風船子、迷想記

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引用万華鏡

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病としての「占有」

 人類には700万年の歴史がありますが、その大半の時間、飢餓と不足と欠乏にさいなまれていました。そのため足るを知るリミッターはほとんど必要なかった。だから(人間は)現在、どんなものでも必要以上に占有しがちになる。土地を占有し、お金を占有し、男は女を占有し、女は男を占有する。

 他のほとんどの生物は、分を知っていて、自分が食べる食べ物はこれ、自分が行動する半径はこれくらい、鳴き合う周波数はここというように、資源をすみ分けて禁欲していますね。すべての生物が、あらゆるところに棲息しつつ、自分の分を守って、そこで情報、物質、エネルギーをパスし続けている。ものすごく多数でたくさんの球をけり合い、勝ちも負けもないサッカーをやっているようなもの。

 ところが人間は、根深く占有という呪縛に固執して、そのパスを滞らせ、結果、自然が持つ持続可能性を阻害してしまう。

 福岡伸一談話、朝日新聞(10年8月22日付け朝刊)


 いつもの福岡節。ときどきは、こうした角度からモノをみないと、ね。

コガネムシと水アメ

 童謡「黄金むし」。野口雨情作詞、中山晋平作曲。しみじみ歌詞を眺めるとなんともふしぎ。

 黄金むしは金持ちだ
 金蔵建てた蔵建てた
 飴屋で水飴買ってきた

 小池光(10年8月15日付け日経朝刊)


 コガネムシがアメ屋で水アメ買った?このくだりは知らなかった。なぜ、金持ちのコガネムシが水アメ買ったのか。二番には「子どもに水アメなめさせた」の歌詞がある。しかし、なぜ水アメかはナゾのまま。

 小池はこの後、コガネムシに関する虚子の俳句を紹介する。

 戸の透き間から黄金虫が入ってきて、蛍光灯のまわりを飛び回る。ブンブンうるさいこと限りない。なかなか捕まえられない。やっと捕らえて屋外に放り出す。
 そのときいつも

 金亀子(こがねむし)擲(なげう)つ闇の深さかな(高浜虚子)

の句が浮かぶ。

 
小さな庭先だが、思いのほか夏の闇は深い。その闇に小さなコガネムシが吸い込まれるように消えていった。そんな情景か。

俳句の持つ、抽象度の高い表現力を痛感する一句だ。
 森さんは大学定年後、ますます忙しくなり、マスコミ、ジャーナリズムに引っ張りだこだった。
 どんなに忙しくても、森さんはノンビリしていた。ノンビリするには勇気がいる。我慢がいる。とりわけ知恵がいる。というのは、世の中の構造が、せかして、動かして、引きまわすようにできているからだ。

 池内紀、(産経新聞、8月1日付け朝刊)


 森さんとは、先月亡くなった数学者の森毅さん。日本では、マスコミに登場する自然科学者たちに、なぜか「人としての正しい道」を説きたがる説教ジジイが目立つ。森氏は、こうした連中とは正反対の場所にいた。
 本日は「食オンチ」の風船子には珍しく、料理のお話です。知らない世界を知った驚きがあったので紹介します。

 フレンチの欠点は、暗黙のうちに「差別こそテクニック」にしてしまったことだと思う。グルメなお金持ちの客ほど手厚くサービスし、そうではなさそうな客には冷淡なサービスをする。

 フレンチにおけるコースメニューの値段設定にも、実は差別のテクニックが隠れている。

 どこの店でもよくみる三種類のディナーコース。安いコースは思いきって低く、注文したらみじめな気持になるような値段にする。高いコースは、わざと手が届きづらい値段をつける。店が取らせたいのは、真ん中のコースである。たとえば、3800円、7500円、1万2000円。この中で3800円のコースを頼むのには、なかなかの勇気がいると思う。

 狙いをつけた価格帯に注文が集まるような値付けをする。そこに追い込むのだ。

 「フレンチのサムライ」(市川和志、朝日新聞出版PR誌「一冊の本」所収)


 筆者は、フレンチレストランのオーナーシェフ。上記の戦略に反発して、店には1種類のコースしか置いてないという。それはそれで見識だが、客を追い込む戦略も、商売の知恵としては非難されることではないと思うが。

