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今日はうちの母親が亡くなって1ヶ月になります。
つい先月まで、更年期とかでちょっとしんどそうにする事はあったけれど、大きい病気をすることもなく元気だった母親が、先月始め、急性の脳の病気で倒れました。
仕事を途中で切り上げて、すぐに病院に駆けつけましたが、すでに意識がなく、すぐに緊急手術が始まりました。手術前に見送ったんですが、少し声をかけたものの、その場に呆然と立ちつくすのみでした。
倒れてから亡くなるまで10日間だったんですが、最後まで意識が戻ることはなかったんですが、その間にこんな事がありました。
倒れてから、うちの家族を中心に24時間体制で見守ってきたんですが、少し回復の兆しが見えてきたので、連日深夜の看病続きで家族の疲労もピークに近かったので、この日から親戚の人に深夜の時間を任せようと家族で決めました。
親戚が夜9時に来たので、私と父親が帰ろうとすると、母親が今までしていない痙攣をし始めたのです。とても激しい痙攣でした。私達に何かを訴えるかのような激しい痙攣でした。その状況を見て、私達は帰るのをやめて、病室に留まる事にしました。
留まること決めたら、母親の痙攣が止まりました。落ち着きを戻してよかったと思い看病を続けていました。
しかし、その日の夜に息を引き取りました。
最期は容態が急変して、30分も経たないうちに亡くなったので、もしあの時、家族が帰っていたら絶対最期に立ち会うことは出来ませんでした。最期は家族のみで見送りました。
初めはこういう奇跡ってあるんやなぁ…と正直に思いました。しかし、あれは奇跡なのか、あの痙攣は母親が自分の状況を全部分かった上での行動だったのか…。あとあと考えると、私は後者だと思っています。
もともと表に出て、目立って何かすることがあまり好きでない母親。
親戚とか近所の人に気を使ってばっかりでいつも人に迷惑をかけたくないと言っていた母親。
私が、静岡で仕事を辞めて京都に帰ってきたときに、誰よりも喜んでくれた母親。
家族でいることが好きだった母親。
最期まで意識は戻ってなかったし、言葉を聞くことはありませんでした。
だけど、こういう形で最期を迎えたのは、母親が残した最後のコトバがそこにあったんだと思う。
『家族みんなでいれて幸せやった。これからも家族を大切にしてや。』
私には、まだやれる事があるので、頑張って、生きていきたい。
※ブログにこういう事を書くことかどうかは少し悩んだんですが、別に自分がどこの誰ってばれても、やましいことを書いてるつもりはないので、書くことにしました。
今日で亡くなって1ヶ月で、法要もヒト段落しました。ただ、この1ヶ月は現状を受け入れる間もなくバタバタしてました。これから少しずつ現実を受け入れていくことになると思います。別に焦ることでもないし、すぐに立ち直れることでもないし、他人に迷惑をかけないことは大切ですが、早く立ち直りたいとも思わないので、しばらく時の流れに身を任せていこうと思っています。
あと、更新が滞っている、このブログ。うちの母親も実は見ていて『こういうんはええなぁ〜』なんて言ってたり、母の日にあげたカーネーションの記事も見せたら喜んでくれていたんで、今までのような感じで、このブログを続けていきたいと思います。ただマイペースですが。。。
こういう事があったんですが、これからも普通に接してもらえると、一番嬉しいです。
これからも、よろしくお願いいたします。
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