|
今日、東京青年会議所と
NPO法人YouthCreate、中野区選挙管理委員会の共催にて
中野区立中野中学校にて
模擬選挙を中学3年生に経験してもらう
授業を行いました。
中身はYouthCreate代表の原田謙介さんに
考えてもらい、全体司会も原田さんにお願いしました。
彼が中3向けに説明したスライドの中で、
「街・社会」を一番外側の円として、
その内側に「政治」を、そして
さらに内側、一番小さい円で「選挙」を図示したものがありました。
ちなみに、「家族」を一番小さい円にして、
次に「地域」を外側で囲むように円にして、
その後、「社会」「国家」が外側の円として登場するモデル
を見たことがあるかもしれません。
これは、子供が自分と他者を峻別する際の
発達モデルとして考えられているものであり、
乳児期は家族との接点だけであったのが、
公園デビューとか保育園とか、段々と地域とも触れ合い、
その後、学校という「社会」で人間関係を作っていく、
という段階を指しているにすぎません。
これを無理やり道徳教育などに応用して、
家族間の愛情や、地域愛・郷土愛を持つことが
愛国心に繋がり、国民の一体感・連帯感を生み出す
考え方は飛躍し過ぎで、要注意です。
さて、原田さんが示した図は、
「政治」が自分たちの生活を離れたところにあるのではなく、
街や社会がどうあるべきかを決めるのが「政治」であり、
民主主義の場合には、「選挙」によって
「政治」を実際に担う人を選ぶことになるが、
それは「政治」の一部に過ぎず、
街・社会の観点からは「選挙」を離れた場所でも
「政治」の一環として、皆で討議して決めていく事柄も多いよ、
という話です。
このスライドの後、今回の模擬選挙の例である
<公園整備のために750万円の予算があって、
その予算の使い道について3人の候補者・考えから
1つを選んでもらう>の紹介に移りました。
①親子で楽しむことができる公園(芝生や樹木、テーブル付きベンチを整備)、
②夜までスポーツができる公園(ナイター設備付きのグラウンドを整備)、
③防災に強い公園(太陽光発電の照明、防災トイレ、飲料などの備蓄)
という3つの案で、
中学3年生であれば②が多くなるかな、という
事前予想を持っていましたが、
5限に行ったクラスでは③が、
6限の方では②がそれぞれ最多票でした。
①を発表した候補者役は一番若い女性で、
中3の、特に女子生徒の支持を集めるのでは、
という予想もあったのですが、
中3だと、すでに家族で公園に行くシチュエーションが
想像できなくなっていて、
30年の間には7割以上の確率で来ると言われている震災か、
身近に利益が実感できるスポーツか、
いずれかに分かれました。
最後の締めとして、原田さんからは
1.同じ学校に通う3年生、という比較的同質なグループですら
3つの案で票が分かれることを実感してもらい、
2.その上で、実際に公園整備を決める際には
周辺住民、子育て世代、高齢者など
中学生とは全く異なる利害を持った人も登場してくること、
3.そういった多様な意見を調整していくのが「政治」であり、
4.さらに、「選挙」では、1つの公園整備という単一論点ではないこと、
例えば、中野区の予算だけを考えても年間1300億円
(実際には、義務的経費も多いので、議会等で自由に決めることが
出来る金額はこの2割程度だが)もあり、
様々な政策のパッケージから選んでいくので、
誰に投票すればよいか悩むと思うが、それでも投票はして欲しいこと
等をメッセージとして伝え、
3年後(区長選)ないし4年後(統一地方選で区議選)で
投票権を得ることになる中3に対し、
だいぶ先ではあるものの、3、4年後、何かのきっかけで
思い出して、投票に行って欲しい、という想いで行った授業でした。
先日(16日)、東京JCの例会で、
ショーン・K氏の講演を聞く機会がありました。
この例会では、来年から投票権年齢が18歳になること
を踏まえて、18歳、19歳に選挙へ行ってもらうための説得として
以下のように、政策を商品、有権者を消費者に対応させて
