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被災地で見た光景は、想像を絶する衝撃的なものでした。現実を目の前にして、大きな悲しみを感じ,
無力感を覚えました。
自衛隊のみなさんや、現地で活動するボランティアの人達は、献身的に復興へ力を尽くしていました。
この震災と津波により失われた命は二度と元に戻る事はありませんが、被災地が真の復興を遂げるためには、いかに多くの人達が被災地や被災地した人々とどれだけ一体感を持って支援を継続できるかという事に掛かっていると思います。
釜石市や石巻市では、町のある一定の面積は津波被害を免れ、電気や水道などのライフラインが今は確保出来ている地域が残っているのでかなりの人数のボランティアが支援活動が行われています。しかし私が支援物資を運んだ大槌町や女川は、町の中心部分を含む町の大部分が津波に襲われ眼を覆いたくなるような状態にあります。大槌町には震災後40日以上を経過した今になっても、一軒のガソリンスタンドも、一軒のコンビニもありません。極めて少数の衣食住全てを自前でまかなえるボランティアスタッフしか活動が出来ない状態にあります。
本来ならばもっと多数のボランティアが必要なのですが、陸の孤島となっている大槌町などの地域は、ボランティアを受け入れることすら出来ないのです。
遠野から釜石への40分程の道程だけで7から8台の患者搬送中の救急車とすれ違いました。劣悪な環境下にある避難所では、次々と重病人が発生し、人の命が危機に晒されていることを伺い知る事ができました。
震災から40日以上経過しましたが、水道が使えない避難所があまりに多過ぎます。(本来そういうところを避難所とは言わないでしょう。)
国会中継を聞いていると、相変わらず与野党の足の引っ張り合いと責任のなすり付け合いとヤジの応酬ばかりで、人を救うための建設的な議論は行われていません。その無駄な時間の経過の中で、避難所の環境改善の対応が遅れ、人の命が粗末に扱われていると感じています。国会議員は、次回の選挙での得票にしか興味がないのでしょうか。
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2011年04月24日
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