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今日、旦那のいとこから現金書留。
そのいとこは東京に住んでいるので、こちらに来るには交通費もままならないし、
葬儀にも来てくれたのに、私らに余裕がないから、足代も渡さなかったので、
かえって申し訳ないと思ったんだけど、
一応、田舎のしきたりなので明日の四十九日の法要にも呼んだんだよね。
でも、やはり遠慮させてね、と言うことで香典を送ってきたのだ。
そして話は、その中に入っていたもうひとつの封筒。
その中には、古い・・ホログラムの入っていない・・一万円札が1枚入っていて。
封筒の日付は、平成9年11月・・日。
今から15年前だ。
メモが書いてあって、その一万円札は、
当時、いとこも東京で子供にもお金がかかり、苦しい生活をしている中、
それでも、静岡に帰ってこなければならない用事も時々あって大変だったようで、
そんな時、こちらに来た時に義父が、
「こっちに来るときに交通費が困った時に使え」
と渡した一万円だとあって。
でもその後も、何とか自分たちのやりくりで、静岡に帰って来る事ができた。
これからも大丈夫。
この機会にその時のお金は、あげるんではなく、返します。と。
ふむ・・・なんともドライな私にはできないことだと、胸を打たれた。
もらってから、一万だって日常で使いたい時もあっただろうに・・・
仕事中の旦那に電話で伝えたら、
「仏壇の写真立ての中にでも入れとくか」
だって。
でも、それはそれ、これはこれだよ。
ドライな(良く言えばやりくり上)私は、
「明日の四十九日だって数十万かかるんだから、それの足しにさせてもらうよ。
でも、その一万円札には、義父の思いが詰まってるから、
お父さんの一万と交換してやるか?」
と。
そしたら、
「・・・・りょうかい(失笑)」
だって(笑)
そんなちょっと考えさせられた出来事でした。
義父は私とは、あまり良い関係ではなかったけど、
お金がなかっただけで、本当は素晴らしい人だったのかもしれないな。
追記。
帰ってきた息子。
5月5日の義父の葬儀から、1ヵ月10日。
明日の四十九日の法要の為に、勤務地神奈川の平塚からさっき帰ってきた息子。
ちらっとしか見れなかったけど(笑)、元気そうで良かった。
相変わらず石川遼クンに似てるわ(笑)
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