反町雄彦のリーガルダンク!

資格取得やスキルアップを目指す人に役立つ情報をお届け!

教育問題全般

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
リケジョという報道の仕方はおかしい、
という記事を2月1日に書いてから、
早くも2ヶ月近くが過ぎようとしていますが、
STAP細胞は、マスコミが一気に持ち上げて落とす、
というジェットコースターを久しぶりに見たな、
と改めて、世間の怖さを感じる今日この頃です。
 
この問題について、東京大学医科学研究所の
公共政策分野、という理系と文系の架橋的な部署が
書いているブログが面白かったので、
紹介しつつ、文系・理系について、書いてみようと思います。
(ブログのリンク先はこちら
 
武藤氏は、この騒動に関する論点として
①理系論文では、方法論の部分にだけ重点が置かれ、
 なぜ、その研究をしているか、という「背景」「目的」への
 労力・評価が、文系の論文に比して相対的に小さい
 (そのため、論文のコピペが罪悪感なく行なわれたのではないか)
②再生医療という、実利と結びついた予算配分や
 国・組織の指導が、(成果の不確実な)科学へ歪みを
 もたらしているのではないか
③ES細胞やiPS細胞のように、新しく万能な何か
 (小保方さんのプレゼンの中でも、不老長寿や
 アンチエイジングも将来的には可能、といった話が
 出てきたように記憶しています)を生み出すことについて
 科学者を過度に魅了する「魔の差し方」があるのでははないか
という3点を指摘されていて、
文系と理系の両方を知っている方でないと
出てこない視点だな、と印象に残りました。
 
文系と言うと、歴史や国語・英語を、
理系と言うと、数学や科学(物理・化学)を両極端なものとして
イメージされがちですが、
例えば、心理学は、実験を行なって
人の心の動きを知る、という点では理系ですし、
宗教や社会の成り立ちと関連付けて
分析する場合には文系的です。
 
麻生川静男氏(彼のブログは「限りなき知の探訪」
という名前に相応しい、膨大な情報量です)による
リベラルアーツの整理によると、
文系(芸術も含む)と理系、という切り口に加えて、
思弁的vs経験的という分類がされます。
 
例えば、音楽・絵画、宗教、哲学、文学と
建築・工芸、民俗学、考古学を比較した場合、
前者は思弁的(感覚に訴える部分が大きい)であり、
後者は経験的(証拠を積み重ねていく)とされます。
法学・歴史・経済学は微妙なところですが、
麻生川氏の分類によれば、
法学はどちらかといえば思弁的、
経済学はどちからといえば経験的、とされます。
法学の場合、趣旨(哲学が絡む)をどう考えるかで
解釈が大きく変わってきますし、
経済学は、実験はできないとはいえ、
実証的に、こういう場面ではこういう理論で
物価が上がったとか、失業率が下がったとか
考えることができるので、証拠に基づく経験的な部分が多い、
と言えます。
 
理系においては、思弁的の典型として数学があり、
経験的な典型例は、工学、農学、化学とされます。
 
リベラルアーツを考える際に、
上記の分類に従って、下記4つの分野に集約するのが
麻生川氏の考えです。
・技の洗練&美の創造(芸術・工芸)
・人間の心の仕組み(哲学、宗教など。歴史も入る?)
・人間社会の仕組み(民俗学、法学、経済学)
・自然界の仕組みと自然の利用
 (工学や数学・物理の専門に入るのではなく、
 科学史や技術史が重要、と述べています)
 
道具に見るアナログとデジタル
(柄杓はアナログで、じょうろはデジタル、
帯はアナログで、ベルトはデジタル、
箸はアナログで、フォークはデジタル)、
そして、部品が数百万点、1000万点近くある製品
(航空機やスペースシャトル)になると、
部品1つ1つを精密に仕上げるよりも
複雑なシステムの全体設計をして、
システム的に全体の信頼度を高めていく、
という作業が日本人は不得意である、
という分析があって、これについては、
どこかでしっかりと感想を書きたいのですが、
別の機会にとっておきます。

日本の政治参画意識

遅ればせながら、先週(12日)に行われた、
東京青年会議所の3月例会
「日本の政治参画意識を高めよう」
について、書いてみます。
⇒当日の委員長プレゼンの資料と、
オープニング動画(=JCが行ってきた
公開討論会の集大成)をこちらから
見ることができます。
 
