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先月の7月27日(金)に完成した 金沢市兼六元町(けんろくもとまち)の新しい消防署の出張所を撮ってみました〜♪ 近くには兼六園や金沢城公園、昔ながらの住宅街などがあるため、 周辺の景観に配慮して、建物の外観は黒瓦の屋根や格子がある金沢の町家のつくり!! ちなみに、両隣は一般の住宅で、 町家風の建物は違和感なく、地域の景観に溶け込んでおりました・・・。 この金沢市中央消防署・味噌蔵(みそぐら)出張所は、 先月まで同じ市中心部の広坂(ひろさか)にあった広坂出張所の移転先で、 金沢市中心部の防災を担う新たな拠点となりました・・・。 なお、金沢市には現在4つの消防署と8つの出張所、それに49の消防団があります。 ちなみに、浅野川大橋(あさのがわ・おおはし)の近くにある
交番の建物も周辺の景観に配慮して、格子のある町家風の外観になっています〜♪ |
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金沢では郊外の一部を除いて 13日(金)から新盆入りし、市内各所でお墓参りが始まりました〜♪ 今月になってから良い天気が少なかったので、 13日の午後から新盆の準備のために野田山(のだやま)へ行ってきました。 金沢の郊外にある野田山は標高180メートルの小高い山で 山の北側の斜面には加賀藩主・前田家一族の墓所をはじめ、家臣や町民、 そして明治以後には一般市民の墓などもつくられるようになった「野田山墓地」が広がっています。 野田山墓地には約4〜5万基の墓石があるといわれ、 戦国時代末期〜現在までの約300万人以上が眠っているということです。 市内にある菩提寺の他に野田山墓地の数ヶ所にも家の墓があるので、 今にも雨が降りそうな曇り空を気にしながら、墓地内のそれぞれの場所で 雑草刈りや墓石周辺の掃除などを合わせて約3時間程行い汗をかいてきました・・・。 終わった後は気持ちまでキレイさっぱりになり、気持ちいい〜♪ なお、お墓参りは家族と一緒なので、 15日(日)か16日(祝・月)のどちらかに野田山へ来ようと思っています。 金沢ではお盆のお墓参りの時に 「キリコ」と呼ばれる切篭燈篭(きりこ・とうろう)を墓前に吊るします。 左の吹流しがついたキリコは「花キリコ(はな・きりこ)」。 花キリコは子供の供養のためのキリコで、上部が花の形になっており、 男の子には青色、女の子には赤色の花キリコとなっています・・・。 写真のキリコは、どれも雨よけのためのビニール袋がかぶせられています。 墓地内を歩いている時に撮ってみました〜♪ こちらは「板(いた)キリコ」(*中央左)と「六角(ろっかく)キリコ」(*中央右)・・・。 環境に配慮したコンパクトなつくりのキリコとして近年登場いたしました〜♪ 春のお彼岸に続き、今回も野田山墓地の各所でこのような熊に対する注意を見かけました・・・。 墓参りのたくさんの人で賑わうこの時期、周辺に熊が出没することは少ないと思いますが、 先週は能登地方で熊の目撃情報がありました。 また、野田山墓地では昨年に続いて 今年も広い墓地内をぐるぐる回る“墓地バス”が走っておりました〜♪ ちなみに、今日14日(土)は
午後から家族と一緒に母方の菩提寺、そして家の菩提寺へお墓参りに行ってきました。 |
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7月7日は七夕。 金沢市出羽町(でわまち)にある石川県立歴史博物館では、 藩政時代の飾りを再現した“七夕飾り”が玄関前で披露されました〜♪ 高さ約7メートルの竹には、たくさんの赤い提灯(ちょうちん)や5色の短冊、 それに「角行灯(かくあんどん)」と呼ばれる四角い行灯(あんどん)などが飾り付けてありました。 ちなみに、藩政時代の七夕飾りが披露されるのは昨年に続いて今年で2度目とか・・・。 西洋的な赤レンガの建物と日本的な七夕飾り。 この組み合わせも“新しいもの”と“古いもの”との新旧が調和する金沢らしい組み合わせなのかも〜♪ でも、いつか金沢城を背景にこの七夕飾りを見てみたいなぁ・・・。 青空の下、ゆらゆらと揺れる赤い提灯がとてもよく映えておりました〜♪ かつて金沢では七夕飾りを6日に家の前や庭に飾り、 それを7日の夜に金沢を流れる2つの川の「犀川(さいがわ)」や「浅野川(あさのがわ)」へ持って行き、 犀川では犀川大橋から、浅野川では浅野川大橋から、それぞれ橋の上から川に投げ込みました・・・。 