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アリガト?愛猫ダヤン?今朝?になりました?

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海とかもめ

http://img339.imageshack.us/img339/3615/011li3.swf         海とかもめ        海は青いとおもってた、  かもめは白いと思ってた。      だのに、今見る、この海も、  かもめのはねも、ねずみ色。      みな知ってるとおもってた、  だけどもそれはうそでした。      空は青いと知ってます、  雪は白いと知ってます。      みんな見てます、知ってます、  けれどもそれもうそかしら。               金子みすゞ        
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げんげ

http://img406.imageshack.us/img406/5969/022ah2.swf          げんげ        ひばりききききつんでたら、  にぎり切れなくなりました。      持ってかえればしおれます、  しおれりゃ、だれかがすてましょう。  きのうのように、ごみ箱へ。      わたしはかえるみちみちで、  花のないとこみつけては、  はらり、はらりと、まきました。  ──春のつかいのするように。               金子みすゞ        
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かたばみ

http://img339.imageshack.us/img339/4634/012hz7.swf     かたばみ        かけてあがった  お寺の石だん。  おまいりすませて  おりかけて、  なぜだか、ふっと、  おもい出す。      石のすきまの  かたばみの  赤いちいさい  葉のことを。  ──とおい昔に  みたように。               金子みすゞ        
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ひがんばな

http://img406.imageshack.us/img406/5969/022ah2.swf     ひがんばな        村のまつりは  夏のころ、  ひるま  花火を  たきました。        秋のまつりは  となり村、  日が  のつづく  うらみちに、  地面(じべた)のしたに  すむひとが、  線香(せんこ)花火を  たきました。      あかい  あかい  ひがんばな。               金子みすゞ        
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金子みすゞ 

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★花は桜君は美し Hana wa Sakura Kimi wa Utsukusi
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≪金子みすゞ(1903〜1930)≫
『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。
 金子みすゞ(本名テル)は、明治36年大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。
 そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
 ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。
 それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。
 天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。
写真提供:金子みすゞ著作保存会

≪金子みすずの生涯≫

本名は金子テル。山口県大津郡仙崎村(現・長門市仙崎)出身。山口県立深川高等女学校(現・山口県立大津高等学校)卒業。劇団若草の創始者である上山雅輔(本名:上山正祐)は彼女の実弟であるが、幼くして上山家に養子に出されている。テルの実父の死後、正祐(雅輔)の養父とテル(みすゞ)の母が再婚するため、二人は実の姉弟でありつつ、義理の姉弟の関係でもある。

大正末期から昭和初期にかけて、26歳の若さでこの世を去るまでに512編もの詩を綴ったとされる。1923年(大正12年)9月に『童話』『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』の4誌に一斉に詩が掲載され、西条八十から「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛された。

1926年(昭和元年)、義父の経営する書店の番頭・宮本啓喜と結婚し、娘を1人もうける。しかし夫は中央誌への詩の投稿を禁じたばかりでなく女遊びに明け暮れ、更にはみすゞに淋病を感染させるなどした事から1930年(昭和5年)2月に正式な離婚が決まったが(手続き上は未完)、離婚合意への必須条件として娘の親権を強硬に要求する夫への抵抗心から同年3月10日、みすゞは服毒自殺。


❤金子みすず❤詳しくはこちら↓

http://www.city.nagato.yamaguchi.jp/misuzu/
http://www.kinokuniya.co.jp/01f/misuzu/
http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/misuzu0,.htm
  *金子みすヾWorld
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%AD%90%E3%81%BF%E3%81%99%E3%81%9A
  *フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Hemingway/5778/
  *金 子 み す ゞ  詩集

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