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菅首相は14日の衆議院本会議でシンガンス死刑囚の釈放嘆願書に署名したことについて
「対象の中にシンガンスが入っていたことを十二分に確かめずに署名したことは間違いだった。
従来から反省している」と自民党の菅原一秀氏へ答弁しました。
翌15日の午後、菅直人首相は参院本会議の代表質問で
「A級戦犯合祀の問題から首相や閣僚の公式参拝には問題がある。首相在任中に参拝するつもりはない」と述べました。・・・・・・
しかし、A級戦犯なるものは日本にはいないのではないだろうか。
これも、よく確かめずに発言したことは間違いだったと、後で気づいた時に反省するのでしょうか。
しかし菅はすでに一国の総理大臣です。総理大臣の言葉は重いものです。
菅もやはり鳩山と同じく学ぶことがたくさんあるようです。
菅ばかりではなく他の国会議員にも「○○はA級戦犯ものだ!」と言う時があります。
しかしA級というのは一番悪いという意味ではありません。
今の国会議員というのは残念ながらこの程度なのです。
・・・・・・
昭和20年8月30日。
厚木飛行場にマッカーサーが到着した時に、
「東條を逮捕する。そして早急に戦争犯罪人のリストを作れ」
「戦犯第一号はパールハーバー攻撃の東條内閣の閣僚たちだ」
真珠湾攻撃は東條の仕組んだ先制攻撃だと言わんばかりでした。
しかし実際は当の東條英機が真珠湾攻撃を知ったのは攻撃後のニュースで初めて知りました。
またマッカーサーは自分がフィリピン方面軍司令官の時に日本軍に敗れ、
「アイ・シャル・リターン」と言って逃げた時の復讐のために、
当時司令官だった本間雅晴中将の名前も戦犯に入れました。
こんな感じでA級戦犯という容疑者28名が決まったのです。
しかし来日したソ連の検事団は「我々にも選定させろ」と言いだし、
重光葵と梅津美治郎を無理やり入れました。
ソ連にとっては東京裁判は日露戦争の復讐と考えていました。
しかし、ソ連に対して日本は戦争犯罪がなかったため、
大東亜戦争の起きた1941年以前の日ソの戦い、つまり日ソ間ですでに休戦協定が結ばれていた張鼓峰事件(1938年)やノモンハン事件(1939年)を持ちだして、「日本の侵略だ!」と言いだしました。
このようないい加減な東京裁判でA級戦犯にされた人たちを、
現在も日本人や政治家からも非難され続けています。
戦後、本来であれば日本人自身が国家指導者の責任を追及すべきところ、
東京裁判が行なわれたため、その機会がないまま戦勝国が一方的に裁いて断罪しました。
結果として処刑または受刑した指導者達は判決に甘んじることで、
開戦責任や敗戦責任を負った形となりました。
しかし、独立回復後、我が国は昭和27〜28年の国会において、 彼らを含むすべての戦犯の死は「法務死である」として遺族への年金や恩給を支払うことにしました。
この時点で日本人は国家指導者をさらに重ねて裁くのではなく、
遺族の救済や名誉の回復を行なうことを決めたのです。
昭和28年8月の国会決議は全員一致です。
この事実を後世の我々日本人はしっかりと受け止めるべきです。
国家指導者の政治的責任や道義的責任という問題と慰霊とは別の問題です。 靖国神社にいわゆるA級戦犯が合祀された後に、日本人の中で反対した人はごく少数でした。
昭和53年10月の合祀から60年8月に中国が批判するまでの間は何も問題はありませんでした。
日本人というのはかつて戦争で互いに戦っても、敵国の兵士の墓まで作って弔っていました。 これは「敵を愛する」という武士道の伝統でした。
敵国の兵士をも弔うのですから、自国の指導者に対しては死者に鞭打つことをしないのが日本人です。
墓を暴いて屍肉を食らう支那人とは全く考え方が違います。
また、合祀は厚生省が提出した名簿に基づくもので、 厚生省の名簿は国会の決議や諸外国の承認を踏まえて作成されたものです。
つまり靖国神社がA級戦犯を「戦争による公務死亡者」として合祀したことは法律に基づき、
行政の通知に従って実行したものですから靖国神社が批判を受けるのはおかしなことです。
