蒼い時

後、2ヶ月余りだそうです。担当病院も変わりました。目標は新年を迎える事です。

日記

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イメージ 1
 
左の座っている地蔵は千曲川をむいて座っています。
右の六体が震源地方面を向いています。
地震の間に回ったそうです。
村を守っていると思いました。
 
イメージ 2
 
辺りは長閑な畑・・・真ん中に千曲川が流れています。
 
イメージ 3
西大滝近くの千曲川・・・右が長野方面
 
イメージ 4
 
まだこの時はコスモスが咲いていたんですね。
 
イメージ 5
 
飯山市中央橋付近・・・野沢温泉村・栄村方面へ
北陸新幹線が徐々に出来てきています。
 
 
お地蔵様のお姿にパワーを頂きたくて、9月にJrが連れていってくれました。
車に乗っているだけ。
 
お地蔵様は思ってたより意外なところにいらっしゃいました。
恥ずかしいことにそこに至るまで地震の被害をみることは
できませんでした。
しかし、お地蔵様から少し先でUターンをしようと行った
随門は土砂崩れで、117号線(栄村へ続く国道)へ渡る橋が工事中でした。
 
正にお地蔵さんの一歩前です。
 
不思議ですね。
 
 
 
 
 
 
    
   
 
 
 
 
 
 
 
 

父が急逝しました。

       目まぐるしい一日でした。
 
       ようやく実家から帰ってきたら、すでに空は白み始めていました。
 
       昨日のブログが中途半端に終わっていたのは、病院に行く時間が差し迫って
 
       いたからでした。十分にモカのお礼も言えず、いい放しですみませんでした。
 
       病院で先生とお話をし、「こんなに気持ちの良い天気だから戸隠にでも行って
 
       みたいな。」「行ってらっしゃい。」と笑い合っていました。
 
       しかし、なんとなく家に直行して休んでいました。
 
       
 
       夕方、皆さんへ今度こそリコメを書こうと思っていた4時半。
 
       母から父が倒れたという一報が入りました。
 
       すぐに救急車を要請し、入った病院が私の前の病院でした。
 
       実家からはとても遠い病院ですが、私は5分です。縁とは不思議です。
 
       病院に着いた時は、検査が始まっていて、意識は無い状態でした。
 
       ヘモグロビンが3mgしかなく、呼吸も苦しいものでしたが、本人はひたすら
 
       肩で呼吸をしているばかりでした。
 
       近くの親戚が皆集まり、最後の別れができました。
 
       わかってくれたと思います。
 
       そして1;05に旅立っていきました。
 
       
       あまりのあっけなさに、泣くこともできません。
 
       そのような状態なのに、病院から帰宅する時は葬儀社の手をかりなくてはなりません。
 
       急遽連絡して、とにかく帰宅を頼みました。
 
       帰宅は霊柩車なんですね。
 
       父は本当に穏やかな顔をしていました。
 
       母は父にありがとうと何度も頭をさげ、幸せだったと言っていました。
 
       身とっていただいた先生に父との思い出を話していました。
 
       先生も私が恐縮するほど話をきいてくださり、愛情に満ちた言葉をかけて
 
       くださいました。本当に感謝しました。こころがみえました。
 
       いい旅立ちだったと思います。
 
       それにしても駆け足過ぎました。
 
       
 
 
        本当はまだしんじられません。
 
       
 
      

静かな誕生日

9月4日は誕生日でした。
 
イメージ 1
 
 
が朝一ので資格試
 
験にいくため、「4時半に
 
起こしてね。」とさっさと
 
寝てしまい
 
Jrも駅まで送るから一緒
 
に起こして。」とこれまた
 
さっさと寝てしまい
 
私だけ遅れてはいけない
 
と4時半まで起きていました
 
天気も心配でした。
 
そんな誕生日の始まりでした。
 
 
この日、軽井沢のお店に食事に行く予定でした。
 
9ヶ月前のあるイベントの帰りにで偶然隣合わせた方が、お店のマダムでした。同じイベントに行っていたこと
 
がわかり、楽しいひと時を過ごすことができました。素敵なマダムでした。(マダムはお友だちに誘われたから付
 
き合ったそうです!)
 
 
そして、この日、マダムと出逢ったイベントのある方を含むイベントが埼玉アリーナで行われました。
 
今まででしたら、誕生日に行われるイベントです。絶対に行っていました。実際、皆勤賞です。
 
今回はチケットがDVDの購入者のみに限定されていました。37,000円です。どうなんでしょう?
 
イベント会社が代わってから、このような方法がとられるようになって、なんか違う!と思っていました。
 
雑誌類も断捨離してしまったし、心もスッキリしたようです。
 
 
Jrからの誕生日プレゼントは「2011 諏訪湖新作花火大会」へ3日に連れてってくれたこと。
 
台風の最中でしたから、危うかったのですが無事に観る事ができました。
 
*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*....  諏訪湖の新作花火大会とは (要綱から)

諏訪湖は、花火の打上げ場所・観覧場所として全国でも有数のロケーションを誇ります。この諏訪湖を舞台に全国の意欲ある若手煙火師が、従来の枠にとらわれない斬新な発想と独創の技術で創作した芸術性の高い新作花火を競う大会です。
今年は25名、17,000発の花火が諏訪湖に舞います。昨年は30万人の人出でした。
花火の名前が素敵「笑えば心に花が咲く」「小さな恋の物語」「エターナルリング」etc。
派手な大花火大会とは一味違って、人気があります。
                                   *.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*....
 
