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さて、前回の話の続きです。
世のスバリストから絶大なる全国的な人気を誇る中津スバル販売の代田敏洋社長。社長の経営する中津スバル販売は、全国各都道府県にある、地方ディーラーとはまた違った立場にあります。全国のディーラーは、神奈川スバルとか、静岡スバルとか、地方販社により運営されています。大きなディーラーは何百人も従業員を抱え、県内各所に数十の販売拠点を抱えています。
中津スバル販売は、よく板金工場や自動車修理工場などに併設されている小さなショールームと同じ系列の単一店舗展開が中心の規模的には小さなところが多い「スバルショップ」にカテゴラズされる販売店です。
しかし、中津スバル販売は、中央道中津川インターにほど近い、国道沿いの一等地に立地しており、またショールームの規模も、修理工場の規模も、掲げられた看板も、通常のスバルディーラーを凌駕するような立派なものであり、威容を誇っています。また敷地内には古民家を再生し、古いレストアされたサンバーが飾ってあったり、スバルの名車であるアルシオーネベースと名付けられた、スバルアルシオーネのパーツや屋内展示スペースがあったりと、スバル360から続くスバルの名車を余すところなく動体保存しています。
全国広しといえども、これほどのスバルの世界観を俯瞰して見られる場所は、群馬県太田市の富士重工業矢島工場のビジターセンターとここ以外にはないですね。動体保存していて、今すぐにでも道に走り出す事が出来るという点を考えると、矢島工場のビジターセンターも敵わないところです。
岐阜の片田舎にありながら(失礼)、全国からお客さまを引き寄せる中津スバルの強力な重力の源はどこにあるのでしょうか?それは有数の修理技術を誇るピットであり、代田社長の情熱的な仕事ぶりであり、みずから店頭にも立ち、地元のお客さま、遠方からのお客さまに対するホスピタリティであり、雑誌などのメディアに対する強力な情報発信力にあると思います。そのどれもが長年に渡る情熱に裏打ちされた熱心な仕事ぶりにあると思います。 氏のスバル車に掛ける情熱の凄まじさと愛の強さは、相当のものです。自分はこの点にとても刺激を受けました。好きな事を仕事にしたのに、スランプにハマった自分。好きな事を仕事にした人間だけが持つことが出来る、尽きる事のない情熱を目の当たりにしたのです。
そして本来の自分のあるべき姿と理想をそこに見たのです。そしてスランプにある自分の戻るべき原点とは、自分の会社の次の10年をどう牽引していくべきなのか。深く考える事になったのです。
さて今回は中津スバルの講演の前日に現地入りし、社内を代田社長に案内してもらい、自分の中には、ふつふつと情熱と闘志が湧き上がってきました。自分は全力で、明日から5講演、全国から代田社長のショールームの50周年を祝いにやってきて、僕の講演を聞きに来てくれるお客様に楽しい話を聞かせようと。心の中に炎がメラメラと燃え上がるのを感じました。
同時に自分の会社を創業した時にはあった炎が、やや弱まっている事に気付きました。そう自分の中のそうした変化にも気づかないほど、ひどいスランプだったのです。
弊社は次の10年の最初のスタートとして、現在ある弊社の天体望遠鏡4機種、ラプトル50、ラプトル60、アトラス60、アトラス80の入門機として強みを、すべてのステークホルダーに対し情報発信をしながら再定義をして行こうと考えています。どんな思想で作られたものなのか。どこが優れているのか。他社に対するアドバンテージをさらに明確にすること。 そして頭の中温めてきたアイディアをひとつづつ具現化し、更に製品の魅力を高める。 初心者やこどもを一番理解しているメーカーとしての強みを最大限発揮していく事にこれから1年注力していきたいと考えています。 不思議な事ですが、自分が再び強力に前進を始めるようになって、弊社の周辺はにわかに様々な協力者が再び集結しつつあります。 自分の本来の目標と夢を今一度思い出させ、完全覚醒させてくれた中津スバル販売の代田社長と奥様の存在は、私に取ってとても大きく、そしてこれからも先輩経営者として、その影を感じるだけで心に勇気が湧いてくる存在であり続けると思います。 実は今回の復調は、代田社長夫妻のほかに心の爆薬に導火線を引いた立役者がいるのですが、それはもう少し経って仕事が形になった後にまたブログに書かせて頂きたいと思います。 To Be CONTINUED(つづく) |
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2016年07月16日
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