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二人のご老人が、団地の前の停留所でバスを待っていました。
昼過ぎのの比較的落ち着いた時刻。バスはなかなか来ません。急に照りだした陽ざしが、暑さを感じさせるほどです。
一人のご老人が、バス停から見える団地内の庭の方を眺めながら言い始めました。
「今年は、どこにもお花見に行けなかった。何にもいいことなかった。こんな団地の狭い庭の花を見てるしかない・・・」
そう言いかけると、もう一人の、足の不自由なご老人が言いました。
「ここの庭はいいよ。敷地の端から端まで花があってなぁ。ここに住んでる若い人らが植えてくれるんや。」
そう言ったご老人の目は、午後の陽ざしに反射するくらいキラキラと輝いていました。
このお二人は、おそらく同じ団地内に住むご知り合いなのかと思われます。同じところに暮らしていても、全く感じ方が違っていました。
それは、お二人の見つめているところの違いからくるものなのかなと思いました。
一人目のご老人は、さみしすぎてのことなのか、庭の花の数のみを見てそう感じたのでしょう。
もう一人のご老人は、人を通じての花を見つめていたのでしょう。
人それぞれ、感じ方の違いはあると思いますが、せっかくなら、ひとの心を通じてのものを感じられる人になれたらどれだけすてきだろうなと思いました。
そこにあるものの広さや数じゃなくて、たった今にたどりつくまでの時間と人の気持ち、そんなことをナチュラルに感じられるそんなすてきな年齢の重ね方・・・。
さりげないワンシーンから今回、通りすがりの足の不自由なご老人から、そんなことを気づかせてもらえました。
感謝とかやさしさを感じることのできる人生は、年を重ねるごと、やさしい皺を与えてくれるのだと思いました。
それは自分だけでなく、最初は表面上の数しか感じなかったものにも、ひとの心を感じさせてくれるのだとも思いました。
足の不自由なご老人のやさしい皺の笑顔につられて、もう一人のご老人も微笑みだしました。
「そういえば、ビオラが満開になっているなぁ・・・。夏は向日葵、植えてくれるかなぁ・・・。」
そうこうしているうちにバスが来て、おそろいの笑顔になった二人を、行きたいどこかの真昼の町に連れていこうとしてくれていました。
やさしい皺の笑顔の二人が乗っただけで、真昼のガラガラの古いバスも、なんだかピカピカに光っているバスのようにも思えて・・・。
窓の流れる景色を見ながら、女学生のように、楽しそうにおしゃべりをしている二人。
ガタゴト道の揺れさえも、居眠りを誘ってくれているような、心地よいリズムにも思えてきて・・・。
Photo by sora
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2018年04月26日
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