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書評・雑学系

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2014年最後の投稿

今年も、紅白が終わり、「ゆく年、くる年」
が始まる時間となりました。
 
今年の年末は、読もうと思っていた書籍を
ほぼ読むことができました。
簡単な書評を書いておきます。
 
<いま生きる「資本論」>(佐藤優)
佐藤氏が中世の大学講義と同じように、
あるテキストを読み上げて解説する講義スタイルを採り、
解釈や雑談を交えつつ、資本論全三巻の
エッセンスを講義した公開講座の文字起こしです。
 
(会場笑)が随所に盛り込まれているので、
資本論の引用部分をすっ飛ばして、
雑談部分だけを読んでいっても十分に楽しめます。
 
個人的に印象に残ったのは、
 
『資本論』の分配論は、資本家間の利潤の分配、
あるいは地主に地代を払うといった分配であり、
労働者は分配に関係がありません。
 
という部分です。
利益分配とか不利益分配といった言葉について、
その用法にはイデオロギーが含まれている、
という指摘を受けたことがあり、よく分からなかったのですが、
労働者が資本家から分配を受ける、という話は
『資本論』を共産党的に読み取らないと出てこないのだ、
という理解を初めて知りました。
 
 
<ジャパン・クライシス>(橋爪大三郎・小林慶一郎)
消費税の増税延期によって、2015年度に
プライマリーバランス(PB・基礎的財政収支)の赤字を
15兆円程度に収める(2013年度の半分)という目標すら
達成できないことがほぼ確実になりました。
 
2013年夏の段階で、仮にアベノミクスが機能して
名目2%、実質1%で今後10年間、GDPが成長し続け、
かつ、予定通りに2015年10月に消費税が10%になっても
2020年度のPB黒字化は困難、と言われていました。
 
消費税を1%上げると、約2億円の増収となるので、
10%になれば、5%だった時と比べて
約10兆円の税収が増えますが、他方、
社会保障費は最低でも年間1億円ずつ上積みされるため、
上記の経済成長下でも、2020年のPBは約11兆円の赤字、
という見込みでした。
 
国債を購入しているのは、銀行や保険会社ですが、
その元手は、一般家庭(多くは高齢者世帯)や企業が
銀行に預けている預金ないし保険会社に支払っている保険料
であって、高齢化が進行していく中、
貯蓄率は年々、下がっていくので、どこかで国内資金だけでは
国債を消化し切れなくなる日が来る。
その結果、金利が高騰し、既存の国債が暴落し、
金融危機が起き、円の価値も暴落、ハイパーインフレが起きる
というシナリオを分かりやすく解説している本です。
 
「オオカミ少年」的な警句であって欲しい、
と個人的には思いますが、原油価格が暴落しただけでも
ルーブルの価値が下がり、社会不安が広がるロシアの
状況を見ていると、日本も他人事ではないな、
と感じたりはします。
 
 
<なぜ、日本の知財は儲からない>(ヘンリー幸田)
新しいアイディア・考え方を提示してくれる本ではなく、
アメリカの知財ビジネスの社名が羅列されるだけ、
という印象が強いので、
パテント・マフィア、パテント・トロール、
パテント・ブローカー、アテント・アグリゲーター、
パテント・ポートフォリオ戦略
といった言葉について、自分なりに調べたことがある人
にとっては物足りない内容です。
 
実際には価値のある(儲かっている商品に使われており、
企業への訴訟提起の武器として使える)特許が
日本の大学や中小企業には多く眠っていて、
それらが、アメリカのトロールやアグリゲーターに
狙われている、という話も、
企業再生ファンドで儲けている会社がいる、という話と同じで、
アメリカの企業にやられているから良くない、
という方向で書くのはどうかな、と感じます。
 
リスクを取って、しかも、訴訟をビジネス戦術として組み込む
というやり方は日本企業には馴染みがないですし、
おそらく、国民性にも合わないでしょう。
日本もプロパテントの方向には進むべきですが、
トロールに対抗するため、という発想ではなく、
別のやり方で知財活用・強化を目指すべきだと思います。
 
ただ、知財についても、不動産や車などの有体物と同様に
その価値を測定する仕組みが整備されつつあり、
仲介を業とする会社が現れている、という話は
印象に残りました。
 
