沙羅の庭から

ぼちぼち、ゆっくり、ふわっといきます。。。

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軍艦島とグラバー園

 
長崎港から19kmの沖合いに位置する「端島(はしま)」に行ってきました
世界遺産にも推薦された通称「軍艦島」
 
海から見たところは本当に軍艦のように見えます
南北に480m 東西に160mの小さな島ですが 炭鉱で働く人と家族で 多いときは5300人もの人が住み 東京の何倍もの人口密度で 学校や病院 商店の他ダンスホールや映画館 バーやパチンコ等娯楽施設もあり とても賑わっていたようです
1974年に廃坑となり無人島になりました  
 
上陸してすぐに見える風景
右は石炭を運んだベルトコンベアの支柱の跡です
中央遠くは 小中学校
昭和33年に建設された7階建てで 4階までが小学校 5階から7階が中学校と 理科室や音楽室など特別教室 給食を運ぶエレベーターまであったそうです
 
 
 
イメージ 1
 
 
赤レンガの建物は三菱の事務所
当時は立派な建物だったのでしょうが ほとんど自然崩壊しています
イメージ 2
 
鉱員の社宅の跡
右は大正時代に建てられた日本最古の7階建て鉄筋コンクリートの高層アパート
吹き抜けの廊下や階段があり 地下に売店があり・・
正面の建物も社宅で郵便局や床屋さんもあったそうです
 
 
 
イメージ 3
 
 
鉱山施設はほとんど崩壊していますが 竪坑へ行く為の階段だけ残っています
階段を登り 壁も天井もないエレベーターのようなゴンドラで600メートルもの地下に行き
そこからまた数キロも斜めにくだり 海底1000mものところで 
気温30度 湿度95%という厳しい環境の中で過酷な仕事をされていました
 
延べ何万人もの方が通ったこの階段 靴の底についた石炭で真っ黒になっていました
無事に帰るという強い思いが 家族を そして日本の産業を支えていたのだと思いました 
 
 
イメージ 4
 
 
この島をふるさとにもつ方が訪れても 廃墟となった建物を写真に撮ろうとしないそうです
ふるさとは 賑わっていた当時の姿だけなのかもしれません
 
 
 
その後は 大浦天主堂からグラバー園へ
 
イメージ 5
 
 
これはウォーカーさんちだったかな
帰ってすぐに旅行記書かないから 記憶があいまいに・・
写真も カメラの構成比をいつもは4:3にしているのに いじっちゃって細長い画面になっちゃってるし・・
 
イメージ 6
 
 
オルゴールやオルガン
 
イメージ 7
 
 
リンガーさんちの前庭(たぶん)
バラが植えられ 港が見渡せますイメージ 8
 
 
オルトさんち
切妻屋根のポーチとベランダ 噴水もあり 一番立派でした
 
 
 
イメージ 9
 
 
そしてグラバーさんち
日本最古の木造洋風建築
 
イメージ 10
 
 
グラバーさん愛用だったトランクとステッキ
 
イメージ 11
 
 
白い部分は温室でした
 
イメージ 12
 
 
造船や採炭など日本の近代化に貢献された方々
貿易 ホテル業 製茶さまざまな事業を行ったリンガーさん
グラバーさんとともに麒麟ビールの前身を設立したウォーカーさん(麒麟の髭はグラバーの髭だそうです)
製茶輸出で日本茶を世界に広めたオルトさん
岩崎弥之助さんは岩崎弥太郎さんの弟で グラバーさんと深く関わり グラバーさんを三菱の相談役として迎えました
ここの応接間でそんな方々 また日本の偉い方々が熱く話をされたんだろうな
そうそう グラバーさんは幕末の志士に多大な援助をしていたそうで 奥さんのつるさんの部屋の前の廊下には 天井に隠れる秘密のはしごがありましたよ
いざという時に隠れる為の
 
長崎を愛して暮らした外国からきた人たちに思いをはせた散策でした
 
 
 

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