A級戦犯の合祀を不適当という人は厚生省の名簿への記載や、
その元になっている国会決議を批判すべきです。
我が国は昭和27年4月28日に独立を回復しましたが、
その後、東京裁判を検証してその不当性を明らかにすることをしていません。
そのため日本人自身による主体的な歴史観の回復ができていないのです。
戦後、靖国神社に合祀される人の基準は国会で制定された法律に根拠があります。
昭和27年4月28日に独立を回復すると国会は早速、戦没者遺族援護法及び恩給法と
その関連法を制定しました。これらが靖国合祀の関係法です。
昭和28年8月から国会で、「戦傷病者戦没者遺族等援護法」(遺族援護法)及び「恩給法」の改正が
重ねられました。
当時の国会は「戦犯」とされた人々を国内法上での犯罪者とは見なさないことにしました。
「戦犯」とされた人々の遺族も一般戦没者の遺族と同様に扱うように法規を改正しました。
決定は全会一致です。
31年にかけて改正・整備が行われました。
これらの関係法を根拠に国は元戦犯にも恩給を支払い、
元戦犯の遺族にも年金を支払うなどを行ってきました。
当時の国会が東京裁判で刑死した者を「法務死者」と見なしたことは法的に正しい。
敗戦後、独立を回復するまで、我が国は連合国と戦争状態にありました。
戦闘は停止していましたが、国際法上にいう戦争は継続していました。
つまり東京裁判は戦争状態において行なわれた軍事裁判です。
それゆえ、この裁判で処刑された者は戦争状態において連合国によって生命を奪われた者です。
彼らの死を戦争による公務死としたことは主権独立国家として正当な決定です。
「A級戦犯」も「B・C級」もこの点では変わらないのです。
さらにこれに加えてサンフランシスコ講和条約第11条第2項には、
東京裁判を行った国の過半数の同意を得た場合は「戦犯」を赦免できることになっていました。
我が国はこの規定に基づき、国会で「戦犯」の免責を決議し関係各国に働きかけました。
これにより「A級戦犯」は昭和31年3月末までに、
「B・C級戦犯」は昭和33年5月末までに全員赦免・釈放を勝ち取ったのです。
この釈放により刑死した者の遺族にも恩給が支給されることになりました。
その結果、わが国には、「戦争犯罪人」はいなくなりました。
既に「A級戦犯」は存在しないのです。
・・・・・・
その後、昭和50年8月8月15日に三木武夫首相が靖国神社に参拝する際、
「私人」としての参拝であると表明しました。これによって憲法問題が生じました。
三木の私人表明まで靖国参拝と現行憲法や東京裁判も何も問題ありませんでした。
天皇陛下も歴代首相も靖国に参拝していました。
しかし、ここからおかしくなってきました。
同じ50年の11月21日、昭和天皇が靖国神社の秋の例大祭に参拝されました。
その前日、参議院内閣委員会で日本社会党がこれを問題にします。
追及を受けた吉国一郎内閣法制局長官は、
天皇のご親拝は「憲法第20条第3項の重大な問題になるという考え方である」と答えたのです。
この答弁によって天皇のご親拝が憲法問題になってしまいました。
同項は「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」とあります。
この条項の解釈の問題が解決しないと天皇のご親拝は政治問題となるようになりました。
それ以来、ご親拝は途絶えてしまいました。
天皇がご親拝されなくなった決定的な原因がここにあります。
さらに大きな問題になったのは中曽根首相です。
これは昭和60年に公式参拝をしたことに対して中国が抗議してきたことによります。
中国は合祀からこの時まで約6年間何も言ってきませんでした。
中曽根は中国の抗議で公式参拝をしなくなりました。
一国の最高指導者が外国の内政干渉に屈したのです。
国のために命をささげた英霊たちに、首相が公式参拝をしない、天皇のご親拝もなされない。
国民もそれほど騒がない・・・。
歴代首相が公式参拝を継続していれば、
憲法上の問題は一応解決し、天皇のご親拝もなされるたずです。
外国の内政干渉など毅然とはねのければ、
