蒼い時

後、2ヶ月余りだそうです。担当病院も変わりました。目標は新年を迎える事です。

私のからだ

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11月になりました。

おはようございます。
 
お悔やみのお言葉を頂戴し、本当にありがとうございます。
 
お一人ずつ拝見し、ただ感謝の気持ちでいっぱいです。
 
 
PCを開いたのが日曜日で、ブログ的には浦島太郎でした。
 
 
 
 
寝ていて、寒さを感じファンヒーターをつけました。
 
室温で20度設定です。ほどほどの温もりがありがたいです。
 
10月は葬儀の事を終えて以来ずっと寝ておりましたので、完璧病人になってしまいました。
 
体はそうですが、精神的にもです。
 
夢がまともでなく、いったいどこにいるのかと思い、はっと目が覚めるの繰り返しでした。
 
食事も薬を介して少しずつ摂っていました。
 
今は水を摂っても戻してしまう状態です。ポカリだけは体は許してくれます。ありがたいです。
 
痛みはありません。
 
足はとてもスマートになりました。ミニもOKです。
 
 
 
父の生涯は立派でした。
 
 
今日は通院日です。パパも付き添ってくれます。
 
パパやJrには感謝しきれません。
 
 
皆様にもう一度、ありがとうございます。(過去形にはしませんね。)
 
 
 
 
 
 
 
                 お久しぶりです。
 
              皆さんの温かいメッセージを拝見して、本当にありがたく、励まされる思いです。
 
              久しぶりにPCを開くことができました。
 
              誕生日に主人が「ギャラクシー タブ」を用意してくれて、そこから
 
              みなさんのコメントを読まさせていただいていました。
   
              
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              今、こうして座っていますが、9月21日に緊急で診察を受けてから初めてです。
 
              若干、呼吸が苦しくもあります。
 
              9月に入ってから、致命的にみぞおちから腹部にかけて膨満感があり、
 
              食事がとれなくなりました。1/3、1/4と量がだんだん減りました。
 
              9月29日のサロンの日に、ひろ姉さんmatsuさん、お母さんと一緒のランチは
 
              無理かなと思っていましたが、お話をしながらいただけたので、嬉しかったです。
 
              ありがとうございました。 シチュー美味しかったです。
 
              
              9月28日、ホスピスの面接に主人と行きました。
 
              21日に面接日が急遽決まり、慌しいものでした。
 
             10月4日の定期面接の時に担当医から、
 
             「これからはあちらでいいでしょう。」言われました。
 
             「痛みが出たら、麻酔薬も調合しますし、骨に転移したら放射線をして止めるから」
 
             と前回までおっしゃっていたのに。全く違う。
 
             「今後放射線はする必要がないから」と言われました。
 
             この引き際は凄いです。
     
            「緊急時はこちらでもいいのですか?」
 
            「緊急時はあちらに行ってください。再送しなくてはならないから。」
 
            これも、以前はどうぞ、と言われていたことです。
 
            
            新しい病院はホスピスが設置されている、有名な病院です。
 
            しかも、小布施町にあります。大好きな小布施の町に・・・。
 
            木々に囲まれて、北信五岳も、北アルプスも見渡せます。
 
            自分の家辺りまで見えます。
 
            
            まだ、入院をする意志はないのですが、
 
           担当になられた先生がいろいろ聞いてくださるので、禅問答のような前の病院の
 
           問診とは違い戸惑っています。
 
           質問にも納得がいくように答えていただけます。
 
           担当医との信頼関係は本当に大切です。
 
           も信じている患者さんが多くいるので、救ってあげて欲しいですね。
 
           10月4日の領収書には、当然のように次回の予約はありませんでした。
 
           これから心機一転、新しい病院でお世話になります。
 
           
 
           一晩過ぎました。長く書いているとやはり疲れが出ます。
 
           少しずつ書きます。
 
            この間、悲しい事が起きました。
 
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             モカが亡くなりました。
 
             私が、具合が悪くなったため実家に預かってもらっていました。
 
             実家の先輩猫のコロとも仲良く、自由にお嬢様生活をしていました。
 
            母が戸締りをしてご近所の方と話をしていた時、父が開けた窓から
 
            母を慕ってするり抜け、外に出てしまったそうです。
 
            外に出たことがないので戸惑ってしまい国道に出て、黄昏時の車のライトに
 
            幻惑され、残念なことになってしまいました。
 
            
 
 
 
            
           
 
           
 
           
 
 
 
 
             
 
             
 
              
 
              
 
                 
 