 
<ドラッカーと論語>(安富歩)
立ち読みするなら、終章(未来への道)の
10ページだけでも読んで欲しいです。
ドラッカーが提唱した、
経営者には必要な根本的な資質は、
英語ではintegrity of characterとされますが、
これを、上田惇生氏が翻訳した【エッセンシャル版】では
「真摯さ」としています。
これに対し、野田一夫氏・村上恒夫氏監訳の「マネジメント」では
「人間としての誠実さ」と訳されています。
 
英語を直訳すれば、人格が歪められていない、
統合している、という意味であり、
「時と場合によって言動が変わったりしない、
一個の人間として一貫性があること」が
経営者として求められる、とドラッカーは言っていたことになります。
 
この「誤訳」に対して、安富氏は、
上田氏なりに、ドラッカーの発想を日本人が
受け入れやすいように加工した結果、と評価しています。
曰く、
日本社会(特に、企業)では、自分自身の信条・信念よりも
「立場」に相応しい振る舞いをすることが要求されるので、
一貫性のある人格よりも、
その時々の状況に応じて、真面目に一心に仕事に取り組むべき、
という趣旨で「真摯」という用語を選び、
かつ、「character」を翻訳から外したのであろう、という評価です。
 
この「誤訳」によって、日本人にはドラッカー好きが多い
というプラスの効果も生まれたわけですが、
安富氏は、「真摯さ」を要求する日本型の立場主義組織は
賞味期限切れであって、
これからは、真にドラッカーが要求していたintegrity of character、
すなわち、「過てば改め、成長する」という
<フィードバックを通じた学習>への回路が開かれていること
が経営者に必要となる、という話が終章では展開されています。
 
この話を理解する前提として、
全体主義への危機感から、ドラッカーが組織や
経営管理者を論じるようになった、という時代背景や、
孔子が現れたのも、
従来の顔が見える範囲での人治(徳治)から、
巨大な官僚組織・暴力を背景とする国家による支配へ
中国の歴史が大きく転換しつつあった時代
という点で、似たような問題意識がある、
という話も大事ですが、安富氏が語りたかったであろう
エッセンスは終章だけでも十分に伝わります。
立ち読みを推奨しているわけではないですが、
読みやすい本でもあるので、ぜひ、一度、手に取ってみてください。
 
<年収は「住むところ」で決まる>(エンリコ・モレッティ)
日本語タイトルで損しているな、というのが
第一印象でしたが、
筆者(労働経済学と都市経済学の両方の分野で
最先端の研究をされている)の伝えたいテーマとしては
このタイトルでピッタリなので、
売れることと、中身を体現することのバランスは難しいな、
と感じたりもします。
 
この本も非常に読みやすいので、ぜひ購入して
ざっとで良いので通読して欲しいところですが、
筆者の主張を端的に紹介してしまうと
 
①国の経済が成長するか否かは、
 物理的な工場・製造拠点の数・実力ではなく
 イノベーション(特許が典型)を生む頭脳集積地の数・実力
 に大きく左右されている。
 
②製造拠点は簡単に国外へ移転できるが、
 頭脳集積地(典型はシリコンバレー)は簡単には移転できない。
 なぜなら、イノベーションを生み出すには、
 ヒト、すなわち専門的職種の労働市場の厚み(人数・能力はもちろん、
 優秀な人たちが流動している、という柔軟性も)と、
 カネ、つまり革新的な起業家が資金調達できる金融市場
 の両輪が必要であり、両方が揃っている地域は稀
 
③イノベーション企業は、新しいアイディアに価値を見出すところ、
 アイディアが生まれる要因の多くは、人と人との交流であり、
 都市がイノベーションのハブとなっている。
 
④そして、知識労働者は、その人自身の収入が高いだけでなく、
 様々なサービス産業(飲食、ファッション、育児など)に
 お金を使うので、ハイテク産業が雇用を1件増やすと、
 その地域でサービス関連の新規雇用が5件生み出され、
 これは製造業(1.6件)の3倍になる。すなわち、
 イノベーション産業は国内雇用(知識レベルが高い人だけでなく
 低い人の雇用を、しかも、多く)を生み出す。
 
⑤長期的に見た場合、アメリカでは高校卒業率が低下
 (中退率が上昇)しており、大学の学費が高騰していることもあり、
 大学への進学、修了、博士号保有も、アメリカ国民に
 限ってみると、増えていない。
 今のところ、(中国やインドからの)移民で高学歴の人たちを
 呼び寄せているので、アメリカの成長は続くと見られるが、
 長期的には、1.大卒と大学院卒の移民を優遇する政策を採るか、
 又は、2.数学・技術(科学)に関する教育を根本的に見直し、
 大学進学率・修了率を高めていく政策か、いずれかが必要となる。
 
