怒苦打身日記(ドクダミ日記)

総合社会政策研究所スタッフのつづるブログ

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025 厄払い

「菜々子の一刀両断!」ってわけには行かないか

寺内香澄 (総合社会政策研究所)

025 厄払い


1. “厄”に取り付かれる

 立て続けに嫌なことに出会うことがある。親戚に不幸があり、それに駆けつけるべく車を走らせていたら追突事故に遭い、救急車で運ばれた病院で留守中のわが家に火災が起きて全焼したことを知らされたなんてニュースに出会うと、「早く神社に行ってお祓いしてもらえばいいのに」とつぶやいてしまう。
 今夜お見えのA先生は、ある研究所の副所長さん。仕事柄年間100日以上は海外出張、重なるときは金曜日にヨーロッパから帰国して、月曜日にはアメリカに向けて出発ということもあるという。「ヨーロッパから直接アメリカに渡れば、航空賃が一回分節約になるし、週末を観光に当てることができるでしょうに。なんとももったいないことだわ」と菜々子の率直な感想をぶつけてみたが、「この歳になると週に一度は女房の味噌汁を飲まないと体調に響くから」ですって。いつまでも仲がいいこと。
 この海外旅行通のA先生だが、このたびはとんでもない連続災難に遭ったのだという。その顛末を紹介しよう。

2. アフリカに出張

 今回の出張先はアフリカ深南部のザンビア。「南アフリカ共和国のちょっと北方にある国でね」と説明されるが、あいにくアフリカと言えば“槍を持って飛び跳ねるマサイ族の男”とその後方を“悠然と歩き去る巨象”のイメージしか持ち合わせていなかった。「先生、ほんとうに出張だったの? 骨休めのサファリ観光だったのでは?」と軽く肩を叩くまねをしたのだが、「キミ、その認識は間違っているよ」と叱られた。
先生の説明によれば、アフリカの多くの国では、疫病が“猛威”を振るっているのだと言う。数字は忘れたが、国民の何人かに一人という高率でエイズに感染している。エイズ・ウィルスの感染力は弱いのだが、まわり中に“保菌者”がいれば、移される率だって高くなってしまうということだろう。ただ、エイズは発症率が低いという救いがある。インフルエンザのように移されたら症状が出るのが普通の病気(急性感染症)と違い、エイズのような病気(慢性感染症)では必ずしも症状は出ない。このため知らずに他人に感染させてしまうケースが多くなる。「性産業のお店に遊びに行くときにはコンドームを忘れてはいけません」。先生は声を高めたが、ほかのお客様が先生の高説を拝聴している様子は微塵もなかった。
 ところがもう一つこの地域で蔓延しているのが結核。日本では“過去の病気”という誤った認識になっていて、結核予防法を廃止して、結核をその他おおぜいの感染症の一つの扱いで感染症法に統合する方のようだが、その日本でも毎年3万人が結核に感染し、3千人が死亡している。世界的には“中蔓延国”とされ、胸を張れる状況ではないのだが、アフリカのこの地域での結核蔓延状況はその日本の何十倍。結核発病者が吐き出す息に含まれている菌を吸い込むと感染する。結核は至って感染力が強い。だが、エイズ同様、慢性感染症であり、感染してもその人が丈夫であるうちは結核菌の体内での増殖を押さえ込んでいる。だが、
この二つの病気が出会うとどうなるか。エイズ・ウィルスの感染者は免疫力が低下しているから、結核菌の増殖を抑えられず、見る見る症状が出てきて致命的なことになるのである。
 