戦争による公務死者の合祀は国民に定着していったはずです。
この決断と覚悟ができない者が日本の首相になるべきではない。
いつになったら日本の首相は靖国に公式参拝するのだろうか・・・。
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ブログ親友の「さくらの花びら」さんの記事から転載です。マスコミもひた隠しにしている歴史的事実をもう一度おさらいしたいと思います。
国内法では“戦犯”はそんざいしません。
2010/6/16(水) 午前 11:27 [ 敬天愛人 ]
こんにちは。
西郷南洲翁遺訓に
正道を踏み国を以て 斃 ( たお ) るるの精神無くば、外国交際は 全 ( まつた ) かる可からず。彼の強大に萎縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親 却 ( かえつ ) て破れ、終に彼の制を受るに至らん。
この遺訓に尽きると思います。
為政者はこの遺訓が理解できないものは為政者になるべきではないと思います。
日本の国家の行く末は為政者できまるのですから・・
敬愛できる為政者なら国民は従います。
傑作
いつもありがとうございます
2010/6/16(水) 午前 11:49
戦犯=戦争犯罪人
日本にいませんね
それも知らないものが 総理です・・・
日本よ目覚めろ
2010/6/16(水) 午後 0:55 [ 道後 ]
素晴らしい記事です。
もっと、勉強します。
傑作です。
2010/6/16(水) 午後 1:01 [ - ]
わかりやすい説明をありがとうございます。
ものすごく、納得できました。
それにつけても、だらしなかった自民党の首相たちです。
現在のてんぷくの遠因は、まさにここにあります
2010/6/16(水) 午後 2:15 [ かぐやひめ ]
戦後の真実を、知らしめてくださる方がいてくれて、感謝です。
2010/6/16(水) 午後 2:27 [ NICK ]
言われる通りです。社会党の「堤つるよ」議員提案で議会で、戦犯は居ない「法務死」(今でいえば労災」で靖国神社合祀も「公式」全てクリアーされているのを、中国が言いだしたのを機会に、左翼・朝日が付け足して政治問題化したものです。
2010/6/16(水) 午後 3:42 [ シコウ ]
転載感謝いたします。
菅はアーリントンには首相になる直前に行きましたが、
靖国神社には行けないそうです。
☆
2010/6/16(水) 午後 5:23
何れにしても靖国に参拝出来ない人は日本人ではありません。
傑作!
2010/6/16(水) 午後 6:41
新政権が誕生する毎に首相が公式に、諸外国(特に特亜)何の気兼ねも無く堂々と靖国神社参拝を実行する時が、日本が晴れて一人前の独立国と成りますが・・・現状では“日本の戦後は未だに終わって居ない!”と、私は断言せざるを得ません。
“負け犬根性!”戦後60余年間も過ぎた今も百年一日の如く引き摺って居るの日本人(護国派の方々は除)は異常としか謂い様がありません。
エントリー記事の論旨の通りで・・・唯々に頷くだけでした。
☆傑作!〜
2010/6/16(水) 午後 8:19 [ gre*n*hub*32 ]
さくらの花びら様
ですね、、、!
勿論傑作○です。
2010/6/16(水) 午後 8:47
日本に戦犯なんていないんです
堂々と参拝すべき
ま、言っても無駄でしょうけど・・在日政権は 傑作
2010/6/16(水) 午後 9:46
売国の度合いでは今のミンスこそ永久A級戦犯! 傑作○
2010/6/17(木) 午前 0:36 [ y_n**atani6*6 ]
さくらの花びら様と貴殿には、いつも勉強させられます。
民主は日本には必要ありません。
傑作、ランクリです。
2010/6/17(木) 午前 0:56 [ nadarechan1113 ]
愛人様、皆様、お疲れ様です。
そうです。全会一致です。昔はまともだったんでしょうね。日本を立て直さなければなりません!
2010/6/17(木) 午前 1:00 [ 本因坊主 ]