からだの声とともに

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約3ヶ月経とうとしている現在、一番の関心事はどこから
 
来るのだろう余命を阻むものは・・・・ということ。
 
今、痛むところはない。浮腫(むく)みもないようだ。
 
何年も自分の体にふれて、見て対峙してきているから
 
自分でわかることもある。と思う。
 
 
手の甲の血管は少し浮いているのが良い時。
 
浮腫んでいる時は血管が隠れてしまう。              
 
 
鎖骨もさわってみると、浮腫みがあった時は
 
クッション材のような弾力が骨と皮の間にあった。
 
担当医もいつも鎖骨のリンパを触診されてました。
 
 
背中も痛くない。
 
左肺は相変わらず息をしても動かない。
 
わざと”気”を送るつもりで呼吸を左肺に集中してみるが反応はない。
 
咳とともに肺の入り口のガンが出てしまえばいいのにと思う。
 
内視鏡検査で見たがなかなかしぶとい。
 
しかし、2年間余りこのガンはおとなしくしてくれているので文句も言えないかな。
 
左肺がX線から消えた過程が何時なのか把握できていない。
 
というのも不思議だが、おそらく1ヵ月間、横にも仰向けにもなれず、背中の痛みに眠ることもできず過ごした頃
 
だったと思っている。違う理由で同じ病院に通院していたのに気づかなかったとは・・・。
 
暑い日ざしの中、駐車場の一番遠い所から診療科まであえぎあえぎ歩いたのはいい思い出。
 
 
予測として次にくるのは
 
① 右肺が上記の左肺が白くなった時と同じ状況になる。
 
② 肝臓が悪化して浮腫んでくる。
 
③ 他器官に転移する。これはちょっとゴメンナサイ肝臓だけで充分です。
 
多分、①。
 
だから、時々右胸に手を置いて呼吸をし、動いているか、ふくらんでいるかそっと確認をしている。
 
右下少し無気肺有なんて書かれているので。
 
 
こんな状態だから、いつもからだの声に耳を傾けている。
 
 
ちょっと休憩してと言ってくる時がある。
 
 
体がだるい時は休む。パパやJrになんといわれても主婦業臨時休業。
 
 
こころが挫けそうになった時はしっかり状況をみつめて、じっとみつめて・・・クリヤー。残さない。
 
それに、典型B型ですし(周りはほとんどO型)
 
 
それよりも、こんな時間にblogしている事の方が問題でした。
 
おやすみなさい。
 
今日も、良い一日になりますように
 
 
 
 
 
 

2.22の通院結果

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 ずっと雪に覆われていた庭の隅から
 
 雪が解けた途端に
 
 すぐ顔を出してきた 福寿草
 
 
 ここにも春がきました
 
 あたりまえだけど、自然は大きい
 
 
 
  天気があまり良かったので、毎日ふわふわと出かけ、blogの更新をお休みしてしまいました。
 
 
  22日に病院に行ってきました。
 
  午後の時間に予約が入っていたので、今回は時間を少しとって今後について話があるのかなと、
 
  思っていたのですが、いつもの通りの問診でした。
 
  
  もう、治療はしないと決めた1月。何もしないなら、一つ前のホルモン剤を充分に服用して
 
  いなかったので、もう一度試してみたいと申し出ました。
 
  忙しさで1/4位服用しなかったなんて、がん患者としてありえないことですね。
 
  唯一気になっていて、これで治療が最後なら、Reーtryしてみようと思いました。
  
  先生から”アロマシン(25mg)にしましょうとの提案で、1ヵ月間試していました。
 
  副作用が、①皮膚のかゆみ ②指の関節のこわばり ③ほてり とあり、実際に
 
  皮膚のかゆみで服用を中止した人もいるそうです。
 
  私の場合、②には少しあてはまりますが、①③はないので、次、4月半ばの診察日まで
 
  服用を続けることにしました。
 
  その他、聞かれたことは
 
  「咳はでますか?」  「いいえ」  「お腹のはりは?」 「若干?でもこれ、脂肪?」
 
  今は、触診(例えばお腹のはりについて)をしないのですね。画像診断で客観的に
 
  治療を行っているので、逆をいうと診断材料がないと答えられないのでしょうね。
 
  末期になると、材料集めの検査もしなくなる?する必要がないのですね。
 
  「もう、約2ヶ月たちましたが、あと4ヶ月位なんですかね。」とお聞きしたら、
 
  は「それは、わかりませんが・・・。」  
 
   ・・・しかしです。本人にしてみると余命6ヶ月と言われ、幸いにも、特に症状がない日々が続いていると、
 
    どうなるのかな?と思います。
  
  「あなたの場合、急に症状が悪化することはないでしょう。」
 
  「そうですか、ではじわじわっとくるんですね。」
 
     こんな会話をしています。
 
     治療について、当然個別の選択がありますが、私にとっては抗がん剤を選択しなかったことは
 
     OKだったと思っています。
 
  
 
    この病院には、緩和支援センターがあります。
 
   専任の看護師さんが3名常駐していて、対応していただけるようになっています。
 
   心のケアはもちろん、痛み・薬についての質問も全て受け付けて、週に1回はサロンを
 
   開いて、患者さん達の交流もしています。
 
   そこの、看護師さんがすごい!
 
