学とみ子のブログ

病気と心を語り合いたいです。

万能細胞 iPS ES STAP

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
上記の記事に、橋下徹「なぜ宮迫さんの会見は完璧か」 がある。

一斉に芸人が声をあげた結果、今まで一方的だった労働条件が改善される可能性がある。
芸人は長い事、我慢してきたが、一方で、興行とは、暴力団、犯罪グループとかかわりやすいとの内なる問題もある。
そうした特殊な労働環境で、一方的に芸人側が抗議をやりすぎると、芸人自身に問題がふりかかってくると、橋下氏は警告した。

これをSTAP事件にあてはめてみよう。
証拠なく小保方氏をESねつ造犯と決めつけて、STAP細胞潰しを徹底したSTAP事件は、後に、印象操作の暴走事件の事例となるということだ。
ESねつ造の証拠が無い事が明らかであるにもかかわらず、小保方氏をねつ造犯であると徹底的に印象操作を行い、同じ実験現場にいた他の研究者たちの関与や実験ミスは全て見逃された。

調査した検体には実験の証拠としての正当性もなく、調査として全く不備である。
調査報告書は、大事な問題点は調査可能な手段を選ばずにつぎつぎとスルーし、調査対象とせず評価をはずした。
印象操作の極めつけは、小保方氏が研究者として資質不足であると記載した部分で、ここを徹底的に調査書に書き込んでしまった。
ESねつ造を確定できなくとも、小保方氏を貶めたい調査意向がしっかり残されてしまったのである。
こうした後世に残る文書は、調査にバイアスがあるほど、後の人たちに奇異に映るものとなる。

そもそも、希望に燃える新人ほど、ねつ造をする動機に乏しい。
若山研究室にいた研究者で、ねつ造をしても意味がない人のトップにいたのが小保方氏であろう。

STAP実験は、最初から最後まで小保方氏のみ怪しげなことをしたとの調査結果で、理研は終わらせてしまったのである。

桂報告書は、小保方捏造の印象操作をさらに強め、小保方氏の不正追及は学位はく奪に値するとするとの社会操作に貢献した。
学位はく奪を最終的に判断した組織は、表向きは早稲田の総長だが、実態はブラックボックスだ。

できるだけ、一つの組織が後で責任を問われないよう、誰がどうしたのか?わからないように決定がなされた。

橋下氏は以下の様に書いている。青字

・・・・ただ残念だったのは、岡本社長の言葉に、不明な点や、誤魔化しているなと感じる点がいくつもあったことだ。宮迫さんたちの関係を一からやり直すと宣言するのであれば、暴言めいた言動については一切言い訳せずに、全部そのまま認めてしまった方が良かった。下手な言い訳に聞こえてしまったところが多々あったと思う。どうせ謝るのなら、全面的に、しかもここまで謝るのか、というくらい謝った方がいい。宮迫さんと田村さんの会見が手本である。
吉本側の会見を聞けば、宮迫さんたちの会見にも不明な点が沸いてくる。両者の言い分の食い違いもある。

・・・・・
ただし、この騒動において注意しなければならないのは、これを機に、芸人さん側が一気に経営陣を過剰に攻めることである。
芸人さん側は、主張すべきことは主張しなければならないが、やり過ぎは禁物である。
この手の話には、いったん勢いに乗った側がやり過ぎてしまい、反転攻勢を受けるということがよくある。
・・・・
経営陣に対して、その非を上回るペナルティーを突き付けると、また必ず流れが変わり、経営陣を攻めていた側が今度は攻められる側になる。(引用終わり)

会社側にも問題は多々あるが、芸人側は会社を追及しすぎるな!と、橋下氏は言っている。
芸人側にも多々問題があるので、やりすぎは将来において、芸人に不利な状況が起きると、橋下氏は警告しているのだ。

今回マスコミをにぎわせている宮迫・亮事件は、STAP事件としばしばの類似点があるが、後に問題点が起きてくる点でも同様である。

会社側の判断が時代にそぐわないのと同様に、今後、理研の判断が時代にそぐわなくなるのだ。
一般人の科学知識が進むからである。
ES説はなぜ、おかしいのか?ES説が未熟でおかしな説であることが、多くの人に理解できる時代がくるからだ。

人々の知識が進めば、さまざまな考察がでてくる。
科学者からは考察が出ないことが、まさに異常なのである。

キメラにESが混じった可能性があるが、故意のES混入ではなく、実験のミスではないか?
レター論文で使われた細胞は、特殊な遺伝子制御の細胞が実在していたのではないか?
キメラのTCRの図は、どういうものなのか?