何度か、このブログでも書いていますが、
40歳定年制の青年会議所に所属しており、
特に、政治系の企画(選挙の公開討論会など)に
関わっています。
この3月例会は
今回の都知事選において、ネット系のメディアが
告示日後に、共同記者会見の拡大版として
有力候補者を一堂に集めた
公開討論会のネット中継が可能になった
(公職選挙法上、問題なし、として
選挙管理委員会がOKを出した)ことに伴って、
JCが告示日前に来場型&ネット配信で行ってきた
公開討論会が、いったん社会的使命を終えた、
とも言える状況になったことを踏まえ、
社会変革運動を次のステージへ進めよう、
という問題意識からスタートしています。
 
来場型の公開討論会では、
「青年」会議所の名前に反し、
60代以上の高齢者層が集まることが多く、
もともとの関心が高い層にしか情報提供できていない、
という問題点がありました。
政治への関心・興味が少ない層を巻き込む動きは、
昨年夏の参院選・公開討論会において、
ニコファーレ発の討論会と同時並行で
秋葉原においてメイド喫茶の方々と連携して
来場型の討論会を開催する(「ガチ論。」)等、
試みはしてきましたが、
なぜ政治について考える必要があるのか
という必要性から説いていくには時間がかかりすぎ、
巻き込みは非常に困難でした。
 
やはり、若年層の意識を高めるには、
中学校・高校での授業内容に
政治教育を盛り込むことが必要、というのが
私たちの結論です。
 
しかし、これは文部科学省の指導や
国会が教育基本法の改正のような
行政・立法による(上からの)改革ではなく、
私学を中心とする、草の根レベルでの
導入・実施から活動を広げていくべきです。
もちろん、選挙権の年齢を18歳に引き下げたり、
公職選挙法を改正して、戸別訪問や
未成年者の選挙運動への参加を解禁する等、
若者の政治参加を妨げているハードルを
下げる方向での法改正も求めていきますが、
選挙に関する法改正は非常に困難(※)なので、
国の動きを待つのではなく、社会の動き・要請を
まず盛り上げていって、結果的に、
公職選挙法が改正させていく、という順序
(ネット選挙解禁も、この順序)になります。
 
※現状のルールで勝っている人たちに
 新規参入のチャンスを増やす改正をする
 インセンティブは基本的に存在しないので。
 
スクリーン資料を見ていただくと、
(架空の選挙ではなく、実際の選挙を
題材に、候補者や政党の政策を比較検討して
投票してもらう)模擬投票を、
学校の正規カリキュラムとして実施することを
全国的に広げるのが最初の目標です。
もちろん、単に多数決をすればよいのではなく、
投票の前提として、異なる立場の意見を
討論する(会議)が重要です。
 
例会の第1部では、
乙武洋匡氏のコーディネートの下、
オバマ大統領の選挙活動を研究している
海野素央教授、
NPO法人YouthCreate代表の原田謙介氏、
そして、「こども国会」の事務局長をしている
今井宥里さんが、若者の政治への関心を
高めるにはどうすればよいか、議論しました。
 
海野教授の話の中で、
オバマ陣営が若者を巻き込む際に、
傾聴を主としていたこと、つまり、
自分たちの政策を発信するよりも、
まずは、相手が何に悩んでいて、どうしたら
より良い生活を送れると思っているか、
現場のニーズを聞いていくこと、
その上で、そのニーズと政策との接点を
語りかけていく手法を採った、
という話が印象的でした。
政治の世界は、マーケティングが機能していない
最後の未開拓地だ、という話を思い出しました。
 
政治に関心を持つ、最初のきっかけとしては
親との会話が重要であり、その意味では
学校で、国語や算数、歴史、理科を教えるのと
同じ位、日本の政治システムや、
民主主義の歴史、議会と首長の関係などを
中学校のカリキュラムに入れて、
かつ、親や地域の人から話を聞く、という
アクションを生徒たちに課していくことも大事です。
 
家庭によっては、学校の授業と関係なく、
そういう「政治」の話が親子で交わされることが
奇異なことではなく、
子供の将来にとって、キャリア教育以上に重要、
と思う今日この頃です。

