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昨日、西川郁生先生による講演会が
ありました。
その後、小ぢんまりとした昼食会を開き、
西川先生から、
会計基準のコンバージョンや、
連結優先、連単分離など、最先端の話を聞きました。
その中で、印象に残ったのは、
会計士の仕事は、「悪い企業を悪く見せる」こと
と仰った点です。
当然ですが、良い企業を悪く見せたり、
悪い企業を良く見せることは
あってはならないことです。
前者は脱税につながりますし、
後者は粉飾決算となり、投資家を騙すことになります。
しかし、「良い企業を良く見せる」こと
が会計士の役目であると考えるのか、
それとも、「悪い企業を悪く見せる」こと
を使命と捉えるのか、は発想が大きく異なります。
「良い企業を良く見せる」観点からは、
ベンチャー企業のように、
誰もがやったことのない事業をに挑戦し、
需要のない場所に、新たにニーズを掘り起こし、
マーケットを作り上げていく場合、
その可能性に賭けて、審査を甘くすべき、
ということになります。
「良い企業」の可能性が少しでもある以上、
「良く見せる」ことが目的になるからです。
これに対し、「悪い企業を悪く見せる」観点からは、
まったく逆に、リスクがある以上、
一般投資家が資金を出して大損をする可能性があるので、
新結合・イノベーション・新市場を目指すか否かに
かかわらず、厳格監査を貫くべき、ということになります。
売上げや収益の計上で不正な処理をしていないか、
経費を他の関連企業などに飛ばしていないか、
将来的に大きな損害となり得るリスクを放置していないか、
といった面から、「性悪説」的にチェックしていくのです。
似たような話は、刑事訴訟法の目的で、
積極的実体的真実主義を目指すか、それとも、
消極的実体的真実主義を目指すか
という対立でも登場します。
積極的実体的真実主義は、
罪を犯した者には必ず刑罰を科すべき、
という考え方であり、
逆に、消極的実体的真実主義は、
罪を犯していない者には絶対に刑罰を科してはならない
という考え方です。これは、冤罪をなくす考え方です。
似ているようですが、
ある被告人が目の前にいて、
8割方犯人だろうという状況で、
積極的実体的真実主義は、
まずは刑務所に入れて、社会で再犯しないように、
という発想になります。もしかすると、
多少の拷問なども許容するかもしれません。
しかし、冤罪をなくす考え方からは、
8割方程度の確かさで処罰することは断じて禁止です。
「疑わしきは被告人の利益に」というように、
どう考えてもその人が犯人である、
と確信できるようになって初めて
処罰することができるのです。
犯人かもしれない人を社会に野放しにするのか、
という批判がいつの世にもあるわけですが、
冤罪を作るよりは、犯罪者を社会に出す方がまし、
と考えられています。
来年からは、裁判員制度が始まりますが、
まずは、消極的実体的真実主義の考え方を
心底、納得してもらう必要があります。
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