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*6月上旬の 「 百万石行列 」の写真の続きです。
真っ赤な騎馬隊の 赤母衣衆 (あかほろしゅう)。
全部で10頭の馬が参加。
織田信長軍には赤と黒の2つの 母衣衆があり、
どちらも戦場で主君の命令などを前線に 伝える大事な役目を担った精鋭部隊の武者たち。 背中には敵からの弓矢を防ぐための
母衣 (ほろ)と呼ばれる 大きな布の袋を背負っています。 加賀藩祖・前田利家公は若い時代、信長様の下で
赤の母衣衆のリーダーとしても活躍されていました。
行列の途中、騎馬隊の稽古が披露されました。
隊列を分けた後、順番に疾走。
次々と騎馬武者たちが目の前を駆け抜けていきました。
この赤母衣衆がすべての行列のラスト。
行列の先頭からここまで約2時間。
この後、終点の金沢城・三の丸では
前田利家公の金沢城入城を祝う 入城祝祭が行われました。 今年の 百万石行列 は6月6日(土)。
金沢百万石まつり は
6月5日(金)〜 7日(日)の開催でした。 |
金沢百万石まつり
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*6月上旬の 「 百万石行列 」の写真の続きです。
ここからは 前田利家入城行列。
吹き流しの先頭、そして御家来衆の武者たち。
先に来たのは2代・前田利長 (としなが)公。
役は例年、陸上自衛隊の方。
利長公は藩祖・利家公と お松の方 ( まつ様 )の長男。
父・利家の跡を継ぎ、豊臣家の五大老の1人。 関ヶ原の戦い の時には徳川方に味方し、
前田家の領地は120万石まで大きくなりました。 行列の主役の加賀藩祖・前田利家公が馬に乗って登場。
今年の前田利家公役は俳優の 内藤剛志さん。
利家公は 羽柴 (豊臣)秀吉と柴田勝家が戦った
賤ヶ岳 (しずがたけ)の合戦 の後は秀吉に味方し、 同じ1583年、勝家側の領地だった金沢城に入城。 以来、明治初めの廃藩置県までの約288年間、
金沢城は加賀・前田家の居城となりました。 カメラに気付いて、こちらにもお手を振ってくださいました。
弓、槍、鉄砲など。
前田利家入城行列には
約110人の武者たちが参加しました。 |
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*6月上旬の 「 百万石行列 」の写真の続きです。
武者姿でやって来たのは 四代、五代藩主行列。
加賀藩の4代藩主と5代藩主、そして御家来衆の武者たち。
4代藩主は 前田光高 (みつたか)公。
3代・利常公と珠姫様の長男。
母方の祖父母は2代将軍・徳川秀忠公と江様。 今年の4代藩主役には金沢市と交流都市になっている
長野県長野市の観光課の職員さん。 5代藩主は 綱紀 (つなのり)公。
4代様の長男。
今年の5代藩主役には金沢市との交流都市であり、
江戸の加賀藩の下屋敷があった 東京都板橋区の観光ボランティアの代表さん。 四代、五代藩主行列には
約40人の武者たちが参加しました。 こちらは 大人奴 (やっこ)行列。
真っ赤な顔のメーク、威勢の良い声、奴の姿。
そして毛槍 (けやり)を持つ人、箱型の荷物を担ぐ人など。 金沢市内の奴保存会のメンバー17人が参加。
荷物を投げ渡すパフォーマンスも披露され、
沿道の人たちの目を惹きながら賑やかに進んでいきました。 |
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*6月上旬の 「 百万石行列 」の写真の続きです。
子どもたちの御家来衆と一緒にやって来たのは
珠姫御輿 (おこし)入れ行列。 関ヶ原の戦い の翌年、江戸の徳川家から遠く離れた
加賀・金沢の前田家に嫁いで来られた 珠 (たま)姫様。 この時、わずか 3歳。
夫となる次の3代藩主になることが決まった
前田利常 (としつね)様は6つ上の 9歳。 珠姫様の父上は2代将軍・徳川秀忠公、母上は江 (ごう)様。
祖父は徳川家康公、大坂・豊臣家に嫁いだ 千姫は2歳上の姉、
3代将軍・家光公は5歳下の弟。 一方、利常様は藩祖・利家公の4男で、2代藩主・利長公の弟。
母上は側室・千世 (ちよ)の方。 現代の輿 (こし)の上には一般公募で選ばれた珠姫様と利常様、
それぞれの遊び相手役、そして侍女として 珠姫役と利常役のそれぞれの母親が乗っています。 輿の後にはアヤメ (菖蒲)を持った少女たち。
加賀友禅の艶やかな衣装で踊りを披露。
珠姫御輿入れ行列には
子どもたちなど、約150人が参加しました。 続いて お松 (まつ)の方行列。
現代の輿の上には
藩祖・前田利家公の夫人・お松の方 ( まつ様 )と 2代藩主夫人・永 (えい)姫様。 永姫様の父上は織田信長公。
茶々、初、江の三姉妹は従姉妹。 今年のお松の方役は女優の 菊川 怜さん。
永姫役には2代藩主とゆかりのある
富山県高岡市の高岡万葉大使。 お松の方。
カメラに気付いて、こちらにもお手を振ってくださいました。
お松の方行列には
侍女役の女性たちなど、約80人が参加しました。 |




