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詳細はあとで書きますが、この記事で紹介する
本のタイトルだけ、書いておきます。
『ノイマン・ゲーデル・チューリング』
(高橋昌一郎)
『怪盗グリフィン、絶体絶命』(法月綸太郎)
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書評・雑学系
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藤井聡教授の新書です。
藤井教授は、『列島強靭化論』や
『公共事業が日本を救う』といった本(新書)も書いており、
インフラ整備にお金をかけるべき、
という主張を展開しています。
(本書でも、都構想に代わる関西復活プランとして
①リニア大阪・名古屋間を、東京・名古屋間と同時に開業
②北陸・関西・四国縦貫新幹線の整備
という大工事を提唱しています)
2020年度にプライマリーバランスの黒字化を
必ず達成。そのためには消費税を10%からさらに5、6%上げる。
社会保障費は削減、特に高齢者の医療費は自己負担を増やす。
といった主張を展開する財政再建論者と
藤井教授は意見が対立することが多く、
藤井氏は学者の世界よりもラジオ・テレビ等のマスコミに
登場しているイメージが強いです。
しかし、大阪「都」構想については、
マスコミ受けを狙うのではなく、
多くの学者と同じ、反対派の立場を採っています。
本書では、7つの事実として
1.住民投票できるのは、大阪市の市民のみ
(大阪府内の他の市が同様の仕組みを採用して
府が「都」になるのは別の立法が必要)
2.住民投票の対象は、大阪市を5つの特別区に分割することの是非
3.大阪市民は2200億円分の「財源」と「権限」を失う
4.2200億円が大阪府内の様々な行政に「流用」され、
大阪市だけで見ると、行政サービスが低下する恐れ
5.大阪には東京23区のような「大都市行政」は困難
6.区の権限が弱いことから、東京23区の中には
市への格上げを希望するところもある
(都区制度における区は、権限が弱い)
7.東京の繁栄は一極集中の賜物
を挙げています。
帯に「賛成派も反対派もまず本書を読まれよ!」
とキャッチがあるように、
議論の出発点としては、うまくまとまっていて、
かつ、何度か同じ話が繰り返されるので、
220ページほどある割にはすぐに読了できます。
首都直下地震のリスクを考えると、
第二の都市としての大阪(関西経済圏)は
ますます重要になる、という点は
藤井教授に同意します。
そして、現状の関西には閉塞感が漂っているところ、
「都」構想という、壮大な実験に賭けるのか、
それとも、
二重行政の解消は個別事案で行っていって、
比較的財政が安定している大阪市が
都市開発・産業振興の財源を持ち続け
大阪市内中心部に優れたインフラを整備し、
商業施設、病院・学校・住宅を充実化させていく
従来のやり方の延長(部分改善)でいくのか、
という難しい選択が迫られることになります。
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弁護士でありながら、年間4、5冊の
ペースで出版し続けている
ベストセラー作家、木山泰嗣先生の新刊
『法学ライティング』の感想です。
本書は、
要約する力を身につけよう、
という章から始まり、
概念の説明(一行問題)、論証(法解釈)、
規範に対する「あてはめ」、
「他説の批判」と「自説の展開」の技法など
法律の論文答案を作成する上で
必須となる作法・考え方を解説しています。
木山先生は、青山学院大学で
「法学ライティング」という2単位の授業
を担当されています。
そこで、本書では、その授業の中で
実際に大学2年生に
書いてもらった答案(2通)を文章例として
紹介した後、その答案を書いた2人の学生との議論
が詳細に掲載されています。
この手の対談の文字起こしはやってみると
非常に大変で、途中で、手を抜きたくなってしまうものですが、
全12章分、しっかりとした原稿になっています。
大学生にとって、資格試験や学部の期末試験で
役立つ内容であるとともに、
大学生へ答案の書き方を教えている、
私たちのような立場からも、
今の大学生(平均よりはだいぶ優秀そうですが)が
法律的な文章を作る際に
どういう点に悩み、どういう風に間違えてしまうのか、
が生き生きと伝わってきて、助かります。
木山先生と学生との対話を読むと、
教(教授)が生徒(学生)との関係が固定していて
