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やはり嫌がらせは2チャンネルから大量にきているようだ。テント村にいやがらせ電話をした程度の連中のストレス発散の方法で、ただの自己満足なのか、あるいはこういう形でネット上でも政治的な問題では自由に意見が言えない空気を作ろうという策略なのかはわからんがね。しかしこういう奴らが増えているということはやっぱり危機だな。 本日紹介する本は自分には重い。連合赤軍のような政治党派で活動していたわけではないが、自分の大学時代は「内ゲバ」の花盛りだった。自分の通っていた大学でも、学内で殺された奴がいる。革マル派の活動家たちだった。襲撃したのは社青同解放派。こいつらもひどい。当時革マル派の活動家を車の中で焼き殺すなどの襲撃を次々に行っていた。 しかし一方殺された革マル派という党派もひどかった。自分の所属していたサークルボックスの中で、ちょっとした文句を言っただけで彼らに先輩がボコボコに殴られた。他の部員で、皆で必死に止めた。そしたら「俺たちは命がけで闘ってるんだ!」。よく覚えている。ほとんど広域暴力団だと思った。 そうかい、命がけならお前らの気に入らないノンセクトの活動家を殴っても言い訳か。だが、この時代、政治党派なんてどれをとってもこの革マル派と大同小異だった。自己絶対化と他党派(ノンセクト相手でも)に対する「革命的暴力」の行使の正当化。大学の拠点化のためにあらゆる敵対する勢力をつぶしていく。もはや大衆運動にとって阻害物でしかなかった政治党派。 政治党派、政党の必要性は否定はしない。しかし、未だにマルクスレーニン主義のはらむ問題点は解決し切れていない。ポルポト派も、朝鮮民主主義人民共和国も、あれが「社会主義」なのか?いやここまでひどくなくてもすべての社会主義国で、スターリン主義でない社会主義があったのか?そしてそれを越えようとしたはずの日本の国内の左翼運動も実態として全く同じ穴の狢に成り下がっていったのではないか? 結局、70年代激しい抗争の果て、各党派は力を落とし、今は港湾20労組やワールドピースナウの集会で主催者側の指示に従って仲良く肩を並べている。だが、70年代〜80年代、こうした党派間抗争に関する真摯な反省や総括はほぼ見あたらない。単に力を落としたからやめただけなのだろう。 そんな70年代後半大学時代を送り、三里塚や狭山差別裁判糾弾の集会に密かに(革マル派にわかれば大学にいられなかったろう)出かけていった自分にしてみれば、この「光の雨」は重い。「テロリスト」だの「過激派」だのと連合赤軍にレッテルを貼って、はるか遠いところに立ったつもりの人には楽に読めるだろうが。 映画版もある。評価はいろいろある。劇中劇の形をとったことで重苦しい雰囲気は幾分和らいだ。それで良かったのかどうか。70年代以降も大勢が死んだ。死者の眼差しは、こうした政治党派の外側で活動を続けていたはずの自分を今後も苦しめ続けるのだろう。
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本の紹介・書評
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うーん、ここにコメントしてもいいもんかなあと思ったのですがね。なんと昨日の訪問者は180人でした。ちょっと前まで1人とか、0人とか、どうせ私のブログなんか、そう読む人もいないと思っていたので。 ま、こういうの、昔からだからいいけど。これも天命かねえ。ま、サンキュ。
2005/4/4(月) 午後 9:27 [ mit*uy*_*pple0*09 ]
私も学生時代、さる自治会に連れて行かれて、白色に恫喝されてた口なので、時代感覚は分かります。手段の目的化していく過程は、世界歴史的に同様の政治的暗部を作るものですね。
2005/4/4(月) 午後 9:40 [ mit*uy*_*pple0*09 ]
なんかここには来ないね。アクセス制限のせいか?それとも「プロ市民」は無視かな。まあ、あんまりまともに相手をしても始まらないと思うので適当に頑張って下さい。
2005/4/4(月) 午後 9:55 [ BORA ]
僕も「ブリキの北回帰線」や「今も時だ」を夢中に読んでいた時代がありました。 solea01さんのように、信条を曲げないということは奇蹟に近いと思いました。情けない自分ではあります。
2005/4/5(火) 午後 3:56 [ gok**aku_*ori ]
こっちも悩みながらの30年だった。それほどすごいわけではないです。高校時代「二十歳の原点」を読んだのが大きな人生のターニングポイントだった。この本についてはいずれ日を改めてやりますけどね。
2005/4/5(火) 午後 9:01 [ BORA ]