   私も、教員時代、カウンセリングを学んだり、傾聴の研修をした経験や実践もありますが、
 
   とんでもないです。自分が恥ずかしい。
 
   カウンセリングという技術を超えた本物の”信頼”の世界です。
 
   考えていることを肯定し、後押しをしていただいて、気持ちが
 
   初期がんの方にもお勧めだと思います。
 
 
  ついでに、病院の図書室でがん関係の勉強をしてきました。
 
  図書室に隣接して、栄養相談室があり栄養士さんが常駐していました。(知らなかった)
 
 
  病院の廊下に職員が詠んだ俳句(川柳?)が多く貼り出されていて、中に
 
 
       「一年と いわれてすでに 五年たち」 いいですね
 
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PS:地元産のトマトー濃くて力強い味!
 
 
 
 
        
 
                      
 
  
  
 
  
 
  
 
  
 
  
 
  
 
  
 
  
 
  
 
  
 
 
  
 
 
 
  
 
  
 
  
 
  
 
  
 
  
 
  
  
 
  
 
   
 
  
 
 

余命宣告と現在の症状

「余命宣告」を受けたのは、1月4日。
お正月のまったり気分の中でした。
 
朝一番にCT検査をすませ、いつものように診察室に入りました。
 
先生はいつものとおり淡々と、CTの画像をみせながら、
「肝臓まできています。これも、これも腫瘍です。そして、これは大きいですね。」
  「この状態だと、普通の人ではあと3ヶ月、あなたの場合は(がんと)長い付き合いだから、6ヶ月位ですね。
  10月の時に少し疑いがあったのだけどね。これから抗がん剤の治療に変えますか?」
 
「そうですか、抗がん剤に変えたらよくなりますか?抗がん剤以外に治療法はないのですか?」
 
「抗がん剤に変えても、2-3年ももつことはないですね。延命治療だから、がんばって1年位です。
   抗がん剤以外はないですね。緩和治療になります。」
 
「抗がん剤はしません。これは私の考え方ですから。緩和治療でお願いします。」
 
  この時、看護士さん達がはっと息を止めたのがわかりました。
  
  10年のがん歴のなかで抗がん剤は一度も受けていません。初発の時から抗がん剤はしないと
  希望を伝えていたのと、幸いにもホルモン剤が相性がいいということで、ホルモン剤治療のみで
  やってこられました。抗がん剤については理由があって受け入れられないのです。
 
  <現在は左肺は、入り口にがんがあるため、空気が入らず無気肺+胸水で2年間病変なし。
        右肺にも少し無気肺の部分が生じ+胸水増加。
        肝臓は多発肝転移。最大40mm。>
 
 余命宣告をいきなり本人にするとは思ってなかったので、意表をつかれたけれど、本人に一番に言って
 いただいたことはよかったと思いました。
 
 この時、「余命宣告のことは周囲関係者に内緒にして欲しい!」と言ったら、先生に本気で叱られました。
 
 私は、余命期間は自分だけで死への準備をきちんとし、お世話になった人に会い、感謝の言葉を伝えたり、
 人間関係で心残りのある人とは関係を修復したり等々をそっとしたいと思ったのです。
 そのためには、余命宣告は内緒に。
 余命なんて知ったら、周りの人の心にずっと負担がかかるのが、私の負担になると思ったからです。
 病気がだんだん悪化していき、亡くなった。その時までみんな普通に過ごすことができるなら
 それが自然でしょう。
 そう御願いしたのですが、先生は、「残された人は知らされなかったことで、あなたを恨みます。」
 「そういう、事例がいくつかありました。」(そういう選択をした人もいるのですね。)
 
 「来週必ず、家族の方をお連れください。」といわれましたが、
  
  次の週、再び一人で出かけ、再度次週送りになりました。
 
  その日、診察の後、緩和ケアセンターの看護士さんと担当の看護士さんに別室で話しましょうと
  誘っていただき、一時間も話をしました。かなり、皆さんに心配をかけていたようです。
  緩和治療やホスピスのことなども確認でき、最終までわかり安心しました。
  
  その日、夫を外食に誘い、告白しました。
  彼は「そうか・・・」としばらく黙っていました。
  その後、残業があるので会社へ戻っていきました。
  今、一番多忙な時なので、身体が心配です。特に心が。
  その日から、彼は朝のトイレ掃除を始めました。(感謝です。ずっと続いています。)
 
  
  私は、今でも、一人で余命宣告を抱いていたほうがよかったのではと思っています。
  
  
 
 
 
  
  
  
  
 
  
 
  
  
 
  
  
  
  
 
 
 
 
 
 
 
    
 
 
  
  
  
  
  
 
 
 
 
 
 

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