 フレンチの経営が厳しい状況の説明も、実践者だけに説得力がある。

 フレンチの値段が高いのは、材料にかかる費用が非常に高いことが原因のひとつ。

 旬の鮮魚を手に入れたとする。和食ならきれいな器につまと一緒に二切れも盛れば立派な一品になるが、フレンチでは切り身を丸ごと一枚使わないと形にならない。また、和食ならこだわりの醤油でも買って添えれば喜んでもらえるところを、(フレンチは)ソースを一から作らなくてはならない。


そのソース作りが、また大仕事だ。

 ソースのベースになるのが、フォン・ド・ヴォーという基本の出し汁である。子牛の骨と肉、ミルポアと呼ばれる香味野菜を大量に使って煮込み、四、五日かけて最初の十分の一位の量になるまで凝縮する。
 これをもとに、仔羊肉のソースには仔羊の骨とあらたに野菜を加えて煮込み、赤ワインソースなら一人前にボトル一本もの赤ワインを煮詰めて混ぜるなどの工程を経て、やっとソースが完成する。
 使う鍋も半端ではない数だ。一事が万事こんな具合で、フレンチには膨大な手間がかかる。


 味の変化も求められる。

 日本の伝統料理はみな、味を変えないことがよいとされる。老舗の名店は「先代と同じ味」を守り、食べる人もそれを喜ぶ。

 一方、もしフランスの三ツ星レストランが先代シェフと同じ料理しか出さなかったら、すぐに星を落とされてしまうだろう。
 変えたら怒られる和食は逆に、(フレンチは)前回と同じものを出したら怒られてしまう。常連客ならなおさらで、顧客カルテには出した料理をそのつど記入し、次に重ならないようにしなければならない。

 さらに、子供から老人まで慣れ親しまれている和食と中華に比べ、フレンチは圧倒的に客のパイが少ない。最初に体験するのが20歳前後、60歳すぎると健康などを理由に離れていく人がほとんどである。その狭い年齢層から客を新規開拓するのには、とんでもなく手間がかかる。


 いやあ、たいへんな仕事だ。「よほど好きな人間にしかできない仕事」というのが筆者の結論だった。
河出書房新社が「KAWADE夢ムック、文藝別冊」という人物シリーズを出している。このなかの「本田靖春 戦後を追い続けたジャーナリスト」を購入した。

 以下は、同書所収の「名文家は話の達人でもあった」(渡瀬昌彦)からの引用。渡瀬が編集者として、本田と落合博満の対談に立ち会った時の回想記だ。対談は1985年2月に行われた。当時、落合は31歳でロッテの選手だった。

 本田(靖春)さんは、落合選手の個性を高く評価し、彼(落合)も「長嶋・王はいい子ブリっ子」と本音を吐露する。ところが…対談はゴール直前で、意外な展開を見せるのだ。

(落合)やっぱりひとを中傷したりすることもあるし(中略)傷つけなくてもいい部分まで傷つけてきたんじゃないかなっていうのはあるよ。これからはいろんな配慮をしながら生きていかなきゃいけないかなっていう反省もあるしね。
(本田)あなたには、まだ早いと思う、ボクは。
(落合)早いと思う?
(本田)そんなんじゃダメだ。
(落合)ハッハッハ。
(本田)おとなしい落合博満なんて見たくもない。自立的に、個性的に、強く生きることが、それができないでいる人びとに対するあなたの御奉公だよね。


 このくだりについての渡瀬の目撃談が「本田靖春とは何者か」を語っていて、興味深い。

 私はこのシーンを今も鮮明に記憶している。

 本田さんは怒っていた。
 (上記の)やりとりは相当、落合選手に気を遣っての表現になっているが、実際のところは「いまさら常識人になってどうする!悪役をやり続けるのがしんどいのはよくわかる。しかし、正論を吐き続ける落合だからこそ、人はあなたを支持するのだ。甘えてはいけない。あなたは凡人にはない、得難い素質を持っているのだから」と舌鋒鋭く迫ったのだ。

 それに対する反応は「(落合)ハッハッハ」などという穏やかなものではなかった。

 彼は、一分以上絶句し、揚げ句、目にはうっすらと涙がにじんでいた。まさかインタビュアーがここまで感情を露わにして本気で意見するとは…と(落合は)呆然としたことだろう。本田さんに対する物言いと態度が、そこから一変した。

 本田靖春とはそういう人である。「ひととは深くちぎらない。俺はそういう生き方をしてきたんだ」というセリフを何度か聞いたことがあるが、そういう覚悟を前提にして、ひとには常に誠実に接していた。

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