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なんだか長い一年が終わるような気がします
12月の初めのころはなにをするのもとても時間がかかり すぐ息切れして
階段を登って休憩し 洗濯物を干して休憩し 掃除をして休憩しと
家事もリハビリがてら一日かかっていました
最近はだいぶ良くなったと思います
以前の休憩は はーはー言いながらベッドに横になってというホントの休憩でしたが
最近は休憩の時 スマホをいじったりパソコンに向かったりできるようになりました
大掃除も少しづつやって 昨日はベランダを綺麗にしました
ダーリンがお休みだったので一緒にやってもらい 窓も拭いてくれました
高圧洗浄機で外壁も綺麗にしてくれました
そして今日は御節作り
煮物は終わり 数の子の塩抜き
過ぎたことは水に流して
来年はいい年でありますように
自分の人生・・
もうすでに3塁ベースを回ったかもしれないけど
Reiraさんにも儲けものといわれた命・・
復活なのだー
皆様よいお年を!
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先日の投稿の続きです
ICUにいたとき テントの枠みたいなものをベッドの上に持ってきて 体の下に担架のようなビニールのシートを入れ 寝たままそれが持ち上がって少し宙に浮き 体重を測りました
その時 手術前より5キロ位多い数字を言っていたので 頭の中で間違ってると思っていました
口にする元気がなかったので黙ってましたが
次の日も5キロ位多かったのです
個室に移ってから 利尿剤を処方されおしっこも出るようになったようです
個室に2日いて 4人部屋に移る時 点滴と尿の管がとれました
酸素と心電図と皮下ドレーンだけになったので身軽になり起き上がれるようになり 車いすでトイレに連れて行ってもらうようになりました
ベッドの横に体重計を持ってきてくれ 測ると手術前より5キロ少なくなっていました
この前 体重が多かったので間違ってると思ってたという話を看護師さんにしたら そうなんですって
手術直後は薬をたくさん入れるから体重が増え その後おしっこも出るようになると一気に少なくなるのがふつうなんだそうです
でも一気に10キロ少なくなったのですよ
食事は 3日目位に 桃を5ミリ位にうす〜く切ったのを2切れ 初めて口にし とてもおいしく感じました
個室に移ってからはジョアや牛乳が飲めるようになり 4人部屋に移ってから少しづつ食事が取れるようになりましたが 退院するときまだ5キロ位痩せていました
でも食事がとれるようになるとめきめき元気が出て 車いすでリハビリ室に連れていかれ立ち上がったりする練習に励みました
きつくて目が回ったり血圧が下がりすぎて倒れたりしましたが そのころになると会社の人達がお見舞いに来てくれるようになり F4の話とか体重の話とかネタにしていました
でも夜になると左足が重くて もちろん胸も痛いし眠れぬ日々でした
最初 右足が触れたときに何が転がってるんだろうと思ったのです
そしたら自分の足だったのです
胸も胸骨を切って開いたので背中の肩甲骨まで痛くて・・
切った表面の痛みは耐えられましたが 中の痛みは耐えがたく退院間近まで痛み止めをもらっていました
それもこうして話せるようになりました
車いすになるのかという不安もなくなり 今では歩けるようになりましたし 寝返りも打てるようになりましたし 近所に散歩に出たりしています
骨がくっつくのに3か月かかるので 箸より重いものは持っちゃダメと言われましたが そんなお嬢様のようなことも言ってられないので 濡れた洗濯物とかも持ってます
心臓を切った後遺症というか合併症で 心拍数が安定していませんが それだけ気を付けて リハビリに励んでいます
今まで痛い思いをしたのは ぎっくり腰と出産くらいだったので 今回は闘病というのは本当に大変なものだと知りました
私などよりもっともっと大変な思いをされてる方がたくさんいて 皆さんすごいなと思います
私などが弱音を吐くなんて甘いと思いました
ここに戻ってこられたことは 病院の先生をはじめ手厚く看護してくださった病院の方々や家族 励ましをくれた方々のおかげだと思います
すべての方に深く感謝します
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手術を受けてから2か月たち おかげさまで順調に回復しています
メッセージをくださった皆様 ありがとうございました
記録として手術のことを書きたいと思います
手術当日 手術は朝8時開始で終わったのは4時半頃
術後家族が ICUに案内されベッドの私を見た瞬間 怖くて足が震えた と言っていました
チューブだらけで 顔面蒼白でまるで死んだ人みたいだったんだって
口から人工呼吸器 首から薬を入れ 両腕の点滴と お腹からはたまった血液を出すドレーンが3本 尿の管と心電図モニター
まるでマリオネットかってくらい線だらけだった
2時間くらいすれば目を覚ますでしょうとのことでしたがなかなか目覚めないので
朝7時から来てくれていた家族は帰り ダーリンだけ残ったそうです
枕もとのモニターの心拍数が上がったり下がったりするたび音が鳴り 看護師さんが出入りするので 不安になったそうですが 看護師さんも大丈夫ですと言うし 10時になっても目覚めないので帰り 次の朝また来てくれました
私が目覚めたのは真夜中すぎ・・・
目覚めた瞬間息が出来なくて あまりの苦しさに暴れましたが 両手足が拘束されていました
その時見たのはF4(若いイケメン看護師4人)
今でこそネタにしてますが その時は息が出来なくて死ぬかと思いました
右手にいたイケメンが いえ看護師さんが耳元で「息を吸って 息を吸って」と声をかけ続け 左にいた看護師さんが痰を吸い出してくれたり 足元にいた人も足を触って声かけてくれたりしていました
あとで聞いたのですが 心臓の手術の後は肺がだめになってしまう人も多いらしい (そういえば同室だった方も肺にチューブがついていた)
その時は あまりの苦しさに生と死の狭間にいるのだと思いました
一歩死の深淵に踏み出したら死んでしまうのだろうと・・
どちらに転ぶか それは神様にしかわからないことだと・・
そんな静かな心境とは裏腹に 体は長い時間暴れ続けました
意志とは関係なく ただの入れ物として
そのうち左足の感覚がないことに気づきました
看護師さんが 私の右手の拘束をほどき マジックペンを握らせて小さなホワイトボードを手のところにもってきてくれました
「ひだりあしのかんかくがない」と書くと触ってくれましたが 私が首をふると すぐにそのまま移動させCTをとってくれました
果てしなく長い時間が過ぎ やっと朝がきて 少し呼吸ができるようになり 人工呼吸器がはずれ 酸素になりました
手術中 人工呼吸器に加え 胃カメラを入れ胃から心臓の裏のCTをとっていたし 完全に胃も止めたので胃液を吸い出すチューブと 3本の太いチューブが喉に入っていたので 声帯を圧迫し 人工呼吸器がとれても声が出ませんでした
口だけぱくぱくしてて
ICUに3泊したのですが ICUにいたときは24時間面会できたので ダーリンは朝早くから夜まで 息子は仕事が終わって夜遅く 妹や母は昼間来てくれましたが ダーリンがずっと左足をさすってくれていたのは覚えていますが あとはぼんやりしています
そのあと胸のドレーンが2本はずれ 個室に移動しました
まだその時は身動きも出来ず 本当に苦しかったです
息をするのが精一杯・・生まれてこのかた呼吸って自然にしてきたので
呼吸することがこんなに大変だなんて知りませんでした
今日はここまでにします
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