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疲れまくる映画ばかり立て続けに見ているが、これも業と言うやつかな。1994年に起きたルワンダ紛争とそこで起きたフツ族によるチツ族の大量虐殺。諸説があって、50万人とも100万人とも言われているが、はっきりしないようだ。だがたとえ1万人でも許し難い虐殺行為である。 日本では商売にならない(お客さんが来ない)と、なかなか買い手の配給会社がつかず、そのまま未公開になってしまうはずの作品だった。署名運動などがあって、ようやく昨年ロードショウにこぎ着けたいわく付きの映画。しかし、ここ数日で紹介したナチス関連の2作映画ともども見て損はない映画だ。見てなければすぐレンタル店に行きなさい。 少々気になるのは、虐殺について、国連などの軍事介入の遅れがその拡大を招いたというスタンスで描かれているかのうように見える部分だ。この頃、すでにソマリアで米国は軍事介入に失敗、慎重になっていたので、ルワンダへの派兵は見送った、という解説がウィキペディアではなされているようだ。実は石油が出ないところはどうでもいいのではないか、あの国にとっては。現に山のような死体を築き上げてイラクには侵攻していったわけだし。大国のご都合主義は確かだが、大規模な軍事介入でこの紛争が解決したかどうかは、わからない。いや、それほど世界は単純ではない。ユーゴ紛争は?アフガンは?イラクは?空爆や米国の侵攻後、「平和」は勝ち取れたのか? 案の定、映画を見た感想の中で、自衛隊の海外派兵を肯定するかのような大学生の感想文もあった。しかし、歴史的に見ればアフリカも中東も帝国主義による植民地化と分割支配が現在もなお多発する民族紛争につながっている。植民地支配のために、ベルギーがフツ族・ツチ族の対立をあおったことがこの紛争にもつながっている。そうした帝国主義国家の責任はどこへ行くのだろう。 また、ユーゴ紛争ではセルビアが一方的に悪者にされる報道が巧に作られた。しかし、民族排外主義をあおり紛争を拡大した連中は他の民族にもいたのである。改めて民族性やそれをあおることの恐ろしさを思う。日本にもそう言うやつは結構多いのだが。ルワンダ紛争でこの映画のように一方的にフツ族が「悪の枢軸(?)」と言い切れるかどうか、現状では確信が持てない。この種の対立には多く経済格差なども背後に隠れていることが多い。 しかし、映画中で、撤退する欧州人ジャーナリストの「虐殺を報道しても、人びとは『怖いね』、といいながらディナーを食べているだけだ」という皮肉は痛切に響く。世界で山のように起きているこの種の紛争に大半の人びとは無関心なのだから。
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まあ、ほんとに重い映画ばかり見ていっらっしゃいますね。これも見たい!と思っているのですが、日本に帰ってからかな?
2007/4/23(月) 午後 9:28
実際に起きたことを描くといってもどこに視点をおくのか、どう捉えるかで変わってきますから、事実というのも難しいものです☆
2007/4/23(月) 午後 9:30
少なくとも「テロの側につくのか我々の側か」的な単純な二元論では、今の世の中斬れないと思います。ルワンダ紛争については機会あれば、書物などで調べて見たいですね。
2007/4/23(月) 午後 10:35 [ BORA ]