現時点でも、こうした考察はいろいろあるはずだが、研究者層からの推論が出てこない。
出て来る推論は、小保方氏がおかしな行動をしたとの説だけである。

つまり、意識的に、研究者層はものを言わない!ものを言わないでおきたい!の状況が明らかなのだ。

実際のSTAP実験が行われていた当時、若山研究員たちは、STAP幹細胞をせっせとGRASに運んで遺伝子解析をした。
若山研究室員たちは、ES混入?の可能性が高いルートについて、誰よりも知っている。
しかし、何も言えない。苦しい思いを研究者皆が抱えたままでいる。
宮迫・亮さんの苦しい表情が、そうした思いを示すものだろう。

”若山研究室員も含め、研究界に属する人たちは、全員が小保方氏がESを混ぜた説で納得している”
は、ありえない。

上層部追及、STAP潰しをやりすぎてしまったES派研究者たちは、今後も小保方ES説をがむしゃらに守り抜かないとならないだろう。

そのためにも、ES説をサポートしてくれる理論なき一般人の応援隊を、ES派学者たちはキープしておきたいのだろう。




開く コメント(24)

開く トラックバック(0)

sigh より:

開く コメント(11)

開く トラックバック(0)

本日、岡本社長の会見があった。

岡本社長も又泣き、泣いた時は素直で良い印象だったが、その謝罪の雰囲気を維持できずに、だんだん、傲慢な印象を与えてしまう話し方になった。
せっかく謝りに出てきたのに、そのスタンスを守り切れず、一般人に対して悪い印象を与えてしまったようだ。

社長として演じる能力に、トレーニング不足を感じた。
謝罪インストラクターなる職種の人に言わせれば、落第の謝罪会見だったかも・・・。

パフォーマンスの完成度からして、岡本社長は、宮迫さんたちに負けていた。
NHKでは、宮迫さん、岡本社長会見を、交互に映していたが、パフォーマーとして、宮迫さんの方が人心をつかんでいた。

最高責任者として、岡本氏はしかるべき言葉や態度があったと思うが、それが演じきれなかった印象だ。

宮迫さんの話とは若干相違があり、社長と宮迫さんのお互いの思惑のずれも明るみになったが、宮迫らへのクビ発言が撤回になったのは良かったと思う。

記者会見では、質問してくる記者とのQA交換は、質問する方、される方共に、とっさの判断力が求められるので、言葉をとりつくろっている余裕がなく本音が出やすい。
その表情の変化を皆が見ている。

生活のために、何とかハッピーな落としどころを、お互いに探しあってほしい。

今回は、すでに名前の売れた芸人たちが、今の吉本の芸人管理法に一斉にノーをつきつけたという展開であった。今の吉本の芸人管理法が前時代的であったことが隠せなくなった。

領内の複数の有力家来の反乱がおきて、領主が事態収拾のために家来たちの主張を受け入れたということなのだろう。
結局、宮迫独自記者会見が吉本体制を変えられるか?であろうが、決死隊が決死隊を演じた事になった。家来たちが大変な力をつけたということなのだろう。

会社と芸人の関係は、こらからもダイナミックな変化していくこととなり、視聴率のとれる芸人の社会的立場は向上するだろう。

一方、社長が謝罪会見をしたことは、当初、類似した関係と思われたSTAP事件との違いが出た。

会社も芸人も、お互いに生活がかかっていることが関係修繕に益するだろう。
背に腹は代えられないとの状況は大事だ。
STAPでは、この点が無視された。
小保方氏の今後は一切、配慮されなかった。
小保方氏をねつ造者として確定したかったからである。

小保方氏の今後の生活に対する配慮が、理研側になかった。
今後、彼女の復活がないように、徹底して潰した。
理研も早稲田も、真にESねつ造が確定した場合に限定されるべき扱いを、確定していない小保方氏に対して行ったのである。

STAP事件では、関係者たちの本音の顔をさらしたぶつかり合いがなかった。
お互いに顔を合わせていれば、わかりあえる状況は有ったと思う。
結局、このまま、関係者は(恐らく)一生の傷をひきずっていくしかない。



開く コメント(13)

開く トラックバック(0)

本日、21日のサンディジャポンです。

宮迫、亮問題を議論していました。出席者たちは、ご両人の迫力ある覚悟の会見について語っていました。

事件の根幹には、小保方氏の謝罪会見と共通するものがありました。
会社の裁定や判断に、当事者が納得できないことから生じる苦しさが共通します。
「あの日」には、お世話になった理研や若山研究室に対する苦しい思いがつづられています。

