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金沢の桜の開花宣言もいよいよもうすぐ!! ・・・ですが、金沢では今日28日(水)も能登半島地震の余震の弱い揺れを朝とお昼に感じました。 震源地に近い能登地方では連日、金沢以上の多くの余震。しかも強い揺れ。 連日、TVや新聞、インターネットなどの報道で被災地の様子を目にするたびに 早く余震が収まり、被災された方々が1日も早く前向きな生活が送れますようにと心から願っています。 この地震の発生が、もし真冬の積雪時で雪が降っている日の 夕食時間のころや夜間だったらと思うと、その被害の大きさと光景にゾッといたします・・・。 今日も被災地へと向かう防災、報道、自衛隊などの ヘリコプターが何機か金沢の上空を横切って行きました。 兼六園の周辺では“ぼんぼり”が登場し、 お花見の季節を迎える準備がすっかり出来ておりました〜♪ まずは兼六園横の「蓮池門(れんちもん)通り」で撮ってみました。 こちらは兼六園下と兼六園・桂坂(かつらざか)口との間にある「紺屋坂(こんやざか)」・・・。 茶店や土産物(みやげもの)店が立ち並ぶ 兼六園の「茶店通り」でも“ぼんぼり”の準備ができておりました〜♪ 広坂(ひろさか)通りでは道路中央の辰巳(たつみ)用水沿いに “ぼんぼり”が約400メートルにわたって並んでおりました〜♪ |
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能登半島地震が発生した25日(日)に続き、 金沢では昨日の26日(月)も何度か弱い揺れですが余震を感じました・・・。 震源地に近い能登地方では余震が金沢以上の回数と規模なので、 余震によって新たな家屋の倒壊・損壊、落石、土砂の崩落などの被害が出ていると聞きました。 被害の大きかった地域には親戚・遠戚はおりませんが、 早く余震が収まり、また元気な能登に戻ってくれることを心より願っております。 今日27日(火)も被災地へと向かう防災、報道、自衛隊などの ヘリコプターが金沢の上空を横切って行きました。 金沢の郊外の道路では、 被災地へと向かう支援物資・人員などを積んだ自衛隊車両を何台も見かけました・・・。 先週、久しぶりに長町武家屋敷跡(ながまち・ぶけやしきあと)へ行ってみると、 土塀に掛けられていた「薦(こも)」が取り外されて、春を迎える準備がすっかり出来ておりました〜♪ あとは春を待つだけ・・・。 冬の間、雪による傷みから土塀を守っていた「薦」。 その取り外しは今月15日(木)に行われたということです・・・。 なお、冬の間、
「薦」は長町武家屋敷跡界わいの土塀の総延長919メートルに掛けられておりました〜♪ |
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25日(日)の午前9時42分ごろに石川県能登(のと)地方で発生した M(マグニチュード)6.9の能登半島沖地震で、金沢では震度4の強い揺れを感じました・・・。 震源地に近い輪島(わじま)市、七尾(ななお)市、穴水町(あなみずまち)などでは震度6強を 観測し、これらの地域がある能登地方では家屋の倒壊・半壊・損壊や道路の寸断・損壊、 亡くなられた方や怪我をされた方など、地震で大きな被害が出ています。 地震の被害に遭われた方々に対し、心よりお見舞い申し上げます。 今なお続く余震で被害がこれ以上拡大しないこと、 そして一日も早い復旧・復興を願っております・・・。 金沢では震度4の強い揺れ、 そしてその後に余震もありましたが、地震による大きな被害はありませんでした。 ゲストブックやコメント、内緒コメントなどに ご心配・お気遣いをたくさん寄せていただきましたことを心よりお礼申し上げます。 ありがとうございました!! また、コメントを残さずともご心配・お気遣いされた方もありがとうございました。 怪我もなく無事です。元気です。 地震が発生した時、1993年2月7日の「能登半島沖地震(M6.6)」や 1995年1月17日の「阪神・淡路大震災<兵庫県南部地震>(M7.2)」の時の金沢の揺れより 強い揺れだということはすぐにわかりました。 何十秒か続いた強い揺れが収まってから 金沢市内に住む祖父母や親戚などの安否を確認・・・。 TVなどで地震速報や地震番組が報道されてからは 県外の親戚・遠戚・知人の方からの安否を気遣う電話が鳴りはじめ、 途中に石川県への電話がつながりにくい時間帯があったため、かかってくる電話は夜まで続きました。 近くの小中学校からは災害放送が度々聞こえ、 余震や暖房器具、火への注意を呼びかける消防車なども頻繁に走り、 能登へと向かう防災、報道、自衛隊などのヘリコプターが上空を何度も横切る一日となりました。 夕方には市中心街のいくつもの場所で 号外や特別夕刊の新聞が次々に配られ、通った時にいくつもいただきました。 気がついたら7部も・・・。何部かは同じ新聞社のものでした。 各新聞社の前では地震を伝える速報がいくつも張り出されておりました。
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