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安倍首相によると憲法の改正には5年くらいはかけるという。5年しかない、とも言える。普段はまるで憲法なんて空気みたいなもので、あるのが当たり前、あんまりその影響力とかありがたみも欠点もよく考えている人の方がよほど少ないと思う。そう言う状況で、憲法の改正が射程に入りつつある今、一石を投じた本と言えそうだ。 著者というより二人の対談がそのほとんどなのだが、爆笑問題・太田光の説明も、中沢新一の説明も不要だろう。内容ははっきり言って、突っ込みどころ満載。右からも左からも叩くことは可能だ。二人のスタンスは「中道」ということらしい。この中道というコトバは内容があいまいすぎて、使わないようにしているが、彼らは彼らなりのスタンスで憲法9条擁護論を展開している。これはこれで面白いのではないか。真面目な護憲論を展開する学者からは総スカンを食うかも知れないけど。 大まかにいうと、現行憲法は米国と日本のある種の理想主義が生み出した偶然の産物。世界的に見ても珍品。珍品だが、ほとんど実現が難しいと思われそうな高邁な理想が含まれている。憲法9条がドンキホーテなら、サンチョパンサが必要。で、日本という国はこのふたりで微妙なバランスを保ってきた。しかし、今、ドンキホーテを捨てて、サンチョパンサという現実的な政治学だけに憲法を純化しようという動きがある。この動きは新たな暴力を生み出す可能性がある。それは理想を忘れるということである。 少々乱暴な要約だが、大まかにいうとこういう論理で、法学や憲法学、政治学の立場で書かれたものではないから相当ふたりは好き勝手なことを言ってはいる。しかし、若者にはよく知られた太田光がこういう本を出した意義は結構あるかとも思う。まだ憲法問題を考えていない若者に少しでも考えさせるきっかけを作り出す可能性を作るからだ。 冒頭の宮沢賢治論が面白い。宮沢賢治が田中智学など日蓮主義から国家主義へ至った思想に共鳴していた次期があったとは初めて知った。宮沢賢治研究者に取っては邪魔者のようで、ほとんど述べられることもないのだそうだ。賢治の童話などを読むと国家主義とは別物の感じしか受けなかったが、中沢新一の説明を読むと決して本人の中では矛盾せず同居していた可能性もある。若くして死んだ宮沢賢治だが、長生きしていれば高村光太郎のように太平洋戦争に共鳴・賛成していた可能性もあるのかも知れない。この点は、興味深い記述だったが、機会あれば調べて見たい話だ。 集中して読めば、1日で読み切れる新書だ。憲法擁護論の人も改憲派もいかがでしょうか?
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2006年10月07日
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