基本的に一方通行で情報を伝達する
「Teachingの時代」は終わり、
学ぶ人、教える人の関係が相互に交換可能で、
教える側も、教える経験から学び・気付きを得る
「Learningの時代」になったな、と実感しました。
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昨日の続きで、『本題』の感想兼備忘録です。
小林賢太郎さんに続いて、
荒川弘さん(『鋼の錬金術師』『銀の匙』等で有名な漫画家)、
羽海野チカさん(こちらも漫画家。代表作は『ハチミツとクローバー』)
辻村深月さん(『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞受賞)
堀江敏幸さん(作家・フランス文学者)
の4人が対談相手として登場します。
要約しにくいので、
ぜひ本書そのものを見て欲しいですが、
自分自身へのメモとして、
印象に残った部分を書き留めておきます。
今回は、LECの教材作りとの関連は
文字化しませんので、皆さん自身で何かしら
感じ取ってみてください。
<荒川さん>
強いところが弱点になる、は物語の王道的な展開
⇒(『アルスラーン戦記』の漫画化にあたって)
田中芳樹先生と会って話をすると、この物語は
田中先生のお人柄あってのものだと納得
⇒西尾さんが、「作品と作者はイコールではないが、
それでも作家性、作家はどういう人か、という感触が
読者には伝わってしまう」とコメント
描き続けるという時の意図
=読者さんがいなければ書く意味はない、という思い
⇒線だったり、コマだったり、画面の中の配置だったり、
開いた時の見やすさだったり、あとは掲載紙をぱーっと
めくっていった時に自分の絵に目が引き付けられるかどうか、
だったりを考えます。
<羽海野さん>
ツイッターで、「どうやったら絵がうまくなれますか」
という質問をよく受けて、具体的に様子や状況を
見ないと答えようがないのに、たまにまとめて
「練習するしかない」という意味のことを返信します
⇒みんなが求めているのは、「簡単に」うまくなれますか、
という質問だとは思うけど、簡単な道はない。
⇒「才能がないからできないんじゃなくて、
やっていないだけなんじゃないか」という方向で伝えたら、
かえって傷つけてしまいかねない。
⇒西尾さんが、1万時間を費やすというのは、
10代のうちには、結構大きな割合を占めるので、
それをやりはじめたら友達と遊んだりといった、
「こちらも大事な時間」がなくなってしまう、とコメント
⇒1万時間やって徒労に終わったと感じても、
1万時間やったら2万時間やるしかなくなる。
踏み込んじゃったのだからやるしかない、
飛び込んじゃったら泳ぐしかない、そこからあとは
「溺れるか」「岸に辿り着くか」のどちらかしかない。
<辻村さん>
今は連載を6本抱えているので、
テニスのラリーをしているような感覚で小説を執筆。
次々と連載の締め切りやゲラがくるので、
そのたびにボールを打ち返す。
ただ、そうやって長いラリーを続けていくうちに
「この一球で勝負するんだ」という勝負魂のようなものが
疎かになってしまうのでは、という不安がある。
10代の私にとって、大好きだったミステリーやホラー、
ライトノベルは家族や先生からしたら「遊び」で、
「もっと『ちゃんとした』本を読みなさい」と怒られてしまう。
今こうして小説を書いている原動力の1つは、
その時周囲に対して感じた怒り
=「周囲の無理解と戦う必死な気持ち」。
<堀江さん>
手紙に話を戻すと、結局のところ、
「ほんとう」の気持ちを伝えるのは不可能で、
伝わらないことのほうが当たり前だと考えるしかない。
⇒西尾さんが、「作者が考えもしない読み方をされて、
一概に嫌というわけではなく、思っていなかったほど
深く読んでもらったりすると嬉しい」とコメント
⇒「思わぬ読み方をしてもらっている」と感じたのであれば、
それは「伝わっている」ことになる。
(西尾さんは)「思わぬ読み方」としか言えないような解釈の余地を
残した書き方をしているはず。
誤読に近いものであっても、何かが確実に届いた結果。
相手に言葉の箱自体は届いていて、それが
考えもしなかったやりかたで開けられただけのこと。
中身も見られていて、作品が読者の手元に届いているからこそ
生じた解釈だといえる。
⇒西尾さんが、「国語の試験で、作者の意図を答える問題は、
真の正解なんて、存在しない。自分の作品が文庫化されて、
10年ぐらい前に書いたものを読み返すと、
