おかしいぞ。

『こんにちは』と虫が挨拶している画像にかえました。
アメリカ合衆国の次期大統領がトランプ氏に決まった。
大国であるアメリカの指導者が予想外の人物に決まったことで私の周りの人間まで「トランプになっちゃったよ。どうしよう。困ったね。」などと言い出している。
確かに世界に与える影響は大きなものだろうけど、日本の一個人の一般人に与える影響など知れたもので「あなたに直接関係があるの?」と聞けば「ないけどね。色々心配。」などと返ってくる。

先行き不透明なことに心配になることは理解できるが、米国に住んでいる訳でもない、米国の現状を細かく分析している訳でもない日本の一般人が大統領選でトランプ氏に決まったからと言ってとやかく言うべきではないと思うけどね。
一番影響が出るのは米国だよ。
その米国の人達が次期大統領をトランプ氏に決めたんだよ。
一応、民主主義制度に則ってね。
だから、他国がとやかく言う問題ではない。

日本としては民主党から共和党に政権移譲する対応をどうするか。日米安保をどうするか。などを安倍政権に任せるしかないんだな、これが。
私たちが個人的に対応できることなど何もないので、情勢を見守るしかないでしょう。
日本としては色々心配なことはあるけれども個人的にはそんなに心配しても仕方ないので、大騒ぎしなさんな・・・・・てのが私の感想ですな。

さてさて、今回の『私たちが知るべき情報が報道されない日本』の2つ目は・・・・・

『平成28年自衛隊記念日 観閲式』をご紹介したい。
まずその前にこの観閲式について少し解説を。

自衛隊記念日は11月1日となっている。
今回の『平成28年自衛隊記念日観閲式』は陸上自衛隊の観閲式で3年に一度開催されている。来年は航空自衛隊が『航空観閲式』その次の年が海上自衛隊で『観艦式』が開催される。

この観閲式を開催する目的は「他国への牽制」。
よくテレビの報道では北朝鮮の映像が流れてくるが、正直あれと一緒。
ただ、日本の場合はその目的でいつも最初に出てくるのは『国民や地域住民への理解を深めていただくため』となっている。
本音と建前でいいんだけどね。

その他の目的は『隊員の使命の自覚及び士気高揚』がある。
今回の『観閲官』は安倍首相が務めた。
その安倍首相が述べた『内閣総理大臣訓辞』をご紹介したい。

日頃、目に触れることのない自衛隊員。
いざとなれば私たちのために自らの命を投げ出す覚悟をしてくれている自衛隊員。
その自衛隊員の家族への感謝の気持ちを素直に述べている。

その『内閣総理大臣訓示』の動画を見ていただきたい。(5分くらいの動画です)
特に後半の自衛隊の家族に触れている訓辞は、一般人にとってはありえないことであろう。我が家の一家の長が危険な仕事に従事している。それを支える家族の気持ちなど、一般人の誰にわかるのであろう。
その思いを自分たちは知っておくべきで、自衛隊があり、自衛隊員が日々厳しい訓練をしてくれていて、それを支える家族があるから私たちは平和に暮らしていられるのだということを自覚するべきである。

今回の動画は首相官邸のフェイスブックタイムラインから発信されている訓示の抜粋です。全動画及び全文をご覧になりたい方は最後にURLを貼って置くのでそちらもご覧いただければと思っております。


『平成28年度自衛隊記念日観閲式 
安倍内閣総理大臣訓示』(抜粋)
【首相官邸フェイスブックタイムラインより】
平成28年10月23日 朝霞訓練場

イメージ 1
 
3年ぶりに、再び、この朝霞の地で観閲式に臨み、隊員諸君の勇姿に接することができ、大変嬉しく思います。士気旺盛なる諸君の姿を前に、最高指揮官として、大いに心強く、改めて、身の引き締まる思いであります。


熊本地震、相次ぐ大雨。自然災害の現場には、必ず、諸君たちの姿がありました。不安な時を過ごす被災者の皆さんにとって、それは、まさに「希望の光」であったと思います。
今、国民から揺るぎない信頼を勝ち得た、諸君たちを、私は、本当に誇りに思います。

今も、日本から1万1千キロ、灼熱のアフリカで、南スーダンの自立を助けるため、汗を流す隊員たちがいます。首都ジュバでは、カンボジアの部隊も、共に活動しています。その若い女性隊員が、ある時、自衛隊員にこう話しかけてきたそうであります。
「約20年前、日本は、私の国を支えてくれた。」
「日本が、私たちにしてくれたことを、今、こうして、南スーダンの人たちに、返せることを誇りに思う。そして、アフリカのPKOに参加できるまでになったカンボジアの姿を、日本人に知ってもらえて、嬉しい。」
20年余り前、日本の自衛隊が、カンボジアの大地に植えた「平和の苗」は、今、大きな実を結び、遠く離れたアフリカの大地で、次なる「平和の苗」を育もうとしています。
南スーダンは、生まれたばかりの、「世界で一番若い国」であります。
あふれるような笑顔で、隊員たちに手を振りながら、自衛隊の活動を見つめる子供たちの眼差し。彼らは、将来、きっと、南スーダンの平和な未来を切り拓く原動力となるに違いありません。
世界に「平和の苗」を植える。その大きな志を持って、この、危険の伴う、自衛隊にしかできない責務を、立派に果たしてくれている諸君に、心から敬意を表します。

イージス艦一筋。一人の海上自衛官が、5日前、31年に及ぶ自衛隊人生に幕を下ろしました。
「父は、ほとんど家にいなかった。」
高校2年生となった息子さんは、そうした父親に反発した時期もあったそうです。
今月、同じ艦(ふね)の仲間が開いた送別会に、息子さんも招待されました。
お父さんがミサイル防衛の最前線でいかに重要な役割を果たしてきたか、どれだけ多くの後輩たちから尊敬を集めてきたか、代わる代わる、話を聞いたそうであります。
送別会の最後、マイクを握った、その息子さんは、こう述べたそうであります。
「父の背中が、今日ほど大きく、偉大に見えたことはありません。」
そして、こう語りました。
「僕も、お父さんのように、立派な自衛官になります。」
本日、この場所には、隊員たちの御家族の皆様も、たくさんいらっしゃっています。

皆様。どうか、誇り高き、彼らの姿を、よく御覧ください。
彼らの存在があったればこそ、日本は、平和と繁栄を享受することができる。国民の命と平和な暮らしは、間違いなく、彼らの献身的な努力によって守られています。日本国民の誇りであります。

御家族の皆様。
大切な伴侶やお子様、御家族を、隊員として送り出して下さっていることに、最高指揮官として、心から感謝申し上げます。
皆さんの支えがあるからこそ、彼らは、全力を出し切り、国民の命と平和な暮らしを守ることができる。本当に、ありがとうございます。


隊員諸君。
私と日本国民は、常に、諸君を始め全国25万人の自衛隊と共にある。その誇りと自信を胸に、それぞれの持ち場において、自衛隊の果たすべき役割を全うしてください。
平成28年10月23日
自衛隊最高指揮官
内閣総理大臣
安倍 晋三

内閣総理大臣 訓示 動画と全文(首相官邸ホームページ)




沖縄で若い機動隊員が『土人』と発言したことについて「差別だ!」と騒ぎ立てる人達に違和感を覚える。
それは何故か。。。。
もちろん『土人』発言を是としないが、その言葉が発せられてしまった経緯を知っているからである。いろんな情報を知っていることによって、この発言に肯定はしないが、いきり立って「差別だ!」と大騒ぎする愚かさをしないで済むと言う事になる。

情報というものは人間が生活する上では非常に大切であることは皆さんもご承知のことだろう。
その情報もランクがあり、何でもかんでも知っていれば良いのではなく、逆に知らないほうが良い場合もある。
またその情報が正しいのか正しくないのか判断する材料が必要で、最初に入ってきた情報を鵜呑みにすることの愚かさも知っておくべきである。

一昔前だったら、一般人が情報を掴む手段としてテレビやラジオ、そして新聞が主なものであったが、今ではこれだけインターネットが普及し世界中の情報が瞬時に手元へ入ってくる。本当に凄い世の中になったものだと感心する。

