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先週の2月4日(日)、浅野川(あさのがわ)沿いを久しぶりにのんびりとお散歩してきました〜♪ 今回は「中の橋(なかのはし)」付近から出発し、上流へ向けて歩いてみました。 まずは出発地点の「中の橋」手前の尾張町(おわりちょう)のところで撮ってみました。 ちなみに、画面に写っているのが「中の橋」・・・。 金沢の3茶屋街のひとつ「主計町茶屋街(かずえまち・ちゃやがい)」へと続くこの道は 情緒が感じられてとても好きです〜♪ 中の橋で上流の浅野川大橋(あさのがわ・おおはし)の方を撮ってみました〜♪ この“中の橋”は木造で、歩行者専用の橋となっています。 浅野川では藩政時代(*江戸時代)の中頃まで 浅野川大橋と小橋(こばし)の2つの橋しかありませんでした・・・。 初代の“中の橋”が架けられたのは天保(1830年〜1844年)ごろで、当時は橋を渡るのに “渡し賃”を取っていたため「一文橋(いちもんばし)」とも呼ばれていたそうです。 なお、現在は“渡し賃”は必要なく、無料で渡れます〜♪ 今度は浅野川大橋から上流の方を撮ってみました〜♪ 手前の橋が「梅の橋」で、奥に見えるのが「天神橋(てんじんばし)」。 遠くには雪で白くなった山も見えました。 この日は天気が良かったので河川敷では陽気に誘われ読書をする人、ジョギングする人、 犬と一緒にお散歩する人、会話を楽しむ近所の年配の女性の方々などを見かけました・・・。 ちょっと寄り道して金沢の3茶屋街のひとつ「ひがし茶屋街」へ行ってみました〜♪ 浅野川沿いからすぐのところにあります・・・。 お茶屋が軒を連ねるメインの通りは この日も多くの観光・旅行者の人たちで賑わっておりました。 もともと寺院の門前町だったこの地に 藩政時代後期の文政3年(1820年)に遊郭ができました。 その後、遊郭の本格的な廃止と共に 芸妓(げいぎ)さんたちが活躍する華やかな茶屋街へと変わっていきました。 たくさんあったお茶屋も時代と共に数が減っていき、昨年に40〜50年ぶりに 新しい茶屋が1つ増えて、現在は8軒のお茶屋がひがし茶屋街にあるということです・・・。 なお、金沢には「ひがし」の他に「主計町」、「にし」の3つの茶屋街があります。 こちらも「ひがし茶屋街」で撮ってみました・・・。 お茶屋の建物や古い家が軒を並べる街並みを眺めながら、茶屋街の情緒を感じて歩きました〜♪ 今度は三味線や太鼓の音が聞こえる夕暮れ時にぜひ歩いてみたいです・・・。 再び浅野川に戻って、今度は「梅の橋(うめのはし)」から下流の浅野川大橋を撮ってみました〜♪ この梅の橋も木造で、歩行者専用の橋となっています。 梅の橋のところからは河川敷を歩き、天神橋の下を通ってさらに上流へ・・・。 常盤橋(ときわばし)が見えてきたところで、背景の雪山と一緒に撮ってみました〜♪ 天神橋の下を通り過ぎたあたりから河川敷の道幅は次第に細くなり、10メートルぐらい先で 自転車とすれ違った時は川側にいたので川に落ちないように恐る恐る歩いておりました・・・。 常盤橋のところからは川沿いの住宅街を通って上流へ・・・。 最後は鈴見橋(すずみばし)と遠くの雪山を一緒に撮ってみました〜♪ 中の橋のところから鈴見橋まで約2キロ、途中にひがし茶屋街へちょっと寄り道しましたが、 浅野川の川の流れを眺めながら久しぶりにのんびりと浅野川沿いを歩いてみました。 暖かくなったらまた浅野川沿いをお散歩してみたいと思っています。
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1月の金沢は気象統計を取り始めた明治20年(1887年)以来の 観測史上初の“雪のない1月”となりました・・・。 その“雪のない1月”から一転、今日2月1日(木)は今年初めての雪の天気となりました!! 未明からみぞれや雪が降り、朝には金沢の街が一面真っ白・・・。 ようやく冬の金沢らしい光景が見られました〜♪ まだ積雪は数センチほどですが、歩道も雪で白くなっておりました。 日中は時折、空に青空が見えたのですが、しばらくすると猛吹雪・・・。 雪、曇り、晴れ、吹雪と コロコロと変わりやすい今日の天気は、まさしく金沢らしい天気でした〜♪ 道路では降り積もる雪を水で融かす「融雪装置(ゆうせつ・そうち)」が活動開始!! 元気が良すぎて、水が高さ1メートルぐらい噴き出ている融雪装置も見かけました・・・。
