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北海道ツーリングの最後の日に立ち寄った自衛隊敷地内の記念館、北鎮記念館です。平日なら事前申し込みナシで、いきなり行っても入れます。自衛隊ゲートで受付の必要あり。 銃やら弾薬やらと、屯田兵や太平洋戦争、ゴラン・イラク派兵の展示がその内容です。裏には61戦車と74式戦車も。 まあ、自衛隊の記念館だし、海外派兵などにに批判的な意見が展示されているわけはないですけど。ただ、神風特攻に関する記述は??ですね。純軍事戦略的に見ても、かなりひどい戦術だったと思います。ドイツでも検討されたらしいが、さすがに出来なかった。Ba349 ナッターだって操縦士の脱出が前提でしたし。身軽さが売りのゼロ戦に爆装し養成が大変なパイロットを使い捨てにするという発想自体がもう無茶苦茶。戦争責任の問題を置いたとしても、そのゆがんだ精神主義だけで大いに批判の対象と思うけどね。この駐屯地の解説は賞賛と批判両論併記のつもりの中立指向なのか? 旭川の第二師団駐屯地の敷地内にあります。一応、この写真で北海道ツーリングの話は終わりとします。
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雑記帳
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昨日はようやく天候が回復。摩周温泉を出たが、美幌峠はガスが濃くて何も見えずだったのでさっさと降りて、一路北見・留辺蘂、層雲峡を経て旭川にたどり着いたが、途中北見でハッカ記念館の表示が道ばたに見えたので、ふらっと立ち寄りました(入館無料)。来訪者も私以外は一人だけで、職員の人もヒマだったらしく、ほぼ付ききりでいろいろ解説して頂きました。 知らなかったのだけど、戦前一時期は世界の7割のハッカを北見で生産していたのだそうです。日本のハッカは結晶を作ることができたりして、珍重されたらしいです。しかし、太平洋戦争で食料になる農作物が優先されて大きく作付け面積が削られ衰退。戦後一時的に盛り返しかかったが、やがて70年代に入り、石油からハッカを化学合成することができるようになり、苦みの残る日本のハッカは一気に衰退していったそうです。戦争がなければ、もう少しの期間、ハッカ栽培の高揚期が延びていたのかも。 地味な博物館ですが、タダだしその土地の歴史に興味がある人にはいいのじゃないかと思います。さて、今日は苫小牧へ向かう。暑い東京へ帰るのだ。
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旅のハイライト、知床観光船。知床は確か三回目だけど、いつも横断道をピューと走って去っていってしまった。一回くらい乗ってみようと、観光船へ。しかし、岬へ行く船は6000円もする。多分最初で最後の乗船だが、天が我に味方してくれてその間だけ雨がやみました。海上では久々に晴れ間も。 その後は斜里へ向かう途中から霧雨へ。今は摩周温泉だが、ここも朝少し霧雨が降ってるぞ。最後の最後まで降られ続けか。ところで今日は高校野球の決勝戦、北海道対東京の闘い。いやあ、どっちも勝って欲しいですけど、困るねこういうのは。試合中は走り続けていると思いますが。
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ずーっと雨である。知床峠も全く見通しがきかず、人もほとんどいない。しかし、ここまで来て何も見ないのも損なので知床五湖へ。ここはあまりにも奥深くアイヌの人々も立ち入らなかったため、名前がない。で、一湖、二湖と無味乾燥な名前がついてしまったそうなのだ。流れ込む川がないのに枯れない不思議な湖(地下水がわいてるのだそうだ)。 ツアーの皆さんも、雨の中根性で回ってましたね。熊出没中で三湖から先は立ち入り禁止でしたが。これで晴れてれば、周りの山が湖面に写って、さぞかし美しい風景になるのに。トホホ。(一、二枚目写真)) 宿は「夕陽のあたる家」にとったが、おすすめ宿です、これは。温泉だし、サービスよし、食事よし、一人でも泊まれます。コインランドリーもあるから連泊にも向いている。窓の下までエゾシカがやってくるし(三枚目写真)、自然に囲まれていい宿です。HPもあるし、じゃらんなどのネットでの予約も可能だから、詳細見て下さい。
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