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もーちゃんから紹介してもらった話http://blogs.yahoo.co.jp/shalo mocha n/11660502.html
ですが、引用元は
http://list.jca.apc.org/public/aml/2005-September/003536.html
こちらです。
さて、「左派」は結集をということで、それは「左翼」とも言えるかもしれませんが、僕はそもそも「左派」とか「左翼」とかいう言葉が、「反支配者」の考えを持つ人々の結集にとっての最大、とは言わないまでも、大きな障害のひとつとなっているのではないかと思っています。
僕は(多分ほとんどの人は)「左翼」として生まれてきたのではありません。しかし、長くはありませんが、それなりに色々と考えながら成長し、経験してきた結果として、僕は平等なものとして生まれてきたはずの人間が、「自分の能力を超えた見えない力」によって、自分の人生が左右され、結果的に悲惨な生活を送らざるを得ない人が多く存在することに気付いたのです。
しかしこの「見えない力」は実は見ることが可能なのです。見ようと思えば。その「見る努力」をしている人たちが「連帯」し、「見ようとしない人」や「どう見ればいいか分からない人」と手を取り合えば、自分たちが置かれている状況を変えることができるんじゃないかと思います。
現状(狭い意味では総選挙後の状況)における、自分を取り巻く環境を見渡せば、かなり深刻です。改憲に向けた動き(これまでも日米安保の強化・有事法制などで下準備が進められてきましたが)は、今後、教育基本法の書き換えや共謀罪の導入などで、さらに加速していくでしょう。
これ以上、支配者の勝手を許さず、庶民一人ひとりが平和(これは戦争をしていなければいいという意味ではない)に生きられるようにするため、私たちは結集しなければならないでしょう。
いわゆる「左翼」、組織で言うと共産党や社民党、新社会党とかそういう人々だけでなく、いわゆる「保守」的な人々、そして政治組織に属さない人々とも手をつないで今の日本のあり方を変えなければ、結局は自分たちの暮らしが破壊されることになるのです。
もし「組織の論理」を優先させるような政党・組織があるならば、そんなところにはなくなってもらうしかない。
個人同士のつながりこそが、社会進歩の新たな力とならなければなりません。
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「左翼」=共産主義=なんとなく怖い、という感情だけで毛嫌いしている被搾取階級はいまや「先進国」のなかでは日本だけではないでしょうか。 自身は被搾取階級でありながら、右翼的な思想でしかアイデンティティを保てない日本人は全く理性というものに欠けています。
2005/10/8(土) 午前 0:27
<自身は被搾取階級でありながら、右翼的な思想でしかアイデンティティを保てない日本人は全く理性というものに欠けています。>あなた根本的にわかっちゃいない。被搾取階級だの支配者階級だのと階級で人間を分ける発想は左翼特有のもの、そして階級社会の色が残る、王様は各地外国の王族と国境を越えてお互い通婚し領民を支配していたヨーロッパの発想ですから日本にはなじまない。そもそも右翼は民族で物を見るから階級闘争という発想自体の概念が無い。それを右翼的というなら日本人の大多数は右翼ということになりますし、ましてや理性が足りないなどと決め付けるのは階級史観の押し付けだわな。
2005/10/8(土) 午前 3:30 [ shenggangqibing ]
>右翼は民族で物を見るから階級闘争という発想自体の概念が無い→ならば、日本民族以外は一切受け付けない排他的な思想の持ち主ということかしら?
