反町雄彦のリーガルダンク!

資格取得やスキルアップを目指す人に役立つ情報をお届け!

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全248ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

イクボス育成

後で「文化の日」っぽい話を加筆する予定ですが、
まずは告知から。

2日後、5日(木)のお昼に開催されるイベントで、
イクボスをテーマにしたセミナーがあります。
LECが神奈川県から委託を受けて開催します。

場所は、横浜市技能文化会館802大研修室で
14時〜17時の3時間で
テーマ1:「イクメン」から「イクボス」へ! なぜ今「イクボス」が必要なのか
テーマ2:「イクボス」に求められる要素と企業の課題
という2つのテーマについて
パネル・ディスカッションを行います。

その後、17時から18時まで、
講師・イクボスによるグループ別質問対応と交流会
もありますので、奮ってご参加ください。
⇒詳細はこちら

今日、文化の日は、69年前・1946年に
日本国憲法が公布された日でもあります。
もともと、11月3日は明治天皇の誕生日であり、
昭和2年から祝日となっていました(明治節)。
この日を憲法公布日とすることで、
天皇主権から国民主権・象徴天皇制への転換を
印象づける効果もあったと思いますし、
過去の天皇誕生日を祝い続けることはGHQ統治下では
色々と不都合もあったと思われるので、
文化の日(1947年〜)として名称変更しつつも
祝日として残す、という日本的な解決の一例とも言えます。

「憲法」にちなんで、最近、NHKが日本JCの
行っている自主憲法PRのための出前授業を
取り上げたために、
保守的・懐古的な自主憲法に対する批判が
ネット上で盛り上がる、という皮肉な事態も起きています。
⇒たとえば、こんな記事

JCメンバーは地方へ行くと、2代目、3代目のボンボンが
多いことは事実ですが、大都市圏では、
士業であったり、保険会社の営業マンなど、
人脈重視で入っている人も多く、右派ばっかり、
というわけではないですし、ノンポリも多いです。
この手の自主憲法は、自民党の草案も同様ですが、
憲法によって国家権力の濫用を防止する立憲主義より、
日本固有の精神性(天皇も含まれます)、歴史・伝統を
踏まえた前文、さらに権利だけでなく義務規定も多い、
といった特徴があるので、
リベラル派からは攻撃の的となりやすいです。
一応、JCの自主憲法・解説書のリンクも貼っておきます。

自国に対して愛着を持つことは大事ですが、
過度な愛国心・自信を持つと、
他国を軽んじたり、排斥するヘイトスピーチ的な言説に
陥る危険性もあり、
2020年のオリンピック・パラリンピック開催に向けて
ナショナリズムが盛り上がっていく際に

オリンピズム=スポーツを通して、文化・国籍の違いを超えて
友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで
平和でより良い世界の実現に貢献する

を忘れないよう気を付けていきたいです。
すでに11月ですが、
10月末に発表になったもので気になったニュースを
3つ紹介します。

まずは、ハウス食品がCoCo壱番屋を
子会社化する、というニュース。
CoCo壱番屋は正式な会社名は「壱番屋」ですが、
多くの人はココイチ、と呼んでいます。
1978年創業で国内に1200店舗以上
フランチャイズ展開の威力を実感させます。
創業者の宗次徳二氏・直美氏の夫婦が経営していた
喫茶店で出していたカレーが好評だったことで
カレー専門店を開業し、現在ではアメリカ、台湾、
中国、韓国、タイにも店舗展開をしています。

フランチャイズ店舗も含めた全売上高は900億円近いので、
一皿900円には届かないメニューが多いと思うので、
年間1億皿以上、カレーを提供していることになります。
1億÷365日÷1200店舗=約230となるので、
1店舗平均200人が訪れている計算になります。

ハウス食品は海外展開を積極的に進めていて、
アメリカ、アジアでカレールーの製造・販売を
積極的に行っており、
海外の人に日本のカレーを知ってもらう入口として
レストランで食べてもらう経験が一番良いことから、
ココイチの海外展開と、ルーの製造・販売をセットで
行っていく戦略だそうです。

2つ目は、31日付けの日経で報じられていた
ベネッセの中期経営計画(30日に発表)。
2020年度までに、売上に占める海外事業の割合を
3%(2013年)から15%まで一気に増やす計画です。
少子化の影響をもろに受ける進研ゼミは
2013年度は約1680億円(全体の36%)でしたが、
2020年度には、1329億円、割合としては22%まで下がる、
と見込まれており、
「こどもちゃれんじ」の会員数を中国で現在の83万人から
5倍の400万人に増やす、
東南アジアやトルコにも進出、といった
積極的な海外展開(5年間で2000億円の投資)を
行う方針を発表しました。
記事でも書かれていますが、進研ゼミの建て直し策である
エリアベネッセ(店舗)、クラスベネッセ(指導教室)は
苦戦しているようで、比較的好調な中国市場を攻める他、
選択肢がない状態だと思います。
中国の場合、模倣の企業がどんどん出てくるでしょうし、
個人のオークション等で教材・おもちゃの転売が盛んに
なっていくようにも思うので、「こどもちゃれんじ」が
中間層に拡大していくのか個人的には疑問だったりします。

