いつまでがんばれるかな? きっといつまでも、いつも心に太陽と月を

運命に逆らえばそれに引きずりまわされる、運命を受け入れるとそれは導いてくれる

心の底に沈めておこうと思ったけど

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     「本当のその人」に自分の望みをお願いすることではありません。
    「本当のその人ハイヤーセルフ魂そのままのその人」は、すべてを
    うまくおさめる「最善の方法」を知っているからその判断にまかせる、という
    ことです。

    相手を操作しようとするのではなく、相手が、「本来のその人ハイヤー
    セルフ」で判断してくれるように期待するという感じです。
    「本当のその人」で判断してくれたあと、結果は流れにまかせるのです。 

    面白いことに、「本当のその人」が知っている最善の方法は、そこに関わる
    すべての人にとって最善の方法になります

ワンパターンだから

毎朝 リハ室は無視が続いているけれど


僕にとってはそのことに負けないぞと言う気持になる必要がないほど些細なことになっている


少し前にどこかの特別養護老人施設で寝たきりのおばあちゃんに、

セクハラや虐待をしていたと言うニュースがあったけど、

それにくらべたら僕なんかは些細なことだろうけど、

やはり最初はつらかった 。


あの被害を受けた(いまでも受けているかもしれない)おばあちゃんの事を考えると、


可哀想で心が痛む 。


まあ、僕の方はこの程度のワンパターンなので 、


僕が被害を受けて心が痛むなんてこともないし 、


もう ブログの記事のネタにもならないなあ、

この 「まあ」と言う言葉は、


このあいだ引退したサッカーの中田選手がインタビュ―に答えるときに、


よくでてきていた言葉だなあ なんて思い出すくらいの 心に余裕が出たな?

そして愛人の存在を僕に知られて

僕が許したことを知った妻は

もう今は堂々と僕の前でも電話してる

ほとんどうちにいるときにはずっと子機をはなさない

動けない僕が何かを頼むと機嫌が良いときはやってくれるが

虫の居所が悪いと、

「こんなことずっと付きっ切りで看病できないんだから
 自分でヘルパー頼むお金稼げないなら
 母親にお金だしてもられば、、どうせ年金もらってるんだから」

この言葉がでる

こんな妻を憎むな、、

かなり難しい、、

しかし乗り越えなければならないしれんだと思って

なんとか探している、

これを乗り越えるってことはどういうことになるのかって。

退院

退院して家にもどった

妻は愛人をうちに泊まらせていた証拠をすべて抹殺したはずだと思っていた

でも、幾つかはミスを犯していた

ミミズがそこいらじゅうをくねくね這いずり回ってっているようなメモが何枚も、、

そしてその複雑な線のときおろどころに「1本橋」「波状路」「坂道」などと書かれている

僕はオートバイの実地試験を受けたことがあるのでこれが何のメモかはすぐにわかった

でも、僕はこれから妻に面倒を見てもらわないといけない体になってしまったので

なにもいえなかった

しかし、妻は毎日電話を話さない、夜中3時過ぎまで毎日電話をしている

妻には夜中まで電話で話すような友人はいない、

そして仕事だといって夜中1時ごろまで帰らない

本当の仕事の時は、チョと遅くなるだけで報告のメールが来るのでわかりやすい

それでも僕はやはり何もしてあげられない妻にたいして可愛想だとおもいしらない振りをした

妻が実際仕事をしているのは、月曜日1時間、水曜日2時間、金曜日3時間半だけだった

あは仕事といって出かけるけれど大学生の愛人と会うためだった

ある日、4階の口うるさい住人が

「お宅の車のスペースによくオートバイが止まっているけどあれは誰のなの?」と電話がかってきた

ぼくはわかっていたけれどとっさに「すみません、ダンスの弟子が来てるので」と嘘をついた

そして妻に話してみた、「仕事に言ってる時にたまに友達が元町に遊びに来た時に置かせてっていわれてる」と返事が返ってきた

しかしうちから元町は近いといっても山の上、、車ならともかくオートバイはこんな使い方はしない

そんな嘘で僕をだませると思われたことが僕の堪忍袋の緒が切れた

「クローゼットの中のバイク用の革ジャンと皮パンとブーツがないんだけど」

「あれカビ生えてたから捨てた」


僕がだんだん歩けなくなりいろんなことが出来なくなるにしたがって妻は僕をみないようになってきた

目をそらすようになった

そして「リハビリしろ、、」それしかいわなくなった

座っていられるのならそれなりに仕事しろ

自分は毎日仕事で疲れているんだからと不機嫌な顔を毎日、、

僕はとうとう全てのことを妻に話した、、。

はじめは否定していたけれど、もう嘘が通用しないとわったのか認めた

そして「看病につかれたから、息抜きぐらいさせてよ」といわれた

「自分の母親や、兄弟に堂々と言える息抜きか?」と尋ねた

「いえるよ」

「じゃあ、いまここで、やっていることを電話でお姉さんに話してくれ
 そして、こんな寛大な夫であることを、お姉さんから感謝してもらいたい
 誰からも感謝されない生きていくのがばからしい」

「時間をつださい、すぐにはわかれられない」

それには理由があった、、

妻は自分の年齢を27歳もさば読んで、自分をアメリカ人とのハーフの間に生まれたクゥオーターだと
愛人に嘘をついてた

ほいんとのことを愛人に話すだけの心の強さはもっていない

「会うのは許すけれど、仕事だと嘘をついて恩着せがましくして出ていくのはやめてくれ」

と僕は言った

無題

最初の長期入院は長崎大学病院に入院した、父が癌でそこに入院していてから

妻は横浜に残った

そして父が亡くなり、入院の期間が満了になったので僕は横浜の病院に転院することにした

空港に妻が迎えにきた、別人のようだった、髪は金髪に染めて、子供のようなファッション

目は悪くないのにブルーのコンタクトレンズ、、違和感を感じた

しばらくうちで過ごして転院しようと思っていた、

うちに帰ってみると様子が変わっていた

リビングに飾ってあった僕のダンスの写真がなくなっている

そして僕の部屋は物置のようになっていた

頻繁に妻に電話がかかってくる、そのたびに妻は自分の部屋に駆け込んでいく

横浜にもどって次の日、診察を予約していたので診察を受けに行った

ベッドの調整のためにすぐには入院できないと言われた

妻は先生に食ってかかった、

僕を早く入院させたいらしい

僕はしばらく家でゆっくりしたかった。

なぜそんなに、食って掛かるのかりかいできなかった

妻の努力のかいかって、3週間後に入院が決まった

車で40分ぐらいかかるところだった

妻は週に2,3回洗濯物を取りに来た

妻が帰る時は僕は車椅子で駐車場まで送っていった

ある日妻が「送ってこなくていいから」と言い出した

「いくよ」

「いいよ、!」険しい顔で、、、。

「わかった」

「じああね」

そんなことが何回か続いた

ある日僕は、1階の売店で缶コーヒーを買おうと思って

妻が帰った直後に1階に下りた、そしてもしかしたら妻が駐車場から出てくるのに間に合うかもしれない

とおもって玄関に向かった

すると、ちょう出で行くところだった

オープンにしていた、横には、見たことがない男の人が座っていた

なんとなく察しはついていた。

僕は妻に対してなにもしてあげれないので、このとは自分の心にしまっておくことにした

しかしこれで、終わらなかった

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