説明していました。
曰く、候補者が当選するには、自分の政策(商品)を
より多くの有権者(消費者)に認めて(買って)もらう必要がある。
ある選挙区で、60歳以上が100人、20代・30代も100人いるが、
20代・30代はそもそも投票に来ないので、
実際に消費者としてカウントできるのは30人しかいない。
他方、60歳以上は70人が買いに来てくれる。
この状況を放置すれば、高齢者寄りの政策が出来上がるのは必然であり、
今回、18歳・19歳の投票権が認められて
新たな消費者が市場に出てきたのだから、
この人たちが投票に行って、若い人向けの商品作りに
目を向けさせることが必要であり、その意味で、
20代・30代は18歳・19歳の投票率を上げることについて
利益を共にするのだ、という話でした。
この話は分かりやすいのですが、
小選挙区での選挙戦術の話まで踏み込んでくれると
無党派・浮動票の存在がいかに重要か、
がより説得的になったと思います。
以前(だいぶ前)の記事でも書いた覚えがありますが、
そもそも、小選挙区の場合、
立候補者は無制限に多くの票を得ようとするのではなく、
ここまで獲得すれば当選できるだろう、
という票数を狙いに行きます。
下手に、多方面に約束をして票をもらってしまうと
当選後に、自身の議員活動に制約が生じるからです。
有権者を細切れに分析し、
自己の政策・スタンスに近い層(後援会等)から スタートして、支持層を順に積み上げて、 当選に必要な最低ギリギリの票数を 得ようとするのが、合理的な戦術となります。 もちろん、実際にはギリギリでは怖いので、
そこから「ある程度」積み上げるために、
いつもの支持者層以外にも目を向けていくわけですが、
ここで、前回の選挙よりも
浮動票が多くなる、という予想があれば、
上記のセグメント戦術が通用しなくなる危険性が高まるので、
多くの利害を調整できるよう奔走することになります。
つまり、18歳・19歳投票権が上がるという予想を広めることができれば、
選挙活動は活発になり、結果、若い人の関心も高まり、
本当に投票率が上がる、という「予言の自己成就」となります。
先ほどの商品・消費者の例えに加えて、
小選挙区における選挙戦術(中選挙区でもある程度は妥当)
の話を加えると、効果が増すと思います。
来年18歳になる方が身近にいる場合には、ぜひ使ってみて下さい。
|
教育問題全般
[ リスト | 詳細 ]
|
社労士会が発行している機関紙
「月刊 社労士」では、童門冬二氏が
<歴史から読み取るビジネスマネジメント>
をテーマに、連載コラムを書いておられます。
毎回、このコラムには気付かされることが多く、
今回は、吉田松陰がやくざを社会復帰させたエピソード
が紹介されていました。
吉田松陰が外伯父から松下村塾の運営を
引き継いだ際に、表面的には
長州藩の改革や日本の変革、といった
憂国の志士を鍛えていくことを宣言はしていたものの、
従前行なわれていた、
萩城への就職の世話や、城内での身分向上・給与引き上げ
への指南といった、就活予備校としての機能を
急に捨て去ったわけではなかったようです。
家が商家であるのに、継ぐことを嫌って
城下町の暴れ者たちと付き合っていた溝三郎という者が
松下村塾に入会してきて、商家を継がない理由として
「人に頭を下げるのがイヤだ。親父は朝から晩まで
客にペコペコおじぎをしています。」
と述べ、「医者になりたいです。医者なら人から尊敬され、
ペコペコしないですみます。」
と入門の動機を語ったところ、松蔭は、やんわりと
嗜めて、以下のように述べたそうです。
「城下町の医者の中には、商人以上に
権力者や金持ちにペコペコしている者がいる。
大事なことは貧しくても人から物を盗まないことであり、
苦しくても自分を失わずに信じることだ。
きみのお父さんが客に頭を下げるのは感謝の気持ちであって、
決しておべっかではないよ。
物を買ってもらったお金できみの家の生活ができる。
頭を下げるのが人間の礼儀というものだ。
溝三郎君、家業を継ぎたまえ。そして、きみがお客に