そんな環境の中、未だに情報弱者は大勢いる。
未だにテレビや新聞の報道が「全て正しい」と思い込んでいる人がいる。
そんな情報弱者の人達によって世論が形成されることの空しさは実に悲しむべきことであると思う。

おっと、今日は情報の大切さのお話ではなかった。
「私たちが知るべき情報が報道されない日本」という題材であった。
失礼失礼。

まあ、早く言えば、テレビやラジオそして新聞などで大きく報道されないことを書こうと思っていたのだった。

なぜかどのメディアも大きく報道しない情報を皆さんに届けようと思う。
(そんなこと知ってるよ・・・って方はスルーしてね)

今日はその一つ目。


『長栄集団の総裁、張栄発さん死去』
〔2016.01.21産経新聞〕

張栄発さん(チャン・ロンファー=台湾・長栄〈エバーグリーン〉集団総裁)が、長栄集団によると20日死去、88歳。 船員から身を起こし、68年に中古貨物船1隻で長栄海運を設立。その後、長栄(エバー)航空を設立するなど世界的な海運・航空グループを築き上げた。

だれ?この人?と思った方。
この方はこういう方です。


張栄発
1927年10月6日生

台湾宜蘭県生まれ汽船会社の用務員から15年間船員、船長生活を経て1961年に海運会社を設立。
1968年9月に「長栄海運(エバーグリーン)」を設立し、中古船一隻で事業を開始した。

この張氏が設立した海運会社「長栄海運(エバーグリーン)」とは・・・・
この写真を見れば恐らく分かる方も多いのではないか。

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このグリーンのコンテナ
見たことありませんか?

今や世界中の港にはこの「EVERGREEN」の文字が入ったコンテナが溢れています。
今や海運業だけではなく、航空・ホテル等々、エバーグリーングループとして世界的にもその名はしっかりと知れ渡っています。

ではなんでこのグループの総裁である張栄発氏の死去を知っておくべきかですが。。。。。

張栄発氏はあの東日本大震災時、日本赤十字社へ約3億6,380万元(10億円)を個人として寄付してくれました。
この個人的な寄付だけでなく、自分の会社のインフラを利用し支援物資の移送などに尽力してくれました。もちろん無償です。
文字に起こせば以上ですが、実際には支援物資などの移送には大変苦労なされたそうです。
震災の混乱時、日本政府の非常事態状況や政治的な問題である中華人民共和国と台湾とのシガラミ等々。
単純に支援物資と支援スタッフの移送を早急に行いたくても出来ない状況があったようです。

日本政府と台湾政府、そして張栄発氏とのやりとりを少し紹介します。

東日本大震災 発生
当時の台湾総統であった李登輝氏は
台湾支援隊を即時派遣したいと
日本政府に連絡
日本政府は
「台湾の救援隊を受け入れる準備が
できていない」との返事
(余分だけど、この時の政権は民主党)
李登輝総統は災害時の
人命救助72時間のタイムリミットを
念頭に、とにかく早く救援隊を
日本に送り、あとは現場で判断を
仰ぐようにと指示。
台湾の航空会社である
中華航空に要請するが、
日本政府が受入を
即座に決定しないことで
移送に難色を示す。
そこで李登輝総統は、
エバーグリーンの張栄発氏に
電話連絡。
張栄発氏は李登輝総統に
即決で受入を回答。
しかも費用は一切要らないことを
同時に伝える。
支援隊と物資は
エバーグリーングループの
エバー航空により移送。
日本に到着。
しかし、その時にはすでに
中国や韓国からの救援隊が
到着していた。


その後、李登輝総統はインタビューでこう語っている。
「日本に何かあったときには、真っ先に駆けつけたかった・・・」
友人にはこう漏らしたそうです。
「(真っ先に駆けつけられなかったことは)一生の痛恨事だ」・・・と。



どれほどの大きな決断が必要だったか私たちには想像できないだろう。
この張栄発氏の英断でどれほどの日本人が助かったのだろう。

台湾の親日家の一言では片付けてはならない方。

その方が亡くなられてしまった。

そんな故張栄発氏を日本では大きく報道しない。

私たちはこれだけの事を日本にしてくれた人の死去を知っていない。

ぜひ皆さんに張栄発氏のことを知ってほしい。
そして忘れないで欲しい。
そして感謝の気持ちも忘れないで欲しいと思う。

それでは最後に故張栄発氏が震災時だけでなく、長年日本と台湾の経済発展に貢献されたことを称え日本政府は最高勲章の「旭日重光賞」を授与した。
その時のお写真を披露して終わりたい。
失礼ではあるが、実にやさしそうな「おじいちゃん」である。

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ご冥福をお祈りいたします。

終わり(その2は次回掲載します)
↓↓↓
※追加記事

そうそう。これも載せたかったんだよ。
張栄発氏が死去された後、熊本地震が発生し、張栄発氏の意思を受け継いでいる「エバー航空」の社員たちによる応援ツイートを紹介したい。

(一つ目 2016.4.21 エバー航空ツイート)
一つ一つは小さくても
たくさん集まれば大きなハートに 
加油 熊本
加油 日本
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(二つ目 2016.4.21エバー航空ツイート)

手と手を繋いで心(ハート)の絆。
日本と台湾の友好関係が
これからもずーっと続きますように。

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ありがとう台湾
ありがとうエバー航空さん

ほんとに終わり

世の中で『社会的地位』を確立している人はどんだけいるんだろう?

社会的地位
社会の中に確立された、人々の名誉や威信を伴う位置。
(Wikipedia)

この社会的地位を表すものとして、やはりその人の『職業』が大きなものになってくる。

ではその職業でどのようなものに携わっていれば『社会的地位』が確立させているといわれているのだろうか整理してみたい。
一応ここでは『社会的地位』=『名誉ある職業』と考えたい。


①政治家
②裁判官
③医師
④弁護士
⑤大学教授

どうだろう、私が勝手にベスト5を出してみたが、一般的なものは違うかもしれないが大差はそうないだろう。

しかし、このベスト5はインターネットの普及と共に情報が乱れ飛ぶ世の中になり危うくなっている。
一般人には到底及びもつかない専門知識を身に付け、その分野の仕事で活躍する人を見ていると尊敬したりするものだ。
一昔前だったら、その仕事のみの情報しか触れず、その人の私生活や政治的なスタンス、仕事以外の言動などを知り得ることはあまり無かった。

それが今ではこれらの職業の一部の人達によって『社会的地位』などというものが崩れかけている。

その一部の人間の代表がこの人物だ。

ほい
↓↓↓↓

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香山リカ(偽名)
本名は中塚尚子らしい・・・・

ここで私がいちいち紹介しても仕方が無いくらい今では有名人になってしまっている。
ご承知の通りこの方は前出した『社会的地位』を確立している職業に務めている御大である。

香山リカ(偽名)=医師・大学教授

こんなに名誉ある職業に就いている御大がある日豹変したのには驚いた。
それ!!
↓↓↓↓

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どうだ!!
↓↓↓↓
イメージ 3

もう一丁!!
↓↓↓↓
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『あ〜あ』って感じですな。
せっかく『社会的地位』がある職に就いておられるのに自ら台無しにしちゃっているよ。もったいない。
医者で教授である方が仕事以外でこういう奇行もやっていらっしゃることが分かる現代は実に便利だし凄いことである。

この御大はやらなきゃいいのに『Twitter』もやってご自分から情報発信もしてらっしゃる。
では、今日の本題に入りたい。
この人の本職は「医師」であろう。
どうやら専門科は『精神科』のようだ。
そんな御大の専門職種でのご発言がある日ツイートされた。



香山リカ (@rkayama)
「仕事につき心理的影響は皆無」が答えです。でも警察や消防はご遺体にかかわったり自分の命が危機にさらされたりする現場があり、その場合は「惨事ストレス」が発生する可能性が知られ、自衛隊病院、警察病院の精神科医などが対応しています。「罵声」で惨事ストレスは発生しません。無影響です。 twitter.com/izure_tobu/sta…


香山リカ (@rkayama)
正直言って、職務中に反対派の丸腰のシニアや女性の怒声に心が折れてケアが必要になるほど公私の線引きもできない繊細すぎる人がいたとしたら、機動隊員としては不適応を起こしてるのだから配置がえをした方がよい。


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この方一応『精神科医』です。
その専門的なご職業についている方が高江の機動隊については、このような専門的なご判断をしていらっしゃる。

日々罵声を浴びせられている高江に配置された機動隊の方々については

「仕事につき心理的影響は皆無」だそうです。

しかも

反対派の丸腰のシニアや女性の怒声に心が折れるようだったら

配置換えをするべきだそうです。


今や法治国家では在り得ない状況になっている高江の情報は、ちょっと検索すれば反対派の常軌を逸した活動は入手できる。
こやつの脳内には何かしらのフィルターがあるのか?
無法地帯と化している高江の状況を見て「おかしい」と思えないのか?