その時にはそういうつもりで書いていなかったが、
実はこういうことを書きたい気持ちだったのかな、と分かったりする」
とコメント
⇒10年後の自分に「届いた」、という風に考えてよい。
「読む」ことにまとわりつく時間差から生じる、ごく普通の現象。
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小林賢太郎さん、というクリエイターがいます。
ラーメンズという2人組コントで人気となり、
その後、舞台やTV番組制作でも活躍されています。
『本題』(西尾維新対談集)の一発目が
小林氏との対談だったので、
いくつか印象に残った話を紹介していきます。
(※はLECのモノづくりへの関連です)
①自分のことを「宿題型パーフォーマ―」
と思っている
⇒作品を作る際に、何でもあり、で書き始めると
<何かの事件・不思議があって、それが解決されていく>
が物語の本質だと考えると、
一番効率のいい解決法ばかりが提示されることになり、
マンネリ化してしまう。
⇒「枷」とかルールの設定を自ら行って、
その範囲でのストーリ展開の方が面白くなるし、
自分自身も鍛えられる
⇒設定したお題を解けない、というケースはないので、
「いいお題」を生み出せるか、が勝負。
「いいお題」は意外とすでに存在していて、神様が
用意してくれている、って感じ
⇒作品を考える際には「自分は完成したあと、
どんなほめられ方をしたいのか?」を気にする
※モノづくりの過程で、縛り・枷を意識することは重要。
試験対策の教材の場合、試験で何が出題されるか、
が基本の「枷」であり、その上で、講座の位置づけによって
ページ数や図表のレイアウト、表現方法など
様々な「お題」が設定されていることになる。
②台本作りの際に、できるだけ字数を少なくしている。
⇒小林さんがニューヨークのバーで飲んでいたとき
少し離れたところにうるさい客がいた。
静かにしてくれ、と直接言って、因縁をつけられるのが
嫌だったので、バーテンさんを呼んだが、
そこで声に出して、「静かにしろ、と伝えて」と言うと
そのお客に聞こえてしまうかもしれないので、
身振りと表情で、「あの人たち」(指で)、
「喋っているが」(口の前で指を広げる)、
「シー」(人差し指を口の前で立てる)、として、
最後に、どうにかならないか、と表情で伝えた。
⇒声を出さないコミュニケーションは万国共通だし、
舞台でも活用できるので、
「言葉にしなくても、今、その人が何をやりたいのかを
伝えられるような動作のコレクション」を大量に保存していって、
集大成的に「ポツネン」の舞台を作った
※これも「言葉を使わない」という枷・お題を自分で
設定して、その範囲内でコンテンツ作りをした例。
試験対策の教材も、条文とか過去問の肢とか、
フリーで使えて、かつ、間違いの入らない素材を
安易に使うのではなく、それ以外の手段で、
いかに合格に近づける教材や講義ができるか、
を考えることが必要。
③小説と舞台(コントも含む)の違いの1つとして、
<リアルタイムでお客さんの反応が見られる>
⇒お客さんの反応が見れるので、
いいものを「いい」とほめてもらう力は
(舞台は)他の媒体よりも強い
⇒反応が直接にくるので、表現がじかに鍛えられる
※これは、LECの講師で、最初からスタジオ収録
させることは難しく、最初のうちは、生講義で
受講生の反応を見させないと鍛えることが難しい、
という話につながります。
もちろん、ネットの生中継であれば、受講生の反応を
リアルタイムで聞くことも可能ですが、その場合、
文字情報がメインになってしまうので、受講生の顔つきや
教材をどの程度熱心に見ているか、メモを取っているか、
といった「雰囲気」全般はよく分かりません。
④仕組み、オチ、中身の三段階で考える。
最初に、軸足となる仕組みを考え、
その仕組みの面白さが一番発揮されるオチは何か
を考え、そのオチに向かっていくための中身。
オチがばれないような冒頭はどんなものか、
とストーリーを考えていく。
※法律でも、会計でも、試験で問われる知識の体系は、
ある種の仕組み(理念・制度の大枠)で支えられています。
個々の問題では、オチとして、短答の引っかけだったり、
論文の事例の特殊性だったりが登場します。
その意味では、勉強を面白く感じさせるよう
ストーリー的な教え方は十分に可能です。
1回の講義の中で、<仕組み→オチ>の面白さを
受講生に何回感じさせることができるか、が最も大事。
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