2005/10/14(金) 午後 0:26
<ならば、日本民族以外は一切受け付けない>物を見る=排他的というのはどうでしょうか? そういう向きも存在しますし、欧米などは移民排斥などでも出ていますけれどね。相互不干渉で行きましょうが本来の姿ですけれど?日本にはマレビト信仰がありますし外国からやってきたものをありがたがる風潮もありますので必ず排他的とはいえませんでしょう。戎さんだって浜に打ち上げられた外国人の水死体を神とあがめたのがそもそもですからね。
2005/10/15(土) 午前 10:28 [ shenggangqibing ]
1週間夏休みをいただきました。コメントありがとうございました。 僕は、「個人」がどう思おうと、支配する側と支配される側に「階層」が分かれているのが現実だと思います。で、客観的に見て自分がどちらの「階層」にいるのか判断できるんじゃないでしょうか? もちろん「被支配者側」にも「支配者」に擦り寄ろうとする連中はいますけどね。
2005/10/16(日) 午後 5:57
支配する側と支配される側ってそんなにパッキリ分かれるんでしょうか? 国という単位、地域という単位、職場という単位、それぞれ違うでしょうしね。警察官なんかどうでしょう、反体制の人から見れば権力者の手先で支配する側でしょうが実際は組織の中で支配されている人々です。例えば血と骨の主人公の金俊平、社会全体では支配される朝鮮出身の一移民にすぎませんが、在日社会や家族・自分の会社では専制的な暴君でした。そういう階層的なものが絡み合うから一概に言えない。 とりあえずweedpopoさんのような、階級史観で物を見れない人は知性がないなどと短絡的に決め付ける態度には反対です。
2005/10/16(日) 午後 6:33 [ shenggangqibing ]
確かに「きっぱりと」割り切ることは難しいでしょうね。両面併せ持つ人もいるでしょう。しかしそれでも、「半々」ということはないと思います。「より支配者側」か「より被支配者側」かのどちらかじゃないですか? それが、自分がどちら側につくかの判断基準となりうると思うのですが。
2005/10/16(日) 午後 6:48
支配される側に甘んじることをよしとするか、他人よりも苦労を多く負ってもなんとか「支配する側」になりたいと思って努力するかの違いじゃないですか? 卑近な例で言えばヤンキー一家なんか前者でしょうし、親が飢えても子供に教育を受けさせてあげたいと努力する家庭は後者でしょう。まだまだ日本の社会は逆転が可能ですからね。とりあえず子供には勉強する癖をつけさせましょうということで。ドラゴン桜の見すぎかな??
2005/10/18(火) 午前 3:06 [ shenggangqibing ]
がんばって支配者側になること自体は否定しませんが、支配する側にも倫理が求められますけどね。それに、がんばってる被支配者だっているんだし。在野で力を発揮する人もいますよね。省港先生はそういう人ではないのですか?
2005/10/18(火) 午後 1:25
「支配する側にも倫理が求められます」はおっしゃるとおり! 教育における(学校・社会・家庭いずれもですが)心の貧しさ道徳心の無さが矛盾を生んでおります。私腹を肥やしたり私利私欲のために国のルールを曲げていこうとする政治家や官僚には無力ながらもみんなでツッコミいれないとね。政治に対して無関心ではいけません。
2005/10/19(水) 午前 5:15 [ - ]
また「珍しく」気が合いましたね。「道徳心」というのがあえて言えば気になるところですが、でも思っていることは一緒でしょうね。 今日もまた、親が子どもを虐待し、子が親を殺す、という事件がありました。全般的に命が大切にされない日本・世界になっています。もーちゃんが「愚民」と呼んだことを省港先生は批判したけど、「愚民」のツケを払わされるのは僕たちじゃないですか?
2005/10/19(水) 午後 10:53
自民に入れたから愚民、共産党にいれたから市民 といった単純な決め付けに我慢ならなかっただけですよ。武士道や朱子学でいうところの徳のモラルが為政者には求められてきましたけれど、上に立つべき人が負うべき責任感や使命感などの昔の良い部分を捨て去って、贅沢する権利だけ享受するのは残念です。ノブレス・オブリゲージが足りません。
2005/10/19(水) 午後 11:29 [ shenggangqibing ]
言い方が「直接的」だっただけで、よく考えれば、「自分の首を絞める選択」だったことには違いないと思います。「持続可能な社会」「共生社会」をつくる上で、自民党政権が継続するのは適切ではありません。短期的に見ても、汚職や官民癒着などもなくならないでしょう。
2005/10/20(木) 午後 0:09