職業ならばどんな罵声を浴びようと心理的影響は皆無

こんな馬鹿な発言が出来る人も一応『社会的地位』を持っている。
情けない。

米軍の兵士が職業として各地に派遣され『戦時ストレス』を抱えて帰ってくることが報告されている。
アメリカという母国に帰ってきても、一部ではあるが派遣されたことにより罵声を浴びることも多いと聞く。
こんな人も心理的影響は皆無なんだろうな・・・・きっと。


全国の『医師』『大学教授』の皆さんはこやつの言動をどう思っているのだろう。
社会的地位があるのに『もったいない』と思うのは自分だけなのか。
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きっとこの御大。
なにかに取り憑かれていることで私の脳内フィルターをセットしようと思う。
そうすれば、この御大の戯言も気にならない。

まあ、こんな感じかな。

ほれ!!
↓↓↓↓


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(END)

高江村

まず、基本的な情報から知っといたほうが良い。

●人口:142人(男性75人・女性67人)
○年代別人口分布;
  0歳〜9歳=16人
  10歳〜14歳=6人
  15歳〜19歳=1人
  20歳〜59歳=70人
  60歳以上=49人
  ※参照:人口統計ラボより抜粋
○就業者数:86人
  農林漁業=35人
  サービス業=19人
  工業土木等=15人
  専門・技術職=12人
  その他=5人
  
●世帯数:66世帯

★高江村の地図

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以上が高江村の基本的な情報。

こんな高江村で以下の報道がされた。


機動隊員「ぼけ、土人が」 ヘリパッド建設抗議の市民に

朝日新聞2016.10.19 

沖縄県東村(ひがしそん)高江周辺で進むヘリパッド移設工事現場の周辺で、抗議活動をしている市民に警察の機動隊員が差別的な発言をしたとして、沖縄県警は19日、「極めて遺憾だ」と謝罪した。発言の様子を映した動画は、18日にインターネットの動画サイトに投稿された。フェンスをつかんで抗議していた市民らに、機動隊員が「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、土人が」と発言する様子が映っている。 県警によると、発言したのは沖縄県警の要請で大阪府警が派遣した20代の男性機動隊員。18日午前9時50分ごろ、高江近くの県道付近で警備中に発言し、本人も事実を認めているという。 沖縄では、沖縄戦時や本土復帰前、本土側が沖縄の人々を見下す言葉として「土人」を使っていたと認識されている。動画サイトには、機動隊員が市民を「シナ人」と呼ぶ様子を映した動画も投稿され、沖縄県警が調べている。 県警警備2課の喜納啓信次席は「現場では冷静沈着で丁寧な対応を指導してきたが、発言は遺憾。このようなことがないよう改めて指導する」と話した。

この機動隊員はどうやら20代のようだ。
よくもまあ「土人」なんて言葉が出たな。
相当昔に使われていた言葉だぞ「土人」なんて。
私は50代だが、小さい頃に聞いた記憶がある。
全然関係ないが「土人(どじん)」と「インド人(いんどじん)」が一緒だと小さいころは思っていた。
まあ、こんなことはさておいて・・・

20代の若者が怒ってとっさに出るとは思えない昔の言葉。
恐らく機動隊仲間では反対派の抽象として「土人」という言葉を使っていたのではないかと想像する。もちろん勤務外でね。
煽られて嫌がらせをされて冷静になれずとっさに出る言葉は普段使っていない思っていない言葉は出てこない。

確かに「土人」は良くない。
差別であろうし、卑下する言葉でもある。
差別と言われても仕方の無いことだと私でさえ思う。
が・・・・しかし。

どっちもどっちだと思う一面もある。
反対派の連中の運動の仕方や機動隊や防衛局職員に対する嫌がらせや誹謗中傷などはひどいものだ。
皆さん(紙ベースで情報を取得する人など)大手メディアで取り上げないから知らないだけである。

高江村には142人しか住んでいない。
多いときには反対派は1000人を超える日もある。
そんな高江村で座り込みが始まったのは2007年からだ。
かれこれ、もうすぐ10年になる。どうやら10年間座り込みは毎日続いているそうだ。これはこれですごいな。
現在反対派の活動は日々過激になってきており、座り込みや違法駐車、機動隊・防衛局職員への嫌がらせ、搬入車両の封鎖、基地・工事敷地への無断進入、道路封鎖の上勝手に検問。
辺野古もそうだけど「平和のため」というスローガンの割には、平和の手前にある自国の順法精神とやらは何処に行ってしまったのかな?

「平和」の目的のためならなんでもオッケーとなっているのが恐ろしい。

現地メディアの報道も相変わらずだ。
この機動隊員はしつこくやってくる相手に対して吐いた言葉だと思うのだが・・・いつの間にか沖縄県民全員に対して言った言葉として捉え沖縄県民の怒りを煽っている。

本土の人が全員沖縄の人達を「土人」と考えているとまで言いたげな報道である。
決してそんなことは無いと断言できる。
確かに機動隊は公の組織だし、その組織に属する人間が差別発言をしたとしても、本土或いは他の機動隊員全員が沖縄県の人々に差別意識をもっているはずがない。
沖縄県知事のこんなニュースが出てきた。

「沖縄に浴びせられるのは大変きつい言葉だ」 
機動隊「土人」発言で

翁長知事一問一答

沖縄タイムス2016.10.20

沖縄県東村高江周辺の米軍ヘリパッド建設に抗議する市民に機動隊員が「触るな、土人が」などと発言した問題で、翁長雄志知事は19日、「言語道断で到底許されない」と強く非難した。沖縄県庁で記者団の質問に答えた。翁長知事の記者団との主なやりとりは次の通り。 

−県警本部長といつ面談し何を求めるのか。 
「本部長に会うと決めたのは(会見の)1時間前。抗議も含めて話をしたい。『土人』という言葉は大変、衝撃的だ」 
−那覇市長時代の東京要請行動の際にも差別的な言葉が投げ掛けられた。 
「侮辱的な言葉が飛んできた。そういう言葉は人と人の絆を壊す。沖縄と本土は違うのかという苦しさがあり、どう対処していくか難しい。いずれにしろ、沖縄に浴びせられるのは大変きつい言葉だ」 
−警察官から発言が出た。 
「公務員として、表現の自由にも敬意を払いながら県民、国民の安全を守るべき人が、ああいう言葉で対処する様子に『県民に対する配慮が全くない』と感じる人は多いのではないか」 
−大阪府警の機動隊員の発言。撤収を求めるか。 
「機動隊は引き取ってもらいたいという気持ちはある。しかし大阪の人だけ(撤収)とするのは、なかなか難しいと思う。(県議会)本会議で、『機動隊員の指導・教育はしっかりやっている』という答弁だったので、まずは県警本部長から見解を聞かなくてはいけない」 
−沖縄に対する構造的差別があるのでは。 
「政府は誠心誠意、県民に寄り添うというが、何も変わらない。そういう積み重ねの中で、(差別的な)発言も容易に出てくる」 
−別の機動隊員が『シナ人』という言葉を使った。 
「これは(現時点では)確認していないので、話はできない」 
−政府側からの連絡は。 
「ない。(菅官房長官が)『許すまじきこと』と言うのは当然だと思う」

