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書庫怪獣映画レヴュー

怪獣映画を熱く語ります


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シン・ゴジラ

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期待以上の傑作。超然とした傑作である。
今や話題沸騰、観客動員数においても実績を築き、リピーター続出という事態にも納得がいく。意外にも女性をも虜にしてしまったというのも凄い。

本作はこれまでの怪獣映画とは根本的に構造が違う。斬新だと感じたが、そもそも構造自体が違うのだ。
誤解を恐れず言えば本作は一種のアート・フィルムだ。脚本、画作り、音響設計、それらにアート・フィルム的な要素を感じる。




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まず脚本に唸らされるが、映画としてのカタルシスを映像ではなく脚本で生み出しているのが凄い。怪獣映画としては相当にセリフが多いのだが、その全ての意味を注意深く推察するのは2回目以降観た時にじっくりやればいい。脚本に通底している思想、プロセスのうねりが重要なのだ。
数多くの俳優が出演しているが、それらはあくまでパーツに過ぎない。石原さとみは明らかに咬ませ犬だ。



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画作りにおいてはいくつか吉田喜重っぽい構図が出てきたのも驚いたが、いかにも東京らしい狭苦しくてごちゃごちゃした路地の見せ方などにもこれまでの怪獣映画にはない新しさを感じる。



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音響設計にも驚く。伊福部昭の過去の名曲をモノラルの旧音源のまま使用するという一種の違和感は狙ったものだろう。この感覚はマルグリッド・デュラスやゴダールの作品に登場する「フレーム外の音」の感触に似通っているし、音響によるメタ・フィクション化ともとれるのだ。




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全体的に様々なメタファーが散見出来る。巨大生物出現で対応が後手後手に回ってオロオロするところは明らかに311のメタファーであり、アメリカ軍の爆撃機が民衆の避難が終っていない状況にも関わらず一方的にゴジラに空爆するシーンが象徴するものは今のイラクやシリアに違いない。さらに言えば、アメリカ軍の爆撃機による空爆で流血した後、ゴジラは夥しい炎を吐き出して街を焼き尽くし、ゴジラ自身が制御不可能な強力なビームを放つ・・・この圧倒的なシーンに反欧米勢力のテロリズムをイメージするのは俺だけだろうか?

戦後日本、戦後リジューム、官僚主義・・・本作が問題視している要素であるが、それらをただ単にシニカルに見るだけでなく、日本ならでは解決法で救いを見せるのが素晴らしい。
国連軍が介入する前にゴジラを何とかしなければならない・・・解決を図るのは関係各所から集められたハミダシ者、アウトサイダー集団だ。各自が無私無欲で自分が出来ることをやる。彼らも、自衛隊も、やるべき事をやる、それも淡々と・・・。日本人とはこういうものだ。



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本作で最もユニークで素晴らしいのは映画全体の「俯瞰的な視点」だ。
数多い出演者、数多いセリフのカオス状態を上から見下ろすような俯瞰的な視点が映像ではなく脚本に忍ばせてあり、ひょっとするとこれはメタ・フィクションではなかろうかという感覚に陥る。
              
俺はエヴァンゲリオンとかよく知らんし、本作の総監督である庵野秀明という人物も興味は無かった。そもそもこういう人物がゴジラという一大ブランドを手掛けるという事に危機感すら感じた。アニメーターなんぞにゴジラをオモチャにされてはたまらない。
しかしながら、蓋を開けてみたら驚愕だったのだ。

本作を批判している小林よしのりさんの言い分はよくわかる。この人なりのゴジラ愛は感じられる。
しかし、石原さとみに食いついて本作を批判している者はアホだ。わざわざ咬ませ犬に食いついて視点を見失っている。



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それにしても、キモ可愛いということで話題の「蒲田くん」だが、これなどどう考えてもアニメーターの思想がなければ生まれ得ないものだろう。


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まあ、これも一種の怪獣映画なわけだ。
着想は面白いと思うのだが、こういう映像はこれくらい(85分)の尺が限界だろう。
観た人はわかるように、映画全編が手ぶれのプライベート映像という設定だ。



