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新たな旅の供が加わった。ソプリ、ローバネリーの染め師、かってアカレンだった女の息子。彼がゲドの耳に囁いた、彼が見た夢こそ、ゲドの求める地であった。死を克服した王を求め、ソプリは旅に同道したいと語るのだった。
新たな旅の仲間が増え、アレンの心は揺れ始めた。本当に、ゲドを信頼してしまってよかったのだろうか。水も食料も尽きていこうとするのに、決して魔法を使おうとしない魔法使い。水の補給をするためにオブホルという島に立ち寄ろうとしたとき、島から槍が投げられた。槍はゲドの肩を刺し、ゲドは倒れる。逃げるソプリは、海に飛び込みその姿を消した。オブホルから逃げ、何もない海の上を船を進めるアレン。傷つき倒れたゲドに何の感情も抱かぬまま、しかし残されたわずかな水はゲドのものであると、手をつけようとしないアレン。
そんな彼らを救ったのはいかだ族の人々であった。外海の子と呼ばれる彼らは、年に一度大砂丘でいかだを修理する以外、いかだに乗って海の上で暮らす人々である。いかだ族の人々とともに過ごし、傷ついた身体を癒すゲド。アレンは、いかだ族に救われるまでの航海でゲドのことを疑い、信頼を裏切ったことを告白する。死の恐怖から逃れたかったと述べる。そんなアレンにゲドは、彼の真の名レバネンと呼びかけ、まだ17歳という若さのなかでときに絶望に打ち負かされてしまうのも仕方のないことであり、そして今だ信頼に足る力を持つことを告げる。そして死はすべての人間に訪れる天から授かった贈り物であり、決してそれを否定するものではない。喜怒哀楽の情を放棄し、生を拒否することで、死を拒否することは誤りであることを説く。
はしご族の祭の夜、異変は起こった。はしご族の吟遊詩人が、歌の途中でどういうわけかうたえなくなってしまったのだ。アレンが歌い、その場をしないだところに、ゲドを求めて竜が現れた。オーム・エンバー、セリダーの竜で、エレス・アクベを殺し、自らもエレス・アクベに殺された竜、オームの血をひく竜。オーム・エンバーの求めに従い、はしご族と別れ旅を進めるゲドとアレン。
一方、大賢人がいなくなったロークでも、徐々に魔法の力が弱まる兆候が見え始めていた。姿かえの長の覗く水晶は曇り、呼び出しの長は呪文をかけようとした姿のまま斃れ、あるいは詩の長は、授業の途中、教えていた歌の意味がわからなくなっていた。
旅を続けるゲドとアレンは共食いする竜の姿を見かける。人間より先に言葉を獲得し、どんな生き物よりも遠い昔から生きてきている彼らが、もはや物言わぬけだものたちと同じになってしまっていることに驚き、嘆くゲド。そして、カレシンの城で、オーム・エンバーより捜し求める男を見つけるためにはセリダーに行かなければならないことを聞く。そしてまたオーム・エンバーは、世の中のありとあらゆるもの道理が失われ、このままでは言葉も失せ、死もまたなくなるだろうとゲドに語る。
かくしてゲドとアレンはセリダーに辿り着く。そこに待っていたものは・・・。
そしてゲドとアレンとはその男を追い黄泉の国へ向かって行く。
最後の力を振り絞りゲドはクモと戦い打ち負かし、この世界に不均衡をもたらす穴たる扉を閉めることに成功した。力尽きたゲドを抱き上げ、アレンは暗闇の道を進む。故郷に帰るために。
伝説の竜、カレシンの背に乗り、戻るゲド、そして若き王。かくして、すべては終わり、予言は果たされるであった。

我ながら、ゲド戦記のあらすじをまとめようなどということは、なんて無謀なことだったのだろうと自覚せざるをえなかった。特ににこの「さいはての島へ」は示唆に富む描写が多く、多様な解釈を許す。簡単に言えば、難解な作品であり、それをできるだけ独断に解釈することなくまとめようと思ったのだが、これは完全な失敗。できるだけ、旅した場所、名前を残そうとすること自体が間違いだった。ぼくがまとめたあらすじで作品を伝えられたとは思っていない。しかしこの一見、無駄な作業も、既読の人にとっては、忘れかけた記憶を呼び起こす手助けにはなるのではないだろうか。そう信じてたい。そういう意味で、自分のための備忘録以外に、誰かにとってほんの少しでも役に立つならば徒労とも思える作業を行なった甲斐もあるのではないだろうか。いや、ただの自己満足と云われればそれまでなのだが、。

本作の語る運命は、王たる運命を担うアレンのそれ。ただ闇雲に己の正義を振りかざすことではなく、自分の行動が与える影響をよく考えた上で行動しなければならいということ。アレンが掴み取る運命は、勧善懲悪な二元論では収まらない。そのことを深く考えさせれる一冊。
この作品でアレンは、王の子という与えられる運命をただ受け入れるのではなく、たったひとりの裸の自分という存在(=自己)を認識した上で、初めて王たるものを意識し、王権を担うという運命をその手で掴み取らなければいけない。古くからの王家の血をひくことを、例えば簡単に捨ててしまう物語が現代にありふれるなかで、しかし、そういうものを守り、意識するということも必要であるということをこの作品では語る。そして、またこれはアレンの成長譚。旅を通じ、少年は大人になっていく。
あるいはこの作品の根元のテーマが「生と死」にあることは言うまでもない。不死を求めること、あるいは死者を呼び戻すことの危険を語る。限りある生、死が必ず最後は待つが故に、その生を全うし、価値ある生き方にしなければならない。いまさら、ぼくがこのレビューで語ることでもないのだろうが。
この作品について語りたいことは幾らでもあるが、とりあえず今回はあらすじで力尽きた。そういうことにしておこう。

[参考] ゲド戦記初期三部作、他の作品のレビュー
「影との戦い-ゲド戦記1-」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/22618662.html ]
「こわれた腕環-ゲド戦記2-」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/35407718.html ]

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