題名の「沖縄に浴びせられる・・・・・」
とあるが。
なぜこうなるのか。

もちろん言った言葉は不適切だし公務員が勤務中に言う間も悪い。
しかし、伏線もあるのは確か。
しかししかし、伏線があっても言語道断であるのも確か。

ではあるが・・・県知事から現地メディアまで事を煽り、本土の人間のありもしない差別意識を勝手に拡大解釈するのはやめてくれ。

なんだろうな〜。
こういうの。
まったくこっちは考えていないのに
弱者の立場の強者に見えるんだよな〜。
自分たちは弱者であると強調して強者を蔑む。
こういうのが一番やっかいなんだよな。

翁長知事さん、こんなではあなたが大好きな言葉「絆」はありえないよ。
たとえ「土人」発言があったとしても抗議はしても
『あの言葉は一個人の差別発言だと思いたい。私たちは本土の人達と平等だと思っているし、本土の人達もそう思ってくれているものだと確信している』
とでも言えば「絆」は結ばれるでしょうな〜。
こんな言葉は永遠に、この知事からは出てこないでしょうな。



ほんとに久しぶりだなぁ。
丸々2ヶ月ブログ更新しませんでした。
色々事情はあったのですが、私事なので省略。
今日からは気持ちも新たに「週1回〜2回」くらいのペースで更新をしたいと思っています。(自己縛り)

さて、今日はこの方をご紹介できればと思います。

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高知県出身の弁護士さんです。

ほとんどの方は知らないかな?

ではこの方の経歴をご紹介します。


岡村勲 氏 (弁護士)

1929年 高知県宿毛市生まれ。
1955年 一橋大学経済学部卒業
1956年 司法試験合格
1959年 司法修習11期修了し弁護士登録
1987年 第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長
1990年 法務省法制審議会司法試験制度部会委員
1991年 法務省法制審議会委員
1994年 - 2003年 安田生命保険相互会社監査役
2001年 内閣府犯罪被害者等基本計画検討会専門委員
2002年 内閣府基本計画推進専門委員等会議専門委員

この方の経歴は以上の通りだが、この中に無い注目すべき経歴がある。
現在、この方は以下の団体の顧問を務めている。


全国犯罪被害者の会

2000年(平成12年)1月23日に光市母子殺害事件の被害者遺族である本村洋氏が、日本では「犯罪被害者の権利が何一つ守られていないことを痛感し」犯罪被害者の会を設立したのが前身の団体。

「光市母子殺害事件」をご記憶の方は多いと思います。
1999年、18歳の少年が主婦(当時23歳)を殺害後屍姦し、その娘である乳児(生後11カ月)も殺害した事件です。
この時、俗に言う「人権派弁護士」たちが「少年を死刑にすべきでない」という弁護を展開し、マスコミに取り上げられ騒動になった事件です。

夫で父である木村洋氏は「人権派弁護士」たちの理不尽な弁護に対応すべく犯罪被害者の会を2000年に設立し、その有志の中にこの岡村勲弁護士が代表幹事となり戦陣を組み、犯罪被害者の権利を獲得してきている。

この岡村勲弁護士も実は犯罪被害者の家族である。
1997年10月に、山一證券問題に際して逆恨みした男性によって妻が殺害されている。(山一証券代理人弁護士夫人殺人事件)

このような激動の人生を歩んでこられた岡村勲弁護士の
『死刑制度は絶対に必要奪った生命を何で償うのか』
という寄稿がある。(2008年6月VOICE)
日本の死刑制度に関して、何か大きな事件がある度に「人権派弁護士」がしゃしゃり出てきて御託を並べる。それに呼応するかのように人権派ぶった一般人が「そうだそうだ」と騒ぎ立てる。
私はこれらをいつも見て「情」の無い世界は非常に悲しいと感じる。
「情」を組み入れて人を裁くことは、現代人にとって良くないことなのかもしれない。でも「情」があるから人間なのだ。

こんな自分の気持ちが整理できる文章を岡村弁護士は書いてくれている。
是非この寄稿をお読みいただき、なぜ死刑が必要なのかを整理して考えて頂ければ幸いです。

文章は少々長いです。しかし、難しい言葉は無く、非常に分かりやすく書いてありますので是非お読み下さい。
感想をコメントいただけると有難いです。


死刑制度は絶対に必要 奪った生命を何で償うのか
岡村勲(弁護士)

〜どんなにか悔しかっただろう〜

私は、「死刑制度」は絶対に必要だと考える。  
生物にとって、人間にとって、命ほど重要なものはない。最高の価値である。100万円を盗んだら、それを償うためには100万円を返さなければいけない。人の生命を奪ったときは、何で償うのか。償いのしようがない。自分の生命を提供して償う以外に、方法がないではないか。私はそう思う。  
そういうと、「犯人を死刑にしたって、殺された被害者が生きて帰ってくるわけではない。だから、生きて償わせればよいではないか」という者もいる。どうやって償わせるのかと問えば、それは遺族に賠償することだという。  
一家の大黒柱を殺された遺族は、たちまち生活に困るから、損害賠償を請求し、賠償金を受け取る権利があることは当然である。しかし忘れてならないのは、賠償金を受け取ったのは遺族であって死者ではないことである。死者は何の償いも受けていないのだ。もし遺族が「1億円をもらったのだから許してやります」といったら、死者の命を1億円で売るというとんでもない話になる。  
死刑にしても、被害者は帰ってこない、そのとおりである。被害者を生還させる方法があるなら、それがもっともよく、加害者を死刑にする必要はないが、生きて帰らせることができないから、遺族は死刑を望むのだ。

1997年、私の妻は殺害された。私は弁護士として、ある企業を恐喝した男に対して、違法な要求を断固拒否した。逆恨みした男は私を殺そうとして何回もわが家に来て私を狙ったが、私が不在のため妻を身代わりに刺殺したのである。 「亡くなった方は、お釈迦様がおいでになって、きれいな花が咲き、清い水が溢れ、鳥が美しく鳴いているような場所で静かにお過ごしですから安心してください」というような話をお坊さんはいうが、私には信じられない。  
妻は労働省のキャリアだったが、子どもが2人生まれたとき悩み抜いて仕事を辞めた。子ども、私の世話、両親の介護に明け暮れていた。62歳だった。あと何年かしたら、妻のしたいことをすべてさせ、罪滅ぼしをするからと話し合っていた矢先だった。  
夢を奪われた妻が、お釈迦様の前でのんびりしているとは到底思えない。どんなにか悔しかっただろうと思うし、この恨みを晴らしてやりたいと日々思っている。  

本来、「やられたら、やり返す」という応報感情は、種族保存の本能としてすべての生物がもっている。人間とて例外ではない。応報感情がない人間があるとすれば、氷のように冷たい、感受性のない人間ではないか。かわいそうな人の話を聞いて涙を流し、嬉しい話に自分も喜ぶ。人の痛みがわかり、悪を憎む。応報感情を否定すると、人間としての感情を否定することになる。  
自然状態においては、人間は、自然権として復讐権、応報権をもち、仇討ちは当然の権利であった。しかし個人が復讐すると復讐は復讐を呼び、平和が保てない。そこで国家をつくり復讐権、応報権を国家に譲渡し、個人の復讐を禁止した。こうしてできた国家の刑罰権は、被害者に代わって被害者のために行使するもので、被害者からの応報権の信託譲渡であった(社会契約説)。わが国の現行憲法も、社会契約説に立っている。  
国家が個人に代わって応報をするという約束を引き受けたのだ。極論するなら、国家が殺された家族の仇を討ってくれなくなったときは、被害者は信託契約を解除して仇討ちの権利を取り戻してもよいことになる。  

戦争中、治安維持法、特高警察などによって国民の人権は、極度に蹂躙された。戦後生まれた憲法は、この反省に立って、国家からの人権侵害を防ぐことをもっとも大きな柱とした。被疑者・被告人(加害者)の権利については10カ条も定めた。ところが国家から直接侵害される心配の少ない犯罪被害者の権利については書き落とした。ここから問題が始まる。弁護士、裁判官、検察官、学者も、被疑者・被告人(加害者)の権利を守ることだけに終始し、被害者の権利のことを考えなくなってしまった。その典型が、最高裁の平成2年の判決で、刑事裁判は「公の秩序維持のためにやるもので、被害者のためにやるのではない」と言い放つに至った。  