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巨大怪獣が現れて大都会を襲うが、映像の主体は怪獣ではなく逃げ惑ってパニック状態にある人間たちにあるという見せ方はたしかに面白い(『大怪獣東京に現わる』の視点とはちょっと違う)。
というか、こういう見せ方はそもそもこれまでハリウッド映画が得意としてきたものだ。
2014年『GODZILLA』にしても、怪獣の全身を見せるまでに相当勿体付けて長く引っ張っている。
日本の怪獣映画にしても別に怪獣が突然ポンと出てくるわけでもないが、アメリカは出現までのプロセスをかなり引っ張りがちだ。

そして、日本の怪獣映画は映像の主体を怪獣に置きがちであるが、アメリカは人間の側に置くことが多い。
加害側(怪獣)と被害側(人間)のショットの比率に違いがある。
これは両国の怪獣カルチャーの違いによるものだと思う。




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本作はほぼ100%被害側(人間)のショットで見せていく。
これが本作最大のコンセプトなのであるからそれに対して文句は言えないが、観終わってから「これならマトモな怪獣映画観た方がいいな」と思ってしまったのも事実。



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それと、これって全編ビデオ映像という設定で、最後のオチでこれが前に録画してあったビデオ・テープに重ね撮りしたものであるのがわかるのだが、なんか古くないか?
2008年公開作であるが、設定は何年?
もしそのまま2008年の設定だとしたら若者がアナログのビデオ・カメラなんて使うのは変なのだが・・・。
それと、恋人とデータした時の映像を消して重ね撮りしてるのは何か意味あるの?



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ゴジラ対ヘドラ

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本作を通常の怪獣映画の評価基準に則して評価するのは憚られる。
通常の怪獣映画に求められるスペクタクル性、抑揚といった要素は本作ではことごとく排除されている。
本作だけが持つ異様なトーンが全編を貫いており、それが今なおカルト的な存在感を放っている。




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公開は71年。俺がゴジラ・シリーズを劇場で観るようになったのはこの前年あたりからであるが、それは旧作上映の「東宝チャンピオンまつり」興行であったと記憶しているので、リアルタイムで観た新作ゴジラ映画という意味では本作が初めてだった。
当時小学生低学年であった俺はエラそうに怪獣映画に対する評価基準をそれなりに持っていたが、本作の異様な作風には正直面喰ってしまい、意欲的であるが面白い映画ではないというエラそうな評価を下していた。
当時これを面白いと感じた小学生などほとんどいなかったのではあるまいか?

この当時の東宝ゴジラ映画を取り巻く状況は深刻なものがあった。
東宝特撮映画の全盛期は60年代中盤あたりまでである。
以降は特撮映画ばかりではなく邦画自体が斜陽化し、東宝ゴジラ・シリーズも大映ガメラ・シリーズ同様に予算が大幅に削減されてゆく。
もうかつてのように大規模なセットも組めない、重厚な俳優も使えない。
ましてやかつてのベテラン特撮スタッフの多くが東宝を去り、特技監督の円谷英二は前年に亡くなっていたのだった。

そんな厳しい状況を逆手にとり、当時の公害問題をテーマに据えて全く新しい作風のゴジラ映画に仕上がったのが本作である。
ある意味過去の作風に捕らわれない自由さがある。
監督と脚本(共同)を務めた坂野義光はもっと評価されていいだろう。




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俳優陣も一新され、ベテランは生物学者役の山内明くらいのもので、他は若手が多い。
山内明の妻役の木村俊恵は何と言っても後の「仁義なき戦いシリーズ」での山守親分の妻役が有名(74年に死去)。
若手の中核である柴本俊夫は本作公開同年に「シルバー仮面」の主役に抜擢され、芸名を「柴俊夫」と改名する。




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当時の若者(俺より一回りちょっと上の世代)文化がゴーゴー喫茶(?)のシーンで活写され、サイケな音楽とスクリーン・アートが当時小学生低学年だった俺には刺激的だった。
ただ、今見れば71年にこれは既に時代遅れの感もある。
「遊び呆ける若者を怪獣が襲う」のは怪獣映画の定番のひとつであるが、本作は捻りが効いている。



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対戦相手のヘドラ・・・どう見ても人気怪獣ではない。
東宝特撮怪獣のワースト・ランキングでもやれば確実にランク・インしそうである。
爬虫類系でも哺乳類系でもない不気味さ・・・本作の作風をそのまま造形化している。




