赤ちゃんのためにできること

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(この記事は不妊治療の記録のため、また同じ悩みを持つ方の参考になればと思い書いています)

5年半かけて不妊治療し、最終的に体外受精で一人目を授かった私が、まさかの自然妊娠をしたことを記録しておこうと思う。ゆ

一人目が生まれてから凍結胚の年間保管料(54000円)を支払うたびに、「次を早く決めなきゃ。いつまでもこれを負担し続けるわけにいかない。ローンが!」と思っていた。

そしてちょっと無理してタイミングを取ってみた1回目で、まさかの自然妊娠。

本当にこんな奇跡があるんだ、私も自力で妊娠出来るんだと、度肝を抜かれた。

3年前、体外受精の胚移植をした時に、先生が言った。
「出来るだけ普通分娩しておいで。そしたらこのグニャグニャに曲がった子宮までの道がまっすぐになるから」

まっすぐになったよ!ほんまに!
先生の言う通りだった!
7回人工授精しても妊娠出来なかったのは、勇者達が子宮までたどり着けなかったんだ!

ものすごく納得がいって、よし、二人目産むぞと思った10週目、また、流産した。

初めての自然妊娠。
2回目の流産。

その心情はとても複雑で。

娘の前で涙はなかなか出ず、堕胎手術を終えた病室で、看護婦さんに「フカフカのいい胎盤が出来てた。必ず次もある。大丈夫!」と言われた時に、初めて泣いた。

必ず戻ってきてくれる。
期待を確信に変えて、今日も明日も忙しく子育てをする。

家族、親友、ママ友、児童館の先生……周囲の人たちの優しさが身に染みる年末年始だった。

【追記】
手術後1ヶ月経った今もまだ生理は来ず、毎晩蕁麻疹が出ている。
婦人科を受診すると、妊娠していない普段の体に戻ろうとする過程で、蕁麻疹として反応が出てしまっているのでは?とのこと。
生理が来れば治まると言う見立て。
治まらなければ、皮膚科受診。

でーきたッ!

もっそい熱い関西です!
こんちはっす。

もう冷房なしでは干からびてしまうので、必死で27度設定で過ごしています。
子供とくっついていると、信じられないくらいの汗をかくので
27度でも汗だくです!



ちまちまと縫い進めていたファーストシューズ、やっと完成しましたー!

イメージ 1

初めての革靴づくり、思ったよりも力が必要でした。
でも急ぐことはないし、一目一目心をこめて縫いました!

イメージ 2


うーん、まだ足ちっせぇ・・・
でもこれがちょうどよくなる日が来るんだな・・・


母乳のその後

育児記録の代わりに・・・


母乳とミルクの混合で3か月を過ごし、その手間に慣れてきていた矢先、がっつり乳口炎になりました。
母乳が乳首の先で詰まって出来る、白い出来物で、吸われると激痛があります。

ネットで調べると、放っておくと乳腺炎になるらしい。
改善策は「とにかく吸わせること」。
歯を喰いしばって授乳しながらも、素人判断は心配だったため、マッサージに通い始めました。

すると乳口炎はわりとすぐに解消。
「もう少しおっぱいが出ればいーなー」ぐらいの軽い気持ちで通っていたところ、知春が下痢をしました。

診察を受けると変な病気ではない。
でも、脱水症状にならないように、また、一度に大量の下痢をするのが辛そうだったため、母乳の「ちょこちょこあげ」を始めました。

毎時間、たまには30分に一回の頻回授乳。
産後直後は出来なかったのに今出来たのは、体力が戻ってきたのと、小さな体で日に10回以上お腹を下す知春が、ひたすら心配で可哀想だったから。

そしたらいつの間にか、おっぱいの量が増えていました。
知春の体重管理をしてくれているマッサージの先生から、ミルクを止めるよう指導が入りました。

「え?私が?ミルクを止める?」
「うん、体重ちょっと増えすぎ」
「でででも!夜は寝たいから、ミルク足していいですか!?」
「それはいいよ」

それでも、乳口炎になった右側の出方はまだ悪いまま。
2時間おきの昼間限定完母が始まりました。





それから1ヶ月。体重の増加には一抹の不安があるものの、昼夜関係なくミルク 出すことはなくなりました。

完母は手間はないけど体にはきつい。

全身に溜まった疲労が取れずに、夜中に授乳で起きても体がすぐに動かなくなっています。
無理やり動かしたら壊れかけのロボットみたいな動きです。
自分の体じゃないみたい。

