色でしたからね(笑)

three and two のTシャツやトレーナーなどありましたが、ボロボロになったので
確か捨てた記憶があります。

気に入って来ていたからボロボロなのは仕方ないですもんね。

しかしよく残ってたなぁ。
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オフコース、新ベスト盤が売れ続ける理由。ドラマーが語る音作り秘話


解散した今もなお、多くのファンに愛され続けるオフコース。
デビュー45年を記念して、2015年12月にオフィシャル・ベストアルバム『ever』がリリースされ、発売後2か月たった今もなお好調に売れ続けています。

そこで、当時オフコースのドラムとして活躍された大間ジロー氏に今回のアルバム『ever』や当時のオフコースとしての活動、そして現在の大間ジロー氏個人としての活動についてお伺いしました。

「ああ、この曲が入ってるんだな」ファンが選んだアルバム

――オフコースのベストアルバム『OFF COURSE BEST "ever"』は、オフコースファンによって選ばれた曲で構成されています。大間さんはお聴きになって、どのような印象をお持ちになりましたか?

大間 「ああ、この曲が入ってるんだな」と思う一方、「この曲が入っていてもいいのにな」と思う曲もあります。康さん(鈴木康博)の曲がもうちょっと入ってもいいんじゃない? とかね。
――18曲をお聴きになって、印象に残った曲は?

大間 「生まれ来る子供たちのために」ですね。これは1979年に発表された曲ですが、あらためて今のテクノロジーで再生したとき、とても今に即している曲だと思いました。楽曲の持っている世界観が、まったく古くなっていない。今、リリースしてもおかしくないぐらいだと思います。
OFF COURSE BEST
OFF COURSE BEST "ever"
――オフコースはサウンドも本当に凝っていますね。こうして最新リマスターされた音源を聴いて、あらためて実感しました。

大間 よくぞこれだけしっかりレコーディングしていたな、と思いました。一曲一曲、自分たちでアレンジを考えながらレコーディングしていましたからね。

「ここまでやるのか!」衝撃のレコーディング

――当時のレコーディングの思い出で印象深いものは?

大間 もう、ありすぎて(笑)。「ここまでやるのか!」というレコーディングでしたから。100人いたら99人は途中で諦めるでしょう。でも、そこを諦めない。小田さんは、自分の楽曲に対する飽くなき完成度の追求がとても高い人でね。最後のトラックダウンが終わっても、まだ「直したい」と電話が来るんです。(音源を)工場に送った後なのに、直しを入れたこともありました。僕もレコーディングは嫌いじゃなかったんですけど、辛かった思い出が蘇ってくる曲もありますね。曲名は秘密です(笑)。
――小田さんはレコーディングに厳しい方だったんですね。

大間 僕と清水仁と松尾(一彦)は最初、バックメンバーだったんです。僕はドラムだったので、レコーディングのときは自分のパートが終わったら、四六時中スタジオにいたわけではありませんでした。あるシングルが出来た後、小田さんに「どう思う?」と聞かれたので、「ちょっとドラムの音が小さいですね」なんて自分の意見を言ったら、猛烈に怒られましてね。「そんなこと言うんだったら、最後までスタジオにいてみろ! お前なんかにそんなこと言う資格はない!」って。
――本当に厳しいですね(笑)。

大間 でも、その瞬間から意識が変わりました。立場が何であれ、「食らいついていってやろう」と思ったんです。僕は負けず嫌いだったので、メラメラと燃えてね。小田さんより早くスタジオに入ったり、小田さんが帰るまでは帰らないでいたり。実際、レコーディングに立ち会い続けることで、プロデュースの仕方も学びましたし、コーラスワークの仕組みなども理解しました。音楽の成り立ちを一から学んだのがオフコースのレコーディングだったんです。
当時の大間ジロー氏(写真・右)
当時の大間ジロー氏(写真・右)
――当初はバックメンバーだった大間さんが正式加入されたのが1979年です。大間さんから見たオフコース像はどのようなものだったのでしょうか?

大間 メンバーが(小田、鈴木の)2人時代はフォーク色が強く、僕は洋楽をずっと聴いていたので、ちょっとフィーリングに合わなかった。でも、『ワインの匂い』(75年)というアルバムを聴いて認識が変わりました。オフコースは「媚びない」。ファンにも媚びないし、業界にも媚びない。売れなくてもいいから、自分たちが納得する良いものを作りたいという信念が2人にはあったと思います。だから、評価は高かったけど、なかなか売れませんでした。アリスやチューリップやユーミンに比べると、オフコースはわかりにくかったと思います。そんな時期がしばらく続き、76年『SONG IS LOVE』、77年『JUNKTION』、78年『FAIRWAY』の3枚のアルバムは自分たちで「迷いの3部作」と呼んでいました。その後にシングル「さよなら」(79年)をリリースするんです。レコーディングのとき、「これは絶対に売れる」と思いました。「時が来た」という感じでしたね。
――ここからオフコースは一躍人気バンドの仲間入りをして、日本武道館での公演も成功します。

大間 5人のバンドにもどんどん化学反応が生まれていて、特に1980年のツアー「OFF COURSE CONCERT“We are”」ではバンドとしてのうねりを感じていました。1+1が4にも5にもなるんです。この頃の曲では、「きかせて」がとてもお気に入りですね(アルバム『We are』収録)。コンサートではニューヨークの夜景の映像を使っていて、それがとてもマッチしていました。

ショックだった鈴木康博の脱退

――そんな中、鈴木康博さんが83年に脱退されます。ファンにとっては衝撃的な出来事でしたが、大間さんにとっても青天の霹靂だったのでしょうか?