最後に、これは経済ニュースと教育ネタの中間ですが、
三省堂が教科書の検定期間中に、
小中学校の校長ら11名を集めて
申請段階の教科書を見せて意見を聞き、
謝礼として5万円を渡していた件で、
新聞報道によると、
文科省が最初にこの件を三省堂側に問い質した際、
謝礼支払いがあった事実を伝えなかったこと、
その指示は社長が出していたことが言われています。
社長の責任の重さを痛感させられます。
久しぶりに法律関連の話題を。
有斐閣が発刊している判例百選と言えば
全受験生が必ず持っている必携教材です。
その第5版が今年11月上旬に出版される予定であったところ、
第4版の編者(4人)の一人であったのに
第5版からは外されてしまった大渕哲也教授が、
編集著作権の侵害を主張して
出版差止めの仮処分を東京地裁に求めていたそうです。

そして、26日付けで差止めを認める仮処分が下された、
と今日、時事通信が報じました。
有斐閣側は、4人の編者のうち2人だけが実質的に
編集作業に関与しており、
大渕教授には編集著作権は帰属しない、
と主張していたようですが、
(少なくとも仮処分段階では)その主張は退けられたようです。

ちなみに、編集著作権とは、
データベース(構成要素そのものには著作物性がない)
もしくは雑誌・情報誌のように複数の著作物で構成された
全体について、その選択・配列に創作性が認められる場合に
編集した人に認められる著作権、と定義されます。
判例百選の場合、個々の解説部分はその解説者が
著作権を有しますが、百選全体について編者にも独自の権利が認められます。

六法でも、著名な学者が複数名、編者として
名を連ねているものの、実際上、作業をしているのは
この人たちではなく、名前だけ貸している、という状況だと思われ、
編者に名前が掲載されることは教授にとって名誉であり、
それほど多額の金銭を払っているわけでもないのでは、
と部外者ながら思うので、なぜ有斐閣があえて大渕教授を外したのか、
第5版の編集方針で大渕教授と意見が合わなかったのか、
様々な憶測を生みそうです。
たぶん和解で終わると思いますが、万が一、判決まで行くと
百選の編集の内情が判決文に書かれる、という画期的なものとなりそうです。
<10年後の日本、感情の劣化がとまらない・宮台真司>
耳で聞いて、この内容を理解できる聴衆が
日本国民の中で何割いるんだろう、と感じてしまう位に
高度、かつ複数の話題が登場し、
最後に集約されていく、という講義で
文字化されていても、議論の筋を追うのが大変です。

ざっと要約すると、
最近の民主制が、大衆を感情のフックで釣って
大量動員する政治になっている
←『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(ジョナサン・ハイト)
 ケア・公正・忠誠・権威・神聖という5つの感情のボタンがある
 と分析し、オバマ大統領の演説を感情的動員の観点から分析
  ↓
国民国家、という概念はウェストファリア体制以降の
たかだか200年程度の歴史しかないので、
<見ず知らずからなる我々>という共同体意識は
人為的に維持しないと続かない
  ↓
真の保守として<社会保守>を紹介し、
これは「その社会のその社会らしさ」を破壊しないように
手立てを動員する立場であるとして、
コミュニタリアン(サンデル教授)の考え方や、
トロッコ問題(感情の越えられない壁が登場する典型)、
ドイツ哲学的人間学(制度が人間の負担を軽減し、自由にする)
を説明
  ↓
デュルケームが唱えた「社会学の使命」は
「本当はどうとでもあり得るのに、もはや選べないもの」
の前提条件を考察すること、
難しく言うと、「選べない恣意性」の条件の考察である、
という言説の解説
  ↓
ここ20年間の人文・社会系の最先端が議論してきた論点として、
・人間に豊かな感情表現があるのはなぜか
・文化に依存しない感情の共通焦点(押しボタン)は何か
・文化依存的な感情の押しボタンは何か
・文化普遍的/依存的な感情プログラムをどのように組み込むか
・仮に、この組み込みが今後は持続不可能だとすると
 社会はどうなってしまうのか
といった問題であったとして、様々な現代思想家が登場します。
この部分は私の能力をはるかに超えてしまうので、
要約不能です。