毎日ヨガで体をほぐしていますが、やっぱり産後増えた体重がきついんだろうな、と。

おっぱい終わったらダイエット日記でもつけるか!
その時は応援と突っ込みお願いします!


少し時間に余裕が出て来たので、知春の靴を作りにかかります。
ふふふ…
靴!?って思ったでしょ。
素敵なプレゼントをもらったんですよ〜。
それはまた記事にします。

梅雨、庭木が嬉しそうで私も嬉しい^^

母乳のこと

育児記録のような、つぶやきのような・・・

自分は完全母乳でいけると思っていました。
理由は、母が完母だったから。

そんな思い込みで産後3日を病院で過ごし、どうやら私は母乳の出が良くないかもしれないということを、助産師さんの反応から感じた。

「必要だったら母乳外来を受けて下さいね」の一言で見送られて4日目に退院し、どうしていいか分からないまま自宅へ帰り、軽くパニックに陥った。

今から思えば、産前に何も調べてなかった私も悪い(^^;

知春が入院している間、夫に搾乳を手伝ってもらい(声も出ないほど痛い)、退院後何とか母乳の量が増えてくるも、それだけでは知春の体重が減る一方。

ミルクを足していくと母乳がまた減っていき、必死で食べて飲んで寝て、母乳製造に全てをかけた。

それでもミルクなしではお腹をすかせて泣かれることが、更なるストレスに。
いつの間にか母乳信仰にとりつかれ、ミルクをあげることに罪悪感まで感じていた。
授かるのにも苦労したのにまたここでもつまずくのかと、自分の体を責めた。

産後1ヶ月目の母ミ混合の夜間授乳はきつい。
なかなか飲めない母乳に1時間、ミルクと煮沸と寝かしつけに1時間、それから1時間寝たらもう次の授乳時間。疲れが取れず、ますますストレスに。

見かねた母が「夜間の母乳を止めてみたら?」と提案してくれた。
止めてみると、夜がとても気楽になり睡眠時間が増えた。

一度混合を決意しても、知春に吸う力がついてくると、もっと真剣に努力すれば完母にできるんじゃないかという野望が沸いてくる。

私がもっと若ければ、私がもっと強ければ……
そんなことを考えて、泣きながらミルクをあげてもいいことはない。

知春を産めたのは、36歳になる私。
大切なのは、知春が健康に育っていること。

おっぱいの時間が辛いものになったら本末転倒。
周りにいるミルクで育った子供逹は、みんな元気で母子共に幸せそう。

成長した時にミルクか母乳かなんて全然分からないんだから、そんなことにこだわるより、後戻り出来ない月齢を楽しんでいこう。

もっと大変なことで頭を悩ませる日が、これからきっと来るんだから。


お陰様でもうすぐ生後2ヶ月。
おっぱい大好きな知春は最初だけゴクゴク飲んですぐに気持ちよくなって寝てしまうから、やっぱりお腹いっぱいにはならないけど、頬をピンクにして幸せそうに寝るその寝顔(我が家では「酔っぱらい」と呼んでます)は、何度見ても涙が出るほどの宝物です。

子育ては今までの人生で体験したことのない大変な修行です!
不妊治療は苦行だったけど、これは修行。
でもたまに笑顔のご褒美をくれるから、頑張ろうと思えます。

とにかく頑張れ私の筋肉たちよ

出産任務完了

1/27
皮膚科受診
アレルギー専門医に係り、私が発作を発症した時の写真を見て、「うん、典型的ですね」と病名を口にした。
す、すごい。
アナフィラキシーとも違うってことを一発で理解してくれたのは、本当に初めて。