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遠くに見える山々は雪で薄っすら白いのに 金沢の平野部では今月は雪が全く降らず・・・。 今日の日曜日も午前中、雪ではなく雨が降っておりました。 今冬の金沢では昨年末に1度、5cmほどの雪が降っただけ。 その雪もすぐに溶けて、その後は雪のない日が続いています。 このまま1月に金沢で雪の降らない日が続くと 気象統計を取り始めた明治20年(1887年)以来の 観測史上初の降雪量がない1月になるとか・・・。 日常生活や交通に支障が出るような大雪が降るのは困るけど、 冬の金沢らしく一日も早く本格的な雪が降ってくれることを願っている今日この頃です〜♪ なお、写真は犀川(さいがわ)の犀川大橋(おおはし)と桜橋(さくらばし)の間で撮りました。
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しめ縄などのお正月の飾りを神社などで燃やす行事を 全国ではサギチョウ、サンゲンチョウ、サギッチョ、サンギチョウ、ドンドヤキなど 地域によっていろいろな呼び名がありますが、金沢では左義長(さぎちょう)と呼んでいます。 金沢市内の神社では、かつては「小正月」の1月15日に左義長を行っていましたが、 「成人の日」の祝日が第2月曜日に変更されてからは“伝統を重んじて従来どおりの15日実施”と “利便性を配慮して15日の最寄の休日に実施”の神社があり、各神社によって日程が異なっています。 なお、今年は15日が月曜日だったので 左義長を13(土)・14(日)・15(月)の3日間行った神社もありました。 尾山神社では14日(日)に左義長が行われました〜♪ 正月飾りが投げ込まれるごとに炎は大きくなって、白い煙も大きくなって天高く舞い上がる・・・。 投げ込まれた正月飾りなどが燃えやすいように、係りの方が棒で手際よくさばいておりました。 なお、写真を撮っている時、上から灰がいくつも落ちてきました・・・。 こちらは尾山神社の社殿と藩祖・前田利家(まえだ・としいえ)公の兜の像・・・。 ちなみに兜の名前は「金鯰尾兜(きんのなまずお・かぶと)」!! ナマズ(鯰)の形をした金色の兜です。 なお、2代藩主・前田利長(としなが)公は同じ形の銀色の兜を使用されておりました。 ところで、14日(日)の朝は玄関扉に飾った“しめ縄”や神棚の昨年の御飾り・御札などを持って 意気揚々と氏神の神社へ行ったのですが、境内は静かで誰もおらず・・・。 氏神の神社では翌日の15日(月)に左義長を実施でした。 結局、翌15日の朝に再び行って、御札は社殿に納め、お飾りは炎の中に入れてきました。 伝統を重んじて従来の15日に左義長を実施するという考えはわかりますが、 15日が休日でない場合は氏子や参拝者?利用者?の利便性を配慮して 左義長を休日や15日と休日の2度実施というふうにしても良いのではないでしょうか。 せめて15日直前の金・土・日に 左義長で燃やす正月飾りの受付をするという配慮があっても良いのでは? 左義長には個人だけでなく、法人も参加しているので・・・。 今回、氏神の神社では15日の平日に実施したことによって 子供の参加はもちろんなく、全体的に年配の方、主婦の方の参加が多かったと聞いています。 地域の行事なのに、それを聞いてなんだか寂しい感じがいたしました・・・。
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