梶井基次郎
梶井基次郎(かじいもとじろう) (1901―32) 小説家。明治34年2月17日、大阪市に生まれる。第三高等学校理科を経て1924年 (大正13)東京帝国大学英文学科に入学。三高時代すでに肺結核にかかっていた。 25年、中谷孝雄(なかたにたかお)、外村繁(とのむらしげる)らと同人雑誌 『青空』を創刊、『檸檬(れもん)』『城のある町にて』などを発表し、病んだ 心身についての自覚と健康回復への願いとを、鋭敏な感覚的表現に託した。 26年末から伊豆の湯ヶ島に転地療養。『蒼穹(そうきゅう)』『冬の蠅(はえ)』 (ともに1928)などを発表、自ら「リヤリスチック・シンボリズム」とよぶ手法に よって、死を予感する自己を冷静に凝視した。この間、病状が進み、28年(昭和3) 秋、大阪の両親のもとに帰る。大学のほうは同年3月に除籍された。 帰阪後は療養に努めながら、『桜の樹(き)の下には』(1928)、『愛撫(あいぶ)』 (1930)、『交尾』(1931)などの詩的散文を発表した。 31年、創作集『檸檬』を武蔵野(むさしの)書院より刊行、翌32年1月、文壇の 登竜門といわれた『中央公論』に『のんきな患者』を書き、病者である自己と 他者との関係を主題とした新しい作風を示したが、3月24日永眠した。 今日では20年代後半の正統的芸術派の作家として高く評価されている。 櫻の樹の下には 櫻の樹の下には(さくらのきのしたには)は、梶井基次郎の短編小説。 散文詩とも言われる。主人公が、桜の樹が美しいのは下に死体が埋まっているから であるという空想に駆られ、死体に象徴される惨劇(死?)への期待を深める物語。 この作品は全編に渡り主人公のモノローグという手法で以って描かれる。
主人公は一般的に満開の桜の樹に代表されるように心の澄まされる美しい情景の 直視に堪えられず、それらに負、即ち死のイメージを重ね合わせる事で初めて心の 均衡を得ることが出来ると語る。美しいものと対峙した時、自らが劣等感を負う事を 回避せん為にこうした不快を敢えて求めようと云う奨めであると解釈する。 |

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