強姦された女性が恥ずかしい思いをしながらも被害を届けるのは、「強姦するような人間が出ないような社会にしてください」と申し出るためというのか。あまりに馬鹿げた考えだ。加害者を処罰してほしいとの一念で訴えているのがわからないのか。これでは、「裁判所が死刑にしないのなら、俺が殺す」という被害者が出ても不思議でない。司法が信託契約を忘れてしまったのだから。

 じつは私も、いわゆる「人権派弁護士」の1人だった。現行の法制度に馴れてしまい、被害者の苦しみ、権利に思いを致すことがなかった。妻を亡くして、初めて常識に立ち戻れたのだ。


〜「死刑は効果なし」は正しいか〜

死刑廃止の理由付けとして、さまざまなことが論じられている。  
たとえば、罪を犯した人間が更生する機会を奪うとか、凶悪事件の死刑囚も、真人間に戻るのだから死刑にする必要はない、という議論がある。  
だが、真人間になれば罪は許されるのか。たとえば、「人を殺したけれども、明日から私はまじめになります」といったら、その人を許してよいのか。  
真人間になることは、あくまで「普通のこと」であって、それで罪が消えるということではないはずだ。むしろ、殺された人の苦しみを考えれば、どんな犯人でも真人間になって当たり前の話である。そして、どんなに犯人が真人間になろうとも、罪なくして殺された人は帰ってこないことを知らねばならない。 「被害者の命の重さをいうならば、加害者にも命の重さがある」という人がいる。たしかに命の価値は同じだが、加害者は人を殺した責任を背負っている。命の価値は同じでも、ここでは行為の責任が問われているのだ。  

二度と社会に出られない「終身刑」制度を導入すれば、死刑制度は要らないではないか、という意見もある。だが、社会に出さないのなら、更生させても意味がないということでもある。 「死刑」の場合には、「死をもって償う」という状況に直面して、受刑者があらためて命の意味を考えることもあるだろう。だが、終身、刑務所に入れ、食事を食べさせ、病気の治療をし、ただ命だけを永らえさせることに、どのような意味があるのだろうか。  
たとえば、無差別に大勢を殺害した加害者がいたとする。殺された被害者は帰ってこず、天寿を全うするのは加害者だけ。しかも加害者を養う費用は、被害者の払う相続税や、家族や子孫が支払う税金から出ていく。はたして、殺された者が殺した者を永久に援助していくという制度の正統性はどこにあるのだろうか。私はいまだに、説得力のある根拠を聞いたことがない。  
また、死刑廃止論者がよく主張することに、「死刑」には犯罪抑止の効果がない、という意見もある。本当にそういえるのだろうか。統計上は、死刑を廃止した国でも犯罪は激増していないかもしれない。だが、だからといって「死刑は効果なし」と短絡できるだろうか。  

そもそも死刑が廃止されるようなときは、社会がいちばん落ち着いているときである。犯罪が増えているようなときに死刑廃止はされないだろう。  
また、「死刑制度が廃止になったから殺人を犯そう」という人間がすぐ出るかといえば、そうはいかない。問題は、「人を殺す行為は、自らの命で償わねばいけないものだ」という教育が薄れる何十年後にどうなるか、である。 「人を殺すときは、死刑という制度があるかどうかということまで考えない」という人もいる。たしかに殺す瞬間にはそうかもしれない。だが、そこに至る段階では考えるはずだ。死刑制度があるから、自分は人を殺すことを考えなかった、または殺すことをやめた、という人もいるのではないか。しかし、その統計はとられていない。  

麻薬を持ち込んだだけで死刑になるシンガポールは、非常に治安がいい。常識的に考えれば、「死刑」ほど怖い刑罰はない。死刑に抑止力がないというのは、常識に反する自分勝手な理屈だとしか思えない。死刑は、人間にとってもっとも恐ろしいことだ。駐車違反すれば死刑にするという法律ができれば、駐車違反はなくなってしまうのではないだろうか。


〜死刑廃止国に倣う必要はない〜 

冤罪の問題もつねにいわれる。しかし、血刀をもって現行犯で逮捕され、自白している加害者まで、冤罪の恐れがあるから「死刑にしてはいけない」といえるのか。  
冤罪は、殺人罪にかぎらず、終身刑であれ、無期刑であれ、有期刑であれ、あってはならないことである。死刑囚だけに冤罪があるわけではない。その他は、あっても構わないというわけにはいかない。人間のする裁判だから冤罪の可能性も、まったくは否定できないだろう。  
冤罪をなくする最善の方法は、刑事裁判をやめてしまうことだ。殺人、強盗やり放題ということになる。しかしこれでは社会の秩序が保てない。冤罪の可能性があるから死刑制度をやめよう、というのはあまりにも消極的だ。「疑わしきは罰せず」の原則を貫き、冤罪が生まれないよう、積極的に努力をすることがもっとも重要なのだ。  

死刑廃止国が増えている、というのも、とりたてて説得力がある話ではない。なぜなら、法律とは各々の国の文化・風習に立脚すべきものだからだ。「汝の敵を愛せよ」というキリスト教国にはそれに根差した法律があればよく、イスラム教国にはイスラムの人たちが守る掟があればいい。因果応報の文化がある日本は、その文化によって刑罰を考えればよいのである。  

それにもう1ついいたいことがある。死刑廃止国では捜査段階の現場で、犯人射殺が行なわれている国が多いということだ。裁判を受ける以前に、嫌疑だけで処刑されているのだ。この段階で冤罪による射殺はないのか。わが国では、逮捕するにも拳銃が使用されることはきわめて希だ。公平な裁判を受け、有罪となったとき、初めて死刑となる。この違いを考えることが必要だ。


突然ですが、皆さん、こいつ知ってますかね?

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そうそう

『アハ体験』とやらで一時はテレビに出まくっていた脳科学者

この『アハ』 (aha) は英語の間投詞で、「ああ、なるほど」といった意味に相当するそうで、『アハ』はひらめきや気づきの瞬間に「あっ!」と感じる体験を「アハ体験」として紹介しており。アハ体験は、脳を活性化するそうだ

この『アハ体験』で名を浸透させた脳科学者が、実はこんな人だったと少しご紹介できればと思う。(知っている方はとっくに気付いていると思うが)

現在、ブラジルのリオデジャネイロで開催されているオリンピックの報道に関して、茂木健一郎氏はフェイスブックで以下の内容の記事を投稿した。

茂木健一郎 Facebook
(2016.08.10)

リオ五輪において、日本人アスリート以外のアスリートは、「泡沫アスリート」なのか

リオ五輪は、連日熱戦が繰り広げられている。その結果を伝えるNHK、民放の番組をいくつか観ていて、強い違和感を覚えた。
日本人アスリートの活躍を伝えるのは良いのだが、他の情報がほとんどないのだ。もちろん、五輪における日本人アスリートの活躍に視聴者の関心があることはわかる。だから、放送の中でそれがある程度の割合を占めることは当然だろう。しかし、それ以外の視点がほとんどない、という番組構成は、異常であるように私には感じられる。 先の東京都知事選で、「主要三候補」以外の候補者たちは「泡沫候補」として、ほとんど報道されなかった問題を思い起こさせる。リオ五輪において、日本人アスリート以外のアスリートは、「泡沫アスリート」なのだろうか。 振り返れば、リオ五輪の開会式は良かった。フランス語綴りでABC順に入場し、世界にはこんなにたくさんの国があるのか、いろいろな人がいるのか、それが一堂に会するのがオリンピックなのだな、という多様性の気持ちよさ、感動があった。しかし、その広々とした風景は、開会式で終わりだった。 日本人アスリートの活躍は、ぜひ伝えてほしい。しかし、その後で、延々とインタビュー、反応、コメンテーターの発言と、浪花節的な構成をするくらいだったら、競技におけるさまざまな国の選手の活躍を伝えて、五輪の広々とした光景、景色を伝えてほしいと、私は強く思う。 問題の本質は、おそらく、日本の地上波テレビが「ドメスティック」で「田舎くさい」というところにあるのだろう。「おらが村」の選手の活躍を喜ぶ、という気持ちは当然あっていいが、それだけで番組構成するのが、現代においてふさわしいのだろうか私には、古色蒼然に思える。その意味で、今朝のNHK総合で取り上げられていた、今回のリオ五輪における「難民選手団」のニュースは、ほんとうに良かった。そのような、五輪の広々とした景色こそを見たいし、また、視聴者にも有意義な情報になると思う。日本人選手以外の「泡沫アスリート」(皮肉です)のことも、伝えてほしい。

