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震災後、チャリティーライブを幾つかやっている。
少しでも力になればいい。 が、妙な義務感もある。 チャリティーにします、と言われると断りづらい。 じゃあ、やらないと悪いのか。 音楽にお金を払うのは良くないのか。 …それは否だ。 底辺の芸術に関わる人間はさほど裕福ではない。 しかし底辺が不要だとは思わない。 表現をすることで生活の糧にしているという事も無視しないで欲しいのだ。 他人を助ける前に、自分の生活を切り崩すなんて本末転倒。他者の負担や依存度が増しては逆効果だ。 なのでまず、自分の生活はきちんと出来ているか認識しないと。 その上で、初めて他に貢献する余裕が出来るんじゃないか。 あくまでも、個々の良心。 それを猫も杓子も、でもないのだ。 妙なジレンマを感じていた。 そんな中。 昨夜、ミュージカル俳優の沢木順さんのディナーショーにて。 アンコールで『見上げてごらん夜の星を』をお客様も含め全員で歌った。優しく強い気持ちの共有。その気持ちがそれぞれに宿っていることを識り、そこから誰かのために何かを…と繋がればいい。 沢木さんは、 『芸術家の役割ってのはね。社会の矛盾や思いを魂を込めて全身で表現するところにあるんだ。それを為政者や社会を作る人々が汲み取って実行するものなんだよ。』と話してくださった。 そう。今、日本人の習性が出て、皆が右向け右。でも、真実は見えないし、それぞれの役割はごっちゃになってるし。真実の表現すら限界が見えるのではないかと感じてた。 芸の道はとことん長い。 他の仕事もそうだが。 成功を要求されすぎるのも危険な話。何かにつけて早い結果を求め過ぎてはぐくむ余裕も無くなっている。 失敗を認められないことも然り。隠して隠し通せるものか。無知にされてコントロールされてたまるものか。あたしたちにはそれぞれの役割がある。 『同じことをする』んじゃない。 『同じマインドでそれぞれにやるべきことをやる』ものではないか。 最近、これも混同してる気がしてる。 だから、賛同しながらも、チャリティーが独り歩きする流れに疑問があったのだ。 |

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ニュアンスが異なるかも知れませんが、
街中で行われている募金にも疑問があります。ちゃんと届いているのかな?とか、何に使われたのかとか・・・。
その場限りでなんの報告もないですからね。
2011/3/30(水) 午前 0:33 [ axcaxc ]
いちろうさん。
義援金もあちこちで募集ありますね・・・しかし、私もいちろうさんと同感です。その使途や送られた先がハッキリしないのはやはり疑問に感じてしまうのです。
それでも、自分達にできることをできる範囲できちんとやれたらと思います。
2011/4/8(金) 午後 3:33 [ SAYAKA ]
ご無沙汰しています。
私の場合は昨年の今頃からコンサートが決まっていたので、後付けで復興支援の募金を来場者にお願いしました!
いちろうさんとは面識もあるので、上のコメントに混ぜてもらいますが、私の方のコンサートでは¥4万ほど集まりまして日本赤十字社に送金しました!(報告)
でも、赤十字社が東日本のために使うのかは、全く信用していません!
2ヶ月ほど前に某クラッシック系サックスアンサンブルのコンサートのフライヤーをもらったので読んでみました。
おかしなこと書いてありました!
"今後も復興支援コンサートしたいから、お金ください!"(要約)
モロにこの文章で印刷されていた訳じゃないけれど、何か笑っちゃいませんか?!
関西、そろそろ来てくださいよ!
2011/6/12(日) 午後 2:06
象遣いさん。
ご無沙汰しております。
最近は、あたくしも被災地の子供たちに文房具を届けるボランティアに協力したり、ですが微々たるものです。
演奏の上では、まず楽しい場を作る事が最優先と捉えております。
フライヤーの印刷、誰への支援だか分らなくなりますね・・・たしかに演奏するニンゲンの多くは決して裕福ではないですが。
最近は中部地方の郊外も含めてこまごま周っております。他の地区もすっかり行く機会が・・・(汗)。
2011/6/15(水) 午後 9:43 [ SAYAKA ]