大学病院てことで、実習生が5人ぐらいズラリと並んでいたが、よほど珍しいのか写真を回し見して複写を取っていた。

補体、抗体などを調べるもんのすごい数の血液検査に、6580円。

次の診察は産後。

1/28
産科受診
胎児の体重2600gぐらい。
標準よりお腹周りが痩せぎみらしい。

「一晩で2、3度お腹が張ります」
「それは何もなくてもよくあることです」(;A´▽`A
少し運動をしてみた効果はなく、子宮口は開いてないし、頭も下りて来ていない。

本格的に毎日の運動をスタートしなきゃ!
妊婦健診7000円

2/1
退院後の赤ちゃんと並んで休める寝床をリビングに作った。
引っ越して初めての模様替えかな?

2月に入ってから、お腹が頻繁に張るようになる。

2/4
予定日直前の健診日。
朝3時から30分置きにお腹張るが、陣痛なのか判らず、とりあえず夫を会社に送り出し、洗濯などの家事をこなす。

胎児2650〜2750g。
結局、「まだです」(^^;;
でも頭は少し下がって来ているらしい。運動するしかないな!
私の体重も無事増えてきて、妊娠前+7.4kgに。
この辺で止めておこう(笑)

サイトメガロの検査に引っ掛かり、精密検査へ。
でも胎児に異常が見られないので、恐らく大丈夫だろうとのこと。

健診&血液検査で10,680円


2/10
2800gぐらい
指で触れるぐらいの場所まで頭は下りて来ているが、子宮口はまだ開いてない。
7000円


2/12
午前0時ぐらいにふと目が覚めた。
赤ちゃんがお腹の中で異常なほど暴れていた。
何か苦しいのかと思って体勢を変えながら声を掛けてなだめてたら、生理痛のような痛みがきた。
そこから1時間に1、2回ペースで痛みが来る。

夫には現状を伝えて、いつも通り会社に送り出す。

2/13
前日夕方からのおしるしの量が増え、痛みも強くなり、近づいた実感あり。
予約通りの健診にて、子宮口が少し開いていることを確認。
胎児の向きは前向き(^^;;
出て来やすいように後ろ向いてね〜。もうしばらくはお腹とのお喋りになりそう。

5000円


2/14
頻繁になる前駆陣痛。病院に電話するも、「強弱があるうちは入院にはまだ早い」。
運動代わりに近くのスーパーに行くと、駐車場で陣痛がきて動けなくなる。

かろうじて帰宅し、10分置きの陣痛になっても、病院は受け入れてくれず。
7分置きになってからやっと来院の許可が出る。

16時半に病院着。
這うようにして産科病棟にたどり着き、闘い開始。夫が一緒に呼吸法をしてくれた。

夕飯を出され、食べても吐き、飲んでも吐き、前駆陣痛が長かったお蔭で丸2日眠れず、1日食事が摂れず、体力の限界で、陣痛の間に何度も寝落ちする。
しかも分娩台に上がってからもなお、舟をこいだ。
「ここからはいきんでいいですよ」と言われた時の嬉しさ!

なかなか破水しなかったから、ハサミでカット、出口も狭かったから、とにかくカット。
胎児の頭が出た後、力を抜いた途端にニュルニュルと胴体が出てくる感触のキモ面白いこと!

15日7時35分、2934gの長女を出産。
酸素吸引をしながらの17時間だった。

お父ちゃんに抱かれる知春(ちはる)

イメージ 1


寝ずにずっと傍にいてくれた夫の存在が何よりも心強かった。
力の抜けた分娩台で、手を取り合って泣いた。

体を拭いてもらった我が子が隣に寝かされると、私の声に反応して必死に顔をこちらへ向けていた。
頭に頬擦りしたら思ったより温かくて驚いた。

その後、サイトメガロの検査のため、すぐに小児科へ連れていかれた。
私は夫と病室で放心状態→二人で疲れて眠りこけた。

初乳をあげられたのは、出産から40時間ほど経ってから。
これが後々の母乳に響いたのかどうか・・・・・?

結局、子供には何の異常もなく、私の退院の翌日、無事退院した。


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