この⑤は日本でもほぼ同じ議論が成り立つと思います。
 
 
以上、長々と書いてきましたが、
年明けには、『キャプテンサンダーボルト』
『株価暴落』『都市と都市』という小説3冊と、
ノンフィクションでは『会社が消えた日
〜三洋電機10万人のそれから』、
『CIA諜報員が駆使するテクニックは
ビジネスに応用できる』、『消費者行動論』
を何とか読みたいと思っています。

リーダー研修

昨日、今日の二日間で、外部の会社にお願いして
LECの中堅社員20名にリーダー研修を受けてもらいました。
 
昨日は、ディベートのお題で
「部下の育成にあたって、何よりも重要なのは
厳しさである」という意見に対して賛否に分かれ、
かなりの激論が交わされました。
今朝、LECの朝礼でもこの話題をしましたが、
その際に、「厳しさ」は、部下への態度ではなく、
まず、自分に対して厳しくあれ、という意味である、
と話しました。
上司として、重い責任を負っていて、かつ、
誰よりも、自部署の業務について知識・経験を
積み重ねている、という自負があれば、
部下に対しても、厳しく、かつ、自信をもって
指導に当たることができます。
 
今日、最終プレゼンで、4人1組になって
5つのチームから、「支社の業務改善」
「集客」「職場定着」「人材育成」「社風改善」
に関して、提言がありました。
 
各チームにつき、幹部メンバー(役員)が総括をしましたし、
私も最終の総括をしましたが、
このままではダメだ、と意見したのは
どうやってやるか、方法論(How)ばっかりで、
何をやりたいか、という中身(What)に関する想い・熱が
伝わってこなかった、という点です。
 
「U理論」という組織変革の考え方があります。
これを扱った書籍(例えば、中土井僚著
『人と組織の問題を劇的に解決するU理論入門』)は
ページ数が多いものが多く、しかも、抽象的な議論が多いので、
読むことを薦めてはきませんでしたが、
この中で繰り返し登場するのが、
どうやって稼ぐか、差別化するか、というHowの議論
(マーケティングはこの方向)ではなく、
自分たち・自社は何をする存在なのか、という
Whatの議論を、利害の異なるメンバーを集めて
じっくりと行うべきである、という話です。
 
今日の総括で話したのは、「LECらしさ」を
もう一度、見つめ直してほしい、という話で、
①ものづくり、の会社であり、
②その結果、昨年とは違う何かをやる、
 というチャレンジを重んじる(行き過ぎて、
 PDCAのCheckが疎かになる問題はあるものの)社風で
③受験生の悔しさ、怒りへの思いやりが絶対的に必要で
④講座の中身を考える際はもちろん、社内システムを
 改革する際にも、学問・サイエンスを尊重する
という「基本」が、中堅であっても、浸透していなかった、
という点に驚くとともに、
まだまだやるべきことは多かったな、と実感しました。
 
セブンイレブンが、隔週で、全国から
店舗指導をしている担当者を集めるFC会議を
開いているが、決して、ネタ切れ・マンネリ化しない、
という話があります。
それは、毎回、「基本」を繰り返し確認していくから、
と聞いたことがあります。
今回の研修を見学して、改めて、基本を何度も繰り返し
話していくことの重要性を感じた次第です。
広島と聞いて何を連想するか、は
かなり幅があります。
 
真面目路線で考えると、原爆ドームや平和宣言となりますが、
今年夏に、土砂災害によって70人以上の死者が出ました。
 
観光資源としては、宮島、厳島神社、牡蠣、
お好み焼き、広島カープなど多彩なものがあるので、
これらを連想する方も多いでしょうし、
中国地方では随一の繁華街があります。
 
建設や風俗など、様々な業種があるためか、
行政書士の人数で見ると、
西日本において、広島は4番目の規模を誇っています。
行政書士会のHPによると、個人会員数での比較で
1位は大阪の2,801人
2位は兵庫の1,755人
3位は福岡の1,305人
そして、広島は1,080人です。
 