頭を下げる時には、へつらいではなく、
感謝の気持ちだと思いたまえ。
いますぐは無理だと思うのなら、しばらく
この村塾にいたまえ。そして、学友達から
そういう気持ちになる分別を学びたまえ」
一方で日本の行く末を案じつつ、
他方で、商家を継ぐ道を強く語ることができる、
そういいうオールラウンドな面が教育者には必要なのだ、
と改めて感じた次第です。
ちなみに、このコラムを読んで
「てんびんの詩」という映画を思い出しました。
公式サイトで、第1部から第3部まで、
全て映像が公開されています。
|
|
LECの受講料は高いね、という話題に対して
最近、話をしているのは、
小学校や中学校の夏合宿の価格です。
早稲田アカデミーが中学3年生340人から
預かっていたスマートフォンや財布などが
盗まれた、というニュースがかなり話題になりましたが、
早稲田塾が志賀高原で毎年行っている合宿は
業界的にかなり有名で、
子供たちがハチマキを巻いて「頑張るぞ、オー」
と拳を突き上げる開校式が行われたりします。
⇒詳細はこちら(※いきなり動画が始まり
開校式の掛け声の音声が流れるので、注意を)
私も小学生時代、この手の合宿に
参加した記憶がありますが、
プログラムはあまり変わっていないようです。
魚つかみどり、バーベキュー、キャンプファイヤー
といった遊びも少しあるものの、
4日間で3時間授業×6=18時間の勉強時間が
組まれています。
受講料は塾生でも5万9000円。
バス移動、食事・宿泊が付いているとはいえ、
1日15000円、講義時間だけで割ると3000円/時間は
かなり高いと思います。
「学力の経済学」(中村牧子著)という本や、
「幼児教育の経済学」(ノーベル経済学賞を
とった学者が書いている)などで
非認知能力(我慢する能力・自分を律する力、
粘り強さ等)を高めることが大事であり、
就学前の教育こそ、費用対効果が最も高い
という話が普及しつつありますが、
自分の子供を見た時に、
仮に、その手の非認知能力が低かったら、
どういう行動を採るか、は非常に悩ましいです。
1.再度、しつけをやり直す
(=非認知能力を高めるよう生活習慣から改める)
又は
2.IQテスト等で測れる認知能力を高める
(=計算力、国語力などを鍛えつつ、知識インプットも行う)
のうち、2.を選択する保護者が一定数いるからこそ、
この手の夏合宿は人数が集まるのだと思います。
とすると、幼児期を過ぎても、非認知能力を
個々の家庭で高めることができる手法を
広め、かつ、小学校高学年以降でも手遅れではない
(=学びの習慣・態度が改善される)、
という状況を作りだすことができれば、
時間に余裕がある(すなわち、
時間当たり収入が夏合宿受講料に比して
相対的に低い)家庭が、1.を選択し、
かつ、その子供の学力は向上するので、
貧困の連鎖を軽減できることになります。
もちろん、この施策は塾業界を敵に回す結果となり、
抵抗勢力も多く出てくるでしょう。
しかし、法科大学院制度を導入した結果、
司法試験の予備校マーケットを大きく潰すことができた
文科省なら、今回も可能であろう、と期待する今日この頃です。
|
|
日経ビジネスでコラム「ア・ピース・オブ・警句」
を連載している小田嶋隆氏が、7日付けで
ネット上に書いていた記事を紹介します。
参議院議員・中川雅治氏が自身のHPで
教育鼎談と称して、他の国会議員と共に
いじめ問題に関して語り合った際の対談内容
について書かれています。
詳しくは、小田嶋氏の記事で読んで欲しいですが、
政治家になろうとする人、そして
実際に選挙を勝ち抜ける人は、強者・マッチョであり、
「いじめ」の被害者になったことは勿論なく、
被害者の気持ちを少し考えたことはあったとしても、
自分とは違う人種だ、みたいな感じで
他人事として捉えてしまう人が大半、
であるのに、いじめ問題の解決法が
国会で議論されている、という矛盾は
他の様々な問題にも当てはまる、構造的問題です。
立憲民主主義と多数決民主主義の違いとして、
立憲民主主義は多数決の横暴から
少数者の人権・自由を保障する仕組みだ、