3. ショルダーバッグ置き引き被害

 A先生はそちら方面の専門家なのだが、その話はこの程度にして、旅行災害に戻ろう。日本からザンビアへの直行便はないそうで、A先生、往路はパリ経由を選んだ。金曜日にパリに到着、翌週月曜日にザンビアに向かう計画。「週末は旧知の研究者に郊外ドライブに連れて行ってもらおうかな」ど、ルンルン気分でいたそうな。
 まずはホテルに向かうべしと、案内表示で場所を確認し、ふと見ると、スーツケースの上に乗せたはずのショルダーバッグがない。「置き引きにやられた」と気づいたときには遅い。
「中になにが入っていたの?」と聞けば、
「重要なもの全部」の返事。
 海外で盗難にあったときに最初にすべきことは、地元警察署への被害届けなのだという。その鉄則どおりの行動を取ることにしたが、そこから難行苦行が始まった。A先生、国際通だから英語はお得意だが、フランス語はからきしダメ。相手してくれた警官は、英語の一片もしゃべらない。身振り手振りで小一時間かけて事態を説明し、被害証明書を出してもらうことができた。
やれやれとホテルに向かうが、フロント係が立ちはだかる。宿泊費は日本で支払済みなのだが、その証明書類はショルダーバッグとともに消えてしまっている。それを見せない限り部屋に入れないと言うのだそうだ。それはおかしいとA先生、猛然と抗議する。こういう場合、黙ってしまってはダメなそうで、相手が根負けするまで悪態をつき続けるのがコツだそうだ。ついにフロント係は、下げた両手を大きく広げて肩をすくめる降参のポーズを示すことになり、A先生、ようやく部屋でシャワーを浴びることができた。
さて着替えしようと思ったところで、気がついた。スーツケースを開ける鍵もショルダーバッグの中なのだ。東京で買ったばかりの新品なのに、こうなってしまっては鍵を壊すしかない。安物なら力づくでも壊せるが、あいにくこれは奮発した高級品。フロントで道具を借り、奮闘すること1時間。
鍵なしのスーツケースを持ち歩くわけには行かない。アフリカに発つ前に買い換えなければと思案しているうちに、もっと重要問題に思い当たった。パスポートがなければ、出国もままならないではないか。そのためには日本大使館に出向く必要があるわけだが、すでに金曜日の夜半。週休二日だから、月曜日までは開いていない。外務省関係の縁故をたどり、とにかく月曜日の便に間に合うように再発行してもらう段取りをつけることに成功したのだが、そのために東京を含めてあちこちに電話することに週末の大部分の時間を取られ、ドライブ計画は大幅縮小で、ベルサイユ宮殿までチョコっと往復しただけ。お気の毒。

4. スーツケースも消える

 A先生、気を取り直してザンビアに降り立った。ところが、パリで買い換えたばかりのスーツケースが飛行機から出てこない。「行き先を間違えたらしいので、こちらに着き次第、ホテルに届ける」とのこと。海外旅行に縁がない菜々子にはピント来ないが、こういうことはけっこう多いそうだ。たいがい1日遅れで手元に戻るらしい。だが、その遅れが容易ならない被害をもたらす。
 A先生、会議の冒頭で講演をすることになっていたから、十分に推敲し、読み上げればいいように英語で書き上げた原稿を用意していたが、それをスーツケースに入れていたのである。会議前日の夕方、世界中から集まった参加者たちが主催者の準備したディナーに舌鼓を打っている時間、一人A先生はねじり鉢巻でパソコンのキーボードに向かって、黙々と講演原稿を書いていたのである。
「その間、先生着替えもしないでがんばったのね」
「そう。着替えはスーツケースの中だから。そして僕の場合は、それがずっと続きましたからね。ただ下着はホテルのブティックでブランドものを買いました」
 3日だったか、4日だったかの会議期間中、スーツケースは届かなかったのだという。しかし、地球の反対側まで行っていたというケースが遂にホテルに届けられるときが来たのだが、“感激的な”光景であったと皮肉っぽくA先生。日本に帰国する日が来て、ホテルをチェックアウト、空港行きのタクシーに乗り込もうとしたまさにそのとき、ホテルの従業員が駆け寄ってきて、「ドクターA、あなたの荷物が今届き、あなたに帯同されるのを待っておりますぞ」と告げたのだという。
「新品のスーツケースは鍵を壊し、買い換えたスーツケースは到着せずに役立たず。泣きっ面に蜂ってところね」

5. チケットがない

「災難はまだ終わりではなかったのです」
 復路は香港まで飛び、そこで東京行きに乗り換えることになっていた。その香港の搭乗手続場所で係員が首を傾げている。
「あなたをこの便に乗せるわけには行かない。なぜなら、あなたは香港から東京行きのチケットを提示できていないからだ」
 海外旅行では旅程中の一連の航空チケットをホッチキス止めにしてあるのだが、係員が言うとおり最後の香港発東京行きの分が消えている。慎重なA先生は、東京でチケット受け取ったときには確認している。多分、ザンビアの空港で間違って切り取ってしまったのだろう。A先生、口を尖らせて主張するのだが、融通が利かない相手だったという。
「『がんばるのはけっこうだが、キャンセル待ちの人も多いことをお忘れなく』といった調子でね。根負けしてチケットを買い直しましたよ」
   

6. 厄落とし

 散々な目に遭って成田に帰り着いたA先生、東京行きの成田エクスプレスの改札で足が止まった。いつもと違って今回は奮発してグリーンの指定席を、出発前に取っていたのだが、その鉄道チケットはパリで置き引きされたショルダーバッグに入れていたのである。ポケットを裏返しにして探しても徒労。しかもどの便も満席のため、全便指定席の成田エクスプレスには乗れない。やむなく一度も用を果たさなかった大きなスーツケースを引っ張り、すし詰めの快速電車に乗り込んだのだそうだ。
さんざんな出張だったようだ。
「これはもう厄払いするしかないわね。早速明日にでも、富岡八幡宮におまいりしたほうがいいわよ。宮司さんに電話してあげようか」
「僕は敬虔なクリスチャンだよ。神社で厄落としだなんてとんでもない」

(『時評』2006年1月号)

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