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本作公開から年月が経つにつれ、当時これを観た子供も大人になった。
ビデオ時代になって子供の頃に観た怪獣映画を観直していく中で、何となく喉に刺さった小骨のような存在の本作を観直したとき、子供の頃には知る由もない制作側の奮闘に敬意を払いたい気持ちになる。



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本作に女優として出演もしている麻里圭子が歌うテーマ曲「かえせ! 太陽を」は東宝レコード盤とビクターレコード盤の2種類が存在するが、現在の中古盤市場では東宝レコード盤の方が高額商品。
2013年にはキノコホテルがカバーしている。


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北京原人の逆襲

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タランティーノが絶賛したカルト映画で、要するに香港版キングコングである。
ジョン・ギラーミン監督の76年版『キング・コング』に対抗して製作されたのか?




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主人公の北京原人はわりとすぐに登場し、暴れまくる。
ヒマラヤ奥地で起きた大地震の影響で眠りから目覚めた巨大猿人である。
北京原人というだけあって、顔の造りは人間っぽい。




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この北京原人を香港に連れて行って大儲けしようという悪徳プロモーターがいて、早速捜索隊が編成されて奥地を目指すというお決まりのパターン。
この捜索隊というのがどう見ても水曜スペシャル川口浩探検隊のようで笑える。

捜索隊は北京原人には出会えず、その代わりに獣に襲われ、底無し沼にはまる。
このあたりの展開はやはりどう見ても水曜スペシャル川口浩探検隊を思い出してしまう。




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捜索隊が逃げ出した後も一人残って探検するのは、恋人を弟に寝盗られたアホな冒険家主人公のチェン。
チェンはここで、特に巨乳ではないが常に片方のおっぱいがはみ出そうな女ターザンのアウェイに出会う。

アウェイは少女の時に両親と共に乗っていたセスナ機が墜落し、両親は死に、ここに一人残されるも北京原人により育てられ、美しく成長したのであった。
ヘビに育てられたらヘビ女であるが、北京原人に育てられたのである。しかしながら、流暢な中国語を喋る。
北京原人はアウェイの言う事はきく。さらにアウェイは猛獣たちとも仲良くやっている。

チェンとアウェイは惹かれ合い、愛し合うようになる。
そしてチェンが「北京原人を香港に連れて行こう」などと言っても反対はしない。
(このあたりから話のロジックがおかしくなる)




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北京原人は香港に連れてこられる。
お決まりのパターンで鋼鉄の鎖などで拘束されているが、アウェイが悪徳プロモーターに暴行されそうになっているのを見るや(とてつもない視力である)、鎖を引きちぎって暴れ出す。

日本の特撮スタッフが招かれて撮影された香港襲撃シーンはそれなりに見応えがある。
ミニチュアセットの精巧さ、スケール感などはさすがに日本の特撮技術者のいい仕事ぶりが伺える。




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キングコング同様に高いビルに上る北京原人。
アウェイも北京原人の元へ行き、北京原人はアウェイを手に乗せる。
アメリカのキングコングの場合、キングコングが女性を手にした時は軍は攻撃しないのだが、本作の場合はそれこそチャンスとばかりに攻撃しまくる。
雨あられの銃撃によりアウェイさえも被弾してしまう。
(この当時の香港はまだイギリス領なのでイギリス軍が登場)

おまけに、ビルの最上部をガソリンで爆発炎上させて北京原人を火だるまにしてしまうというアジア的なクレイジーさである。

火だるまになった北京原人はビルから落下して絶命。
アウェイは死んだのか気を失っているだけなのかわからない。




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ツッコミどころ満載ではあるが、やはり香港襲撃シーンは見応えがあり、俺は嫌いではない。
タランティーノが絶賛する理由もわからないでもない。

キングコングも最期は哀れなのだが、この北京原人はもう悲惨過ぎる。
香港に連れて来られなければこんな目には合わなかった・・・。
そう考えると北京原人の香港行きを特に反対しなかった女ターザンも悪い。



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GODZILLA (2014)

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既にブロ友さんの多くが観ており、皆さんそれぞれの感想をお持ちのようだ。
第一作目『ゴジラ』公開から60年・・・何かと盛り上がる中、嬉しい話題を提供してくれた。
2度目のアメリカ版ゴジラである。
ゴジラ・ファンなら誰しも98年のトライスター版みたいなトカゲのお化けだったらどうしよう?・・・との不安にかられたであろう
 
