御来訪感謝申し上げます。
最近、『日本人の精神の根っ子とは何ぞや?』を主題に、日本人必読の素晴らしいブログを展開していらっしゃる、ブログ友である「さざんか」様のブログ“日本の感性をよみがえらせよう”の記事を拝読するたびに、彼女に触発された訳ではありませんが、御来訪の皆様にぜひ御拝読いただきたいと思い出すものがあります。
すでに故人となられた宗教家の松木天村氏が昭和46年に武道館で「新しい人間の形成」と題して講演した“卓話”でありますが、その中から一部抜粋して紹介させていただきます。
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― 日本精神の原点は“道” ―
そこで私は、今日まであらゆる世界の宗教、日本の宗教は今日まで人類の文化のために大いに役立ったけれども、今日以後は、そういう程度の信仰では救いがない、とはっきり申します。ことに日本には、宗教というものは本当に無いんであります。無いのが本当であります。宗教という文字も言葉も無かったんであります。
明治維新の頃にキリスト教が公の布教を許されました時に、初めて宗教という文字と言葉が出来たのであります。宗教と文字が無かったその以前には、日本には宗教が無かったんであります。それでは何と言ったかと申しますと、道と申しました。これが素晴らしいんでありますね。だから聖徳太子が仏教を日本に受け入れた当時は仏道と言いました。仏教とは申しませんでした。華道、茶道、武道と同じことです。この会場は武道館です。聖徳太子はこの時、「日本は根の国である。仏道は枝葉であるが故に枝葉にかまけて根を忘れちゃいかん。」と申されました。
根とは魂のことなんであります。そういう仏教は知性であります。知恵のことであります。また菅原道真公もはっきり申しておりますね、“和魂洋才”と言っております。外国の文化は取り入れていいけれども、日本民族の魂を忘れちゃいかん、と警告しておるのであります。これを根と申します。根とは魂のことであります。根があるから、とうとうたる大木も育つんであります。根のないものは根無し草であります。
しかも、道でありますが故に、歩まなくてはなりません。歩むとは、日々我々が日常生活をすることが道なんでありますね。殊更に神様を拝むとか、或いは水をかぶるとか、座禅を組むというのは道ではございません。平凡な我々の日常の中で、生活を続けるということが道なんであります。
しかも、その道の中に宗教、科学が織りなされておった、ということが日本人の素晴らしさであります。一輪の花を活けるその生活の中に、一服の茶を喫する生活の中に、宗教科学が織りなされておったということが、日本民族の本当の道なんであります。
しかるに今日はその道を宗教と科学の二つに分裂させてしまっているのであります。これではどうにもなりませんですね。今日の社会情勢はそうなんであります。公害もそうなんであります。
自然というものは、宗教でも科学でもございません。人間と同じように霊肉一如の存在でありまして、宗教でも科学でもありません。霊は宗教的分野に属し、肉は科学的分野に属します。しかしそれが、二つに分裂してはどうにもなりませんですね。分裂したらばこれを元に戻すということを考えなければなりません。
そういうことを私は先年、学士論文を出しました。なぜ出したかと申しますと、私が先年学士会館であたらしい道の講演をいたしました時に、ふっと、精神は物質に等しいんだ、と申しました。そうしますと、「精神と物質が等しいとは何事かと言って学者に論難されましたが故に、よんどころなく、「ヘソ学序論」というものを書きました。
変な名前ですが、「ヘソ学序論」のサブタイトルは、“宗教、科学を統一に導く最高次元の場”という論文を書きまして、“それが魂である”ということを言ったんであります。それが学会に於いて審議の結果、こりゃ新しい学問だ、ということで、哲学部門で初めてアカデミア賞を頂戴したんであります。だから、この問題を私が申し上げますことは、学会ではすでに承認済みなんであります。
しかしながら、学会で承認したところで日本の国は良くなりません。皆さんが幸福になるんじゃございません。一人ひとりがそれを分かっていわゆる魂に主体性を置くという生活に変わらなければ、どうにもなりません。日本の道というものに変わってゆかなければ、どうにもなりません。そういう意味において、今日の宗教というものは、もう御用が済んだんだと、こう申します。だから天に直結する、天に繋がらなくてはならないと申す訳であります。
― 原因と結果の世界 ―
最後に一言申したいことは、今日以後の新しい世紀を建設するためには、神の観念を是正しなければならん、ということであります。人間の概念を変えなきゃならん時代であります。
そうしてもう一つは、価値観、価値というものの転換をはからなければなりません。アメリカのドルショックにおいて、経済界は大騒ぎをしておりますが、それは結果の世界において乱舞している姿であります。そうなってきた原因の世界がございますね。原因の世界を矯正することをせずして結果の世界のおいて乱舞したってどうにもなりませんです。