始まる前まで、降っていたそうなので小雨とはいえ、何時降るかドキドキでした。こんな天気なのに結構な人出で
 
駐車場探しの車が多かったです。あっちこち場所を探し、ちょっと遠目ながらいい場所をゲット。
 
「小さな恋の物語」というスターマインはハート型の花火が飛び交い目がでした。
 
球の1/4ずつ色がグラデーションで変わる花火、二重丸がいっぱいの花火、歓声の嵐でした。
 
Jr君ありがとう
 
肝心な花火の写真はJrが担当してくれましたが、残念なことになりました心に残っているからいいよ・・・。
 
静かな、きわめて平凡な My Birthday でした。
イメージ 2
 
  自分に買ったプレゼント。
 
  ケーキを買った時に見つけ
 
  ました。
 
  秋ですね〜♪
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 PS : メールやメッセージをありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
先週の日曜日のことです。
 
Jrが夏休みの最中、資格取得の特別講義があるため、運転手さんと一緒に送っていきました。
 
行きの車中でだんだん気分が悪くなってきました。
 
座っているのもやっと。T社の車のsoftな乗り心地が辛いワケではないです。
 
高速の梓川SAで休憩した時も、車から降りることができませんでした。初めてのことです。スタバがあるのに。
 
二人はそんな私をちょっと気遣っていたようですが・・・。実はかなりきつかったのです。
 
岡谷ICで降りたのは覚えていますが、あとはほとんど不明でした。
 
無意識の世界で、体の中から腐っていくーと思っていました。ガンだから当然だ。と自問自答していました。
 
もし、ここ(諏訪地区)で入院することになったらどうしよう。主治医と連絡してかかりつけの病院へ移動しなくち
 
ゃ。とはおぼろげに思っていたようです。
 
車酔いでも、下痢でもありません。本当にお臍を中心に絞りだすような苦しみでした。
 
痛みはありませんでした。生欠伸と冷や汗がかなり出ていました。タオルがぐっしょり濡れていました。
 
 
しばらく意識がなかったと思います。急に二人の会話が聞こえてきたんです。
 
資格試験の話でした。意識が戻って「それは○○でしょう。」と普通に話している自分に驚きました。
 
そこから意識が鮮明になり、頭の中もスッキリ、どうしようもない苦しみも消えていました。
 
あまりにも不思議だったので、通過場所をJrにきいたら茅野市に入る手前でした。
 
もう一つ不思議なことが起こりました。それは6月4日から痛かった右肩から右腕、右脇の痛みがほとんどなくな
 
ったことです。
 
クシャミをするだけで痛みが走っていたのに、あれから一週間、今は咳をしても痛みがありません。
 
右手もすっと上に伸ばすことができます。
 
実は病気が進行して痛みを感じなくなったのかとも思いましたが、自由に動かすことができるのでそれはないと
 
思います。担当医も右肩の痛みはガンとは関係ないとおっしゃっていたのですが、それでも急に治ることはない
 
でしょう。
 
ちょっと不思議な話です。オカルト話ではありません。
 
昨年、不調から復活したのが8月22日。今年は8月21日。
 
どうもこの辺りが私の転機になっているようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
お盆の最終日、思い切り母と思っていることを言い合うことができました。
 
私の病気の現状については、ショックが大きいことを心配して7月まであえて知らせていませんでした。
 
8月2日の検診後、丁度いい場面があって話すことができました。
 
話したときは、平常心で聞いていましたが、言いあった時「最近、悲しいことがあって一人で泣いたことがある。」
 
と言ってましたので、告白した時のことだ!と思いました。
 
今年、88歳(米寿)です。
 
弱音をけっして言わない母ですが、「長生きしてこんなことが待っているとは・・・。」と絶句でした。
 
 
今回、言い合いをした原因は小さなことだったのですが、そこから波及して私の生き方の根本に触れてきたもの
 
ですから、こちらも真剣に対応してしまいました。
 
会ってではなく電話でです。
 
話がヒートアップするにしたがって、『ああ以前はよくこんな感じでやりあっていたなー。』と思い出しまし
 
た。でも、一歩も引けなくて、私から怒って電話を切りました。
 
冷静になってもう一度電話をしました。母からも着信がありました。
 
後は、お互いに言い合った事について確認しあい、励ましてくれました。友人関係の悩みも結局、母が一番理解
 
してくれています。同じ方向に思考している、さすが母だーと納得しました。
 
ずっとこうやって”言い合って→仲直りして”の繰り返しをしてきました。マザコンかも
 
病気が再発してから隠していたこともあり、言いたい事も言えなくて、お互いに心に溜まっていたものが噴火した
 
ようです。
 
最後は「朝、目覚めることができた事に感謝し、夜一日を終えることができた事に感謝をしよう」という結論になり
 
ました。
 
齢88の高齢者と口げんかなんて、大人げないと思われるでしょうが、どうも私達親子にとってこれがいい刺激に
 
なるようです。
 
私も、あまり刺激を与えてはいけないんじゃないかと思ってましたが、どうして、母のほうが一枚も二枚も上手で
 
す。
 
これからも、少しずつ刺激を与えながらお互いに共に生きていきたいと思ったお盆でした。
 
 
 
 
 
 
 

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