宮迫、亮問題に戻りますが、育ててくれた吉本興行に多大な恩義を日常的に感じながらも、その会社を裏切るようなことを言わざるを得ない宮迫さんの苦しい思いが伝わってきます。

世界中、どこの社会分野でも、人の気持ちの行き違いによるトラブルは必須です。
信頼していた人の気持ちや態度が状況によって、どんどん、変わって行ってしまう現実があります。そうした場面での人の葛藤、悲痛なる怒り、とまどいが、ひしひしと伝わってきます。

「会社にどのような思いがあるか?」の記者からの質問に対し、宮迫さんは振り絞るように言いました。
「18歳から30年間、お世話になった会社を攻撃したいわけがあるわけ無いじゃないですか!」

芸人は舞台さえあれば、その場でパフォーマンスできるエリートたちです。
テレビにでる芸人たちは、学歴と一切無関係に、人の心の機微に迫れることのできる天才たちです。

サンジャポは言いました。
芸人本人が経験した事実を再現するのに、テープはいらない。
テープ以上にその場の雰囲気を再現できる実力が芸人にはあるのだと。
俺たちに舞台をくれ!(小保方氏なら研究をくれ!となる)
まさに、その通りの記者会見でした。

このサンジャポにおける、コメンテイターたちのそれぞれの言葉は、視聴者に対し、なるほど!と説得力を持つものでした。
台本からはずれて、ここまでしゃべれる人たちと感じました。

自らの舞台を自らの演出できる人たちに比べ、明日会見すると発表した吉本興業の岡本社長と、それをささえる弁護士たちには大変なプレッシャーがあることでしょう。
多分、岡本社長も相当の覚悟を持って会見に挑むのでしょう。

過去において、歴史が大きく動くのは、最高権力者が不誠実な裁定を行い、それに対し有能家来たちの一部が反発し、それを契機に最高権力者の権威が一気に墜落した時でしょう。

今も昔も、権威ある者の判断に絶望することが、人を強く突き動かし、命がけの行動に至らしめるのではないでしょうか?。
その結果、政権と時代が変わってきたのだろうと想像します。

宮迫さんの言い分では、”会社が関係しているイベントだから大丈夫”と言われて出席したパーティに出たとのことです。
ところが、暴力団組織との関連が暴露され、会社は静観するように出席した芸人たちに指示したようです。

宮迫さんたちが、謝罪会見を岡本社長に頼んだ時、会社側は、宮迫さん謝罪の内容が、会社側に不利にならないように弁護士を入れ、会社側の意向に反しない内容とするように要請したようです。
社長は、その会見時期を決めませんでした。

会社は、暴力団関連を恐れ、弁護士を入れた会社依りの宮迫謝罪会見しか許可しませんでした。かつ、その時期は不明にしてしまいました。
事情によっては、会社主催の会見はやらなかったかもしれません。その場合は、会社は、宮迫さんを切り捨てるという判断です。
事実、宮迫さんは、この騒動の経緯で舞台を次々と奪われてしまいました。

独自の謝罪会見をするか?解雇か?の二者択一を、岡本社長は宮迫さんに迫りました。

子どもが悪い事をしたのを謝りたいのに、親が止めたようなものと、亮さんは表現しました。
記者会見を申し込む宮迫さんたちに対し、芸人たちの影響力について、社長は想定不足だったと思えます。
本社における話し合いの場で岡本社長は、その場にいた弁護士や社員を払い、社長と宮迫さんたちだけにして、二者選択を迫った様子を供述する宮迫さんの言葉は迫力満点でした。
宮迫供述は、会社側に相当の不利な証言であったと思います。

「おまえらテープを回してないだろうな!おまえ、辞めて会見しても良いが、全員首にするぞ!おまえらを首にする力があるぞ!」
との社長の弁とのことでした。(一字一句は正確でありませんので、他の報道も参考にしてください)

サンジャポコメンテイターは、弁護士を入れて議事録をとる場面であると言いました。
それこそ、社長を含め当事者全ての人にとって、テープを廻しておくべく状況でしょう。

ここを話す宮迫さんは、人を引き付けるすごいパフォーマンスでした。
このパフォーマンスに迫力があるからこそ、聞く人は、宮迫さんの言葉に絶対の決意があると感じ、その言葉に真実を感じ、宮迫さんは本当のことを言っているだろうと思います。