一時的兆候はありましょうけれども、これでは駄目であります。
交通問題が同様であります。公害問題しかりであります。人類が自然に反逆したという結果が今日現われたんでありますね。資本や技術だけにおいては、この問題は簡単に解決出来るとは思いません。
( 略 )
かような問題一つとりましても、単なる資本や技術の問題だけでは解決しません。人間が自然に反逆してきたんであります。今日の日本の産業発展、高度経済成長というものは、環境という自然を破壊して作ったもんであります。
私は先月、S銀行の常務の方と面談いたしました。常務さんは、「四年前に先生はアメリカの経済は世界で一番先に崩壊するんだと仰いましたね。先生、四年前の予言が的中しましたね。」とこう申されました。その当時にアメリカは、そんなこと誰も考えませんでしたから、ショッキングな問題として受け取ったんでありましょう。
私はその時言ったんでありますね。「大自然というものを開発し利用することは人類に許されておるけれど、しかしその自然を利用し開発して、出来たものを何に使うかということが問題だ。」と言ったんであります。「アメリカは豊富な物量を傾けて、そうしてベトナム戦争につぎ込んでいるではないか、人類の福祉に貢献し、真の平和のためにそれが使われるならば、それは天が許すであろうけれども、そういう天に逆らう使い方をするアメリカであるが故に、まず経済的には数年後には崩壊するであろう。」と言ったんであります。だから予言ではありません。当たり前のことであります。
そういう原因の世界を矯正しないでおいて、原因の世界を放ったらかしておいて、結果の世界だけをうんぬんしてもどうにもなりませんです。成ってくる姿が天の理であります。いいことも悪いことも、成ってくるものが天の理であります。
天の理は成ってくる結果と原因がどういうことか、つまり人間と自然、人間と天との関係において、結果が生まれてくるのであります。だから人間と天との関係を考え直さなけりゃならない。我々は百八十度転換して、まず天に感謝する、というところから出発しなければ駄目であります。
― 敬天愛人 ―
先日、私は鹿児島へまいりました。あそこは西郷南州の言葉がありますね。“敬天愛人”という言葉がございます。まさにその通りであります。天を敬してこそ人間が救われるんであります。
人間尊重と申しますけれども、今日まであまりにも人間尊重しすぎて天を忘れている。神を忘れているんであります。それでは駄目ですね。真に人間が尊重されるならば、まず天に報謝するという面がなくてはいけません。それで初めて人間が真に救われるのであります。西郷南州の敬天ということは実に素晴らしいことであります。
先程、伊勢神宮の映画をご覧になりましたでしょうが、あヽいう姿が残っているということは、日本の誇りでございます。皆、天に返す。神に感謝していく姿でございます。
一切、人類は天に捧げるという気持ちであります。日本民族は本来そういう民族であります。だからこれからは、我々が真に幸福であるためには、まず天に捧げる、天恩報謝ということが第一でありまして、それをすることによって、真に人類が救われることなんであります。
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この講演が行われたのは今から39年前のことです。不肖敬天愛人はまだ15歳の中学3年生でした。無論、この当時の世界情勢と今とはかなり違っていますが、根本的には何も変わっていない気がします。
未だに原因を問わずに結果だけに一喜一憂しているのも今日の実情です。
だからこそ、国内外に発生する事象に対して本質論を以って対処したり、思考したり出来ないのだと思うのです。
本質を語る時、原因を以って結果を語らなくては、どうして正当な答えを導けるのでしょうか? 原因を放ったらかしにして来たツケが今の日本社会の現状ではないのでしょうか?
じゃあ、原因とは何か?と問えば、自然に対する畏怖心であり先祖に感謝し敬うという「縦の筋目」を見失った事、ではないかと思うのです。
本来ならば、この「縦の筋目」という伝統的に受け継いで来た日本人だからこそ、天をも畏れぬ欲望の果てに生じた人類の様々な問題の解決策を秘めていることを、全く自覚していないこと自体が、現在の人類の悲劇ではないかと思ってしまうのです。
今まではモノという形あるものを通して、様々な日本の精神文化で世界に影響を与えてきましたが、霊性の時代であるといわれる21世紀のこれからは、日本の精神世界そのもの「根=魂」によって、宗派を問わない、世界の精神世界に圧倒的な影響を与えることが日本人の役目ではないでしょうか。
しかし、それにはまず、現状の自然の力も畏れぬ唯物論者たちで構成される現政権を目覚めた国民が打倒することが先決です。
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