大間 そうですね。僕は、鈴木さんからいろいろな音楽を教えてもらいました。僕はロック一辺倒でしたが、鈴木さんがスティービー・ワンダーやモータウンのレコードをたくさん聴かせてくれて。だから本当に……ショックでしたね。でも、康さんは康さんの判断、価値観の中で決断したことですから、僕から言うことは何もないです。彼は一度決断すると、とても強い人なんですよ。実はつい先日も康さんのライブにゲスト出演してきて、いろいろな話をしてきました。でも、昔を懐かしむ話ではなく、今とこれからの話ばかりなんです。「ジローはどんどん進化しているし、俺もそうありたい」と言っていましたよ。

祈りながら叩いたドラム

――現在、大間さんは津軽三味線とドラムという編成の「天地人」という音楽ユニットで活動されています。オフコース時代に学んだことは、現在の活動に影響を与えていますか?

大間 はい、しっかり結びついています。僕の中で「こうあらねばならない」「こうあるべきだ」という方程式がなくなりました。音楽のつくり方とか、芸能界のシステムとか、そういうことは僕にとってはどうでもいい。今は音楽で新しい世界観を作りたいと考えています。黒澤博幸という岩手の津軽三味線奏者と、秋田出身の僕が組んだからこそできる、東北の泥臭さ、粘り強さが出ていると思います。
――天地人というユニット名は、どのような発想だったのでしょうか?

大間 火坂雅志さんの小説『天地人』より、ウチのほうが早かったんですよ(笑)。天地人とは、すべての調和のことです。和太鼓が入ってもいいし、東フィルとも一緒にやらせていただきました。いろいろな方たちとコラボしながら、人と自然の調和のエネルギーを感じています。それを生きるエネルギーにつなげていきたいですね。
2003年、大間ジロー(元オフコース)を中心に結成された、打楽器と津軽三味線のユニット「天地人」
2003年、大間ジロー(元オフコース)を中心に結成された、打楽器と津軽三味線のユニット「天地人」
Soul & Beat Unit 天地人
天地人 オフィシャルサイト。天地人は2003年、大間ジロー(元オフコース)を中心に結成された、打楽器と津軽三味線のユニット。
――2016年3月11日、12日、13日に東日本大震災復興支援イベント「よみがえれ、東北応援魂! 東北六県茶屋〜TOHOKU Rock'n Cafe」を主催されます。大間さんの想いをお聞かせください。

大間 震災から5年経ちますが、被災地ではいまだに仮設住宅で暮らしている方たちが大勢います。そんな中で、僕も東北人としてできることをやっていきたい。2012年から被災地で演奏させてもらっていましたが、当初はあまりのことに言葉が出ませんでした。祈りながらドラムを叩いた体験は、このときだけです。今回、イベントが開催される渋谷はオフコース時代も大変慣れ親しんだ土地。日本のカルチャーの発信地であり、若い人も多い街です。ここから我々が想いを発して、来場していただいた方が次につないでいってくれればと思います。
よみがえれ、東北応援魂!東北六県茶屋〜TOHOKU Rock'n Cafeのイベント情報|ウォーカープラス
東京都の物産展、よみがえれ、東北応援魂!東北六県茶屋〜TOHOKU Rock'n Cafeのイベント情報です。
――当日は、天地人や東北出身のアーティストたちの演奏を含め、東北六県のスイーツなどが販売される賑やかなイベントになりそうですね。

大間 どんな風に感じていただいてもいいと思います。音楽とスイーツを楽しんでもらえれば、それで十分。復興支援は、できる人が、できるときに、できることを、できる範囲でやるべきだと思います。オフコースのファンの方たちにも、ずいぶん励まされました。とてもありがたいことですね。
OFF COURSE BEST ever | オフコース
昨年はひっくり返りましたが、今年は出だしから期待出来そうです。

見終わってからほっこりしたいですね。

この番組のCMカット、もう解り切っていると思います(笑)

何を残して何をカットするか(^^;

歳取ったら高音がしんどくなるのですが、歳取っても相変わらずですね。

中学生の頃に初めて聞いたWe areのレコードが結構衝撃的でしたね。

トーク中にコメント書いているのはバレバレでしょう(苦笑)

しかし、本当に昨年の番組の構成は一体何だったのでしょうか。

やっぱ、やっさんや他のメンバーの居た頃のサウンドとハーモニーを
もう一度聴きたいです。

これがオフコース時代を知るファンとしての最高のクリスマスの約束に
なるかと・・・
他のミュージシャンには失礼だろうけど、オフコース時代を知る者にとって
これだけは本当に願いのひとつです。


見終えた感想です。
バンド演奏というよりも、こじんまりとしたアコースティックな雰囲気で
客席との距離も近く、アットホームな感じでした。

ただ気になったのは、小田和正さん、ちょっと元気が無かったように見えました。
体調は大丈夫なのだろうか。
ちょっとだけ気になりました。

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