こいつは本当に脳科学者なのか?
疑いたくなる。

もう少し『頭』を使えよ、アタマを・・・って思いますな。

私も散々日本メディアの報道姿勢に関しては文句を言い続けて来ているが、こいつの主張には賛同できない。
こいつの過去の言動を時々見てきたから余計賛同できない。

おそらくこいつの頭の中は

『日本人、日本人、日本人、日の丸、日の丸、日の丸・・・・日本人が金メダル取った万歳・・・なんて許せない。日の丸が掲揚されるなんてなんて偏屈なんだ!まったくなんでこんなに日本人は狭量なんだ!』

てな感じでしょうか?

日本の報道で日本人がクローズアップされ報道されることで文句があるとは、よっぽどその考えのほうが偏屈だと思うがね。
他の外国選手を片っ端から報道したら、目が廻るなんてもんじゃないだろう。まして、なんのデータも物語りも知りえない外国の選手の成績を気にするやつがどんだけいるんだ?

こんなことが平気で発信できてしまう脳科学者って・・・。


まあ、実は彼の過去の言動を少しご紹介すれば、ある程度納得するんだけどね。
まともな『お頭(オツム)』を持っていない脳科学者だということがすぐお分かりになると思いますよ。


では、最初にこのスナップ写真をご覧あれ。


ほいっ!

イメージ 2
すんばらし〜。

なんという写真だ〜。

いちばん左が茂木氏
中央下があの「SEALDs(シールズ)」の奥田君。
一番右がこの奥田君のお父様。
そして中央上が、天下のポッポ鳩山氏。
 

この写真は茂木氏がツイッターで投稿した写真。
写真と一緒に添えられたコメントが

「すてきな時間と議論」

確かに、最高の面子ですな。そりゃ、すてきな時間をお過ごしなされたのでしょう。


そしてもう一つ

それっ!これだっ!

イメージ 3

ご存知の方も多いかと思うが、この写真は、元首相のポッポ鳩山氏が韓国の西大門刑務所跡地で土下座をした写真。

茂木氏はこの写真をツイッターにアップして以下のコメント。

『過去の過ちを認めることは、最も誇りある者の名誉ある行為。 鳩山さん、ありがとう。 』



他人には

『アハ体験』を薦めて。

自らは

『アホ体験』を実践する

おバカ脳科学者
でありました。

おわり


なんと先月の6月は投稿が一回もできませんでした。
もちろん、こんなことは初めてでまったく何もしようとしなかった訳ではなく、ブログを書き始めては途中で断念したり、仕事などが入り書き留めてはいたのですが、時期がズレてしまい投稿しないパターンも多かっです。
まあ、事情としてはこんなもんですが、投稿したい気持ちはまだ衰えておりませんです。

前置きはこのぐらいにして・・・・

いや〜参議院選挙終わりましたなぁ。時間があまりないので、今日は少しだけ主張を・・・・

メディアをご覧になられている人は、改憲勢力が3分の2を確保したことはご承知だと思う。
実際にどの党がどのくらい議席数を増やしたのか、減らしたのか少々わかりずらかったので表にしてみた。
政党名選挙前選挙後増減
自民党50566
公明党9145
おおさか維新275
日本のこころ000
日本を元気10-1
民進党4732-15
共産党363
社民党21-1
生活の党21-1
改革10-1
無所属440

自民党から日本を元気までが改憲を表明している党で、議席数を減らしたのは日本を元気のマイナス1があるのみで、自民・公明・維新とも議席数を増やしている。
改憲を阻止したいと表明している党は民進党のマイナス15を筆頭に共産党が3議席増やしたのみでいずれも議席数を減らしている。

民進党は野党一丸となるために統一候補をあの共産党と手を組み選挙に挑んだが結果は惨敗。みじめなものだ。


これが民意だ。


共産党の小池晃書記局長は以下のようにNHKの番組で答えている。


「改憲、一任得てはいない」 共産・小池氏
【朝日新聞】2016年7月10日
共産党の小池晃書記局長は参院選について、「野党共闘で統一候補が勝利し、成果が出始めている。共産党の議席も上積みされた」と話した。「今度の選挙では自民党は憲法をほとんど語らなかったわけで、(改憲で)一任が得られたと言うことは許されない」とも述べた。10日夜のNHKの番組で語った。

憲法改正するかどうかの手続きにも「触ること」さえ許さないという構えだ。

国民の民意が公正な手続きによって行われた「国勢選挙」の結果に対して「これは民意ではない」と言い切る馬鹿さ加減にはあきれるしかない。

憲法改正の是非を国民に負託された国会議員が議論し、最終的に決めるのは国民投票であり、国会議員が決めるのではない。
法律のその殆どは国会議員だけで決定している。
これは議会制民主主義である。
それに加えて国民投票までするということは「究極の民主主義」なのだ。
発議は私たちが選んだ代表者が興し、決めるのは私たち。

どんな改正案にしろ、国民が駄目なら国民投票で「非」を過半数以上獲得すれば良いのだ。

日本国憲法の改憲に関して「議論」することも許さない。
まな板の上にも乗せない、土俵にも上げない。

憲法改正反対派の理論は民主主義国家にはあり得ない主張だ。


沖縄の米軍属逮捕にあたり「神奈川新聞」がこんな記事を載せている。


1件たりとも、あってはならない 沖縄・米軍属逮捕
(神奈川新聞 2016.5.21)

「基地の外でマンションを借りたら、両隣だけではなく上下階の部屋にもあいさつを」  米海軍横須賀基地では、日本に初めて赴任してきた米軍人向けに、日本の社会規範や法律を講義するオリエンテーションを開いている。かつて講座をのぞかせてもらったら、日本社会のマナーもテーマに上がっており、若い兵士がまじめに耳を傾けていた。 終了後、新兵たちと話をした。全員が志願しての日本赴任だという。「日本のアニメが大好きでした」。19歳の女性兵は「日本の人たちと交流するのが楽しみ」と笑った。  「基地の街」横須賀では、市民と米軍関係者の交流は多層的だ。基地前の飲食店街「どぶ板通り」が米兵らでにぎわう様子は、その一部に過ぎない。  地元のイベントや社会活動で日米の参加者が汗を流す。肌の色の違う子どもたちが、おそろいの学帽をかぶって地元の小学校に通っている。若い米兵がボランティア参加しているサークルの主催者は、「彼の評価が上がるように」と感謝状を部隊に送っていたー。  政治や安全保障論とは別の次元で、米軍基地を現実として受け止めながら、草の根の相互理解に貢献している事実を、この街を訪ねれば感じることができる。
●ビジネスマンにあらず 
が、そうした「基地の街」だからこそ、米軍人の事件は1件たりとも起きてはならないのだ。  何故か。 いかに市民レベルの交流が深化しようとも、在日米軍人はビジネスマンや留学生とは違う。基地が、そして彼ら一人一人が、日米両国が利益を目指して結んだ条約に基づいて、日米両国の意思を体現している存在だからだ。  「国民の平和な暮らしを守り抜く」。日米関係強化を狙った安全保障法制の意義を強調するときに、安倍晋三首相が繰り返した言葉だ。日米関係を象徴する彼ら軍人が、基地の周辺住民に危害を加えることの重大さは計り知れない。  それなのに、日米安保体制の〝現場〟ともいえる沖縄で、平穏な生活を送っていた市民が、また犠牲になった。  行方不明になっていた20歳の女性が遺体で発見され、元米海兵隊の軍属の男が死体遺棄容疑で逮捕された。暴行と殺害をほのめかす供述もしているという。  男は元海兵隊員で、今は嘉手納基地で働いていたという。今なお過重な基地負担にあえぐ沖縄で「基地がある限り事件はなくならない」との怒りが爆発しているのも当然だろう。  政府には国民を守る責務がある。日米同盟はそのために選んだ道ではなかったか。  国内に長い議論を抱えながらも、目前に基地が広がる事実と向き合っている住民がいる。その生活が脅かされるのなら、その危険は安保政策の代償ではなく、「基地の街」の宿命でもない。安保体制と米軍駐留の目的が達成できていないことの証左であり、両国政府が解決すべき責務でもあるはずだ。
●政府は責務果たせ 
米軍基地を抱える地元が犠牲を強いられてきた歴史は長い。1995年に沖縄で少女を海兵隊員らが暴行した事件は全国に衝撃を与えた。横須賀では2006年と08年に、米兵が相次いで強盗殺人事件を起こしている。事件のたびに日本政府が抗議し、米軍当局が綱紀粛正を約束してきた経緯がむなしい。  今回もまた、両政府は抗議と謝罪で終わらせるのか。それとも真の再発防止に向けて外交的な労力をいとわず、駐留のあり方を見直す議論に入るのか。必要となれば、沖縄にのしかかる基地負担の抜本的な縮小に踏み込むのか。  神奈川をはじめ、基地を抱える全国の地元が、政府の責務の果たし方を見ている。単なるセレモニーの再演は見たくない。