ということで、結局、菊池成孔さんが危惧していた
全国民がSNSジャンキー化している、という話と共通する部分だけを
最後に紹介して、この項のまとめ、とします。
曰く、
ネットが「誰にでも開かれている」がゆえに
政治もコミュニティも<感情の劣化>に見舞われることが判明。
そこで、顔が見える小さい共同体を作り、
その共同体の営みはネットからは見えなくする動きが
1980年代以降現れる(スローフード運動や
脱原発に象徴されるエネルギーの共同体自治)。
この<見えないコミュニティ化>が進行すると、
見える部分(=ネット上)はより劣化が進むため、
<見えないコミュニティ>に所属していない人から見ると、
社会の劣化が実際よりも進んでいるように見えてしまい、
ネット上の<劣化空間>はますます何でもあり、
となって劣化が加速し、ますますゲーテッドを高くした
<見えないコミュニティ>が拡がっていく、という
再帰的な循環が発生する。
しかし、<見えないコミュニティ>を増やしていくだけでは、
その<見えない壁>の外に弾かれた人が
壁の内側への怨念を持ってしまい、
その社会的分断は社会の存続を危うくする(テロが起きる)。
そこで、宮台氏は、<見えないコミュニティ化>に関わりつつも、
社会の一体性を持続する<我々>に含まれる人を増やす、
という一見すると矛盾する2つの活動を両立させなければならない、
と主張しています。
正直、この最後の部分は抽象的で
漠然とした理解になってしまいますが、
ゲーテッドコミュニティの中に住む人が
ゲートの外側を全く無視して暮らすことはできない以上、
ゲートを作りつつも、外側の<感情の劣化>を食い止める策も
同時に考えていかなければならない、
といった程度に理解しています。

<戦後日本のナショナリズムと東京オリンピック・大澤真幸>
宮台氏のパートがだいぶ長くなったので、
あとは簡潔に。大澤氏は生活満足度調査で、
「現在の生活に満足していますか?」という質問への回答で
満足度の高さを回答した人の年代別に見ていくと、
1970年代・80年代には、歳をとればとるほど幸せになっていた
(←人生が最終局面に入っているので、これから良いことが
 起こるとは思えない。そこで、今が幸せ、つまり自分の人生全体が
 それほど悪くはなかった、と感じる。逆に、若い世代は
 これからが人生本番なので、幸せは後からやってくる。
 つまい、今現在はそれほど満足ではない。不満)
のに対し、2000年代以降は、20代前半の若い世代の
生活満足度が高齢者と同じように上がっていって、
若いときは満足度が高いが、30代〜50代は低い、というグラフになる。
この傾向を、大澤氏は「不可能性の時代」と表現します。
曰く、
若い人がかつての年寄りのように自分の人生を捉えているのは、
この先、まだ何十年も生きるけれども、
今以上にいいことは将来起きそうもない、と思っている。
だから、現段階で満足しているのだ、と。

ここからの講義は、日本社会の将来に対して
かなり悲観的な見方が展開されてしまうので、
この記事では紹介しません。ぜひ本書の203ページ以降、
特に、「2020年―不可能性の時代の特徴」
「タイタニック号と幽霊船」の項を読んでみてください。

最後に、2009年の政権交代と、民主党の失敗
そして自民党の政権復帰、安倍政権を
<不可能><可能>という二軸で整理しています。
曰く、
自民党政治を変えた民衆の意識は
「今まで不可能だと思っていたことが、実は可能ではないか」
という期待に基づくもので、
民主党の失敗によって「不可能なことはやっぱり不可能だ」
と証明してしまったこと。
そして、安倍内閣は真逆で「可能なことだけは可能」
という安全運転であった(アベノミクス第一弾まで)。
ただ、<不可能><可能>の組み合わせがあと一個
残っていて、これから来るのは
「可能だと思ったものも実は不可能なのではないか」
という話で、経済政策(GDP600兆円、出生率1.8、介護離職ゼロ)
に始まり、外交・社会保障など全ての施策目標が
実は達成不可能だ、と国民が感じてしまったら、
そして、その閉塞感から抜け出すために、
もうこの道しかない、という何か危険な選択肢
(戦争を示唆)に走るのではないか、という危惧が述べられています。

<2015年の介護:おひとりさま時代の老い方・死に方・上野千鶴子>
介護保険制度の見直しによって
施設や病院での介護や最期ではなく、在宅介護が基本となった。
しかし、家族は従来の考え方から抜け出せず、
また、在宅介護の負担を逃れるために、
高齢者をすぐに施設に入れようとする。
こう考えると、家族がいることはかえってマイナスになる場合もある。
おひとりさまが安静に自宅で最期を迎えることができるよう
地域包括ケアなど、システムを見直すべき、という提言です。
最後に、かなり毒を吐いていて、
今の団塊世代は持ち家もあるし、それなりの金融資産(現金)
もあるので、制度を作り直すことで、
他の世代に迷惑をかけずに、老後生活を送ることは
ギリギリ可能であるものの
団塊ジュニア世代が同じようにお一人で
安静に最期を迎えられる制度設計は全く分からず、
「2025年問題」は乗り切れるが、「2050年問題」の解決は
本当に知りませんよ、という警告で締められています。
朝日新聞社と集英社の共催で行われた
「本と新聞の大学」の連続講演を収録した新書です。

