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「毎日新聞」のコラム「風知草」(5月15日付け)で、山田孝男・特別編集委員が指摘している点は、今後の改憲議論を考えるうえで参考になる。(引用ではなく、要約です) 安倍首相の「9条改憲」提案について、「右翼政権の勝手放題」との評判が先行しているが、法律的に言えば、これは右翼的とは言い難い。 安倍提案は、「国防軍」創設を盛り込んだ自民党改憲草案とは違い、自衛隊は自衛隊のままでよいとする。形こそ「9条改憲」だが中身は「9条護憲」的だ。 さらに、安倍は9条削除論も退けた。 9条1項(戦争放棄)は他国の憲法にもみられる理想の表明であり、改正を主張する人は少ない。一方、2項(戦力不保持と交戦権否認)は矛盾の核心である。2条削除論は保守層の間で一定の支持があるが、安倍は2項削除も否定した。 つまるところ、安倍の提案は、「専守防衛である限り、自衛隊は合憲」という従来の政府解釈の追認であり、公明党の「加憲」論そのものである。 法制官僚によれば、安倍提案に従って9条3項を新設する場合、「前項(2項)の規定は自衛隊の設置を妨げない」という表現が有力らしい。 石破など自民党内には、安倍提案を「敗北主義」と批判する声もある。 自衛隊は21世紀においても自衛隊であり続けるのか、あるいは国際標準の軍隊に変わるべきか。この選択は21世紀の国際社会に日本はどうかかわるのかの根本にかかわる。 たしかに安倍は改憲を急ぎ、悪達者な場外戦術を駆使している。政党政治や議会主義の原則、慣行の軽視に対する批判は当然だ。だが、選挙にらみで互いの非をあげつらう攻防はウンザリである。大局を論じてもらいたい。
安倍にとって、実現可能性を考慮して、ここは国防軍創設などをあきらめて、最小限であっても「9条改正」を最優先したということか。
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雑記帳
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62回目の誕生日。朝の通勤電車で久々に「存在と時間」の拾い読み。日中は職務をこなし、夜は荻生徂徠の読書会。それなりに、悪くはない誕生日だった。 “現存在は、存在している間に未熟と同様に終末をも含んでいる” “死へ臨んでそれを隠しながら回避することは、日常生活を根強く支配する態度である” “誘惑と鎮静と疎外は、頽落の存在様相の特徴である。<死へ臨む日常的存在>は、頽落的存在として、死からの絶えざる逃亡である” “<死はたしかにやってくる。しかし、今すぐというわけではない>と、人はいう。この<しかし>によって、世間は死が確実であることを打ち消す。…死はいかなる瞬間にも可能であることを覆い隠してしまう” 以上、「存在と時間」の「第二編 現存在と時間性、第一章 現存在の可能的な全体存在と、死へ臨む存在」から。
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江戸時代の儒教勉強会で、講師曰く、「江戸時代はヒゲが禁止されていた」。 そういえば、江戸時代の将軍や大名がヒゲをはやした肖像画をみたことがない。 ネットで調べると、徳川時代になり戦がなくなり、武士、特に直参の旗本、御家人の子弟が、暇を持て余して髪や髭をのばし異様な風体で街を歩き、狼藉を働くようになった。何度か風紀改めの御触れが出たが無頼は治まらなかった。 そこで、四代将軍・家綱の時代、1670年(寛文十年)に幕府が大髭を禁止した「大髭禁止令」が出るに至ったという。 大ひげというのは頬ならびに口の上下にひげを長く生やすことをさしたらしく、文字通り貴賤上下をおしなべて厳しくこれを禁じた。しかし顎の先にひげを生やすことだけは比較的大目に見られていたものか、医者・山伏・神官・人相見などには往々にして顎鬚をたくわえる者があったようである。(『時代風俗考証事典』) 「大髭禁止令」以降の大名で江戸時代にヒゲの生えた肖像画が残っているのは、第十五代の将軍・徳川慶喜の実父・徳川斉昭(とくがわ・なりあき)だけのようだ。 明治時代になって欧米の要人の多くがヒゲをはやしているのを見て、「それでは私らも」と、あっという間に新政府幹部もヒゲだらけになった。そういえば、明治天皇もヒゲをはやしていた。 ヒゲは世につれ、世はヒゲにつれ
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1月3日以来のブログ更新。これまでは、ブログご無沙汰の期間は心身の低空飛行状態と重なっていたが、今回はむしろ心身共に順調故の「失文症」だ。 |

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2014年大晦日。関東は晴れ。空は静かに晴れ渡っている。 ブログはここ数か月、休止状態。別に不調ではない。むしろ体調も、仕事も、読書も、それなりに順調だ。 3年前の大晦日のブログの記事を読んでみた。 ブログを読み返してみると「劣化」を痛感する。後退戦には慣れているが、そこに「戦術性」が感じられない、単なる「劣化」だ。もとより「勝利」は目的ではない。「戦いとられた敗北」(ベンヤミン)を達成するため、老骨に鞭打ち、戦力、戦術の再構築をめざしたい 不調でもないのにモノが書けない、書く気が起きないのは、「戦術なき劣化」が本格化しているのかもしれない。 3年前と同じセリフを繰り返す。 「戦いとられた敗北」の達成のため、2015年は老骨に鞭打ち、戦略、戦術の再構築をめざしたい |

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