と言われることが多いですが、
憲法の条文レベルで守ってみても、
立法を担当する国会議員や、
行政を主管する文部科学省の官僚が
強者の側の人間ばっかりだったら、
憲法は単なる空文になってしまいます。
そもそも、この手の発言をネット上に
載せたら大変な騒ぎになる、という感度が
秘書に欠けている時点で、
本人はもちろん、周囲の能力にも疑問が持たれます。
政治とカネの問題において、
「政治家がクリーンだ」とナイーブに
信じている人は少ないものの、
ザル法である政治資金規正法の網さえ
逃れられないような才覚の人を
財務担当にしている時点で、
人を見る目、危機管理能力が足りないのでは、
という危惧を持たれて、政治家失格と言われる
という構図に近いです。
ということで、来年の今ごろまで
この話を覚えている人は少ないとは思いますが、
一応、中川参議院議員の改選は来年で、
選挙区は東京都です。
こういう話を聞くたびに、投票率を上げるために、
ネガティブ投票制度(当選させたい人に1票を投じる代わりに、
この人だけは嫌、という人にマイナス0.5票を投じてよい、とする)
を採用すればよいのに、と思う今日この頃です。
|
|
教育問題の中で、高等教育、特に
大学の学部カリキュラムのあり方や、
学長のリーダーシップ(教授会のあり方)、
教員の人事制度(採用プロセスや、任期付き・無しの区別)
などは分かりくく、あまり世間の関心を集めにくいですが、
日経新聞は、他の全国紙に比べて
この論点を厚めに報道しています。
5日の日経29面(大学)でも、
関西大学名誉教授の竹内洋氏
(京都大学の教育学部長などを歴任)の
インタビュー記事が載っていました。
インタビューの冒頭、
今回の文部科学省による通知を、
明治12年(1879年)に、伊藤博文が「教育議」の中で
学問は実用を期すことが大切で、
科学技術に専念すべき、と説いたことを紹介し、
明治初期の富国強兵政策と同様に、
現代の日本も、グローバル競争を生き抜くために
実用主義、科学技術(理系)信奉が過剰に増えているのでは、
との危惧を述べています。
他にも、多様な論点が問答形式で登場します。
曰く
①文系学部は「長い目で見て社会に必要」ではなく、
「今すぐ必要」なはず。
健全な批評や洞察のための『知』は必要。
日本の法学部では法律だけを学ぶのではなく、
政治や哲学も学ぶことができる。
様々な視点で物事を見る力を育てるようになっている。
②文科省は、国が推進するプロジェクトに補助金を
付ける傾向が強くなっており、教員が取り組む改革も、
実際の成果よりも、補助金を得るための作文が重要になっている。
かつての社会主義計画経済のようになっている。
(文系軽視の文科省通知に対して、以前、
佐和隆光氏が答えていたインタビューでも、
一党独裁のソ連や中国では、理系出身の人が国のトップとなるが、
多党制で、利害調整を民主的プロセスで行なう国では、
多くの場合、文系出身者が政治家となり、トップとなることが多い、
と指摘していました。理系の発想で国家運営することは、
ハイエクが『隷従への道』で問題提起した、
過度の計画化に陥る危険性がある、という話に近いです)
③限られた財源を効率的に使うための改革、
という意見があるが、そもそも文系学部にはお金が
掛からないので、予算制約は改革の理由にならない。
④大学自らが取り組む改革として、
研究業績一辺倒となっている教員評価を変えて、
教育重視を選ぶ教員・学部を許容するシステムにすべき、
という教育中心大学(現状の中下位の大学は、すでに
この方向で、「面倒見の良い大学」というポジショニングを争っていますが)
を正面から認めるよう教員採用・評価の制度を作るべき、
とも主張しています。
実際の大学教育(=学生の基礎学力の低下、
卒業後の目標の無さ・低さ、
研究ばかりを重視して教育を軽視する教員の存在など)
を無視している部分はあるにせよ、
仰っていることは正論であり、
大学自らが存在意義を見直し、上から、ではない
改革をしていく必要性が論じられています。
|