関東甲信越の、群馬・茨城・長野などが
会員数を減らして、広島を下回っていることを見ても
広島は中小事業者が元気なのだろう、と感じました。
 
祝賀会でも、行政書士の合格者が多く来ていて、
行政書士は昨年試験の合格者なので、
すでに実務で活躍している人も多く、
特に、社労士とのダブルライセンスで
許認可から、社保の手続き、就業規則作成など
を手広く行っている人や
福祉関係の団体の理事を務めていたり、
という人もいて、高齢者のケアや
障害者雇用など、補助金が絡む分野で
行政書士が活躍している場面を多く目にしました。
 
祝賀の挨拶では、以下のような話をしました。
 
士業の仕事は「他人のために、業として」
行うものであって、
「他人のため」=依頼者の立場に立って、
依頼者の利益を真剣に考えること、
「業」=ルール(規則)に基づき反復継続
という意味ですが、
この反復継続は、下手するとルーティンで
機械的な処理になってしまう恐れがあります。
1つずつ個別対応で行うことは非効率であり、
ビジネスとは言い難くなりますが、
士業の仕事は、一見すると同じように見える事件でも
依頼者ごとに事情は違いますし、
依頼者のために、という点を真剣に考えれば、
「ルーティンでつまらない仕事」とは決して思わないはずです。
士業の仕事は、形のない、頭脳の産物であり、
顧客とのコミュニケーションによって価値が決まります。
コミュニケーションの基本は相手の気持ち・立場・事情を
理解しようと努めること、です。
ぜひ、多様性を大事にして、仕事に取り組んでください。

分人主義と教養

今日は、弁理士試験の合格祝賀会がありました。
今年は、合格者数が昨年の半分程度の
385人で、どれ位の人が集まるか不安ではありましたが、
雨天の中、100名を超える合格者に集まってもらえて
盛大な会となりました。
 
先々週から、司法書士、公務員と祝賀会があり、
東京では、今日の弁理士でいったん終了となり、
明日は関西へ行って祝賀会です。
今年は、会長に代わって、私が御祝の挨拶を行っており、
毎回、教訓めいた話をしようと思ってはいるものの、
あまり長くなってもいけない、という気持ちもあって
出来ていない話があります。
今日のブログ記事では、そういう「溜まっているネタ」を
3つほど紹介してみます。
 
1つ目は、「永遠と一瞬」です。
今、このブログ記事を読んでいるのは
あなたの人生の中で、取るに足らない短い時間
だと思います。
しかし、一瞬の気の迷いや決断が
その後の人生を大きく決めることになる場合もあります。
長い人生の中で、大事にしたい、
しなければならない一瞬というものがあります。
この「一瞬」をどう捉えるべきか、私が日頃から意識しているのは
アキレスと亀のパラドックスです。
 
亀が100メートル先を歩んでいるところに、
足の速いアキレスが追いかけます。
アキレスが走り始めた時に亀がいた所まで着いた時点で、
亀は少し先を歩んでいます。
アキレスは追いかけます。また、亀がいた所に着きました。
でも、亀はほんの少し先にいます。アキレスは…
 
と無限に続いてしまって、
「永遠」に追いつけない、というパラドックスです。
この話は、簡単に要約すれば、
有限の中を微小に細分すれば無限が見つかる
ということで、日常でも「無限」はある、ということを
実感させてくれます。
 
一生を左右する決断を決める「一瞬」は
単なる短い時間なのではなく、
その「一瞬」の間に、無限の、永遠とも言える思考が
行われているのであって、過ぎ去ってしまえば
(亀を追い抜かしてしませば)その「永遠」は消えてしまうが、
でも、その一瞬の決断が人生を決めている、
という、「永遠と一瞬」の境界についての話です。
非常に抽象的なので、お祝いの場には相応しくない
と思い、封印しました。
 
2つ目は、今回の記事のタイトルにもした
「分人主義」です。
この概念は、平野啓一郎さんが
「空白を満たしなさい」や「ドーン」などの作品で
扱われているもので、検索すると様々な解説が出てきますが、
私なりに整理すると
・「本当の自分」探しをする必要はない
・「自分」は周囲の環境(主に対人関係、ただし、
 孤独や自然との接し方も含める)ごとに、別々の顔を
 見せるよう、自然と出来上がっているのであって、
 キャラクターはそれぞれ異なっていてよい
・無理に相手に合わせているのではなく、
 自然と、相手との関係で自分の個性が
 形成されていく(していく)。
・様々な人、環境と接することにより、
 様々な「キャラ」が作られ、そのネットワークが
 「自分」になる。
といった話です。
 