朝日新聞、ということで、
リベラル・反体制的な内容が多いですが、
魅力的な講師を集めているので、
それぞれ印象に残った部分を書いておきます。

<反知性主義との戦い・佐藤優>
経済の右肩下がりよりも深刻な問題として
「教育の右肩下がり」を指摘。

アメリカの大学の学費が上昇しているように、
日本でも学費が上がっていって、
年間の学費が300万円位になるかも。
(以下、佐藤氏は述べていないが、私の推測として
文科省が進めている人文系の縮小が
国公立だけでなく私立でも進むと、
コストが低い文系であがっている利益での穴埋めができなくなり、
理工系の学費を上げていく方向になるはず。
そして、文系であっても、佐藤氏が述べているように
「グローバル人材の養成」として、一定期間の外国留学や
交換留学を全学生に課すとなると、それだけで
数十万円がかかることになる)
  ↓
親がそれなりの高学歴で1000万円の年収があっても、
手取りは月43万円くらい。
都心に住んでいると、住宅ローン・家賃、生活費が高いので、
子供1人なら何とかなるが、
子供が2人いた場合に、両方とも塾に通わせて、
親と同等の大学に行かせることは無理
=子供世代に、自分が受けた教育よりも低いレベルの
 教育しか受けさせることができない、という右肩下がりに
 明治維新以降、初めて直面する

<高齢化社会と日本の医療・上昌広>
地方ごとの医学部数や医師人数を比較する表を示した上で
医師の偏在の遠因として
明治初期の維新政府の「どこに医学部がある大学を作るか」
の判断が影響している、と指摘。
  ↓
愛知県では、医師が名古屋市に偏在。
これは名古屋がお金を持っているから、という話ではなく。
戊辰戦争時に、尾張藩は真っ先に官軍に寝返ったのに対し、
三河藩は最後まで抵抗したために、
尾張地域には医学部が4つあるのに、三河はゼロ、となった。
他にも、兵庫県では、姫路を本拠地とする酒井家が
最後まで幕府側で戦ったために、播磨地区(中心地が姫路)には
医学部や工学部を持つ総合大学が置かれなかった。

さらに、その後、田中角栄首相が
「一県一医大構想」を掲げて70年代に医学部増設をした際に、
四国にはそれぞれの県で国立の医学部が作られたのに対し、
千葉県は単体で四国全体と同じ人口があったにも
関わらず、すでに千葉大学があったために増設されず、
その後の人口は千葉県が急増、四国は微減、という状況も加味されて、
千葉県VS四国、という対比で見ると、
620万人の県民に医学部1校VS四国388万人で4校の医学部
という極端な不均衡となりました。
もちろん、千葉に住む人は東京の医学部に通うことはできますが、
廃藩置県の際に、西日本では相対的に人口が少ない地域でも
1つの県として独立したことが、
150年以上後にも影響を与え続けている、という話。

地方創生をはじめ、現在でも
県単位で施策が採られることが多いですが、
明治維新に遡って、どの固まりが1つの県となったか、
さらに、県内のどの地域が中心地とされたか
を検証すると、新たな発見が得られるな、と感じました。

<沈みゆく大国アメリカと、日本の未来・堤未果>
オバマケアの問題点を簡潔に説明している点は
参考になりましたが、
彼女の本を何冊か読んでいたので、
特に新たな気付きはなかったです。

Q&Aの中で、大統領選挙においては
テレビCMにかかるお金が莫大で、
企業からの献金が勝負を決めてしまうこと、
また、以前はNGOが主催していた大統領候補の
討論会が今では大企業に買われてしまい、
議題がスポンサーの意向で決められるようになった
(大企業の利益を損ねるテーマはそもそも
討論のテーブルに出てこない)、という話は、
都知事選挙の討論会が、
公示日前に会場型で行ってきたJCの伝統的スタイルから、
公示日後に、マスコミだけを呼んで、ネット配信で
ドワンゴ(@ニコファーレ)で行う形に移行しつつあること
を連想してしまいました。

だいぶ長くなったので、続きは明日の記事にします。
ちなみに、この後の3つは
<10年後の日本、感情の劣化がとまらない・宮台真司>
<戦後日本のナショナリズムと東京オリンピック・大澤正幸>
<2015年の介護:おひとりさま時代の老い方・死に方・上野千鶴子>
という、前半以上に重いテーマとなります。

全248ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
反町 雄彦
反町 雄彦オフィシャルブログ
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

過去の記事一覧


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事