泣く子と新幹線

BLOGOSでは1月7日付けの記事で、
AERAでは27日発刊の2月3日付けで
扱われた、という「時差」が
ネットと紙の将来を感じさせます。
 
題材となったのは、新幹線内で
泣いている子どもに対して、
フローレンスの駒崎氏の隣にいた女性が
「うるせーな」と言いながら、舌打ちしていた、
と駒崎氏がツイートしたところ、
堀江貴文さんが、ツイート上で反応し
・泣いている子に舌打ち位はいいんじゃない
・(アメリカでは子どもに睡眠薬を使うこともある、
とのツイートに対して)それいいね
・子どもを泣かせるのは保護者の責任
といった内容を書き込み、「炎上」した、という話です。
※ちなみに、「子供」ではなく「子ども」という
 表記を貫いているのは、朝日新聞っぽいな、と思います。
 
「人様に迷惑をかけない教」という
タイトルを掲げることで、
周囲に気を使い過ぎることで、逆に
子育てのハードルを高めてしまっている現状への
問題提起を端的に行っています。
(この記事を読んで思い出したのは、
「自立っていうのは、他人にうまく迷惑を
かけることができるようになること」という言葉です)
 
様々な考え方があることについては
関連情報をリンクで飛ばすことによって
担保しています。
 
これに対して、AERA記事は、その紙面上で
情報を完結させる必要があるので、
タイトルで「心セマ度」という言葉を使い、
また、駒崎さんのコメントとして
「親ががんばれば子どもはなんでも
言うことを聞くという前提があるようですが
(中略)認識の欠如があるのでは」
と紹介しつつも、
最後のところでは
「泣く子どもにいらいらする周りの気持ちも、
子どもを乗り物に乗せざるを得ない親の気持ち
も両方わかる」という人を登場させて、
・乳児のうちから社会に溶け込ませることで、
 子どもも「場を読む」力が身に着く(ママ)
・子連れ親も、周囲の人へ一声かけたり、会釈したり
 といったコミュニケーション(気遣い)をすべき
であって、「お互いに少しずつ歩み寄りながら
やっていけば」という、中立的な結論で終えています。
 
私も、子供を特急や新幹線に乗せる際に、
グリーン車が空いていれば、
グリーン車を選ぶようにしています。
もちろん、移動中でも(というか、
新幹線の中が一番集中できる、という人が
かなり多い)仕事をしよう、という人が
グリーン車を選んでおり、場合によっては
社費ではなく、ポケットマネーで差額を払っている人もいるので、
子供が騒ぎ始めた場合には、
外に出て何とかしようとします。
 
グリーン車なんて贅沢だ、という声もあると思いますが、
新幹線内では酒盛りが行われることも多く、
その横に乳児を座らせるのは嫌だ、という気持ちが強いです。
その結果、静かな環境を得ようと追加料金まで
払った人に、子供の泣き声を聞かせてしまうことがあり得るのは
申し訳なくは思いますが、
駒崎氏も言うように、どうしようもないケースもある
(叱っても、火に油を注ぐだけ)ので、
最終的にはケースバイケースではありますが、
親がすまなそうにしていて(内心はどうであれ、少なくとも外形上)、
かつ、何らか泣き声を抑えようと努力していれば、
温かく見守って欲しい、と願うところです。
新年初の投稿です。
家庭優先で、空き時間は読書、
そして、休み明けからは、後述のようにJC活動が
入ったため、投稿できずにいましたが、
今日は、この投稿をはじめ、一気に5件ほど書きます
(日時指定ができるので、1、3、5、7、そして8日の記事とします)。
 
さて、タイトルにもあるように、
来月9日に投開票が行なわれる
東京都知事選挙の公開討論会のお知らせです。
 
若年層の投票率(政治への関心)向上を目指す
NPO法人YouthCreateの原田謙介さんも
Yahoo!記事で書いていましたが、
3年間で3回も選挙が行なわれる、という異例の事態であるものの、
今回の選挙は、過去2回とは異なり、
今後の都政をどうするのか、に有権者の関心を絞って
候補者の政策を判断していくことが可能な選挙です。
 
2011年は震災直後の選挙(4月)で、
現職の石原氏は、災害(原発事故後の混乱で、
東京都の浄水場から放射能物質が検出されたり、
といった事件もありました)対策を優先し、
都政の刷新を訴える有力候補がいたものの、
新銀行東京の問題や、都市インフラの整備、
急速に進む高齢化への備え、待機児童問題等の、
中身の議論が盛り上がらないまま、
石原氏の続投が決まりました。
 