人を使う立場になるとすぐに実感できますが、
ある程度は、顔を使い分ける、すなわち、
一種の演技をしないと、マネジメントは不可能です。
そして、演技という作為的なものに限らず、
人間は自然と、相手との関係で「自分」を
使い分けていくもの、という考え方が分人主義です。
例えば、家族と接する時の自分は10分の4、
仕事は10分の3、親しい友人は10分の2、
その他、近所の集まりは10分の1、といった感じです。
ここで注意しなければいけないのは、
10分の1の対人関係のときに、決して手を抜いているわけではなく、
その時には、100%の自分で対応しているのであって、
その場面について、「本当の自分の1割しか見せていない」
という風に考えてはいけません。
一瞬、一瞬が、「自分」ではあるが、その「自分」に
一貫性や背後にある真実の姿とかは求めない、という思想です。
 
この「分人主義」に対しては心理学の立場から批判もあるようです。
しかし、個人的には、分人主義に大賛成で、
しかも、「分人」の分母を千とか万、百万へ増やしていくのが
人生経験なのではないか、と思っています。
例えば、私にとって、読書は、自分が接する可能性のある
相手の幅を広げるための手段であり、
本を読んでいる、その一瞬においては作者との対話を
楽しんでいますが、本を読み終われば、
その内容に囚われることなく、別の読書なり、
普通の生活なりへ移っていきます。
つまり、1冊の本を読むと、分人の分母が1冊増える
と考えているのです。
TwitterやLINEで、複数のアカウントを使い分けている状態を
「分人」と表現する人もいるですが、
そこまで、行動に落とし込む必要はなく、
単に本を読んで感情移入するだけでも、
その人の個性の何千分の、何百万分の1にはなっている
と考えるのです。
このように考えると、どんな人と話してても、
どんな人を部下・上司で持ったとしても、
ある程度は寛容に過ごしていこう、と思えるはずです。
 
最後、3つ目。
これも当たり前すぎるので、祝賀会で言えなかったことです。
LECが扱っているような試験では、
不合格者の方が合格者の何倍も多くいます。
合格した人は、実務への第一歩を踏み出すことができます。
不合格になってしまうと、そのタイミングが1年遅くなったり、
人によっては、諦めて別の道を探す人もいます。
ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)という言葉もあるように、
合格した人は恵まれた人であり、
社会のために何らかの義務を果たしていく必要があります。
少し視野を広げれば、日本という国に生まれたこと自体
途上国から見れば、とても恵まれた環境にいることを意味します。
恵まれているからこそ不幸なんだ、
という逆説的主張もあり得ますが、
明日の食事すら食べれるか分からない、
自分の子供が大人になるまで生きられるか分からない、
自分たちの仕事がお金になるか否かも分からない
という物質面での窮乏を前に、
精神面の承認欲求・自己実現が充たされない
という不満はあまりにも小さいです。
私自身も、世界に貢献するという大それた話はできません。
ただ、試験に合格できた、という分かりやすい恩恵が
他の人の苦悩と引き換えに出来上がっている、
という構図は頭の片隅にとどめておいて
日々を過ごしていって欲しい、と思ったりしました。
 
この話は、例えるなら、
結婚式の御祝のスピーチを頼まれたときに、
実は夫の方は再婚だよ、という暴露をして、
その上で、結婚しても3分の1は離婚する今の日本で、
彼は再度、3分の2を目指そうとしているのだから偉い
とかいう話をする位、KYで怖いな、と思ったので、
結局、できまんでした。
文字にすると、少しはニュアンスが伝わるかな、と
思って書いてみました。
明日の関西の祝賀会では、無難な話をしますので、どうかよろしく。

Average is Over=大格差

LECの朝礼で軽く話をしました。
Tyler Cowen氏の「Average is Over」の翻訳本
大格差、の感想です。
 
まず、日本語の題名について突っ込んでおきます。
2011年に、長期停滞論の代表作として出版された
「大停滞」は原題が「The Great Stagnation」で
素直な和訳でした。
日本語の副題は特になく、帯には
「経済成長の源泉は失われたのか?」
とあったので、原書の副題である
「How America Ate All the Low-Hanging Fruit of Modern History,
Got Sick, and Will(Eventually) Feel Better」
とそれなりに近い内容でした。
 
