全体表示

[ リスト ]

「悪人」吉田修一

イメージ 1

「悪人」吉田修一(2007)☆☆☆☆★
[913]、国内、現代、小説、出逢い系、人間、現代社会

吉田修一を初めて知ったのは、ネットを通じ同じ読書を趣味とする人から薦められた「東京湾景」。TVドラマの原作にもなったこの小説、ドラマのほうは小説にはなかった在日韓国籍の問題を描いたため小説とは別の作品になってしまった。原作の小説は(確か)出会い系サイトで知り合ったいまどきの(しかし決していまどきといえない)若い男女の一瞬の逢瀬と別れ、そして再開の予感を描く。心のつながり、ふれあいを求める男性、気持ちのない一瞬の人肌のぬくもりを求める女性、そのふたつの想いが出逢いコントラストを描く。それはまたふたりのいる、生活する立場の違いにも現れる。いまどきの若い人間のあり方なのかなと思わせるその状況、しかし根底に流れる人間として欲求や思いには不思議と共感を覚えた。巧い作家のひとり。

さて本作、久々に読む吉田修一。「東京湾景」以降も幾冊かの作品を読ませてもらったが、それは短編小説集であり、確かに面白く、うまい、スタイリッシュといえるような小説であった。しかし物語が好きと公言するぼくとしては、起きる物語を読ませる作家というより切り取る断片を見せる作家としての吉田修一は追ってまで読みたいと思う作家には至らなかった。その切り取り方、見せ方の巧さは認めるのだが、ぼくという読書家の資質は短編小説はなんだか疲れてしまうのだ。これは好みの問題。

久々の吉田修一の長編は、また久々に出会う日本のミステリー作品であった。見事なまでに正統な日本のミステリー小説を読んだという読後感。ひとつの事件を、幾多の事件関係者の立場から畳み掛けるように描いていく手法。前章とまったく違う登場人物を描き始めたかと思うとそれは事件につながり集約されていく。浮かび上がる犯人の、そして被害者の、あるいは事件に関わる人々の人物像。420ページの厚さの長編だったが、一気に読んだ。この作品は決して「物語」ではないのかもしれない。しかしこういう、人間を色々な側面から描く小説も好きだ。人間はある一面だけでは計れない。

物語は九州、福岡と佐賀の県境にある人気のない峠で起こった殺人事件を描く。被害者は保険の外交員を勤める若い女性。九州という東京や大阪という大都会には程遠い片田舎の地で生活を送る若い女性。しかし片田舎であっても、いやそれは今に始まったことでなく、若者の生活にとって親は煩いもの。娘の一人暮らしを心配する両親の思い、とくに父親のそれを尻目会社の与えてくれたワンルームマンションの寮で暮らす彼女。どこにでもいるような普通の若い女性である彼女が殺されたのはどういう理由からか?
捜査が進むなかで明かされていくのは、少し見えっ張りで強気な彼女が、出会い系サイトで幾人かの男性とメールを交わし、出逢いを行っていたこと。それは決していまどきの若い人間にとって特別なことではないのかもしれない。出会い系サイトで知り合った男性のメールでちやほやされる自分をこっそり友人に見せびらかす彼女。出会った男性に小遣いをせびり、それはあたかも商売のそれのようにやりとりする彼女。しかしそんな彼女のことをいい娘だった、と言う「出逢った」男性もいる。いっぽうで彼女は普段はとても普通のどこにでもいるような若い女性の生活を送っていた。彼女はどこで犯人と出会い、なぜ犯人は彼女を殺したのか。
物語は一旦をミスリードするような描写を交えるが、真犯人はあっさり判明する。そしてその後描かれるのが、犯人の人間像であり、あるいは犯人に関わる人々の人間像である。犯罪を犯し、逃亡する犯人の残された家族に起きる出来事、あるいは犯人と行動をともにする人間の姿。それは哀しいくらい、実際に起こりうる出来事。現実は、きっとこういうもの。ひとつひとつが短編の題材になりそうな事件の、ごく普通のどこにでもいそうな人間の側面をこの長編で吉田修一の筆は畳み掛けるように紡ぐ。

久々に「日本のミステリー」としてオススメした一冊。いまどきの人々の姿を切り取る一方、これはいつの時代にも共通する人間の姿。本当の悪人はどこにいるのだろうか。
追い詰められた犯人と、犯人と行動をともにした人間の姿が哀しい。もちろん殺された被害者も可哀想なのだろうが、しかし犯人の人間を知れば知るほど、犯人に共感せざるを得ない。最後に犯人が警察に語る言葉は決して真実ではないだろう。しかしそれを真実と思い込まなければならない、思い込んで生きていかなければならない、生きていくしかない犯人と行動をともにした女性の姿もまた、犯人同様に哀しい。人はこんなにも哀しい存在なのだ。

情状酌量の余地という言葉が浮かぶ。人はその犯した犯罪そのものだけで裁いてはいけないのかもしれない。事件が起きた背景を知り、真実を知ることで裁くべきなのかもしれない。そういうことを思い出させる作品であった。そのことをいま自信を持って言えるわけでも、言いたいわけでもない。ただどこかがひとつ違っていたら、こんなことは起こらなかったのだろう。普通の人が、ほんの少し鍵をかけちがえたことが起してしまった犯罪の哀しさ。浅はかともいえる人の哀しさ。濃密とはいえない浅薄な時間と行動が哀しい。

この作品はとても哀しい一冊だ。そしてまたオススメの一冊。

蛇足:「東京湾景」でも扱われた「出会い系サイト」。いまどきの人のさびしさや、そして交流の難しさを現す時代の産物なのかもしれない。

この記事に

閉じる コメント(2)

この作品は、切ないし哀しい気持ちになりますね。でも今年のマイベストになりそうなくらい素晴らしかったです!

2007/10/12(金) 午後 1:26 れおぽん 返信する

TBありがとうございます!すのさんの感想も興味深く読みました。私はこの作品が良すぎて、うまく感想が書けなかったんだよなぁ。

2009/2/3(火) 午後 7:03 [ booklover ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(5)


.


みんなの更新記事