この犯罪は非道であり許してはならないことであることは間違いが無い。
しかし、この事件の報道を見ていると、沖縄の反響やマスコミの扱い方が
どうもこの事件を利用して「米軍撤退」に勢いをつかせようとしているように見えて仕方がない。

この記事でおかしなところは
>米軍人の事件は1件たりとも起きてはならないのだ。  何故か。 いかに市民レベルの交流が深化しようとも、在日米軍人はビジネスマンや留学生とは違う。

この記事を書いた記者はいったいどんな思考回路をお持ちなのだろう。
犯罪はビジネスマンが起こしてもならないし、留学生だって当然だ。
この文字の羅列では米軍は犯罪を起こしては駄目だが。ビジネスマンと留学生は仕方がない・・・と普通は取れる文章だ。

今回の犯罪→米軍の存在があるから→米軍は出て行け

なんで?

例えばあなたの町の工場の従業員が他県から通勤していて
あなたの町で帰りがけに犯罪を犯し、公になったとしたら
「この工場があるから犯罪がおきた。工場は撤退しろ!」となるのかい?

まして今回は軍属であるからして、例え話に当てはめれば、工場に委託された給食業者の従業員あたりが犯罪を犯したことと大差はない。

どう考えても違和感が拭えない。


翁長沖縄県知事あたりは、今回の事件をフルに利用したいようでとんでもないことを言い出している。

沖縄20歳女性遺棄 安倍首相が翁長知事と会談「オバマ大統領に厳正対処求める」 翁長知事は大統領との直接対話を要求
(産経新聞 2016.5.23)
安倍晋三首相は23日午前、沖縄県の女性会社員に対する死体遺棄容疑で米軍属の男が逮捕された事件をめぐり、翁長雄志同県知事と官邸で会談し、近く行われる日米首脳会談でオバマ米大統領に綱紀粛正や再発防止など厳しい対応を求める考えを伝えた。会談には、沖縄の基地負担軽減を担当する菅義偉官房長官も同席した。  
安倍首相は会談で「身勝手で卑劣極まりない犯罪に、非常に強い憤りを感じる。オバマ氏に対し国民の気持ちを踏まえて厳正な対処を求めていきたい」と述べ、岸田文雄外相や中谷元(げん)防衛相が米政府側に抗議したことを説明した。  
一方、翁長氏は「今回の事件は絶対に許されるものではない。綱紀粛正や再発防止などのとはこの数十年間、何百回も聞かされた。しかし、現状は何も変わらない」と述べ、日米両政府の責任で日米地位協定の見直しを含め実効性のある抜本的な対策を講じるよう求めた。また、自身がオバマ氏に直接話す機会を設けるようにも要求した。  安倍首相は26、27日の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)にあわせてオバマ氏と会談する予定。米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐり政府と翁長氏側が対立する中で、政府は米側に厳しい態度で臨むことで在日米軍の綱紀粛正と再発防止を徹底させ、移設計画への影響を最小限にとどめたい考えだ。

あらら、お国も大変だ。

今回の犯罪は個人の問題に近い。
元海兵隊員だったらしいが、2年ほど前には退役し、日本で家庭を持ち、基地から20キロも離れた家に住み、米軍属として勤めている。
こんな人物が犯罪を起こしたら、米軍が責任を取らなければならないとなると、会社組織の人たちは毎日怯えながら従業員を雇う羽目になる。


米軍だからとか、米軍属だからとか、そこに基地があるからなどの理由は正直イチャモンに近い。

翁長知事が
>今回の事件は絶対に許されるものではない。綱紀粛正や再発防止などのとはこの数十年間、何百回も聞かされた。しかし、現状は何も変わらない

と言っているが
「何も変わらない」は嘘だ。

沖縄県の資料に現在載せている「米軍構成員等による犯罪検挙状況」という統計がある。
ここでビックリしたのが、過去の統計を年度別に細かく提供されていた資料が以下のように開示されていた。

28−7 米軍構成員等による犯罪検挙件数
           
年 次 米軍構成員等事件    全刑法犯米軍構
成員等
事件比
  凶悪犯粗暴犯窃盗犯知能犯風俗犯その他
 
昭和47年5月
  〜平成14年
 5,1575339662,64916654789300,7761.7
 
平成15年11271148114316,2271.8
平成16年591122334165,7601.0
平成17年66272871216,6751.0
平成18年57310219-146,7980.8
平成19年63622714-147,2080.9
平成20年707514201236,6361.1
平成21年50313171-165,5630.9
平成22年712113242205,0171.4
平成23年424213--23r 5,0580.8
平成24年54261223294,2331.3
 
5,8015701,0452,88423769996359,9511.6
           


昭和47年5月から平成14年までが一まとめになっている。

以前はしっかりと年数ごと報告されていた。
それがいつの間にか平成15年からの年別になっている。

特に「凶悪犯」を見ていただきたい。
平成15年以降は一桁の推移になっている。

では昭和47年から平成14年は年別でどうなっていたのか?

探しましたよ。

イメージ 1

翁長知事の言う「何も変わらない」は嘘だ。
昭和45年から多い年で69件の凶悪犯が報告されている。
米軍も努力はしている。

「何も変わらない」という嘘を見破られてはまずいから沖縄県の資料を操作した疑いが残る。

やり方がせこいんだよなぁ〜。

そこに人が住んでいる。
人が往来する。
そこに人が集まっている。

これだけで、犯罪が発生するリスクは高まる。

今回の犯罪→米軍の存在があるから→米軍は出て行け

この理論はあまりにも理不尽だと思うのは私だけか?






だいぶ更新が滞ってしまいました。
私事ですが、4月は公私共に滅茶苦茶忙しく、ブログを投稿する余裕がありませんでした。

そんな中でも世間では色々なニュースがあり、政治家や経済界があたふたしているように見えておりました。

また、4月14日と16日に熊本において非常に大きな地震が発生し、多くの方が亡くなられたり怪我を負われたり、被災されてしまいました。
まずもって亡くなられた方々にはお悔み申し上げ、怪我や被災された方々には一日も早い回復と復興をお祈り申し上げます。


さて、私がブログを更新していない間に色々なニュースがありましたが、自分としてはぜひ取り上げたいのが以下のニュースです。


オバマ米大統領が広島訪問=安倍首相同行―政府【時事通信 2016.5.10】
政府は10日夜、オバマ米大統領が主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に出席後の27日に被爆地広島を訪問すると発表した。安倍晋三首相が同行する。


広島の街の地上600メートル上空で炸裂した原子爆弾が
今年で70年になろうとしている。

第二次世界大戦中の枢軸国であるアメリカ・イギリス・カナダによる原子爆弾の開発・製造した。(マンハッタン計画)
計画は成功し、1945年7月16日世界で初めての核実験を行った。

これが例えどんな理由があろうとも人類が決して使うべきものでない殺戮兵器である原子爆弾が使われることになることの始まり。

たった一発の爆弾で民間人を含めた約14万人(昭和20年12月まで)が命を失ってしまった。
これが『悪魔の仕業』で無くてなんなのか?

