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「夏じじい」小林里々子(2007)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、文学、生、老人、少女

タイトルだけに引かれて、図書館のリストから予約を入れた。手にした本は、想像どおり、老人の明るい笑顔のイラストの表紙。しかし読み始めてみて、想像していた作品と違うことに気づく。児童文学であれば、明るいからっとした、鄙びた田舎の家で老人とひと夏を過ごす少女の物語であろう。しかしこの作品は文学作品なのであろう。どこかぬめっとした、じめじめとした「ひとの生」を感じる。それは、また「ひと」の物語として、真剣に生を見つめ、あるいは性を見つめるということで、至極真面目な小説なのであろう。
しかし、やはりというか個人的にはあまり好まないなぁ・・。

高校二年生の少女、菜津緒には、大学のうちに司法試験を合格するであろうと目されている秀才の兄、修がいた。小さい頃から出来のいい兄に、母は必死だった。それは空回りなのだが、そんな母の思惑で、兄の勉強の邪魔にならないようにと、菜津緒は夏休みいっぱい四国の片田舎に預けられることになった。一度も会ったことのない「親戚の知り合いの親戚」という、誰でもない人。手動でドアを開けなければならない一両きりのワンマン電車を降りた菜津緒を迎えにきたのは、初対面で菜津緒を呼び捨てにし、自分も名前で呼んでくれというひとりの枯れたじいさんだった。
杉一槍、自分を「一槍」と呼んでくれという、そのじいさんのバイクの後ろに乗り、辿り着いた田舎の一軒家。その二階を菜津緒の滞在中、開放してくれるという。
初対面のときの気まずさが払拭されたあと、菜津緒と一槍の奇妙な共同生活が始まる。馴れ馴れし過ぎず、かといって反撥しあうわけでもなく、ときに一槍の友人の老人との交流も交えながら坦々と過ぎていくふたりの生活の日々。
年若い菜津緒とじじいの、そして生と死、あるいは性というもの、菜津緒と兄、あるいは一槍の秘められた過去、そうしたすべてを声高にではなく淡々と描く作品。

高校二年生の少女がセックスをすることは当たり前の時代なのだろう。そしてセックスという行為では充たされない何かがあることも。そしてまた仲の良い兄との、踏み越えてはいないが、しかし精神的にそれに近い関係というのもまたひとつの事実として「ある」のだろう。
この作品はそういう事象を具体的に書くことはしないが、それらを充分匂わせる作品である。それはオブラートに包んで隠す、いわゆる少し透かし見せるがゆえの「明るい表現」とは逆なもの。一見、隠そうとしているようで、しかし垣間見せることで誘うような、言葉は悪いかもしれないが「陰湿な表現」のような気がした。ひとが必ず持っているが、しかし普通の生活では隠しておくべき、見てはいけないもの。それを垣間見せるようとでもいうべきだろうか。この作品を読んでいて居心地の悪さを常に感じてしまった。

それが「文学」としての作家の狙いなのだろう。それがゆえに真っ暗な闇のなかで蛍の舞うシーンが生きるのだろうし、あるいは菜津緒と一槍のひと夏の生活とその終わりが、若い菜津緒の明日からの成長を期待させるものになるのだろうが、この居心地の悪さには正直、困ってしまう。

難解でもなく、わかりやすい。そういう「文学」として評価すべきなのだろう。しかし、ぼくには、当初、想像したYA(ヤングアダルト)ではない「児童文学」の枠のなかの、明るい老人と少女のひと夏の共同生活のほうが好ましい。

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良い内容の本だと思います。 削除

2011/8/6(土) 午後 3:48 [ 良知 ] 返信する

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