これに対して、「大格差」の方は
Average is Over、つまり、平均たる
中間層が消滅した、という点では「格差」論と
多少の繋がりはあるものの、原書の副題が
「Powering America Beyond the Age of the Great Stagnation」
という風に、前作を踏まえて、
アメリカがStagnationをどのように乗り越えるか
という社会(個人ベースでは働き方、教育、住まい等)
の在り方を論じる、という方向性であるのに対して、
日本語版では、副題として
「機械の知能は仕事と所得をどう変えるか」
とあり、さらに帯では
「テクノロジー失業」に陥らないために
と書かれていて、個人の危機感に訴えて、
ビジネス書・自己啓発本に近い感じの、
「生き残るにはこれを読め!」的な方向性になっているのが
少し気になりました。
 
この本をしっかりと読み解くには、
「大停滞」よりも、Erik Brynjolfsson&Erik Brynjolfsson
による「機械との競争(Race against the Machine)」を
事前に読むべきです。
もしくは、ネットで、「フリースタイル・チェス」と検索して
機械(プログラム・アルゴリズム)と人間との協働
について、少しイメージを持ってから
「大格差」を読むと、内容がスムーズに入ってきやすいです。
 
すでに、医療現場では、IBMが開発したAIのワトソンを
患者への問診に活用する例があり、
また、訴訟ではディスカバリーの手続きにおいて、
社内の膨大なメール情報に対して、一定のアルゴリズムによって
事件に関係あるものを選び出し、その後、弁護士がチェックする
eディスカバリーが主流になっています。
 
本書では、チェスの例を典型例として、
以下のような段階を経る、と予測されています。
 
1.機械は杓子定規で、全く価値を生まない
 ↓
優れた機械・プログラムへの投資は続く
 ↓
2.それぞれの分野の専門家(熟練者)が
 機械と協力し、機械にできないことを補う
 ↓
プログラムがより改良される
 ↓
3.当該分野の専門知識を最低限しか持っていない人でも、
 機械とうまく組むことができる人(情報処理の専門家が
 ある分野の最低限の専門知識を身に付けた場合)が
 機械と組んで、熟練者を上回る価値を生み出す
 ↓
さらに機械・プログラムが進歩する
 ↓
4.人間の助けなしで、機械が十分に高い性能を発揮する
 
チェスの場合には、「4.」の段階まで来ているものの、
コンピュータ対コンピュータの試合では
それほど人気が集まらず、
人間のプレーヤーが持つ感情の起伏や
何らかのストーリーがミックスされて初めて
視聴者の関心をひくことができる、という段階に来ているそうです。
 
前述の医療現場やeディスカバリーは「2.」の段階です。
「3.」の段階まで進んだ場合、熟練者の価値も下がってしまい、
必要となるのは、機械との協働を上手にできる人材だけとなります。
現状の経済社会ですら、チームで動くことができない人は
「限界生産力ゼロ」(その人を新たに雇っても付加価値を生まない)
と評価されているのに、「3.」の段階では、
専門職であっても、機械がどう動くかを把握できない人は
雇用から排除される、との未来予想が展開されます。
 
最終章では、15%の超富裕層(※)
とその他大勢に分かれた社会像について
・財政難によって社会保障が削減され
・実質賃金が減る中、生活費、特に家賃が
安く済む場所に人が集まり
・娯楽もあまりお金を使わないもの
(ネット上のフリーゲームやHulu)が流行り、
・政治的には保守・現状維持がますます主流に
という未来像が描かれます。
この姿は、少子高齢化によっても加速するとされるので、
日本がアメリカよりも先んじて、この姿に突入する
危険性は大いにあります。
 
※格差が広がっている、と聞くと
 「オキュパイ・ウォール街」運動のように、
 たった1%が超富裕層、というイメージになりますが、
 機械を使いこなせる人は、金融業界で運よく荒稼ぎできた人や
 一握りのITベンチャーでの成功者よりは多いと思われるので、
 超富裕層は、比率としては15%(ただしアメリカ国内で)
 になると予測されています。この意味からも「大格差」という
 題名はイマイチだと思ったりします。
 
第9章のオンライン教育の話が
全体の中では浮いている感じになってしまうのですが、
別の機会で、この部分については扱いたいと思います。
 
とりあえず、第1〜3章の【超実力社会の到来】は
本田由紀さんの<ハイパー・メリトクラシー>論にも
通じる部分があり、今の大学生・20代にぜひ読んで欲しいです。

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