現在もアメリカでは広島そして長崎への原爆投下は『より多くの犠牲者を出さないためにやむを得ず行った行為である』という考えのもと、原爆投下を正当化する世論が大半を占めるという。

銃乱射事件が多発するアメリカで一向に銃規制がかからない現状を見れば、上記の理論もまかり通るのだろう。


あれから70年が経ち、現役のアメリカ大統領が広島を訪問する。
実際に被害にあった広島の被爆者たちの多くの声は
『現役のアメリカ大統領が広島を訪問するだけでも意味がある』だそうだ。

同じ日本人として、あんなに酷いことをやってくれた相手国のトップに対して、よく「謝罪しろ!」などの騒ぎが起こらないのが理解しがたいかもしれないが・・・・。私たちの近隣には事あれば『謝罪しろ!』の大合唱になる。
これはどこが違うのだろう。。。。

私が勝手に想像するには、広島や長崎の被爆者やその遺族の方々の思いは、原子爆弾を落とした相手国に対し、怒りや恨みもあるだろうが、もっと違うところに思いがあるものだと考える。

それは、やはり広島や長崎と同じように原子爆弾が使用されない世界を目指したいということなのか・・。


今回のオバマ米国大統領の訪問を静かに見守ろうと思う。
彼が何を言い、何をするのか。
仮にもノーベル平和賞を受賞した人物だ。

私の願いとしては
原爆死没者慰霊碑にある。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
と刻まれた碑文の最後に

アメリカ合衆国 大統領 バラク・オバマ 
と加筆してくれれば有難い。


最後に、原子爆弾となると必ず思い出す写真がある。
この写真は広島ではなく長崎の写真ではありますが
このような境遇にあった幼い子供たちはどれほどいたことか・・・。

この写真をご紹介して本日は終わりにさせていただきます。

報道写真家 ジョー・オダネル撮影
 「焼き場に立つ少年」 
(1945年長崎の爆心地にて) 

佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。

すると、白いマスクをかけた男達が目に入りました。
男達は、60センチ程の深さにえぐった穴のそばで、作業をしていました。
 荷車に山積みにした死体を、石灰の燃える穴の中に、次々と入れていたのです。

10歳ぐらいの少年が、歩いてくるのが目に留まりました。

おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。
弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は、当時の日本でよく目にする光景でした。
しかし、この少年の様子は、はっきりと違っています。
重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという、強い意志が感じられました。しかも裸足です。

少年は、焼き場のふちまで来ると、硬い表情で、目を凝らして立ち尽くしています。
背中の赤ん坊は、ぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。 少年は焼き場のふちに、5分か10分、立っていたでしょうか。
白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。

この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に、初めて気付いたのです。
 男達は、幼子の手と足を持つと、ゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。まず幼い肉体が火に溶ける、ジューという音がしました。それから、まばゆい程の炎が、さっと舞い立ちました。 真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を、赤く照らしました。

その時です。 炎を食い入るように見つめる少年の唇に、血がにじんでいるのに気が付いたのは。 少年が、あまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に、赤くにじんでいました。 夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま、焼き場を去っていきました。
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昨日、安全保障関連法が施工された。

安全保障関連法が施行されたら・・・・・

徴兵制が始まる!!

戦争に突入する!!

と騒いでいた

こいつ
↓↓


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とか・・・
こいつ
↓↓
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とか・・・
こいつら
↓↓
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とか・・・
こいつら
↓↓
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とか・・・
こいつらもひっくるめて
↓↓
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さあ、これからあなたたちの恐れていた

戦争をする国「ニッポン」が始まろうとしていますよ。


安全保障関連法が施行されたことで
平和が維持されるのか
戦争が始まってしまうのか
あの当時は、君たちの言い分だと9部9厘「戦争」になると
だいぶ国民を煽りましたね。

赤紙なんてそろそろ自宅の郵便受けに届いていてもおかしくない頃じゃないのかね。

私の予想では施行日の本日の雰囲気を感じ取ってみると、抑止力が高まり、平和が維持されるようにしか思えないんだけど、私がおかしいのかね。

施行日の昨日はさっそく国会前で安保法制反対・廃止の集会が行われたようだ。

(もう、こんなやつらの画像を貼るのがメンドクサイので、見たい方は下記のURLをどうぞ)

こんな反対・廃止のデモやら集会が行われ、盛んにメディアが取り上げて
「これが国民の本当の声だ!」と騒いでいるが、こんな現実があるのだがどうだろう。

安保法「廃止すべきでない」43% 本社世論調査
(日本経済新聞 2016.3.29)

日本経済新聞社とテレビ東京による25〜27日の世論調査で、安全保障関連法を「廃止すべきではない」は43%となり「廃止すべきだ」の35%を上回った。性別ごとにみると、男性は「廃止すべきではない」が52%、「廃止すべきだ」の36%と開きがあった。

あれれ??
国会前に集まっている人たちが国民の圧倒的な声じゃなかったか?
メディアもメディアだ。
国会前に集まる輩の声だけ拾い、あたかも国民の代表的な声としての扱い垂れ流している。
これを偏向報道と言わずとして何と言うのか。


これらの安保法制でやはりネックになるのが「日本国憲法」
今回施行された安保関連法が憲法違反になるかどうかが分かれるところだが。
少し時間を遡って整理してみよう。

戦後、憲法に従い「戦力はこれを保持しない」としていた日本だが、吉田茂首相が『警察予備隊』を創設した。吉田首相はこれを正当化するために「戦力無き軍隊」と主張し続けた。
そう、最初からタガが外れている訳で、ここから『警察予備隊』は国際環境の変化に対応し、現在では自衛隊に変わり今では陸海空の「戦力無き軍隊」を保持している。
今や中国は尖閣諸島について「中国の領土である」と主張し、いつでも上陸できる体制で構えている。

これだけを見ても、まさに戦力が必要だということは、国民の多くが感じているものだと自分は思う。

そこで、憲法問題でネックに上がってくるのが「憲法学者」である。
安保法制の大騒ぎの火種であった『憲法審査会』で与党推薦の憲法学者まで「集団的自衛権の行使は憲法違反だ」との見解を述べた。
憲法学者の9割が今回の「安保法制」に反対だという。
だから憲法学者は「この文言では軍隊の存在は認められない、だから安保法制は反対である」と主張する。

これを聞いた国民の多くは「学者が言うんだから安保法制は良くない・危険だ」となる。

しかし、少し利口な国民は気づくはずだ。

現状の危険に目をつぶり、理想である「武器を無くす」ことを追い求め、文言の修正ではなく、現状を変えて「文字」に近づけることのおかしさを。

そんなに憲法が大切なのか?
国民の命や財産が脅かされても構わないほど「文字」にコダワルべきなのか?

文字のやりくりで生活をしている「憲法学者」に命を預ける愚かなことは絶対にやめた方が良い。憲法学者は現状など関係が無いし、理解しようとしない。憲法学者たちの殆どは、自分たちのオマンマを維持するためには、この文字のコダワリをずっとやり続けることに勢力を傾けるだろう。

専門家だから「正解」ではない。
一般庶民は騙されてはならない。

国会前で騒いでいる諸君!
尖閣諸島に日本国憲法の本を材料に「壁」でも作ったらどうだろう。
中国がそれを見て「なるほど、わかったよ」とアキラメてくれるかもよ。

平和を願うことは誰でも同じであろうと思う。
問題は、どのようにして平和を築きあげるかということであり
あのマザーテレサも言っている。

「世界平和を願うなら、
まず家庭から始めなさい」

とね。
家庭不和な連中が世界平和などちゃんちゃらおかしいということだ。


それともう一つ
徳川家康もこう言っている。


物事の正しい筋道を
みんながわかれば
世は治まり
戦いがおきる事はない
(徳川御実紀)




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