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あちこちのブログで紹介されてるが、なかなか面白いのでここでも記事を一つあげておこう。君が代の替え歌である。産経新聞で高橋史朗・明星大教授(教育学)の「陰湿な運動」とするコメント付きで紹介されかえって有名になってしまったようである。 産経新聞の解説を一部紹介すると、 「歌詞の意味は難解だが、政府に賠償請求の裁判を起こした元慰安婦と出会った日本人少女が戦後補償裁判で歴史の真相が明らかにされていくのを心にとどめ、既に亡くなった元慰安婦の無念に思いをはせる−という設定だという。皇室に対する敬慕とはかけ離れた内容で、『国家は殺人を強いるものだと伝えるための歌』と解説したホームページもあった。」 だそうだ。ははあ、やはりオリジナルのあの歌は「皇室に対する敬慕」の歌だったわけだな。保守系の人で違う解釈の意見もあったようだが。それにしても、こんな替え歌でもムキになってかみついてくる人がいるのは面白い。 米国では「星条旗よ永遠なれ」のスペイン語版が発表され、ブッシュ大統領や一部保守派から「国家は英語で歌うべき」と批判をあびたそうだ。「国歌」というものはやはり「国家」への忠誠を誓わせるための小道具ということか。とにかく旗だの歌だの国歌統合象徴は度量の狭い思想性のもとに作られて運用されていくもののようだ。 ロシアでは、ソ連邦解体後新しい国歌が作られたが人気がなく、歌詞を変えてソ連邦時代のあのメロディの国歌が復活している。小学校時代、ゲルマニウムラジオを初めて組み立てた時、今まで知らなかった放送がイヤホーンに飛び込んできた。「こちらはモスクワ放送です..」のナレーションの後あのメロディ。あれがソ連国歌を聴いた最初だったような気がする。国の体制が180度変わっても、国歌メロディだけは変えられなかったようだ。 この10年、20年でころころ国境が変わったり国がなくなったり生まれたりしている。歌や旗もそれにつれてコロコロ変えられたりもしているわけだ。さて結構不安定なこの「国家」とは何でしょうね?それが存在するのはしょうがないし、とりあえずその枠組みの中で生きていくのもしょうがない。しかし、時に戦争を始めたり、とんでもない人権抑圧をやったりするのが国家というもの。見方は相対化していく必要があると思う。「国家」の絶対視は、イデオロギーにかかわらずろくな結果を生んでいない、と思う。 ■「君が代」の替え歌 歌詞と訳 【詞】 Kiss me, girl, your old one. Till you’re near, it is years till you’re near. Sounds of the dead will she know? She wants all told, now retained,for, cold caves know the moon’s seeing the mad and dead. 【訳】 私にキスしておくれ、少女よ、このおばあちゃんに。 おまえがそばに来てくれるまで、何年もかかったよ、そばに来てくれるまで。 死者たちの声を知ってくれるのかい。 すべてが語られ、今、心にとどめておくことを望んでくれるんだね。 だって、そうだよね。冷たい洞窟(どうくつ)は知っているんだからね。 お月さまは、気がふれて死んでいった者たちのことをずっと見てるってことを。
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