「七夕流し」と呼んだその風習は今日では行われなくなりましたが、 しかし、浅野川では今回約40年ぶりに地元の子供たちによって「七夕流し」が行われました!! もちろん、川に流した七夕飾りは環境のことを考えて下流の方で回収したということです。 また、かつては他に“梶(かじ)の葉っぱ”や “八つ手の葉っぱ”に歌を書いて川に流すということもあったそうです。 こちらは香林坊(こうりんぼう)のデパート前で見つけた現代の七夕飾り〜♪ 高さ約8メートルの竹には色鮮やかな短冊や吹流し、提灯などが豪華に飾り付けてありました・・・。 デパート前の豪華な七夕飾りは入り口の左右で、街を行き交う多くの人の目を惹いておりました〜♪ また、金沢駅・東広場の“もてなしドーム”でも高さ約4メートルの七夕飾りが披露されたということです。
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先々週は春のお彼岸だったので、 市内にある家の菩提寺(ぼだいじ)に、そして野田山(のだやま)へお墓参りに行ってきました〜♪ 野田山は金沢の郊外にある標高180メートルの小高い山で、 山の北側の斜面には加賀藩歴代藩主の前田家一族の墓地をはじめ、家臣の墓、 明治以後に造られた一般市民の墓などがある「野田山墓地」が広がっています・・・。 現在、野田山墓地には約4〜5万基の墓石があるといわれ、 戦国時代末期〜現在までの約300万人以上が眠っています。 僕の家では市内の菩提寺の他に野田山墓地にも数ヶ所に墓があり、 こちらには土葬墓、火葬墓、分骨墓などがあります・・・。 基本的に家の墓は僕の担当なので、今回もお墓参りと掃除をしに行ってきました。 野田山墓地へ行ってみると、 入り口のところをはじめ、墓地内の各所に熊に対するこのような注意が・・・。 「クマ」、「出没」、「危険」の文字から様々な思いを巡らしながら恐る恐る墓地内を歩きました。 警戒レベルはもちろん高くして。 頭の上にはアンテナをいくつも立てて、頭の中の高性能?レーダーで常に周りを索敵。 墓地で、しかも山の斜面での熊との遭遇は 人間が圧倒的に不利なので、常に安全を確認しながら進みました。 今回は掃除の必要がほとんどなかったので、お参りだけいたしました・・・。 家の墓、親戚の墓など、すべての墓のお参りを終えた後、ちょっと足を延ばして 頂上近くにある加賀藩歴代藩主・前田家一族の「前田家墓地」へ行ってきました〜♪ もちろん、ここにも熊に対する注意がありました・・・。 しかも、ここで熊に遭遇する確率は他よりも高く、何かあっても周辺には人はおらず。 なので、警戒レベルをより高くして進みました・・・。 この前田家墓地には歴代藩主・当主や妻、子などのお墓が約70基あり、 大名の墓所としては全国2番目の規模。 今、この前田家墓地では国の史跡指定のための調査が進められています。 加賀藩祖・前田利家(まえだ・としいえ)公、妻の芳春院(ほうしゅんいん)<まつ>様、 2代藩主・利長(としなが)公、利家公の兄・利久(としひさ)公、 2代藩主夫人・玉泉院(ぎょくせんいん)<永(えい)姫>様(*織田信長公の御息女)、 それぞれの墓前で恐る恐る緊張しながらお参りをさせていただきました。 死後も主君である利家公や芳春院様、前田家一族を護るために 利家公・芳春院様夫妻の墓のすぐ近くに建てられた 利家公の最初の家臣・村井長頼(むらい・ながより)様のお墓にもお参りをいたしました。 加賀藩・前田家の忠臣中の忠臣の方なので、敬意を持ってお参りをさせていただきました。 また、利家公のご息女で、豊臣秀吉公の養女となり、 のちに宇喜多秀家(うきたひでいえ)様に嫁がれた 「豪姫(ごう・ひめ)様」のお墓にもお参りをさせていただきました。 芳春院様の墓前のところから金沢市内を撮ってみました〜♪ 遠くには市中心部にある金沢城と兼六園の緑が見えます・・・。 前田家墓地は、まるで江戸時代がそのまま残っているような空間で、 他とは全く異なる雰囲気が漂っており、 ここはまさに金沢で一番神聖な場所、聖域・霊域といったところ。 なので、いろんな意味で緊張いたしました・・・。 昨秋のお彼岸にはここまで来なかったので、今回お参りできて良かったです〜♪ 前田家墓地から下山途中に撮ってみました〜♪ 石段は前田家墓地の入り口から
利家公・芳春院様夫妻の墓前のところまで約180メートル続いています・・・。 |