 
 
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今回のアメリカ版ゴジラはトカゲではなかった・・・。
まさしくゴジラ・・・もう、神々しいまでのオーラを纏ったゴジラだった。
あまりにも神々し過ぎて、全く親しめない・・・。
怪獣なんだから親しんでどうする?という事なのだろう、アメリカの見方というのは・・・。
 
 
 
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今回の『GODZILLA』は、おそらく今現在で作り得る最高水準の怪獣映画だと思う。
圧倒的な重量感と迫力については何一つ文句はない。
作風にしても、第一作目『ゴジラ』へのオマージュを込めつつ丁重に描かれている点において好感を抱く。
俳優陣も概ね良かった。
 
 
 
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しかしながら、100%無条件降伏なんてことにはならない。
俺のような世代や、もっと上の世代のゴジラ・ファン、怪獣映画ファンというのは大体において一筋縄じゃなく、面倒臭いおっさんが多いと思う。
俺もそういう面倒臭いおっさんの一人であろう・・・。
 
まず、怪獣の映像についてなのだが、ブロ友のSnowさんの情報では一部着ぐるみも使用されているとの事だが、やはりほとんどがCGである。
今さら全編着ぐるみ使用の怪獣映画など現実的ではないと思うが、俺なんかは着ぐるみ怪獣にずっと親しんできたおっさんであるので、違和感が拭えない。
これに近い感想をブロ友のジ〜ラさんも記事に書いておられた。
 
昭和期のゴジラ、特に造形的に人気が高い『モスラ対ゴジラ』のゴジラ(通称モスゴジ)を例にしてみると、モスゴジというのは怖さと愛嬌のバランスが絶妙である。
ご存知のようにモスゴジは100%悪役だが、決して怖いだけではない哀感を備えている。
ゴジラに限らず、昭和期の怪獣というのはどことなく日本的な哀感を漂わせている。
大映の悪党怪獣であるギャオスやギロンにしても、ガメラに倒されてしまうと何かしら憐れみを感じさせるのだ。
 
今回の『GODZILLA』(98年のトライスター版GODZILLAなどは比較対象にすらならない)はいかにもアメリカ的にクリーチャーな造形であり、少なくとも俺には哀感などは感じられない。ただひたすらに神々しく恐ろしい存在感のGODZILLAである。
本来怪獣というものはこういうものではないのかとアメリカ側から突き付けられているようで、少々腹立たしい。
 
まあ、これは面倒臭いおっさんの戯言に過ぎないのであって、間違っても批判などではない。
 
ただ、これは批判として認識して頂いて結構だが、ブロ友のキヨモジさんも指摘されていたように、核ミサイルの扱い方が無茶苦茶である。
怪獣が出た、じゃあ核ミサイルでやっつけよう・・・こういう発想が簡単に出て、使いそこなった核ミサイルを輪っ子にはめてテキトーに輸送し、最終的には海で爆発させて万事休す・・・こりゃないでしょう?
 
 
 
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俳優陣で驚いたのはジュリエット・ビノシュ・・・8090年代に活躍したフランスの大女優がゴジラ映画に出演とは!!
さすがに歳をとった感じだが、それを変に隠さないところに風格を感じた。
最初の方ですぐに死んでしまうのが残念・・・というかそれがかえって存在感を際立たせている。
 
 
 
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渡辺謙はいつも通りであるが、この人が出演していることは個人的には嬉しい。
俳優陣の中ではジュリエット・ビノシュとほぼ同格の貫禄だ。
 
 
 
 
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さて、敵役怪獣のムートゥであるが、うちの奥ちゃまが「ギャオスみたい」と言っていたが、俺の私見ではギャオス+バイラス+カマキラスである。
怪獣というよりも明らかにクリーチャー・・・間違ってもフィギュアが欲しくなるような欲求には駆られない。
 
 
 
 
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余談だが、劇中にダスティ・スプリングフィールドのこの曲が流れていたのにはタマげた。
 
ゴジラ映画にジュリエット・ビノシュ、ダスティ・スプリングフィールド・・・なんか楽しい・・・。
 
 
 
 
 

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