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ずっと、暮らしていくうち、よく耳にする言葉があります。
それは、「なりきれていない」っていう言葉。
学生の頃によく耳にしたのは「僕はまだ、大人になりきれていないから・・・。」っていう会話。
年月を重ねていくうち、「ここの社員になりきれていないのかな・・・。」なんかや、
「先輩になりきれていないんだよ・・・。」なんて言葉も・・・。
「なりきる」っていう言葉は、どこか無理に完璧を求められているようで、今でもどこか苦手です。
むしろ、「なりきれていない」っていう言葉の方が、どこか健気で、愛おしさまで感じるありさまです。
何かとなろうとすると、必ず痛みが伴うような気がします。
それを承知で、人はその方向に歩もうとしてしまいます。
けれども、その行く末はすべてが思い通りの結果ではなく、正反対の結果だったりもします。
結局のところ、大切なのは「なりきっている」よりも「どこまでなりきれたのか」ってことじゃないのかな・・・
なんて思います。
たとえば山林の木立。まっすぐな幹があちらこちらに並び、美しい姿を映し出しています。
だけど、どれもこれも何一つ、物差しをあてたような直線の幹なんてないのです。
個々の木々が、太陽に向かって、まっすぐに伸びようとした過程。
完全なまっすぐになりきろうとしたその過程に、生命の美しさを感じられずにはいられません。
人という生命の幹も、それに相応するものがあるような気がするのです。
もしも何かになりきれていないって思っても、落ち込む必要はないって思います。
一生懸命何かになりきろうとするその途中、弱くても、ことごとく細くても、背中を丸くしないで。
山林の木立ちのように、それぞれのまっすぐを自負しながら生きてみたい・・・。
暮らし慣れた空気の枠の中に、自分なりのまっすぐで背中を伸ばしながら、
ありふれた思い瞬く、今日の太陽を感じながら、一本の私に佇んでみたいと思うのです。
Photo by SSA
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soraさん、こんばんは(^^)
なりきる、なりきれてない…はあくまでも自己評価ですものね。合っているのかどうか…あやふやな気もします。
でもそういう曖昧さ、決して嫌いじゃないです、むしろ好きかも(*^^*)
何事も『途上』が一番いい段階なのかな?(*^_^*)
2017/11/29(水) 午前 3:09 [ sola ]
呼んだ??
いや、違う??
やっぱ、そう??
条件反射で反応する、以心伝心のごとく、
山賊と山姥は??
任務的に必要??
かまいに来るってことか、
寒くなってきましたよ、
、、、
まぁ⤴️
😔💨、、、ただいま😃🏠✨、
、、、うふふ😃で、ほほほかね?
暗号的に⤴️、
2017/11/29(水) 午後 7:27 [ CR88潮騒ボンバー ]
> solaさん、ご訪問ありがとうございます^^


>なりきるのは一番おめでたいことなのだけれども、なりきろうとするその間にもご褒美の拍手を手向けたいです。落ち込むくらい、悩むくらいの一生懸命の、なりきれない思いに・・・
>AM3.09〜!! 眠い中、コメントをありがとうございます!!
2017/11/30(木) 午前 0:47
> CR88潮騒ボンバーさん、ご訪問ありがとうございます^^

>お元気そうでよかったです!!お帰りなさ〜〜〜い♪♪
>寒くなってきて、仕事も大変ですね。あったかくしてくださいね
>みかん様は、お元気ですか〜。また、時間ができたら、特集してくださいな♪更新、たのしみにしてます♪
>ミステリーな暗号付きのコメント、どうもありがとうございました〜^^/
2017/11/30(木) 午前 1:08