2012年は、自民党の政権復帰となるか、
という政権選択の衆議院議員総選挙と同日での実施となったため、
13年間に及ぶ石原都政の振り返り、評価は
ほとんどされないまま、猪瀬氏が最多得票数で
当選してしまう、という状況でした。
 
今回は、2020年のオリンピック招致が決まっている中、
①期限を明確にした上でのインフラ整備
 (バリアフリー等のハード面はもちろん、
 障がい者や外国人への対応のソフト面も)
及び
②今後、急速に進む高齢化や
 首都直下地震への備え等、
 短期と長期の対策をバランスよく実施すべき案件
が山積みで、誰が行政のトップに立つのか
は非常に重要です。
 
特定の候補者を攻撃する意図はありませんが、
秘密保護法の問題点や、
安倍首相の靖国参拝に対する中韓からの反発への対応
(歴史認識、アジア外交)など、
国家全体の問題を、今回の選挙の争点として
取り上げるのはおかしいと思います。
 
東京青年会議所では、
「後出しジャンケン」が有権者本位の行動ではない、
という批判の意も込めて、
かなり早い時期ではありますが、
来週火曜(14日)の昼1時から
東京ドームホテルにて、公開討論会を開催します。
 
誰が出演するのか、お答えできる段階ではありませんが、
JCらしく、若者目線から
討論会の中身を組み立てていきます。
つまり、この討論会を聞いた20代・30代の人が、
政治・行政によって、自分たちのキャリア・生活がどう変わるのか、
がイメージできるような内容です。
 
例えば、昨年11月に東京都のホームページで
では、TOKYO就活スタイルなるものが
提唱されています。また、
「多様なライフスタイルの選択をささえる」という言い回しも登場します。
就職活動が激化する背景には、
正社員と非正規の格差、流動性の無さ、という問題があります。
就活スタイル、という言い方と
多様なライフスタイルの許容との間には緊張関係がある、
という感覚を持っているか否かが現れるような質問にしたい
と考えています。
土曜の記事で書けなかった
続き、です。
 
<19日>
劇作家の平田オリザ氏の
インタビュー記事。
「会話と対話の区別」から話が始まり、
演劇のワークショップや、
サイエンスカフェ方式の討論の場を
大学の授業に取り組んでいる、という実践、
最後は、大学での教育(教養教育)と就職との関係
についての持論、という構成。
 
会話と対話の区別は、
「安心社会」と「信頼社会」の対比に近い
説明で、会話は親しい人同士、阿吽の呼吸が
通じるような間でのおしゃべり。
これに対し、対話は、異なる価値観を持った者同士が
違いをすり合わせるもの、と定義。
よく言われることですが、
国際社会で求められる説明能力は、
この「対話」能力なので
英語で仕事、という場合には
英単語、英会話フレーズ以前に、
相手の価値観・文化への関心を持って、
互いの違いを理解した上で共通の基盤・目的・利益
を探るため質問の技法を身に付ける必要があります。
 
その意味で、演劇は
ロールプレイ・感情移入が要求され、
かつ、対話(議論)の対象が
演技という「目に見える」ものであるので、
法律や経済のような抽象的概念とは違って、
「ここを変えると、こうなる」という
シミュレーションがしやすく
自分の意見を言いやすいので、
「対話」の訓練には最適だと思います。
 
インタビューの最後で、
職業人が授業に来て経験談を話す
「実践的キャリア教育」について
 
成功体験を振りかざすオヤジの
説教を聞かされるだけに終わる。
現場ではそれは通用しないよ、と。
様々な夢を持つ若者に、
人生を閉じるような教育をしている。
 
と述べている点も印象に残りました。
 
実社会での体験・経験に基づく話は
どこに焦点を合わせるかによって
見えてくる風景が違ってきますし、
理論通りである場面も
整合しない点も両方あります。
大学で講義をする以上は、
実務家教員であっても、
理論と実際の架橋になるような内容を
講義すべき、という大原則を無視してしまう人が多い
のは悲しいことですが、現実です。
 
とはいえ、進路に悩む時期にこそ
教養教育、というのは
悩みをさらに深刻にさせてしまうので、
私としては反対です。

.
反町 雄彦
反町 雄彦オフィシャルブログ
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

過去の記事一覧


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事