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今回は高知城を紹介します。高知城は大河ドラマ「功名が辻」で有名になった山内一豊が関ヶ原の戦い後に築城した城で本丸の建造物が全て残っている唯一の城です。
江戸時代からの現存で門の入り口は枡形の石垣に囲まれているため、三方から攻撃することが可能です。
天守閣、本丸御殿
天守閣は三重もしくは四重6階の独立望楼型天守で山内一豊の前の居城である掛川城を模しています。1727年に一回焼失しましたが、1747年に再建されています。本丸御殿は天守閣に隣接されていて、二の丸御殿が出来るまでは山内一豊と妻の千代はここに住んでいたと言われています。いずれも重要文化財に指定されています。
黒鉄門
本丸にある城門でこちらも重要文化財に指定されています。
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名城探訪記
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今回は日本三大水城のひとつである高松城を紹介します。
高松城は1590年に豊臣秀吉の家臣である生駒親正によって築城され、1639年に生駒氏が出羽に移封された後は松平氏の居城となりました。(豊臣秀吉が水攻めした高松城は岡山県にあります。)
北の丸に位置する三重の櫓で、水門と渡り門とつながっています。江戸時代からの遺構の一つで国の重要文化財に指定されています。
天守閣跡 高松城にはかつて白塗りの三重の天守閣が建てられていましたが、明治時代に老朽化によって解体されました。2006年には石垣が解体修理されました。
どうやら、天守閣を復元する計画あるみたいです。天守閣の復元はありがたいですが、外観等をしっかり史実通り作ってほしいものです。(城によっては全く外観が異なる天守閣が復元されることもありました。例としては大阪城です。) 飛雲閣 三の丸にある書院造の建物で1917年に松平氏高松別邸として建てられました。かつては昭和天皇が宿泊されたり、米軍に接収されましたが、現在では高松市に譲渡され貸会場になっています。
丑寅櫓(艮櫓) 東の丸にある三重櫓を桜の馬場に移築したもので国の重要文化財に指定されています。
最後に琴電の線路と丑寅櫓の2ショット |
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今回は日本三名城のひとつ、熊本城を紹介します。
熊本城は加藤清正によって築城された平山城で大阪城、名古屋城ともに日本三名城となっています。加藤家が改易された後は細川氏の居城となりました。
本丸の西北隅にある3層5階の櫓で「三の天守」と呼ばれていました。この櫓は西南戦争の戦火から免れた数少ない遺構の一つで国の重要文化財に指定されています。
大天守・小天守
大天守は外観5層、内観6階、小天守は外観3層、内観4階で黒の城壁が特徴的な天守閣です。天守閣は西南戦争の戦果によって焼失しましたが、1960年に鉄筋コンクリートで復元されました。天守閣内は加藤時代、細川時代、西南戦争の資料が数多く展示されています。
本丸御殿 熊本城内の行政、生活の場として機能がありましたが、こちらも西南戦争で天守閣とともに焼失し、2003年から2008年にかけて創建時の様相を復元しました。
御殿内部 写真は昭君の間で藩主の会見の場としての機能がありました。室内の造りは書院造となっています。
今回は本丸内のみの紹介になってしまいましたが、他にも武者返しといった特徴的な石垣や飯田丸五階櫓など数多くの櫓があるので今度行くときはこれらも紹介していきたいと思います。(台風15号の影響で一部入場制限が掛かっていました。) |
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今回は先日国宝になった松江城を紹介します。
松江城は豊臣秀吉の家臣であった堀尾吉晴によって築城され、堀尾氏の居城となりました。1634年には京極高の居城となり、その後は松平氏の居城になりました。
犬山城と同じ構造の複合望楼型天守閣で現存12天守の中で高さは3番目、古さは5番目となっています。昭和10年に国宝になりましたが、昭和25年に重要文化財に改称されました。
二の丸上段にある櫓で平成13年に同じく二の丸上段にある太鼓櫓とともに再建されました。
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今回は弘前城を紹介します。
弘前城は弘前藩津軽氏の居城で本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭で構成された平山城で石垣、堀、櫓、天守閣が現存しています。 3層3階の層塔型の天守閣で本丸唯一の建造物となっています。当初は5層の天守閣でしたが、寛永4年に焼失し、その後今の天守閣が出来ました。別名「御三階櫓」とも呼ばれています。また、この城内にある建造物の瓦は寒さ対策で銅になっていいます。
弘前城の正面玄関でもあります。
歴代藩主が弘前八幡宮を通る山車をこの櫓から見ていたといわれています。辰巳とは南東を意味しています。
二の丸南内門
敵を攻撃したり、物見のための櫓で二の丸の南西に位置しています。
丑寅とは北東を意味しています。
東門から本丸方面へ一直線に行くとこの門があり、南内門とともに二の丸に現存している城門です。
北の守護神が玄武(亀)ということからこの名がついたといわれています。
5つの門のうち、この門を除く4つは昭和12年に重要文化財に指定されましたが、この門だけは昭和23年に指定されました。
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