亮さんは言いました。
「在京五社、在阪五社のテレビ局は、吉本の株主なので大丈夫なのだ」
この発言も、かなりのインパクトのある暴露的な内容です。

亮さんは、こうも言いました。
「本当の気持ちが伝えられるのか?が、わからなくなる。ツイッターにおいても、淳さんに対しても、嘘なのを知らず擁護してくれる人がいるので、そこがつらい。」と。
嘘を応援してくれる人がいることがつらいと感じることは、人をだましている罪の意識です。
実際に嘘つきを経験してこそ出てくる言葉です。

記者から、それぞれの相方に伝えたいことは?と聞かれました。
宮迫さんは、
「申し訳ないだけですまない。相方は、今まで何度も何度も(宮迫さんに)頭を下げてくれた。ところが今回の騒動で、相方に電話をしても
「大丈夫やから、こっちは大丈夫だから、・・・」としか言わない。

亮さんは、相方の淳さんについて記者から聞かれて、以下のように言いました。
「お前(亮さん)が本当のことを言うのを応援する。コンビの解消はない」
とのことでした。


窮地にある人を気遣う時、人は掛ける言葉を失うものであることがわかる。雄弁に思いやりの言葉を掛ける人は、本気じゃ無いのかもーー?




開く コメント(12)

開く トラックバック(0)

学とみ子はいつでも自然体です。

そこへいくと、ため息さんは、いつもごてごて感のあるカモフラージュの言葉に満ちています。
ご自身では気づかないから、書いてしまうのでしょう。

女性から見ると、男性の吐く謙遜の言葉は、しばしば本音でないと感じます。

以前に、狸さんが、中島敦氏の山月記を紹介されましが、彼の文章は、いかにも男性が書く文章と思いました。

以下の部分ですね。
”なぜこんな運命になったか・・・・我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である”
男性は、自らを自慢したい、しかし、同時に、その自慢をカモフラージュしたいと思うらしいです。
男性は、自慢や自尊心を、冷静に見つめている自身自身を演出したいようです。

この後、中島敦氏について書かれた新聞記事がありましたが、中島氏は、漢学者の家系で中学時代に四書五経を読破したとあります。もちろん、秀才ではありますが、親が知識人であればかなり有利です。
その後は、彼の作品が有名になるのは、33歳でなくなった彼の死後とのことでした。
彼の病気は喘息とあり、結核については書かれていませんが、当時、日本人ほぼ全体が結核に感染していたことを思うと、彼もそうした状態があったと思います。
この世代の人の重苦しい気持ちは、今の結核を知らない世代には理解しがたいでしょう。
生あるうちに、何かを成し遂げたいとの強い思いです。

女性はある程度に知識を得た時、その知識を求められれば、求める相手に知識を披露しますが、その時、本心とうらはらの過剰なる謙遜はしません。
「私は、ほら、こんな知識があります」と素直に言います。

学とみ子は傲慢とか批判されるようですが、私があまり謙遜をしないでストレートな文章を書く癖があるからと思います。
女性は、得た知識を知識として他人に与える時に、とても素直なのだと思います。
小保方氏が、STAP論文発表の場で、将来の老化予防にまで踏み込んでしまったことも、女性の素直さの表れだと思います。

ところが、男性にとって、女性が大きな話や専門知識を披露することは、とてもハナにつくようです。

つまり、男性は、女性に対して、「お前は、そんなことが言える立場かよ!」と怒りを感じるようです。

女性は、男性のような過剰なる謙遜は言いません。女性は自然体です。
ため息ブログに書き込む女性は皆自然体で、それぞれの知識(しばしば自慢)を披露しあっています。
女性たちは、書き込み行為をやりたい!と思い、それで満足できる!の自分自身の感情に素直なのです。なんらかの満足感が、女性がコメントを書き込む時のモチベーションのようです。
自画自賛発露の子宮思考というと、又、お叱りをうけそうですが、要は女性は自然体なのです。

しかし、男性は違いますね。
例えば、今回のため息氏ですが、過剰なる(心にもない)謙遜を披露しています。青字
ため息氏はご自身が科学者であることに大きな自尊心やエリート意識を持っています。
でも、口ではこんなことを言っています。
・・・・科学分野の隅っこに座らせてもらっている者としては、・・・・

学とみ子にとって、こうした言葉にはため息です。なんでわざわざ白々しいナと感じます。
こうした本音と建て前が違うため息さんは、立場のある科学者たちの肩をもつために、新人かつ女性の小保方氏をESねつ造者として切り捨てようと努力しています。

                 
サラリーマン生活29年さん
・・・・・・・当方はそのような意識を元にSTAP事件を取り上げたわけではありません。科学分野の隅っこに座らせてもらっている者としては、




開く コメント(7)

開く トラックバック(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事